偶然とは思えない「運命の赤い糸」で結ばれたご夫婦と、1989年式RUF・CTR
このクルマは、誰が見てもポルシェ・911に映るだろう。ボンネットの先端にある“RUF”のエンブレムを見ても読み方すら分からない人もいるに違いない。しかし、ごく限られた人は、このクルマが“RUF(ルーフ)”であると気づき、驚き、思わず絶叫してしまうかも(笑)しれない。RUFというクルマ自体が極めて少量生産であり、街で見掛ける機会は皆無といっていいからだ。
そして、RUFの名を知っている人の多くは真っ先に「イエローバード」だと連想するのではないだろうか。1987年、Road & Track誌がフォルクスワーゲン社のテストコースに、当時のスペシャルモデルを集めて最高速を競い合う企画を実施した。参加車輌はフェラーリ・F40をはじめ、ポルシェ・959、ランボルギーニ・カウンタック、AMG・300E5.6などをはじめとする蒼々たる顔ぶれのなかで、339.6km/hの記録をたたき出し、見事に最高速の座を勝ち取ったのが「イエローバード」ことRUF・CTRだったのだ。さらに翌年の1988年には、イタリア・ナルドのサーキットでフェラーリ・F40や、ポルシェ・959を相手に342km/hを達成。名実ともに世界最速のクルマとしての称号を手に入れ、日本でもGENROQ誌をはじめ、頻繁にメディアで紹介されていたことから、その存在が知られることとなった。
今回は、そんなRUFというクルマに魅せられたご夫婦を紹介したい。
「このクルマは、1989年式RUF・CTR(以下、CTR)です。この個体を手に入れてから約8年、現在のオドメーターの走行距離は約18万2千キロです。私が所有してから2万8千キロほど走りました」
このクルマは“RUF”というれっきとした自動車メーカーが造り上げたクルマであり、930型ポルシェ・911とは別モノである。その証拠に、RUFの工場からラインオフしたクルマには“W09”の製造番号(RUF製を示すもの)が打刻されており、ポルシェの“WP0”ではない。
車名のCTRとは“Carrera Turbo RUF”の頭文字を取ったものだ。ドイツ・ファッフェンハウゼンの工場からラインオフしたコンプリートモデルと、ドイツや日本などでポルシェ・911をベースに“CTRキット”を組み込んだコンバージョンモデルが存在するが、オーナーの個体は「コンプリートモデル」である。ボンネットの先端にある“RUF”のエンブレムや、ホイール、前後バンパー、マフラーなどで識別が可能だが、これはコンバージョンモデル(あるいはレプリカ)でも再現可能だ。コンプリートモデルはルーフチャンネル (屋根の形に沿ってつけられた雨どい)が除去されている。さらに、コンプリートモデルは見えないところにもかなり手が加わっているようだ。
CTRは世界30台限定で製造され、日本には11台が正規輸入されたといわれる。そのなかには、CTRオーナーたっての希望で特注(といっても1台1台の仕様が異なるためすべてのCTRが特注のようなものだが)したとされるフラットノーズ仕様も含まれる。RUFコンプリートモデルの海外への流出が相次ぐなか、オーナーの個体は日本に現存する貴重な1台である。
CTRのボディサイズは全長×全幅×全高:4151×1692×1310mm。オーダー時にターボルックを選ぶと、全長×全幅×全高:4151×1775×1300mmとなる。意外に知られていないことだが、ナローボディのCTRのリアフェンダーは930型の911カレラよりも張り出している点(930型カレラボディの全幅は1650mm)にも注目だ。
オーナーの個体には、排気量3366cc、リアに水平対向6気筒ツインターボエンジンが搭載され、最高出力は469馬力。これは、あらゆる条件下における性能を保証するものであり、本来は520馬力前後と推察される。これは、ポルシェのスペックにもいえることだが、火事場の馬鹿力的な「瞬間的な最高出力」ではなく「継続的にたたき出せる最高出力」であることにも触れておきたい。高負荷の状態を維持できることも、そのクルマで高性能を示す重要な要素なのだ。
では、なぜオーナーがRUFの存在を知り、手にすることとなったのだろうか。話しは幼少期まで遡る。
「私の年齢は50歳です。世代的にスーパーカーブームの洗礼を受けています。子供の頃からポルシェが好きで、そのなかでも930ターボがいちばんでした。大人になるにつれ、ポルシェというクルマが高嶺の花であると知りつつも、思いは募りました。最初の愛車は赤いマツダ・AZ-3です。10数年所有していたんですが、ある事情で廃車になってしまったんです。仕方なく次のクルマを探しはじめたとき、ふと気になってポルシェの中古車を調べてみました。すると、予算内に収まっていることを知ったんですね。こうして手に入れたのは、964型のカレラ2、ティプトロニック仕様でした。964は、AZ-3に乗っているときにランデブー状態になり、高速道路であっという間に見えなくなったことでも印象に残っていたんです」
930ターボではなかったが、こうして念願だったポルシェ・911を手に入れたオーナー。しかし、短期間で同じ964型のカレラ2に乗り換えることになる。
「念願のポルシェでしたが、どうもしっくりこなかったんです。そのうちMT車が欲しくなってしまったんですね。私が赤いクルマが好きなので、『964型のカレラ2(MT)』に限定して再びクルマを探し出しました。こうして縁あって手に入れたのが、CTRと同様、現在も所有している赤い964型のカレラ2(MT)です。このカレラ2は、もう10数年所有していますね」
その後、RUF・CTRとの出会いが訪れる。
「あるポルシェのオフ会で、CTRライトウェイト仕様の助手席に乗せてもらったんですね。短時間ではありましたが、このときの印象が強烈で、自分もCTRを…と思うようになりました。狙うは赤いCTR。そのとき、国内で赤いCTR ライトウェイトが売りに出ていたんですが、タッチの差で売れてしまい、しかも海外へと流れてしまいました。その後の足取りを追跡して日本に連れ戻すことも考えたのですが…海外で売れてしまい、断念せざるを得ませんでした。そんなとき、ショップでCTRの売り物を見つけたんです。しかし、ボディカラーはモスグリーンメタリック。希望の仕様ではなかったんですが、当時の店長さんが『それならば緑のRUF・CTRを赤く塗り替えましょう』と仰るのです。他にも、私の望む仕様をひとつひとつていねいに汲み取ってくださって…。これが決め手となり、購入を決意しました」
ついに念願のCTRを手に入れたオーナー。どんな仕様をオーダーしたのだろうか。
「何といってもボディカラーです。迷いに迷って、1/43スケールのミニカーで赤いCTRが手元にあり、このモデルをベースに調合してもらいました。もともとはコンフォート仕様だったCTRをライトウェイト仕様に近づけるべく、内装を貼り替え、RECARO製のフルバケットシートを2脚組み込みました。そして、個人的にマストアイテムだったMATTER製ロールケージを店長さんが何とか見つけ出してくれて装着することができました。契約してから納車されるまで半年ほど掛かりましたが、制作過程を撮影した画像を送ってくれていたので、我が子が誕生するのを待ちわびるような心境でした」
勝手なイメージだが、それほどハイチューンなクルマだと乗りにくいのかと思いきや…。
「意外なことに、964型のカレラ2より乗りやすいんです。アクセルペダルを踏み込んだときの加速は凄まじいものがありますが、いわゆる『ドッカンターボ』ではありません。911乗りではお約束ともいえる『アイドリングでクラッチミート』をするとエンストするので、一般的なクルマのように、少しアクセルをあおりながらクラッチをつなぐとスムーズに発進できます。妻もCTRと964カレラ2を運転(!)しますが、前車の方が乗りやすいといっています」
そんなCTRの気に入っているところは?30年選手だけにトラブルも気になるところだが…。
「気に入っているところはボディカラーとエンジンおよびミッションの出来の良さですね。満足度は95%といったところです。残りの5%は、CTRライトウェイト仕様では標準装備されているアルミ製のドアとボンネットが装着できなかったことです。RUFが再生産してくれるか、造ってくれたとしても何年待つことになるのか分からないということで、ここは断念しました。トラブルですが、ここ数年は電装系のトラブルが起こります。これは保管環境の関係で湿気が多いところに停めているためだと思われます。より環境の良い保管場所のことも常に考えています」
最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「CTRと964カレラ2は一生添い遂げたいですね。最近のポルシェも気になりますが、いまの愛車を手放してまで欲しいクルマが見つからないんです。興味がなくなったといってもいいかもしれません。私にとって、それほど大切な存在なんです」
幼少期から憧れの存在だったポルシェ、そして大人になってから魅了されたRUF。一生モノの愛車を、それも2台も所有できているオーナーは本当に幸せなカーライフを送っているに違いない。それは、オーナーを支える存在でもある奥さまの存在があればこそだ。そして今回は、取材に同行してくださったオーナーの奥さまにもお話しを伺った。
「主人は、私と結婚する前からCTRと964カレラ2を所有していたのですが、どちらもボディカラーは赤ですし、最初は待ち合わせのときにどちらのクルマに乗ってきたのか見分けがつきませんでした(笑)。その後、結婚して私も運転をするようになったんですが、964カレラ2よりもCTRの方が乗り心地が良いし、運転しやすいですね。もっとも、964カレラ2の方は主人の好みに手が加えられているようなので、ノーマルではまた印象が異なるのかもしれません」
失礼ながら驚いた。もともとそれほどクルマに詳しくなかった奥さまがCTRを運転し、乗りやすいとすら答えてしまうのだから…。奥さまから「こんなクルマ、早く売っちゃってよ!」と小言をいわれている世の男性からすれば羨ましい限りだろう。
「主人はいまも元気ですけれど、もし、この2台に乗れなくなったとしたら…。私が乗れる限り、しっかりと引き継いでいきたいと思いますね。ただ保管するだけでなく、きちんと走らせます。実は、主人と知り合う前から乗っているスバル・フォレスターのボディカラーが赤なんです。当時、住んでいたルームナンバーも911でした。単なる偶然かもしれませんけれど(笑)」
確かに、単なる偶然かもしれない。しかし、不思議な「縁」で結ばれているとしか思えない。
「妻にはいつも感謝しています。文句一ついわず、クルマの趣味を楽しませてくれているのですから…」
オーナーは決して多くは語らなかったが、日々「奥さま孝行」をしているに違いない。30年前にドイツで造られたこのCTRは、生まれ故郷から遠く離れた日本を安住の地として幸せに暮らしている。オーナーと奥さま、そして所有している愛車は「赤い糸」でしっかりと結ばれているに違いない。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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