震災で多くの人を支えたスープラに、何があっても乗り続ける理由
1993年5月に“THE SPORTS OF TOYOTA”というキャッチコピーで登場し、2002年7月まで生産された80系トヨタ スープラ。日産 スカイラインGT-Rやマツダ RX-7、ホンダ NSXらとともに日本のハイパワースポーツカーの一時代を築いたモデルだ。今回お会いした小柴知章さんは2009年に80スープラを購入。以来、衝撃的な経験を経てもなお14年間この愛車を大切に乗り続けている。
きっかけはゲームだった。1994年に発売された『ゼロヨンチャンプRR』をプレイして、スープラっていいなと思ったという。その後は別のスポーツカーに憧れたりしていたが、2009年に開催された第41回東京モーターショーで、再びスープラへの想いが加熱する。
「この年のモーターショーでは日本カー・オブ・ザ・イヤー 30周年の企画展示で、歴代の受賞車などが展示されていました。その中に80スープラもあったのです。久しぶりにスープラの実車を間近で見て、欲しい、乗りたいという気持ちに火が付いてしまいました」
当時、小柴さんは青森県のトヨタディーラーで営業の仕事をしていた。ディーラーでは自分のクルマを営業車として利用する。小柴さんはそれまでカローラを乗り継いでいたが、上司に「スープラに乗り替えたい」と相談した。
ところが上司からの回答は「NO!」。いったいどこの世界にハイパワーのスポーツカーで営業に回るやつがいるんだ。お客様が驚くだろうと、相手にしてもらえなかったという。それでも諦めきれない小柴さんは、専務に直談判したそうだ。
「私の熱意が通じたのか、専務は『別にいいんじゃないか』と言ってくれました。理解のある上司がいてくれて嬉しかったですね」
ただし専務からはスープラ購入にあたり、ひとつだけ条件を出された。それは“改造はしない”というもの。小柴さんはその条件を守っていたが、フラストレーションはなかったのだろうか。
「乗り始めてからしばらくはノーマルで過ごしましたが、会社に内緒で少しだけ車高を下げたり、こっそりマフラーを換えたりしました。もう時効ですよね(笑)」
小柴さんの直属の上司はスポーツカーで営業に行くとお客様を驚かせると心配していた。しかし実際に乗ってみると、真逆の反応だったという。
「お客様のところにスープラで行くと『いいクルマだねえ』と言ってくださって、その後の商談がスムーズに進むこともありました。商談までは行かなくても、スープラの話で盛り上がる。お客様もカッコいいクルマが好きなんだということが伝わってきましたね。
私のお客様に小学校の先生がいらっしゃったのですが、ある日『子どもたちにクルマのことを教える授業をやりたい』と相談を受けました。私はクルマが出来上がるまでの過程を子どもたちに紹介しようとスライドを作って学校に行きました。ところが子どもたちはみんなスープラの前に集まって授業になりませんでした(笑)。先生も、みんなが楽しんでいるからよかったと言ってくださいました」
余談だが、80系スープラには直6ターボを搭載するRZ系と、直6 NAエンジンを搭載するSZ系がラインナップされていた。小柴さんはスープラを手に入れる際にどちらに乗るかかなり悩んだそうだ。
そこでプレイステーションソフトの『グランツーリスモ』でRZとSZの両方を手に入れてゲームの中で徹底的に走り込み、「やっぱりターボのほうが楽しい!」という結論に達し、RZ-Sをチョイスした。
スープラに乗り始めて2年目。小柴さんの人生を大きく変える出来事が起こった。2011年3月11日に発生した、東日本大震災だ。地震で発生した巨大津波は海沿いの町を破壊した。東北の人々の移動手段であるクルマが津波で大量に流されて困り果てているというニュースを覚えている人も多いはずだ。
小柴さんの営業所でも、「クルマがなくて困り果てている」というお客様からの電話が鳴り止まなかったという。営業所では一丸となってクルマをかき集め、無事が確認できたお客様のもとにクルマを届け続けた。小柴さんも同僚とともにスープラでお客様のもとに向かったそうだ。
「あたりは瓦礫だらけでどこが道かわからない状況。電気が寸断されたので街灯もついていません。すべてが破壊されているので目印もない。そんな中を走って何度も瓦礫に突っ込んでしまい、スープラはボロボロでした。でもお客様の元にクルマを届けるのは無事だった僕らの使命だと思い、『頑張ってくれ、耐えてくれ』と祈りながら走り続けました。地元の方々が貴重なガソリンを融通してくれたのは本当に嬉しかったですね」
被災からの復興が進む中で、小柴さんは「一度きりの人生、好きなクルマに乗って、好きなことをやりながら生きていこう」と考えるようになった。そして営業所に退職届を出し、神奈川県横浜市に転居。好きなクルマの仕事を続けながら、ディーラー勤務時代はできなかったスープラのカスタムを楽しむようになった。そして富士スピードウェイで行われる走行会でスープラを思い切り走らせる楽しさも知った。
横浜で暮らすようになって恋人もできた。幸せに暮らしていた小柴さんだが悲劇に見舞われる。いつものようにスープラで富士スピードウェイを走っていたら、最終コーナーで操作を誤りコースアウト。おしりからウォールに突っ込んでしまい、左半分を大破させてしまった。実はこの時、結婚式を挙げる2ヶ月前。途方に暮れた小柴さんはフィアンセに頭を下げた。
「クルマを修理しなければならなくなったので、結婚指輪は少し待ってくれと……。当たり前ですが、めちゃめちゃ怒られましたよ。『このクルマ、二度と見たくない!』って(笑)。でも、僕の趣味は理解してくれていると思います。この事故を機にスープラでサーキットを走るのは止めました。奥さんを心配させるわけにもいかないのでね。サーキットを走りたくなったら、富士のレンタル車両を利用しています」
現在、スープラでは休日に奥さんと2人でドライブを楽しんでいる。奥さんは車高が低くて目立つスープラよりも快適なSUVなどのほうがいいみたいだが、指輪をしばらく待ってくれとまで言われたクルマでドライブを一緒に楽しんでいるところに2人の絆を感じる人も多いだろう。
スープラに乗るようになって14年。これまで手放そうと思ったことは? と、ちょっと意地悪な質問をぶつけてみた。すると苦笑いしながら「一度だけある」と教えてくれた。
「スープラに乗っている友人が飲みに行った時、たまたま隣の席に座っていたのが自動車販売業の人だったそうです。その人にスープラに乗っている事を話したら、600万円で買い取らせてほしいと言われたと。僕はこのスープラを150万円以下で手に入れたので、その話を聞いた時に一瞬グラッときました(笑)。でも手放したら後悔するのはわかっているし、半分意地で乗り続けています」
スープラを始め、この時代のスポーツカーは中古車相場が高騰している。小柴さんの気持ちが揺らいだのも無理はない。一方で子育てなどさまざまな理由でスポーツカーから降りた人がもう一度乗りたいと思っても、手に入れることができないでいるのも事実。小柴さんの周りにも、スポーツカーを降りて後悔している友人が何人もいるそうだ。
このスープラには小柴さんのさまざまな想いが詰まっている。許す限り乗り続けて、これからは奥さんとの思い出をたくさん作っていってほしい。
(文:高橋 満<BRIDGE MAN> 写真:中村レオ)
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