「アストンに魔法をかけられて」。2018年式アストンマーティン・ラピードSと相思相愛な女性オーナーのカーライフ(AM401型)
クルマ好きな女性はまだまだ少数派かもしれないが、最近では彼女たちを「クルマ好き女子」というワードで括ることが増えた気がする。
今回登場するのも、女性オーナーだ。話を伺うと、「クルマ好き女子」という呼び方自体、失礼なのではという気持ちさえ抱いてしまうほどの胆力が備わっている人物だった。
以前こちらで紹介した、2018年式ポルシェ・911カレラ4S(991.2型)の女性オーナーと同一人物である。彼女は同時に、アストンマーティン・ラピードSのオーナーでもあるのだ。
アストンマーティン・ラピードS(以下、ラピードS)は、レーシーとラグジュアリーを併せ持つ「世界で最も美しい4ドア・スポーツカー」と呼ばれている。2010年に「ラピード」が登場してから3年を経て、ラピードSが日本に上陸したのは2013年のことだ。
ボディサイズは全長×全幅×全高:5019×1929×1360mm。駆動方式はFR。搭載されている排気量5935cc、V型12気筒NAエンジン「AM11型」は、最高出力560馬力を誇る。これだけのボディとパワーを持ちながら、車重は1990kgに抑えられている。しかも、4ドアでありながら、サルーンとは明らかに異なるフォルム。さらに洗練された佇まい。ラピードSは、どのスポーツカーにも似ていない「孤高の存在」といえるかもしれない。
オーナーは2018年11月に、日本に上陸した「新車として最後のラピードS」だというこの個体を迎えた幸運の持ち主だ。現在のオドメーターは7000キロを刻んでいる。ボディカラーは「クァンタムシルバー」と呼ばれ、映画「007 慰めの報酬」に登場するアストンマーティン・DBSと同じカラーだそうだ。内装は真紅に彩られ、外装とのコントラストが美しい。内装色は「チャンセラーレッド」という名の、美しいレザー仕立ての仕様だ。まずはオーナーに、愛車で気に入っている点を尋ねてみたい。
「アストンマーティンの美学である『パワー・オブ・ラグジュアリー』を正に体現化した、世界でもっとも美しい4ドア・スポーツカーです。品格のある外観はもちろんのこと、クルマのキーがバカラ製のクリスタルという演出も素敵だと思います。このキーを使ってエンジンを始動させる『儀式』が特に大好きですね。走り出してからの加速時のサウンドにも痺れます」
ダッシュボード中央に設けられた専用スロットにキーを差し込んでスタートさせるという、アストンマーティン独特の「儀式」がある。そして次の瞬間、獰猛な野獣が覚醒したかのような荒々しい音とともにエンジンが始動する。その音は決して野蛮ではないが、確実に周囲に対して強烈な存在感を放っていることは間違いない。
前回の記事(2018年式ポルシェ・911カレラ4S(991.2型))にもあるように、幼い頃からポルシェに魅せられ、長い時間をこのクルマとともに歩んできたオーナーが、なぜアストンマーティンに惹かれたのだろうか。まずは、出逢いのきっかけを伺ってみた。
「1本の映画がきっかけです。あれは家族が入院していて、心身ともに辛い日々が続いていた時期でした。手術が無事に終わってようやく一段落できたとき、気分転換を兼ねて、普段は滅多に観ない映画でも…と突然思い立ったんです。それが2015年に公開された『007 スペクター』でした。このとき、劇中にボンドカーとして登場していた『アストンマーティン・DB10』のカーチェイスのシーンを観てひと目惚れしてしまったんです。
スクリーンで「アストンマーティンの魔法」にかけられた瞬間は、どんな心境だったのだろうか?
「まるで雷に打たれたかのような衝撃でした。『アストンマーティン』という存在は知っていましたが、これまでの人生において、ポルシェ以外のクルマには興味を持たずに生きてきた私が、ホンの一瞬で惚れ込んでしまったんです。それほど魅力的なクルマが存在すること自体が信じられませんでした。そういう意味では、ポルシェとの出逢いとは違った感覚でしたね。そこに家族が病の危機から脱し、安堵したタイミングが重なったんだと思います」
突然とはいえ、一瞬で恋に落ちたのだろう。確かに、ホンの一瞬で充分だ。あとは、ゆっくりと時間を掛けて愛をはぐくんでいけばよいのだ。しかし、それ相応のポジションにあるクルマだけに簡単に事は進まなかったようだ。実際にラピードSを迎えるまでには、どのような経緯を経たのだろうか?
「実は、購入に至るまでに3年も掛かっているんです。購入したいと家族会議で打ち明けたのですが「我が家はポルシェ一筋だから」とあっさりと却下されてしまいました。しかし、そう簡単に諦めきれません。夜、時間があるときには、映画館で観た『007スペクター』のカーチェイスのシーンをDVDで何度も何度も繰り返して観る日々を過ごしました。アストンマーティンは、とにかくエンジンサウンドが魅力的です。あのサウンドを映画館で体感しなければ、ここまで惚れていなかったかもしれないですね。それを改めて感じました。その後も、家族には『他には何もいらない。ただ、アストンマーティンに乗りたい』という想いを必死になって伝える日々が続いたんです」
ラピードSの納車までに、アストンマーティンを試乗してみたのだろうか?
「スポーツジム仲間にアストンマーティンのオーナーがいたので、頼み込んで運転させてもらいました。その人は普段、コンパクトカーに乗っていたので全然気づかなかったんです。所有していたモデルはDB9です」
あらためてアストンマーティンを運転してみた感触は?
「実際に乗ってみて『恋している感情が本気だと確信に変わった』ことを実感しましたね。試乗のとき、オーナーが『このクルマはね、3000回転を超えないと良さがわからないんだよ』と言うので、アクセルを踏み込んでみました。すると、どこにそんな力を秘めていたのかというくらいの咆哮をあげて覚醒したんです。その走りは例えるなら『野獣の紳士』ですね。エレガントな走りもこなしつつ、ワイルドな一面をみせてくれる。だけど、決して破綻するような走りではありません。どんなときでも包み込んでくれているような包容力を感じながら、走りに没頭できる感覚です」
自分自身のアストンマーティンへの想いを再確認した試乗を経て、いよいよラピードSとめぐり逢うわけだが、なぜアストンマーティンの中からこのモデルを選んだのだろうか?
「ついに家族からOKが出たのが、2018年の9月でした。翌日にはディーラーへ駆け込みました。そこで初めて家族から『買うなら4ドアにしてね』と言われたんです。その考えは今までなかったですね……。私の中では、007とDB10で2ドアのイメージができあがっていたからです。たしかに、家のクルマをすべて2ドアにしてしまうと、家族と出かける機会も遠のいてしまいますので、これは避けたい……。そこで、候補に上がってきたのが、4ドアのラピードSでした」
ところが、ラピードSは2018年6月に生産を終えたばかりであった。
「担当者に相談すると、偶然にも船便で日本へ向かっている最後の1台の個体があると言われて、すぐに仕様を確認させてもらいました。偶然にも、私の好みそのもので、このときばかりは運命を感じましたね」
契約のサインをする瞬間の心境は?
「3年ものあいだ恋い焦がれた憧れの人と初めてデートして、そのまま結婚を申し込んだらOKしてもらったときのような感情とでもいうのでしょうか…。『いま、起こっていることは現実なの?それとも夢?』。生まれて初めて味わう不思議な感情でした。と同時に、『このサインをしたあと、私の気持ちはどうなってしまうんだろう?』と感じたことも事実です。しかし、そんな不安は杞憂であり、私に掛けられた魔法は解けませんでした。気持ちは落ち着くけれど、アストンマーティンに対するリスペクトは増していくばかり。そこから、自分が変化するきっかけにもなったんです」
オーナーに起こった変化とは?
「言葉にするとチープになりますが、人生が変わりました。すべてにおいて満たされているという感覚です。例えば、細かい物欲はまったくなくなりましたね。それから、ラピードSにふさわしいオーナーでいたいという意識が高まりました。それは、身だしなみはもちろんのこと、考え方に至るまで…。すべてにおいて、です。決して高級なブランド品を身につければそれで良いという意味ではなく、このラピードSの品格を汚してはならないというリスペクトの気持ちです。それほど、『このラピードSと一心同体でありたい』という想いが強いのかもしれません。自然と、自分や他人のネガティブな行動など、そうした感情も含めて寛容になれるメンタルが備わったようにも感じています。そして何より、このラピードSと過ごせるだけで幸せです。それほど惚れ込んでいるんです」
ここまで深い愛情を持っているのであれば、不思議な縁でオーナーである彼女と結びついたこのラピードSは本当に幸せだろう。ここで改めて、彼女が魅せられているポルシェへの愛情との違いについても尋ねてみた。
「これは私の印象なんですが『ポルシェは結婚する人、アストンは永遠の恋人』かもしれません。ポルシェは子どもの頃から好きで、一緒に人生を歩んできた、自分の一部のような存在です。しかしアストンマーティンは永遠の憧れのような存在でしょうか。どちらも手放すことはないですね」
話を伺って、一瞬言葉が出てこなかった。男性でも、ここまで1台のクルマを「愛しきっている」オーナーがいるだろうか?
実は、オーナーのご厚意でラピードSの助手席で彼女の鮮やかなドライビングテクニックを堪能させていただいた。終始スムーズで、前方が空いたときにはアクセルペダルを踏み込んで加速してくれる。それはまるで、ラピードSと見事なまでにシンクロしている。確かに、女性オーナーが颯爽とこのラピードSを乗りこなしていたら、嫉妬する男性がいても不思議ではない。それほど自然体であり、サマになっている。彼女は決して見栄を張るためにラピードSに乗っているのではないことを断言しておきたい。
情熱的なドライブでありながら、どこか冷静さを保っているようなイメージを抱いた。圧倒的にメリハリが効いているのだ。女性オーナーだからと油断していると痛い目を見るだろう(驚くことに、これほど大切なラピードSの試乗を勧めてくださったのだが、運転したい気持ちをグッと堪えて丁重にお断りしたのは言うまでもない)。
惚れ込んだクルマが持つ「エスプリ」を自身にも宿していたいという、強い想い。それはある種の「修行」のようにも感じられる。
最後に「決意表明」として、今後愛車とどう接していきたいかを伺った。
「このラピードSを迎えたことで、自分のカーライフはいつ終わってもいいと思えるほど満たされています。ポルシェ一筋だった私がここまで惚れ抜いてしまったので、それほど強烈な存在だったということですよね。これからも、ラピードSにふさわしいオーナーになれるように、心身ともに自分を磨いていきたいですね。こんな話は、周囲の仲間にはしません。クルマが好きだからといって、みんな理解してくれるわけではないですから(笑)」
と、オーナーははにかむ。最後にようやく気がついた。オーナーとラピードSは「相思相愛」なのだ。
愛するクルマがあっても、これほどまでに1台のクルマを誠実に、そして深く「愛しきる」ことが、自分にはできるのだろうかと問いかけてしまった。彼女の想いが、クルマを愛する多くの女性オーナーにも届くようにと願いながら、鮮やかに走り去って行くオーナーとラピードSを見送った。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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