愛車の日産 サクラは「蓄電池」としても活躍。軽BEVと始めるローコストV2Hライフ
GAZOOの愛車広場では、毎日多くのクルマ好きを紹介している。インタビューからは、みなさんが思い思いにクルマを楽しんでいるのが伝わってくる。今回紹介するフリーライターの藤本 健さんは、愛車広場に登場する多くの方とは違う形でクルマを捉えるとともに楽しんでいる。
藤本さんの愛車はトヨタ ヤリスクロスと日産 サクラ。サクラは2022年5月の発表直後にオーダーを入れたという。購入の主な目的は蓄電池として使うことだった。
「私の家には太陽光発電システムを導入しています。これまでは発電して余った電気は電力会社に売電していましたが、10年が経過し売電価格が減少したので、これからどうしようかと考えていました」
2005年、自宅の新築時に設置したという太陽光発電システム。自宅で使いきれずに余った電気は売電する「太陽光余剰電力買取制度」にのっとり、当初は買電価格と売電価格は一緒だったのが、2009年にスタートした「再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)」により、売電価格が48円と上がった。しかし10年というFIT制度の期間が終了し、売電価格が1kWhあたり8円台にまで下がってしまった。
電力会社から買う電気代が1kWhあたり30円台なのに、売る価格がそれより安いのはもったいない。しかも電気代はどんどん値上がりしている。それなら余剰電力を売電するよりも、蓄えて自分で使ったほうがいいのではないかと考えるようになったという。だがこのプランには大きな問題があった。蓄電池だ。
「蓄電池は容量により価格が大きく異なりますが、私が考えるプランだと蓄電池代だけで400万円前後してしまう。さすがに話になりません。どうしようかなと悩んでいた時に頭に浮かんだのがV2Hでした」
藤本さんは自宅に太陽光発電システムを導入後、インターネット媒体で『藤本 健のソーラーリポート』という連載をスタート。この企画で何度かV2H(Vehicle to Home=BEVを蓄電池として使い家庭に電力を供給するシステム)の取材を行った。ただ、当時は導入直後だったこともありシステムが非常に高額で、BEVの性能もそこまで高くなかった。だから自分が導入するイメージはわかなかったという。
その後、BEVの選択肢が増え、ついに高性能な電池を搭載した軽BEVのサクラが登場。国と自治体の補助金を利用すれば家庭用の蓄電池よりもかなり安く購入できる。しかも蓄電池だと設置したらそれで終わりだが、電気自動車なら移動手段にもなる。藤本さんは迷わずサクラでBEV生活をスタートすることにした。
だがサクラが手元にやってくるまでにはいろいろな問題もあった。まずディーラーで「サクラをV2Hに使いたい」と話したのだが、マンション住まいの人が多いエリアということもありV2Hに詳しい担当者がいない。そのためわざわざディーラーの本社から担当者に来てもらうことになったという。
担当者から説明を聞き導入を決めたが、今度は納期の問題が生じた。サクラは2022年末に納車できることになったのだが、肝心のV2Hシステムが不足していて、サクラより1年近く遅れての納品になるという。そこで蓄電池としての利用を考えている藤本さんは、システムの設置が終わる2023年10月まで納車を遅らせてもらうことになったそうだ。
運転免許取得後はブルーバード(810)、シルビア(S12)、180SXと、日産のスポーティなMTモデルを乗り継いできた。中でも180SXは10年以上乗り続けた思い出深いクルマだ。当時は「いつかポルシェ 928に乗りたい」と考えていたそうだ。
そんな藤本さんのクルマ選びは、お子さんの誕生で大きく変わった。なんと三つ子を授かり、クーペはおろか5人乗りの2列シート車すら選ぶのが難しくなったのだ。
「いわゆる走り屋ではありませんでしたが、スポーツカーをMTで運転するのは楽しかったですね。だから180SXを降りることになったのはショックでした。でも次に選んだミニバンは子育てに活躍してくれました」
藤本さんは当時発売されたばかりのトヨタ ノアをチョイス。しばらくはそれを家族で使っていたが、自営で建築関係の仕事をしている奥様から「大きなクルマだと建築現場を回るのが大変」という声があり、コンパクトカーのトヨタ パッソを導入。ここから2台体制のカーライフになった。
ノアは3人の子どもが高校を卒業するまで乗り続けたという。18年も乗るとさすがにあちこちガタが出ていたので、藤本さんはノアから2代目トヨタ シエンタのハイブリッドに乗り替え。その後、お子さんの一人が地方に進学したのでシエンタをお子さん用にして、トヨタ ヤリスクロスのハイブリッドを導入した。
これは筆者の想像だが、藤本さんが2台続けてハイブリッドを選んだのは燃費の良さはもちろん、モーターが加わることによる走りの良さも気に入ったのではないかと思う。サクラについても「スポーツモードにするとゴーカートのように走るのがおもしろい」とのこと。以前、テスラに試乗したときもジェットコースターのような走りに驚愕したという。エンジンとは違うモーターの加速感が性に合っているようだ。
納車後、サクラは買い物や奥様のジム通い、同じ市内にある実家に行くなど、街乗りを中心に使っている。「サクラで遠出はしないのですか?」と尋ねると、藤本さんのクルマの使い方だと満充電で出発してもどこかで充電しないと家に戻ってくることができないという。
実は藤本さんは千葉県と山梨県に趣味で自分の太陽光発電所を所有している(いわゆる太陽光発電投資ではなく、文字通り自分が所有する発電所だ)。その様子を見に行く際、サクラだと往復するのは難しいのだ。藤本さんは何かあった際に自分で発電所のメンテナンスを行えるよう、電気工事士の資格を取得した。
藤本さんが電気、とりわけ太陽光発電に関心を寄せるようになったのは、幼少時代の経験が大きく影響している。藤本さんのお父さんは石油会社で働いていたのだが、1973年にオイルショックが起こったことで「石油はいつか枯渇してお父さんは仕事ができなくなる」と心配した。同時に石油の代わりになるエネルギーはないかと本気で考えるようになったそうだ。
中学3年生の時に理科の先生が太陽電池の存在を教えてくれて、「これだ!」と思った。高校に入ると自分で太陽電池を買って実験するようになり、大学は電気工学科に進学。就職も太陽電池メーカーに進むことを本気で考えた(最終的には電気とは違う会社に就職したそうだが)。
その後、日本でも再生可能エネルギーの比率を高める機運が高まり、個人が自宅に太陽電池を設置したり、電気自動車が登場してV2Hシステムを導入できるようになる。藤本さんはようやく時代が自分の考えに追いついてきたと感じている。
ここからはサクラを実際に蓄電池として使ってみた感想を藤本さんに聞いてみよう。
「V2Hを始める場合、まずは電池として使うBEVをどれにするかを考える必要があります。日産 リーフだとバッテリーの大きさが通常モデルで40kWh、リーフe+なら60kWhあります。でも我が家では平均すると1日の電力使用量が10kWh前後なので、バッテリーは20kWhあれば十分。導入費用とのバランスを考えるとサクラがベストな選択でした」
ところが実際に使ってみると、予期せぬ事態が発生した。太陽電池が発電した電気はほぼロスなくサクラに充電できるのだが、サクラから自宅に給電する際にかなりロスが発生することがわかった。V2H機器のモニターやサクラのバッテリー残量から推測すると蓄えた電気の半分程度しか使えていないように感じるという。
普通のクルマでも乗り方によって実燃費とカタログに掲載されるWLTC燃費に差が生まれるのと同じ理屈だろうか。この原因究明は藤本さんの研究テーマになっているので、今後藤本さんの記事で原因が公開されることを期待したい。
気になる電気代はエアコンの使用料が増える冬で比較すると、例年2万5000円程度払っていたものが8000円程度まで下がったという。これはV2Hを導入した大きな効果と考えていいだろう。
「すごく便利だと感じているのはアプリです。スマホから現在の充電状況や電気の使用状況を確認して、サクラの電気残量が減ってきたから充電しよう。今は充電がたっぷりあるからサクラの電気を使おうと操作するのは楽しいです。妻もクルマで出かける時はまずアプリを見て、今は充電がたっぷりあるからサクラで出かけよう、今はサクラが充電中だからヤリスクロスを貸して、と考えるのを楽しんでいます」
藤本さんがV2Hを導入したのは、いつ起こるかわからない災害に備えるという目的もある。ライフラインが寸断されても電気が手元にある。これは大きな安心につながるはずだ。
筆者も某メーカー広報部と話をした時に、V2Hを導入した人が雪国で真冬に停電した際にクルマから電気を取り出して給湯器を動かし、年老いた親を温かいお風呂に入れてあげることができたとか、メーカーが被災地にPHEVを派遣して数百人分の衣類の洗濯・乾燥を行ったという話を聞いて、電気があることのありがたさを痛感したことがある。
いろいろと試行錯誤を重ねながらも、BEVライフを楽しんでいる藤本さん。サクラがやってきたことで暮らしに変化はあるかを尋ねると、「先は長いけれど、自分の理想とする社会に近づいているのかなと感じられる」という答えが返ってきた。
「私が実現できたらいいなと考えているのはゼロエミッションの世界。再生可能エネルギーですべてを賄うことができるのが理想ですが、現在の技術では残念ながら不可能です。だとしたら一人ひとりが意識を高め、それを地域単位など少しずつ広げていけたらいいなと考えています。まず自分が率先して目指す未来に関わることを楽しんでいます」
専用の蓄電池を用意するのは大変だが、普段使っているクルマが蓄電池としても使えるようになったことで、敷居が少しずつ下がってきている。インフラは用意されたものを使うだけでなく、自分もそこに参加する。藤本さんの話を聞いて、そんな未来を思い浮かべるとともに、車の楽しみ方が広がっていることを感じた。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/山内潤也 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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