3万円で手に入れた「青山育ちのハンサム」と暮らして18年。1985年式ホンダ トゥデイ G(JW1型)

クルマというものはオーナー次第で運命が大きく変わる。いや、変わらざるを得ないといってもいいかもしれない。

納車されたその日からガレージの奥深くにしまい込まれ、オーナーのコレクションとしての運命を辿る個体がある一方で、仕事の足として酷使され、クタクタ・ボロボロになりながら静かにその役目を終えるクルマもある。

どちらがクルマにとって幸せなのかは分からない。もしも近い将来、クルマが意思を持つようになり、人間とコミュニケーションがとれるようになったそのとき、初めて本当の声を聞くことになるのだろうか…。

今回のオーナーは、人生初の愛車を手に入れて18年、購入時に一番安く売られていたクルマをレストアし、現在も大切に保有しているという。なぜ、このクルマを愛車に選び、そしてレストアを決意したのか?その理由に迫ってみたい。

「このクルマは1985年式ホンダ トゥデイ G(JW1型/以下、トゥデイ)です。私はいま30代ですが、手に入れたのは18年前。現在の走行距離は約19万キロ、私が手に入れてからおよそ10万キロ走破しました。このトゥデイが人生初の愛車でもあるんです」

トゥデイは1985年「ニュー・スモール550」をうたい文句に発売された。CMに起用されたタレントは今井美樹、CMソングは岡村孝子の「はぐれそうな天使」であった。もしかしたら「青山育ちのハンサムです。」のキャッチコピーを覚えている人がいるかもしれない。

デビュー時は商用のバンという位置付けであり、ボディ形状は3ドアハッチバックのみ。グレードはG・M・Fの3タイプとシンプルな構成だった。なお、後期型ではポシェット・Gサウンド・グッドデザインスペシャル等が追加された。

また、ボディーカラーとして車種を問わず人気があるブラックは設定されず、レッドやイエロー、シルバー、ホワイトとシンプルであり(後のホンダ ビートのカラーバリエーションに近いかもしれない)、丸目のヘッドライトと相まってキュートな印象を受ける。

オーナーのトゥデイは、トップグレードの「G」。ボディーカラーはフレイムレッドという名称を持つ。ボディサイズは、全長×全幅×全高:3195x1395x1315mm。「EH型」と呼ばれる、排気量545cc、直列2気筒OHCエンジンが搭載され、最高出力は31馬力を誇る。トランスミッションは4速MTとOD付きホンダマチックが全グレードで選択可能であった。

このトゥデイのデビュー翌年、1986年に連載が開始され、後にアニメ化された藤島康介原作の「逮捕しちゃうぞ」や、ゆうきまさみ原作の「機動警察パトレイバー」の劇中でパトカーとして使用されたのもこのクルマだ。

この取材を続けていると、人生初の愛車がそのままアガリのクルマに…というケースが意外と多いことに驚き、同時に感激してしまうのだが、果たして今回のトゥデイは…?

「最初の出会いは高校生のときでした。通学路でよく見掛けたクルマがトゥデイだったんです。“なんか平べったくてかっこいいな”と思ったのが最初の印象です。『逮捕しちゃうぞ』も作品としては知っていましたが、もともとそれほどクルマ好きではなかったので、トゥデイではなくスズキ アルトワークスだと勘違いしていたのかもしれません」

さらに、クルマを買う段階になっても本命は別のクルマだったという。

「運転免許を取得したらトゥデイに乗りたいという想いはあったんです。でも、それは現在所有しているこのトゥデイではなく、角目ヘッドライトのJA2/JW3型トゥデイ(乗用/商用ともに660cc)の方が欲しかったんです。こちらの方が速いので(笑)。しかし、実際に運転免許を取得して手に入れたのは現在の愛車である丸目のトゥデイでした」

「選んだ理由は『安いから(笑)』。金銭面だけでなく、まず安い軽自動車で運転を練習しようと思ったんですね。そこで、中古車検索サイトで『本体価格の安い順』に設定したときにヒットしたのがこのクルマだったんです。車両本体価格は3万円。このときはまだ長く乗るつもりではありませんでした」

とはいうものの、手に入れて18年だ。長く乗るにはそれなりの理由があるはずだが…?

「私が所有しているモノ、みんなそうなんですが、トゥデイから買い替えるのが面倒で(笑)。1台のクルマに乗り続けた方が自分に馴染んでくるし、いろいろとラクなんです。正直、ズルズルとここまできてしまった感がありますね。この『脱力感』が長く乗れている秘訣かもしれません」

「とはいえ、キャブレターですからエンジン始動時には『儀式』が必要ですし、ていねいで速く、そして快適に走らせるにはそれなりの技術が必要です。その結果、自分の運転スキルが向上するし、整備書を見ながら整備すると『よく考えられているな』って気づかされるところがいろいろあります。事実、整備のスキルもかなり向上したと思いますね」

大切にはするけれど、貴重品として扱わない。クルマ本来の使い方を実践しているからこそ、メリハリの効いた接し方ができるのかもしれない。実はこのトゥデイ、2012年にレストアされ、現在に至るという。

「レストアしたきっかけも『おもしろいか、おもしろくないか』のベクトルで考えた結果なんです(笑)。多くの人の場合、ある程度の時期がきたら別の軽自動車に買い替えると思うんです。でも、私はあまのじゃくなので、同じ費用を投じて新車同然に仕上げてみたらおもしろいと考えたんですね。それに、ボディが腐って降りるのは癪でしたし、直すことで長く乗れますから。手に入れてから10年後の2012年に作業を依頼して、完成まで1年くらい掛かりました」

レストアが完了してからそろそろ10年近い年月が経つ。仮に、新車から10年近く所有していたとしても、このコンディションを保つのはなかなか難しいと思うほど各部は美しい状態を維持している。

「レストアというとものすごい金額を掛けたように思われがちですが、実はそんなことないんです。エンジンや足まわりは手を付けずそのまま。本気でコンクールコンディションに仕上げてしまったら乗れなくなっちゃいますし、正直いうと自分ではレストアだとは思っていません。むしろ、鈑金全塗装しただけです」

「このとき、板金屋さんのおすすめでオリジナルにはないクリア塗装をしました。それと同時に、日産の5YEARS COATを施工したんです。30年間の技術の進化で、塗装の質も飛躍的に向上していますし、現代の技術レベルに合わせたかったという想いもあります。それに、あくまでも『道具』なので、オリジナルより信頼性を優先しました。その後のメンテナンスも、キットに付属している取扱説明書どおりに作業すればきれいな状態を維持できますし、すごく助かっています」

絶版車の多く、それも皮肉なことに日本国内専用車であるほど、部品の確保に苦労している。オーナーのトゥデイも例外ではないようだ。

「この型のトゥデイで出る部品でぱっと思いつくのは、おそらくエアクリーナーや燃料フィルター、ホイールナット、ナンバーを留めているクリップの板ナットくらいです。いま、もっとも致命的なのは、ウォーターポンプとタイミングベルトですね。なかでもタイミングベルトはメーカーからの供給は絶たれているため、海外も含めて使用可能な部品を探しているような状況です」

「他のオーナーさんもそうだと思いますが『必死にやりくりしている』のが現状です。とはいえ、トゥデイのオーナー同士で部品の取り合いをしていても、長い目で見たら良い結果にはなりません。そこで、仲間同士で『ない部品をどうにか造れないか』を検討しているところです」

あくまでもトゥデイとは機械として接し、入れ込みすぎず適度な距離感を保つオーナー。クルマへの愛情だけでなく、ある種の敬意のようなものが感じられるのは気のせいだろうか。

「雨の日も乗りますし、砂利の駐車場とかも全然気にしないです。一見するとフルオリジナルに見えるかもしれませんが、レストア時に助手席を開けた際にもルームランプが点灯するように加工してもらいました。あと、エアコンパネルが暗いので、加工してLEDにしました。これも一見すると気づかれないように自然な色合いに仕上げています。それと、ボディストライプやグレードのステッカーも絶版なので、お世話になっているショップが現車を元にリプロダクトしたものを使用しています。施工は自分でやったので、よく見るとちょっと曲がっています」

最後に、このトゥデイと今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。

「『適当に接していきます(笑)』。いい加減ではなく『良い加減』の適当です」

いい加減ではなく、良い加減。至極シンプルだが、1台のクルマと長く付き合ううえでかなり重要なポイントかもしれない。レストアした車両なら、できるだけ完成したときの状態を維持したいと考える人が多いだろう。しかし、走れば傷もつくし、汚れもする。自分のスケジュールと天気予報を照らし合わせ、1ヶ月ぶりにようやく乗れた…なんてやっていたら疲れてしまうし、いずれ日常の足となる別のクルマが必要になってしまう。

日光東照宮の陽明門には12本の柱があり、そのなかの1本だけが彫刻の模様が逆向きになっているという。言い伝えでは、意図的に「永遠に未完成とすることで、完成した建物がその時点から崩壊がはじまる状態」を回避したとされているそうだ。

新車として製造されたクルマはもちろんのこと、レストアした個体も、完成した瞬間から経年劣化がはじまっている。そこをオーナーが受け容れられるか、必死に抗うか。正解はひとつではないはずだが、クルマとの適度な距離感、つまり、どこかに抜けや脱力感がある「いい加減ではなく良い加減」な接し方こそ、長く付き合う秘訣のように思えてくるのだ。

実は今回の取材は梅雨時ということもあり、何度も雨天順延となってしまった。その結果、実は4回目の日程変更でようやく実現した。度重なる取材延期にも快く応じていただいたトゥデイのオーナーに改めて感謝の気持ちを伝えたい。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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