憧れ続けたトヨタ セリカXXを親子で楽しむ母親が抱く大きな夢
2022年秋、筆者は某メーカーが主催する新型車の試乗会に参加し、海沿いの道を走っていた。ちょうど夕刻だったので、「この先にある広場で夕日をバックに撮影しよう」ということになった。
広場にクルマを入れると先客が愛車の写真を撮っていたのだが、そのクルマを見て同乗者全員で大声をあげてしまった。なんと先客のクルマは1980年代にスペシャリティーブーム・GTカーブームを牽引した白いトヨタ セリカXX。しかもどう見てもフルノーマル車だ。撮影しているのは2人の女性。彼女たちがオーナーなのだろうか。筆者たちは興奮気味に彼女たちに声をかけてしまった。
彼女たちはドン引きしたに違いない。突然、3人のおっさんがはしゃぎながら話しかけてきたのだから。傍から見ればただのナンパだ。それでもいろいろ話を聞いてみると、なんと2人は親子だという。1985年式のセリカXX 2000GTは母親であるきよみさんの愛車。機会があったらぜひあらためて話を聞かせてほしい。そうお願いし、今回の取材と相成った。
「このセリカXXを買ったのは今から14年前。2009年9月でした。当時は今ほど旧車がブームになっていなかったので、無理のない価格で手に入れることができました。旧車が高騰している今だったら絶対に買えません(笑)」
購入時に約7.7万kmだった走行距離は14年間で19.3万kmに達した。このことからきよみさんがこのクルマを普段使いしているのがわかる。それにしても、なぜXXを手に入れることになったのだろう。
「私は専門学校時代に運転免許を取得したのですが、その時に真っ赤なセリカXXに乗りたくて、契約までしたんです。でも父親から猛反対されて泣く泣く諦めました」
きよみさん曰く、お父さんは昭和の頑固者で「学生の分際でクルマに乗るなんて何を考えているんだ!」と激昂したという。きよみさんが買おうとしていたのがスポーツモデルということもあり、暴走族のようなイメージを持ったのかもしれない。
お店の人が「一緒にお父さんに会って話をしましょうか?」と言ってくれたが、「怒った父親を説き伏せるのは無理だと思う」と話し、セリカXXの購入を解約してもらったそうだ。
きよみさんは社会人になってから自分のクルマを購入。最初はトヨタ セリカ(ST162)、その後はトヨタ ハイラックスサーフやトヨタ ハイエースなどを乗り継ぎ、結婚してお子さんが生まれてからはトヨタ ヴォクシーやダイハツ ムーヴなどを選んできた。
いろいろなタイプのクルマに乗りながらも、きよみさんの心のなかにはどこかもやっとした気持ちが残っていた。大好きですごく乗りたかったのにやむなく諦めたセリカXXへの思いだ。
ある時、きよみさんは中古車検索サイトで何気なくセリカXXを探してみた。すでにかなり古いクルマだったので数台しかヒットしなかったが、その中の一台に目が留まる。
「マフラーが社外品に交換されていたり、車高が落とされていたりするのが当たり前のクルマなのに、たまたまフルノーマルの中古車が出てきたのです。『え、ノーマル?』と目を疑いました。しかもそのクルマはスポーツカーや旧車の専門店ではなく、岩手県にあるごくごく普通の中古車屋さんにあったんですよ。なんか運命的な出会いのようなものを感じて、自然にお店に電話をかけていました」
初めての電話できよみさんはセリカXXに対する思いなどを自然に話し、気づいたら1時間以上時間が経っていたという。店長もせっかくのノーマル車なのだから派手にいじる人よりノーマルで楽しみたい人に買ってほしいと言ってくれた。でもきよみさんの自宅は神奈川県。岩手県にあるお店まで気軽にクルマを見に行くことはできない。
最初に電話をかけてから3ヶ月後。店長からきよみさんの元に連絡が入った。「東京で用事ができたからその時に会いませんか? セリカXXの資料や写真をお見せします」。ファミレスで待ち合わせして資料を見せてもらい、きよみさんの決心は固まった。
「資料を見て大切に乗られてきたクルマであることがわかりましたし、店長とお会いすることができたことで誠実さが伝わりました。3ヶ月間も売れずに残っていてくれていたことも運命だなと思いました」
晴れて学生時代から憧れ続けたセリカXXのオーナーになったきよみさん。このクルマのどこにそこまで惹かれるのだろう。
「やっぱりロングノーズのスタイルです。そしてエンジンも好き。ボディが重いから出だしは踏み込んでもなかなかスピードが出ませんが、3速・4速と入れていった時の伸びがすごく気持ちいいんですよ。私とフィーリングが合うなって感じています」
きよみさんはセリカXXに乗ってから、北海道から鹿児島県まで、全国に仲間ができたという。
もう40年近く前のクルマだけにトラブルが発生するとパーツ探しに苦労するが、全国の仲間に聞いてみると「それならまだ部品が出てくるよ」「その部品なら僕が持っているよ」など、さまざまな情報が集まってくる。
日本で部品が見つからない時でも「海外から取り寄せられるよ」と助けてもらったこともあった。仲間の存在は旧車を楽しむ上でとても大きい。
セリカXXが納車されてから、休日は娘さんと2人でドライブを楽しむことが多くなった。木更津のアウトレットでショッピングしたり、テレビで紹介されたレストランを訪問したり。2人で突然思い立ち、夜中に京都までセリカXXを走らせて有名な神社の御朱印をいただいたこともある。
納車から14年が経ち、小学生だった娘さんも大学を卒業して社会人になった。もちろん学生のうちに運転免許も取得した。
14年間セリカXXと一緒に過ごした中で一番の思い出を尋ねると、きよみさんはしばらく考え、神戸をドライブした時のエピソードを教えてくれた。
「私のクルマには“トヨタカローラ神戸”のステッカーが貼られています。つまり、この子は神戸出身です。それもあって、いつか地元の街を一緒に走りたいなと思っていました。
娘が大学3年の時に実習で2週間ほど大阪に行くことになり、ちょうど私も夏休みだったので『大阪まで迎えに行くよ』と話しました。そして娘をピックアップした後、2人で神戸の街をドライブしました。短い時間でしたが、セリカXXもすごく嬉しそうに走っている気がして。この時のことはずっと忘れないと思います」
そんなきよみさんには夢がある。それはこのセリカXXに乗り続け、もう運転は辛いなと思ったら娘さんに受け継ぐこと。
「今はまだ『もしぶつけたりしたら嫌だから運転しない』と言っていますが、運転に慣れたらちょっとずつ乗ってみてもらいたいですね。そして将来のために、少しずつ私のクルマ仲間を紹介していけたらと思っています」
10代から憧れ続けたクルマとの暮らしを楽しむ中で、次の世代にクルマを託すという新たな夢が芽生えた。いつになるかはわからないが、きっとその夢も実現するはずだ。娘さんはAT限定ではなくMT車も運転できる免許を取得した。
実は今回の取材を依頼した際、きよみさんからこんな提案があった。
「娘のことも取材していただけませんか? 実は最近、初めての愛車を手に入れたんです。EP91トヨタ スターレット グランツァSなのですが……」
なんと! 娘さんはしっかり母親の意思を受け継ぐ心構えができているではないか。近々、本コーナーでEP91に乗る娘さんの話もお届けしようと思う。お楽しみに!
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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