通勤にも使えるキャンピングカー。この条件でたどり着いたトヨタ グランドハイエース
朝6時に神奈川県を流れる中津川に来てほしいと連絡をもらい、日の出とともに出発した。約束の時間の少し前に到着すると、今回紹介する田中健雄さんはすでにルアーを川に投げながら、フライフィッシングを楽しむ地元の人たちと談笑していた。
「すみません、朝早くに来てもらって。ここは職場に近いポイントで、出勤前に釣りを楽しんでいるんです。ここに来るときは日の出くらいに家を出て、8時少し前くらいまでルアーを投げています」
なるほど。だからギリギリの時間まで釣りを楽しめるよう、軽装でいるのだろう。
そんな田中さんの愛車は2000年式のトヨタ グランドハイエース。1995年8月にデビューした最上級ミニバンであるグランビアがマイナーチェンジした1999年8月に登場した兄弟車で、アルファードの先祖にあたる車種だ。
ただ、見ての通り“普通”のグランドハイエースではない。もともとは救急車用としてルーフを高くしてあるものをベースに、キャンピング仕様に架装したもの。
トラックに居住スペースを載せたキャブコンバージョン(キャブコン)とも、ワンボックスの内装だけをキャンピング仕様にしたバンコンバージョン(バンコン)とも違う、ちょうどキャブコンとバンコンの中間に位置するような仕様だ。
グランビアとグランドハイエースには現在でもこのようなキャンピング仕様の中古車が流通している。
田中さんがこのクルマを手に入れたのは3年ほど前。金額は乗り出しで130万円ほどだった。
「私がキャンピングカーに興味を持ったのは、スノーボードがきっかけでした。年末年始に家族5人でスノーボードに行く際、宿を予約するのではなくキャンピングカーにしたほうが、コスト面でもフットワークの面でもメリットが大きいだろうと考えたのです」
田中さんは試しにキャブコンのレンタカーを予約し、家族5人でゲレンデに向かった。キャンピングカーでの旅は思いのほか快適で、子どもたちも大喜び。何よりキャブコンは居住スペースの天井が高いので、楽に着替えられるのがいい。以来、田中さんは年末になるとキャブコンをレンタルしてゲレンデに行くようになったという。
「ただ、キャンピングカーでの旅を重ねるうちに不満も出てきました。一番大きかったのはレンタカーだから旅の前に生活道具を積み込んで、帰ってきたら荷物を全部降ろさなければならなかったことです。これは仕方がないことなのですが、『せっかくのキャンピングカー旅なのになんでこんな面倒なことをしなければならないのだろう』という思いがどんどん大きくなっていきました」
家族でもっと気ままに旅を楽しみたい。田中さんはレンタカーを卒業し、自分のキャンピングカーを手に入れる決意をした。
キャンピングカー選びでの条件は2つ。ひとつは車内で立って着替えられるスペースがあること。もうひとつは通勤にも使えること。
実はこの2つ、キャンピングカー選びでは“相反する条件”になる。通勤をはじめ普段使いもするのであれば、軽キャンパーやトヨタ タウンエースなどのコンパクトなバン。あるいはミニバンを車中泊仕様に架装したものになる。トヨタハイエースベースのバンコンも、ナローボディならギリギリ普段使いもできる。
ただ、これらは車内で立って着替えるのは難しい。解決策としてポップアップルーフ付きのものを選ぶという方法はあるが、雪山で使うことを想定している田中さんにとって現実的な選択肢ではなかった。逆に居住空間の広さを優先してキャブコンを選んだら、通勤に使うのは難しい。
「そんな時、雑誌でプロスノーボーダーの愛車紹介の記事を読みました。その人はグランドハイエースのキャンピングカーに乗っていて『車内で楽に着替えられる』と書いてあったのです。これだ!と思いましたね」
グランドハイエースはデビューから20年前後経っていたこともあり、キャンピング仕様になっている中古車も買いやすい値段で流通していた。田中さんはすぐにキャンピング仕様になった4WDのグランドハイエースを手に入れた。
「これは室内が広くベッドが2段ベッドになっているので、上の段に子ども3人、下に大人が2人寝られます。5人家族の私にピッタリですね。自分のクルマを手に入れたことで面倒な荷物の積み下ろしから開放された。年末年始のスノーボードが本当に快適になりました。とくに子どもたちにとってはこのクルマで遊びに行くのが特別な時間になっているようです。ただ、妻は『クルマよりも旅館に泊まりたい』と文句を言っていますが(苦笑)」
気になるのは、田中さんがキャンピングカー選びの条件に挙げていた“通勤に使える”という部分だ。このクルマはルーフを架装しているため、全高は2400mmほどある。普段使いで不便はないだろうか。
「その点は私も心配していたのですが、自宅と職場の駐車場には高さ制限がないので、意外と平気でした。通勤は高速道路を使って片道30kmほど。全高が高い分横風の影響を受けることは覚悟しました。でも思っていたほどではなかったですね。排気量も3.4Lあってパワー的には十分。快適に使うことができています」
田中さんがこのクルマを手に入れてしばらくすると、新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を襲った。その時はキャンピングカーがあって助けられたという。感染拡大防止のために多くの飲食店が営業自粛を行なったが、キャンピングカーの中で自炊することができたので昼休みに昼食で困ることはなかった。家族が感染してしまった時は田中さんが1週間ほどこのクルマの中で過ごし、隔離生活を快適に過ごすことができた。
ところで、田中さんが今回取材させてもらった渓流釣りを趣味にしはじめたのは2年ほど前から。つまりこのクルマを手に入れてからだ。家族で旅を楽しみたくても出かけることができない。コロナ禍では密を避けながら旅を楽しむためにキャンピングカーの需要が高まったが、さすがに家族で出かけられる雰囲気ではなかった。そんな中で、密にならない場所で人を気にせず楽しめる趣味として、釣りをはじめたという。
「私の仕事は連休を取るのが難しいので、休日の釣りも基本的には日帰り。夜明け前に家を出て伊豆方面などに出かけています。時間がある時は前日の夜に家を出てポイントの近くで前泊します。これができるのはキャンピングカーならでは。すごく楽ですね。本気の渓流釣りは山奥まで入っていくので、一人だと危険。そんな時は仲間と時間を合わせてこのクルマで出かけます。40歳を過ぎたおじさんがクルマの中で川の字になって寝るというのも、学生時代に戻ったようで楽しいですよ」
実は田中さんは、グランドハイエースのキャンピング仕様以外にフォルクスワーゲン タイプ2を所有している。タイプ2は“アーリー”と呼ばれる1962年式の15ウインドウ。他にもう一台、1950年式のハーレーダビッドソンも所有しているという。通勤ではこの3台を気分に応じて選んでいるそうだ。
「若い頃はハイドロを組みたくてフォード サンダーバードに乗ったり、ドリフトをやりたくて日産 180SXに乗ったりしていました。その後サーフィンをやるようになり、カリフォルニアのカルチャーに憧れて1962年式のフォルクスワーゲン ビートル(タイプ1)に乗りました。そして5年ほど前にビートルからタイプ2に乗り替えました」
なるほど。50年以上前のクルマやバイクを普通に乗りこなしているのであれば、20年落ちのキャンピングカーを躊躇なく選べたのもうなずける。田中さんはこのグランドハイエースを最後まで使い倒すつもりでいる。
「近いうちにこのクルマをトランスポーターにしてモトクロスをはじめたいなと思っています。車内がこれだけ広ければ余裕でバイクを積むことができますから。バイクを積んだら車内はドロドロになりそうですが、それよりも楽しい方を優先しようかなと。あとは長期の休みを取って、釣りをしながら北海道や東北を旅したいとも思っています」
人は歳を重ねると新しいことをはじめるのは億劫に感じるものだ。だが、田中さんは理想の遊びグルマを手に入れたことで、次々と新たな夢が眼の前に現れている。そしてもちろん、自分のことだけでなく家族とも存分に楽しんでいるのは言うまでもない。
グランドハイエースのキャンピングカーは初度登録から23年、走行距離が18万kmを超えているが、まだまだ元気そうだ。これからもアクティブな田中さんと家族を全力でサポートしてくれるはずだ。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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