父と子が紡ぐ物語。30年をともにする1989年式日産スカイライン GTS-t P’sスペシャル(HCR32型)
「ヒストリックカー」とは、生産から年月が経過し、歴史的な価値を持つクルマのことだ。この言葉に敏感に反応するクルマ好きは少なくない。
ただ、最近思う。年数やスペック、デザインだけではなく、それぞれのクルマがオーナーと歩んだ「物語」の連なりがあるクルマはすべて「ヒストリックカー」となり得るのではないだろうか。そう思えてならない。
そんななか「日産スカイライン」はまさにヒストリックカーの名にふさわしい存在だといえよう。「プリンス」時代からのその歩みは、まるで一編の歴史絵巻のようだ。シリーズごとに技術革新に挑み、レースシーンで数々の輝かしい戦績を残しながら、多くのファンを魅了し続けてきた。
今回紹介するのは、そのスカイラインを所有する32歳の男性オーナーだ。なんと2歳のときからこのスカイラインとともに成長してきたという。
「このクルマは、1989年式の日産スカイライン GTS-t P’sスペシャル(HCR32型/以下、スカイライン)です。日産の中古車販売店『P’sステージ』が手がけた仕様です。ベースはR32型スカイラインですが、GT-R用グリルやアルミボンネット、ボディの全塗装などが施されています。私の父が1994年に購入し、所有して30年を迎えました。購入時の走行距離は約1万キロ台でした。購入後メーターを交換していますが、現在の正確な走行距離は15万5000キロです」
シリーズ8代目となるR32型スカイラインは、1989年から1993年にかけて生産された。GTS-tの「t」はターボモデルを示す。オーナーの個体(セダン)のボディサイズは、全長×全幅×全高:4580×1695×1340mm。駆動方式はFRで、排気量1998ccの直列6気筒DOHCターボエンジン「RB20DET型」を搭載。最高出力は215馬力を誇る。さらに、四輪操舵システム「スーパーHICAS」や前後マルチリンク式サスペンションを採用し、優れた走行性能と実用性を兼ね備えたモデルだ。
オーナーがこのクルマを30年間維持し続けてきた背景には、父親の愛車遍歴を抜きには語ることができない。オーナーの父親が最初にスカイラインに触れたのは、19歳のときだったそうだ。
「私の父はちょうどスーパーカーブーム真っ只中の世代で、運転免許を取得した頃はスポーツモデルの選択肢も豊富だったそうです。S30型のフェアレディZやコスモスポーツ、セリカリフトバックなどに興味を持ち、いろいろと物色していたと聞いています。そんななか、父の友人が所有していたスカイラインに試乗したことがきっかけで、ケンメリスカイライン(C110型)のハードトップ2000GTを購入しました」
「ケンメリ」の愛称でお馴染みの4代目スカイラインは、当時も高価なクルマだった。その維持費を捻出するため、父親は寿司店で住み込みのアルバイトをはじめたという。偶然にも、その職場がきっかけで良き伴侶、つまりはオーナーの母となる人に出会うこととなったのだから、人生って不思議ものだと思う。
「もし父がケンメリを購入していなかったら、私は生まれていなかったかもしれません(笑)」
と冗談めかしてオーナーはいうが、オーナーの出生のルーツであることに驚く。その後、父親はR30型スカイラインに乗り替え、R32型スカイラインに至る。オーナーが生まれたのは、R30型からR32型に乗り替える2年前だったそうだ。物心つく前かもしれないが、当時のことは記憶にあるのだろうか?
「ウィンドウレギュレーターハンドル部分の記憶がおぼろげにあるんですが、それがスカイラインなのか、祖父のラングレーなのかがわからないですね(笑)。でも、R32の記憶は強いんです。私が2歳の誕生日を迎える前日に納車されたそうで、それからずっと一緒にいますからね」
そんなオーナーがスカイラインを意識しはじめたのは小学5年生の頃だった。父と訪れたスカイラインミュージアムでケンメリのCM映像を見たとき、その美しさに心を奪われたという。ただし、当時のオーナーは必ずしもスカイライン一辺倒ではなかったようだ。
「正直なところ、小学生の頃はこのR32型スカイラインをそれほど好きではありませんでした。当時はミニバンが流行していて、同級生の家族がミニバンに乗っているのを見るたびにうらやましい気持ちになりましたね。特に、スーパーチャージャー付きのエスティマがうらやましくて(笑)。でも、今振り返ると、父がスカイラインを選んでくれていて良かったと思います。当時の同級生たちも最近では家庭を持つ人が増え、家族を乗せるファミリーカーの相談をされることもありますし」
長年にわたってクルマに精通しており、オーナーの人柄も相まって友人たちからも頼りにされているのも合点がいく。もし彼が「人生観を変えた1台」を挙げるとすれば、それはやはりスカイラインにほかならないだろう。
「そうですね。なんといえばいいのか…これほど多面的に語ることのできるクルマは特別だと思います。スカイラインには、単なる技術以上の“哲学”が宿っていると感じますし、歴代モデルを追っていくと、まるで日本史の流れをたどるような、壮大な感覚になります」
オーナーの「クルマ好き」が本格的に芽生えたのは、大学生になってからだという。自動車部に所属し、クルマに対する理解を深めていくなかで、父親のスカイラインへの愛情と自らの価値観が重なるようになったそうだ。
この個体へのモディファイは、P’sスペシャルが特別な仕様であるため大きな変更は行わず、極力オリジナルの状態を保っている。
「もともとこのクルマは、BNR32型スカイラインGT-Rの外装パーツや純正オプションパーツを取り付けた仕様として販売されていたので、そういった背景も大切にしたいと考えています。交換したのは、純正の15インチホイールとMOMO製ステアリング、プロジェクターフォグランプくらいですね。このホイールは純正の15インチホイールですが、ターボモデル用の5穴なので、実はあまり出回っていないレアアイテムなんです」
R32型のGTS-tの定番モデルといえばタイプMだ。それだけに、誤認されることもある。そこで、GTS-tならではのオリジナリティを、希少な15インチ5穴ホイールやさりげない外装パーツで際立たせるこだわりのモディファイなのだ!
ボディカラーは、もともとグレーメタリックだったものを、レッドパールメタリックに全塗装して仕上げたという。ここで、オーナーが特に気に入っているポイントについて尋ねてみた。
「嬉々としてお気に入りだとアピールするポイントはなくて…。あえていうのであれば、ドライバーとの一体感が生まれる瞬間が最高ですね。このクルマはなかなかの“じゃじゃ馬”で、乗り手を選ぶタイプだと思います。しかし、乗り手と一体になれると、水を得た魚みたいに走ってくれるんですよね。それを感じたときに喜びがあります」
オーナーは、父親から引き継いだこのスカイラインを、可能な限り維持し続けたいと考えている。しかし、夢はそれだけに留まらない。
「父がかつて乗っていたケンメリを、いつか手に入れたいと考えています。スカイラインであればハコスカやジャパン、すべてのスカイラインに乗りたいぐらいですが、理想は、R32型スカイライン、そしてR30型スカイライン、最後にケンメリを加えた愛車コレクションです。それが私の究極の夢なんです」
父親の愛車遍歴を再現するかのようなラインナップだ。この夢が叶う日は、そう遠くないように感じられる。
オーナーのスカイラインは、30年という歳月を通じて親子とともに歩んでいる。乗る頻度は父親の方が多く、取材前日にも父親がこのクルマを運転したそうだ。
父親が手に入れたスカイラインは、現在はオーナーが率先して面倒を見ている。実車を拝見し、さらには取材を通してスカイラインを慈しむ気持ちがひしひしと伝わってきた。かといって過剰ではなく、熱量が適度に抑えられているように感じた。新車同様のコンディションというより、ていねいかつ適度に使い込まれた「良い年輪の重ねかた」をしている印象を受けた。
愛車の先に描かれる未来には、思い出が詰まった現在のR32型、そして新たに迎え入れるケンメリが待っているのかもしれない。自らの手でさらに物語を紡いでいく「スカイライン」というクルマは、オーナーにとってまさに運命かつ理想的な「ヒストリックカー」であり続けるだろう。
これからも続く愛車との時間が、新たな感動とともに紡がれていく未来に幸あれ…!と、願わずにはいられない取材となった。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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