文字どおり「しっくりくる愛車」と出逢えた幸運に感謝! 1999年式日産 セドリックバン デラックス(VY30型)

  • 日産・セドリックバン(VY30)

カーライフを語るとき「しっくりくる」という言葉を口にすることは多い。だが、その感覚を言語化しようとすると案外難しいものだ。

例えば、アクセルのレスポンスやステアリングの重さや、クルマの挙動にいたるまで「なんだかちょうどいい」と感じられる感覚。まるでクルマと呼吸が合っているかのように停止できるとき。あるいは、難しい車庫入れでも自分の体のように動かせるときはどうだろうか。

はっきりとはわからない、うまくいえないが「しっくりくる」という瞬間があるとしたら…それは、クルマとの関係が移動手段を超えるときかもしれない。

  • 日産・セドリックバン(VY30)とサーフボードを積むオーナーさん

今回の主人公は、50代の女性オーナーだ。子育てが一段落し、趣味のサーフィンも復活させてアクティブに過ごす日々のなか、文字どおり「しっくりくる」愛車が大活躍しているという。

「このクルマは、1999年式の日産 セドリックバン デラックス(VY30型/以下、セドリックバン)です。乗り始めて10年。10万キロほど走って、現在の走行距離は約24万キロになりました。趣味がサーフィンなので、サーフボードを積んで海へ行ったり買い物へ行ったりと、暮らしに欠かせない愛車です」

  • リヤのハッチが開いた日産・セドリックバン(VY30)

セドリックバンは、シリーズ6代目となるY30型セドリックをベースにした商用バン。Y30型セドリック(グロリア)がデビューした1983年から1999年まで生産が続けられたロングセラーモデルだ。

1999年は、セドリック(グロリア)がY34型へとフルモデルチェンジを果たした年でもある。この年までY30型のまま生産継続となったセドリック&グロリアバンは、公用車や営業車としてのニーズが途切れなかった。整備性の良いFRと優れた積載性とともに約16年間信頼され続けたのだ。

  • 日産・セドリックバン(VY30)のVG20E型エンジン

オーナーが所有するセドリックバンのボディサイズは全長×全幅×全高:4690×1690×1520mm。排気量1998cc、V型6気筒SOHCエンジン「VG20E型」が搭載され、最高出力は115馬力を誇る。

かつては商用車として活躍したセドリックバンは、現在“ネオクラシック”な旧車としても人気がある。直線を基調としたデザインやシンプルな内装は、現代のクルマにはない無骨な機能美として旧車ファンを魅了している。しかも、オーナーの個体は貴重な最終型だ。

  • 日産・セドリックバン(VY30)のリヤ

まずはオーナーに、愛車との出会いを伺った。

「もともとステーションワゴンは好きだったのですが、実家の父がセダン党だったので、実家ではずっとセダンに乗らされていたような状態ですね(笑)。父にとって、バンは文字どおり「商用車」のイメージが強かったみたいです。ワゴンに乗りはじめたのは結婚してからです。主人のジープ グランドワゴニアに乗るようになって、そこからワゴンを乗り継いでいます。シボレー エクスプレスを経て、全長6メートルくらいあるフォード エコノラインのマキシロングにも乗っていました。それからクラウンのステーションワゴンを経て、今のセドリックバンです」

  • 日産・セドリックバン(VY30)とサーフボード

    (写真提供:ご本人さま)

セドリックバンと出会ったきっかけを尋ねると、オーナーは「海ですね」と即答した。

「子育てが落ち着いて、本格的にサーフィンを再開したのはここ10年の間です。海に通うようになって、バンやワゴンを見掛けるたびに“こういうクルマがやっぱりカッコいいな”、そして“こんなクルマで海に行きたいな”と思ったんです」

そんなとき、ネットオークションで見掛けたのが、現在の愛車であるセドリックバンだった。

  • 日産・セドリックバン(VY30)のフロントフェイス

「この子のカクカクした感じとか顔とか。シルエットが好きで、見つけたときはピン!ときましたね。主人が出品者に連絡をしてくれて、すぐに見に行ったんです。クルマのことは詳しい人なので任せました。『今から現金を持って行っていいですか?』と聞いたところ『待ってます』とお返事がきたので、そのまま出品者のところへ向かいました。夕方4時ごろにクルマを見つけて、6時には新幹線に乗って出発。夜10時に現地に到着して即決したんです。その場で現金を渡し、“きちんと名義変更するから”と、前オーナーさんに伝えて乗って帰ってきちゃったんです。ネットでクルマを見つけた日の翌朝には現車が家にあるっていう(苦笑)」

オーナー夫妻の判断力と行動力に驚かされる。オーナーのご主人は自動車関連業を営んでおり、自他ともに認めるクルマのプロフェッショナルだ。名義変更の手続きも手慣れたものだ。

  • 日産・セドリックバン(VY30)の整備記録

文字どおり「即断即決」で手に入れたセドリックバンだが、個体の素性をたどってみると、思いがけない過去が浮かび上がってきた。

「記録簿などを確認していたら、最初のナンバーは九州のエリアだったんです。新車時の保証書を見たら、記載されていた住所が刑務所のものでした。つまり、官公庁の払い下げ車両なんだとわかったんです。整備記録は、日産ディーラーで統一されていました。法人車両だったこともあって、メンテナンスはきっちりされていましたね。記録簿も抜けなく残っていたので、安心して乗れるなと思いました」

  • 日産・セドリックバン(VY30)のリヤのエンブレム

いわゆる“当たり”の個体だ。クルマの素性については把握していなくとも「とにかく現地へ行こう」という行動力と即決力が功を奏したカタチではないだろうか。念願のセドリックバンのステアリングを握った感想は?

「見た目よりもずっと扱いやすいんですよ。見切りもいいですし、バンパーの左フロントに付いているコーナーポールも便利です。駐車場でも自分のクルマだとすぐにわかるし、迷わずに済みます(笑)。実家の車庫もそんなに広くないんですけど、普通に車庫入れできますよ。“こう曲がって欲しい”とか“この角度でバックして欲しい”といった私の思いを感じ取って動いてくれるんです。すごく優等生なクルマなんです」

  • 日産・セドリックバン(VY30)のオーバーホール中のエンジンとトランスミッション

    (写真提供:ご本人さま)

セドリックバンの“しっくりくる”感覚は、走り込むたびにオーナーのなかで確信へと変わっていったようだ。だが、20年以上前に設計されたクルマだけに、故障やトラブルも少なくなかったという。

「きちんと修理する前は、エアコンがよく壊れていたんですよ。冬場に信号待ちで止まってしまうこともありました。水が出なくなったり飛び石で部品が折れたり…。ノッキングが出るようになったことをきっかけに、エンジンとミッションのオーバーホールをしました。このセドリックバンは、ずっと日産ディーラーで整備されていたので、それを引き継ぎたいという気持ちも強かったです。主人は車検や整備もできる人なんですけど、このクルマだけはちゃんと日産でやっておこうと。エンジンとミッションのオーバーホールも、その流れで無理をいってお願いできることになりました」

  • 日産・セドリックバン(VY30)のメーター

このような重整備を支えてくれる環境があったとはいえ、部品の確保は年々難しくなっているようだ。

「ステアリングギアボックスからオイルが漏れたことがあったんです。当時は車検にも通らない状態。しかも部品が国内にほとんど残っていなかったんです。たまたまラスト1個という在庫が見つかって、それをなんとか取り付けてもらいました。今だったら部品は揃わなかったかもしれませんね。タイミングが良かったんです」

  • 日産・セドリックバン(VY30)の時代を感じるインテリア

長年にわたり商用車として使われてきた車種だが、現在は部品の入手が困難になっている。そうした中で修理できたのは「整備記録を日産で揃えたい」という夫妻のこだわりがあったからかもしれない。

およそ10ヶ月におよぶオーバーホールを終えた愛車は、2022年の暮れに戻ってきたそうだ。ボディにはロゼイルコーティングを施工し、外装のケアも万全。手間もお金もかけたぶん愛着も深まったという。

そんなセドリックバンとの日常をあらためて伺った。

  • 日産・セドリックバン(VY30)のフロントシート

「サーフィンの行き帰りはもちろん、娘が幼稚園に通っている頃は送迎にも使っていました。犬も一緒に乗せたりして。幼稚園の先生にも『また乗ってるねー』とか『犬も一緒だねー』って(笑)。ほかの親御さんのクルマと被らないので、覚えてもらいやすかったんでしょうね」

セドリックバンに乗っていると、思わぬ場面で注目を集めることもあるそうだ。

「『これって“セドバン”ですか?良いクルマ乗ってますねー!』とか『キレイに乗ってますねー』は良くいわれますし、人だかりができることもあります。『昔、乗っていたよ』と、声を掛けられて、昔話をすることもありますし」

  • 日産・セドリックバン(VY30)にサーフボードを積んだ車内

ときには、驚くようなリアクションも。

「スーパーの駐車場で植え込みの手入れをしていたお兄さんに『すごくいいクルマですね。サーフィン帰りですか?』って声をかけられて、思いがけずサーフィン談義で盛り上がったこともあるんですよ。それから、日産の後ろに『P』っていうシールが貼ってあるんですけど、それにも反応してくる方がいます。あれを見てクルマの出自がわかるみたいで(笑)。そういうところにも気づいてもらえるのがおもしろいですよね」

街で見掛けることも少なくなった直線を基調としたデザイン、商用車ならではの無骨さ。“昭和のかっこよさ”が、現代のクルマにはない個性として際立ち、コミュニケーションにもつながる。

  • 走行する日産・セドリックバン(VY30)

そんなセドリックバンでオーナーが気に入っている点は?

「現代のクルマみたいにスムーズすぎないところ。アクセルやブレーキの感触ひとつとっても、自分で運転してるという感覚があるんですよね。そういうところが好きです。海に行ったときは、つい後ろから写真を撮ってしまうんですよね。斜め後ろの角度が好きです。たぶん、自分のなかでいちばんセドバンらしいと思えるアングルなんでしょうね」

  • 日産・セドリックバン(VY30)の運転席

そんなオーナーの価値観に、セドリックバンはピタリとハマっているようだ。

「いちばん“しっくりくる”んですよね。愛用しているサーフボードも、これまで何本か乗ってきたなかで今のボードが1番しっくりくるんです。テイクオフした瞬間に“あ、このボードが私のサーフィンを楽しませてくれるな”って分かるんですね。その感覚に似ている気がします。事実、このセドバンが私に運転の楽しさを教えてくれました。そのおかげで運転が上達できましたし、このクルマが“セドバンが似合う私に成長させてくれた”と思っています。例え同じセドリックバンでも、違う個体だったらこうは思えなかったと思います。アクセルの感触、ハンドルの重さすべてが身体に馴染んで、自分の一部になってきている感覚があります。だから渋滞に遭ってもご機嫌ですよ(笑)」

  • 日産・セドリックバン(VY30)のリヤシート

修理で手がかかっても、自分にしっくりくるこの1台となら、まだまだ一緒に走っていける。そんな確信がオーナーの言葉から伝わってくるような気がする。

最後に、今後このセドリックバンとどう接していきたいかを伺った。

  • 日産・セドリックバン(VY30)の左フロントホイール

「壊れたらまた直します。調子が悪くなるともう無理かもと考えることもあるけど、戻ってくるとやっぱりこれだなって思えるんですよね。もう、そんなふうに付き合っていくしかないっていう感じです(笑)」

オーナーにとって最愛の存在でもある娘さんが運転免許を取得したら、ママとしては譲ってもいいかな・・・という気持ちはあるのだろうか。

「そこは譲れないんですよね(笑)。やっぱり私のクルマなんです。娘には娘にとって“しっくりくるクルマ”がきっとある。それを見つけて欲しいです。私とこのセドリックバンの相性がイチバンなんです。クルマが私に寄り添ってくれているというか、本能的に“私のこと、好きなんでしょ?”って確信が持てるんです」

「しっくりくる」という言葉の裏には、積み重ねた時間や思い入れがある。クルマ選びに正解はないが、自分の感覚を信じて選んだクルマが人生を豊かにしてくれることはある。このセドリックバンは単なる移動手段の枠を超え、もはやオーナーの人生の一部となっていることは確かだ。

  • 日産・セドリックバン(VY30)とサーフボードを持つオーナーさん

    (写真提供:ご本人さま)

クルマのプロフェッショナルとしてセドリックバンのサポートをしてくれるご主人との出逢い、そしてどんなに手がかかっても「この1台じゃなければダメだ」と思える愛車と出逢えたことが、オーナーにとってのカーライフでいちばんの幸運だったことは間違いない。

それなりの費用を投じて行ったエンジンとトランスミッションのオーバーホールも、長く乗るために決断したことだ。新車に買い替えることを考えれば割安だといえる。また、ボディコーティングのおかげでピカピカに磨き上げられたボディや手入れの行き届いた室内も、海までの往復で砂にまみれることもある。でも、そんなことは気にしない。汚れたら洗えばいいのだから。どうしようもなく大切な存在だけれど、クルマ本来の使い方に徹するオーナーの接し方は、カーライフにおける理想形のひとつといえるかもしれない。

余談だが、「愛車に好かれている」と断言できるクルマ好きがどれほどいるだろうか。心の底からそう思えるオーナーがまぶしく、そしてうらやましいとさえ思えた取材となった。

  • 日産・セドリックバン(VY30)の左リアクォーターガラス
  • 日産・セドリックバン(VY30)の手書きの空気圧
  • 日産・セドリックバン(VY30)のオーナーさんのサーフボードカバー

(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき / 取材協力:JEEP CAFE TOKYO)

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