重度のホンダ S2000マニアに現行型シビック TYPE Rが与えた「新たな可能性」
東京都に住まう山中航史さんは、ホンダ S2000という車について「S2000は自分の人生そのものというか、少なくとも“分身”のようなものです」と言う。
1999年4月にS2000が発売される約1年前からネット上でオーナーズクラブを立ち上げ、発売1週間後には早くも、おそらくは世界初であるはずの「S2000オーナーのオフ会」を横浜市内で主催。以来20年以上、ホンダ S2000を人生の主たる軸に据えて生きてきた。勤めていた会社を退職したのも、S2000がきっかけのひとつだった。
そんな山中さんが過日、車検切れ状態で自走が叶わないS2000に代わる車として、FL5こと現行型ホンダ シビック TYPE Rを購入した。
いや、ここで「S2000に代わる車として」と書くのは正しくないだろう。現時点、すなわちFL5型シビック TYPE Rの納車から約3カ月が経過した2024年3月の段階ではまだまだ、S2000が「自分の人生そのもの」であるのに対し、現行型シビック TYPE Rは「ひと目ボレした大好きな車」でしかないからだ。
だが山中さんは、こうも言う。
「FL5(現行型ホンダ シビック TYPE R)もあと10年たったら、私の分身のような存在になるのかもしれません。まだわかりませんが、この車には、そうなるだけのポテンシャルはある気がしています」
山中さんがホンダ S2000に魅了されたのは、まだそれが「ホンダ SSM」という名のコンセプトカーだった頃。1995年の第31回東京モーターショーでホンダ SSMを見た山中さんは、それをひたすらカッコいいと感じ、「市販されたならば絶対に買う!」と決意した。
そしてツインリンクもてぎで1998年に開催された本田技研工業の創立50周年記念イベント「ありがとうフェスタinもてぎ」にて、当時の川本信彦社長がS2000のプロトタイプを前に「来年にはこれを市販します!」と高らかに宣言する姿を見た山中さんは、いよいよS2000購入の決意を固めた。
だが当時、山中さんの手元にはそれを買うだけの資金がなかった。
「で、お金はないのですが、とにかくS2000は欲しくて欲しくてたまらないということで、どうしたものか……と考えた結果、『そうだ、オーナーズコミュニティを自分で作っちゃえ!』ということになったんです。まだ発売されていなかったですし、そもそも私はS2000を買えるだけのお金も持っていなかったのですが(笑)」
ホンダ S2000が発売される約1年前に、山中さんは「SCN(S2000 Community Network)」なるサイトを開設。さまざまな車雑誌に掲載されたS2000の事前情報を整理して発信するとともに、予約注文を済ませたオーナー予備軍たちが『自分はこのオプションを着けることにした』『ボディカラーは◯◯を選択した』等々の情報交換が行える場にもした。
そして1999年4月にホンダ S2000が発売されると、その1週間後には前述したとおり横浜市内で、おそらくは世界初のS2000オーナーズミーティングを主催。ミーティングの主催者は、実はその時点ではS2000オーナーではなかったのだが――。
しかしそれから1年後の2000年には、山中さんもついにホンダ S2000を購入。以来、自身でその素晴らしい走りを堪能するとともに、これまたおそらくは世界初の「S2000オーナー有志によるサーキット走行会」を主催したり、S2000を製造していた本田技研高根沢工場の見学会を企画したりした。
「ホンダ S2000という車に対しては、『もうそのすべてが大好き』としか言いようがありません。まずはコンセプトモデルであったSSMのデザインにひと目ボレしたわけですが、それに加えて専用部品の塊であること、NSX専用工場として誕生した高根沢工場で作られた、クラフトマンシップあふれる匠たちのこだわりの塊であること。つまりは“オンリーワン”がたくさん集まってできた車であるなどのストーリーを、まるごと愛しているんです」
そしていつしか、そんなホンダ S2000を自分で運転したりカスタマイズすることと同時に、「S2000のことが大好きな人たちを喜ばせること」も、山中さんのライフワークになっていった。
サーキットでの走行会を主催するが、自身のS2000は『S2000をサーキットで運転してみたい』と考える人に委ね、自身はその走行シーンをカメラで撮影してあげるなどのサービス精神を炸裂させる。そうすることでS2000オーナーの輪というか、「S2000ってイイよね、最高だよね!」と思っている人々の感情の輪をつないでいき、そして次代へ継承させていく――ということが、山中さんのライフワークになったのだ。
「もちろんS2000のことは私も大好きなのですが、S2000が大好きな人を喜ばせるのは、なぜかそれ以上に好きなんです(笑)」と静かに笑う山中さんではあるが、その活動内容はまさに「在野なれど、実質的にはほぼ公式のホンダS2000伝道師」と言ってもいいのかもしれない。
そんな山中さんも結婚し、子どもも生まれると、当然ながらホンダ S2000のことだけに注力するわけにもいかなくなる。そして子育てには、端的に言ってお金がかかる。そのため、何かと手がかかるようになった2000年式ホンダ S2000の車検は切れたままとなり、一度はかろうじて再度車検を取得して2年間乗ったものの、やはりその後は「検切れ状態」のまま自宅車庫に保管され続けることになった。
そして出会ったのが、現在乗っている現行型ホンダ シビック TYPE Rだった。
「FL5(現行型ホンダ シビック TYPE)もS2000のときと同じで、『まずはデザインにひと目惚れした』という感じです。それまでのTYPE Rにはデザインの面でさほど興味が持てなかったのですが、決してヤンチャ系ではない“大人の落ち着き”を感じさせるFL5の造形は、まさに私の好みにドンピシャだったのです」
S2000を購入する前は4代目のホンダ プレリュードに長らく乗っていた山中さんは「スポーティだが大人っぽくもあるクーペ」も実は大好物で、S2000購入後も、愛車としてしばらくは4代目プレリュードに乗り続けていた。そしてプレリュードの走行距離が15万kmを超え、それまでに2回修理したエアコンが再び壊れてしまったタイミングでプレリュードを売却。その後は初代MINI クーパーSコンバーチブルや初代BMW 135iクーペなどを「家族も乗れる車」あるいは「S2000がある生活を支えるための車」として使ってきた。
「だから、2022年9月の発売と同時にオーダーを入れ、2023年の12月に納車となったFL5も、私にとっては4代目プレリュード的な立ち位置なんです。つまりS2000のような『人生をかけて愛する車』とは少し違うということです。もちろんFL5のことも大好きであることは間違いないのですが、好きの種類が違うと言いますか――」
確かにそうなのだろう。長年にわたって苦楽を共にしてきた配偶者あるいは恋人、親友などと、最近になって知り合った素晴らしい友人。そのどちらのことも大好きだったとしても、やはり自分の中で“完全な同列”に置くのは難しい。そういうことなのだろう。
「でも……」と山中さんは言う。
「運転時間が増えていくにつれて、FL5(現行型ホンダ シビック TYPE R)のことがより大好きになっている自分がいることも認識しています。そして10年後ぐらいにはFL5も、私にとっての分身みたいな存在になっているのかもしれません。少なくともFL5という車自体には、それだけのポテンシャル、そしてストーリーが間違いなくあります」
トルクフルでパワフルなVTECターボエンジンと強靭なボディ、タイトな足回りによっていかようにもスポーティな走りを実行できるが、しかし同時にふくよかな前後フェンダーに代表される造形はきわめて上質な“美”を内包していて、さらには快適で俊足なグランドツアラーとしての資質も十分以上。
「……そんな車はほかにありません。いや輸入車の一部にはあるのでしょうが、この価格帯で、ここまで高い総合力を持ち合わせている車は、私は寡聞にして知りません。そのためこの車に例えばあと10年乗り続け、その間にS2000のときと同じような、気のおけない友人がたくさんできていったなら――気がついてみればこの車も、私の分身みたいな存在になっているのかもしれません。そんなことが期待できるポテンシャルを持ち合わせた車に出会えたことが、とても嬉しいんです」
現行型ホンダ シビック TYPE Rは、山中さんの人生にあまりにも大きな影響を与えたホンダ S2000の“代わり”になることはたぶんないし、山中さんがS2000のことを忘れることもないのだろう。
だが人間は何事においても“代わり”ではなく“新たな何か”を、自身の人生に取り入れることができる。付け加えることができる。
何でもかんでも付け加えりゃいいというものでもないが、元からある大切なものを守りつつ、さらに“新しくて素晴らしい何か”を付け加えることができた人の人生は、おそらくは豊かで、おそらくは幸福である。
現行型ホンダ シビック TYPE Rはそんな幸福を、山中航史さんのもとに運んできたのだ。おそらく。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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