新車で手に入れて37年・72万キロ。家族の絆を紡ぐ1985年式ホンダ バラードスポーツCR-X 1.6Si改(AS型)
かつて「モノより思い出」というキャッチコピーを掲げ、デビューしたクルマがあった。
このキャッチコピーが本来意図することとは解釈が異なるかもしれないが、1台のクルマと長く付き会いながら「少しずつ思い出を積み重ねていく人生」も素敵だと思う。
「事実は小説より奇なり」。
1台のニューモデルの存在を知ったことがきっかけとなり、実際に所有するに至った若き日のオーナー。やがてそのクルマが縁で生涯の伴侶と巡り会い、そして授かった子どもたちまでもが両親と同じクルマを所有するという、まるで映画や小説のストーリーを地で行くオーナーとその愛車についてご紹介したい。
「このクルマは1985年式ホンダ バラードスポーツCR-X 1.6Si(AS型/以下、CR-X)です。手に入れたのは37年前、現在の走行距離は約72万キロ、私にとって人生初の愛車です(※不具合により過去にメーターを交換済みとのこと)。現在の私は50代なので、人生の半分以上の時間を一緒に過ごしてきたことになるわけですね」
東北新幹線が開業してからちょうど1年後の1983年6月23日、ホンダ独自のMM(Man-Maximum, Mecha-Minimum)構想を掲げてデビューしたのが、バラードスポーツCR-Xだ。人のいる居住空間・ユーティリティは大きく、そしてメカニズム部分は小型・高性能というコンセプトのもと「デュエットクルーザー」のキャッチコピーをうたい文句に誕生したFFライトウェイトスポーツモデルである。
新素材を採用した軽量・高剛性のモノコックボディ、高効率ロックアップ機構付ホンダマチック3速フルオート、世界初の電動アウタースライドサンルーフ、量産乗用車世界初のルーフ・ラム圧ベンチレーションなど、 数多くのホンダ独自の技術やアイデアが盛り込まれたこのCR-Xは、特許・実用新案登録出願の総数が301件におよぶという(内訳はエンジンが193件、ボディが108件)。
オーナーのCR-Xは、1年後に追加されたトップグレードの「Si」だ。ボディサイズは、全長×全幅×全高:3675x1625x1290mm。「ZC型」と呼ばれる、排気量1590cc、直列4気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は135馬力を誇る。このDOHCエンジンには、市販乗用車では世界初となる4バルブ内側支点スイングアーム方式のシリンダーヘッドが採用された。
当時、CR-Xの日本国内の月間販売予定台数は1500台。そのうちSiは900台というから、主力モデルであると同時に、いかにCR-Xがスポーツ志向のオーナーが好むモデルであったかが推察できる(ちなみに、シビックSiの月間販売予定台数は12500台。そのうちSiは2000台であった)。
さて、オーナーの人生とともに歩んできたCR-X。気になるのはその存在を知ったきっかけだ。
「運転免許を取得してすぐのころ、クルマ好きの親族が偶然手に入れた広報資料がきっかけでした。表紙からページをめくっていくと、『特許・実用新案登録出願の総数が301件』という表記に目が留まったんです。そのとき、すごいクルマが世に出るんだなと思いましたね。そして、ニューモデルのフォルムを見て購入を決めました。とはいえ、新車で購入するとなるとかなりの高額です。そこでガソリンスタンドで必死にアルバイトをしてお金を貯め、何とか60回ローンを組み、購入することができたときはとても嬉しかったですね」
オーナーがCR-Xに魅了されたのは広報資料がきっかけだったのだ。そして、実際に所有することで初めて気づいたこともあったようだ。
「主要な部品の一部はシビックと共有されていたり、当時のホンダのファミリーカーのものが流用されていたり、さまざまな制約があるなかでうまいことスポーティーな仕立てにまとめたんだなという印象でした。特別なスポーティーカーというよりは、スーパーカブに共通するような、良い意味で庶民的なクルマだと感じましたね。現代のクルマと比較するととてもコンパクトだけど、運転席に座ってみると意外にスペースが確保されていて、狭さを感じることはなかったです」
すでにお気づきかもしれないが、オーナーのCR-Xはノーマルの雰囲気とは多少…いや、かなり異なる。
「大学を卒業して社会人になってから最初のボーナスをつぎ込み、無限のフルエアロを組みました。実はこのエアロ、レーシングカーデザイナーである由良拓也氏がデザインを手がけたんです。オーバーフェンダーに注目されることが多いんですが、私としてはフロントマスクがノーマルよりも低く、シャープになっているところがお気に入りです。もともとのボディーカラーは黒/ガンメタのツートンカラーだったんですが、ワイドキットを組み込んだ際に白にオールペイントしました。その他、主なモディファイの箇所は、ジムカーナに挑戦した際にロールケージを組み込みました。それと、無限の15インチアルミホイールなんですが、実はレアな一品ですよ。公認車両なので、正確には“CR-X改”です」
無限のフルエアロやこのデザインのアルミホイールの新品を入手するのは、もはや不可能に近いだろう。ワンオーナーカーだからこそ創り出せる「当時モノ」の雰囲気といえる。この個体だけでも充分にインパクトがあるのだが、オーナーの場合はこのクルマですらエピソードのひとつにすぎないのだ。
「実は、妻と結婚することになったきっかけもCR-Xに乗っていたから、なんです。偶然同じお店に通っていて、お互いのグレードやボディーカラーからまったくの同一仕様。妻もスポーツモデル&MT車でバンバン走る人だったようです(笑)。店で何度か会ううちに親しくなり、付き合ったのち、結婚しました」
お互いがまったく同一仕様のCR-Xに乗っていたら、結婚後はどちらかの個体を手放して1台に…。あるいは 2台とも処分してファミリーカーに乗り換えても何ら不思議ではない。しかし、このご夫婦は違った。「2台とも手元に残す」という選択をしたのだ。それは2人の子宝に恵まれても変わらなかったようだ。
「お互いのCR-Xを手放さず、妻のクルマは彼女の実家に置かせてもらっていました。やがて子どもたちが大きくなるにつれてCR-Xで保育園の送迎をするのが大変になってきたので、ローバー620という4ドアセダンを買いました。やさらに子どもたちが成長して…ウチは年子の男の子なんですが、ミニ四駆にハマったんです。そのうちミニ四駆の大会に出場するようになり、狭いCR-Xのリアシートに乗せて連れて行きました。『ジェットコースターに乗っているみたい』なんていってくれて、キャーキャー・ワイワイしながらタミヤの公式コースがあるところまで通ったのも楽しい思い出です」
とはいえ、CR-Xが縁で結ばれたお2人のDNAを受け継いだ子どもたちだからといって、同じようにクルマ好き、ましてや両親の愛車を気に入ってくれるとは限らない。しかし、それだけではない。既に運転免許を取得しているという2人のご子息の愛車を知って、思わず仰天してしまった。
「私と妻が当時に手に入れた2台のCR-Xと、2人の息子たちもそれぞれCR-Xに乗っています(笑)。結果的に…というか、偶然なんですが、1人につき1台ずつ、計4台のバラードスポーツCR-Xを所有していることになるわけですね」
家族4人がそれぞれクルマを所有しているというケースは、クルマ通勤をしているご家庭であればそれほど珍しいことではないかもしれない。しかし、家族4人がそれぞれ別個体の同一車種を所有しているケースはかなりレアだろう。
それなりの年数を経過したクルマだけに、部品の確保だけでなく、維持もショップ任せでは限界があるようだ。そこは一家の大黒柱であるオーナーの出番だ。
「ショップ任せだと限界がありますよね。エンジンやエンジンオイルはしっかり診てくれても、例えばワイパーのリンクに潤滑油を挿してくれるところはまずありません。でも、このCR-Xのワイパーの構造上、定期的にオイルを挿してあげないとスムーズに動かなくなってしまうんです。それならば…と、自らCR-Xのメンテナンスを行うようになり、ノウハウを積み重ねてきました。最近ではヘッドカバーの結晶塗装をマスターしましたよ。とはいえ、何がなんでも自分でやらなければ気が済まないというわけではなく、ボーリングやヘッドの面研といった工作機械が必要な加工はその道のプロに頼みます」
仕事として請け負っている以上、予算や納期、部品の手配・確保など、さまざまな制約のなかで仕上げなければならないし、それをクリアしてこそプロの仕事といえる。しかし、古いクルマの場合、そう一筋縄ではいかないのも事実だ。いざ、バラしてみて、想像以上に経年劣化が進行していたり、修理に手間が掛かることが判明したということも少なくない。そうなると、当初の予定通りに納品できないケースも出てくる。とはいえ、ここで主治医を急かしてどうなるものでもない。現行モデルをディーラーでメンテナンスしてもらうこととは根本的に違うのだ。
オーナーのように、長きに渡り1台のクルマを所有しているのはレアケースだろう。その一方で、憧れやカムバックを果たすべくこのクルマへ興味を抱いている方もいるに違いない。しかし、現実はというと…。
「いま40代くらいの方が運転免許を取得したころって、CR-Xをはじめとする1980年代のクルマの中古車価格が底値だったと思うんです。そのときの感覚が抜けきらず、今度ボーナスが支給されたら買ってみようかな…といった類いの話を周囲で耳にすることがあります。しかし、いまの状況はまったく異なります。車両価格が上昇しているだけでなく、オイルフィルターやタイミングベルト・クラッチやクラッチワイヤー・アクセルワイヤー…などなど、ほとんどの部品が手に入りません。純正部品は軒並み製造廃止です。インターネットオークションで探すとなると、同じ部品を探している人が他にもいて、結果として競り合いになります。極論をいうと、ない部品は3Dプリンターを買ってイチから造り、レストアするくらいの気概がないと乗れないクルマになってしまった感があります」
古いクルマを所有するうえで避けて通れないのが部品の確保だ。若いときに憧れたクルマを手に入れたい、もう1度乗ってみたいと思ったのなら、車両本体価格だけでなく、どれくらい部品が流通しているか、入手状況をきちんと把握しておいた方がいいかもしれない。インターネットや独自のネットワークを駆使すれば世界中から探すことができる輸入車とは異なり、日本車、なかでも国内専用車はさらに大変だ。そうなると、同じようなクルマを所有するオーナー同士のネットワーク・情報共有が大切になってくる。
「SNSを通じて若い世代のCR-X乗りのオーナーさんたちと知り合っていくうちに自然とクラブのような形になってきまして“CLUB OF RESPECT THE X”というステッカーまで作りました。…といっても休みの日に集まれる人たちだけで写真を撮ったり話したりするだけなんですけれど(笑)」
最後に…といってももはや聞くまでもないのだが、改めてこのCR-Xと今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。
通勤でも使っていますし、仕事が休みの日も乗ります。雨や雪の日も乗ります。重整備でも行わない限り、1年365日乗らない日がないんです。仕事に行く朝って、着替えたり、靴を履いたり、一連の流れのなかにCR-Xのキーをひねる行為も含まれているんです。一緒にいるのがごく自然なことになっていますから、このCR-Xがない生活って考えられないかもしれませんね。
1台のクルマと長く付き合える方にはある共通点があることに最近気づいた。「あまり入れ込みすぎないこと」「機関部の状態をオーナーがきちんと把握していること」「多少の生活傷は気にしないこと」。このあたりだろうか。良い意味での緩さというか、適度な「抜け感」があるのだ。肩の力を抜きつつ、多少のトラブルや傷は気にしないくらいの寛容さが必要かもしれない。愛車との接し方や距離感に悩んでいる方がこの記事を読んでくださっているとしたら、参考になれば幸いだ。
CR-Xという1台のライトウェイトスポーツが1人のオーナーの人生を決定づけ、家族を結びつける絆となっていることは間違いない。ぜひいちど「4人家族&4台のCR-X=8人家族」の構図を観てみたいものだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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