MTRECエンジンに惚れて、思い出を積み重ねてきたホンダ・ビート
鉄が磁石に引っ張られるように、ホンダ・ビートというクルマに吸い寄せられて、気付けば25年以上経ってしまったと話してくれた『ハセ@富山人』さん。現在乗っているビート(PP1)で3台目になるそうで、やっぱりこのクルマに戻ってきてしまうと苦笑いした。
「スポーツカーとかSUVとかミニバンとか、そういった括りじゃなくて、僕にはビートっていうジャンルがあるんですよ(笑)。そこには速さなどは求めていないし、快適性に優れていなくても、とにかくビートが好きなんです」
1台目のビートを手に入れたのは、ホンダディーラーで整備士をしていた21歳の時。お客さんにビートを手放したいという方がいて、ボディカラーが玉数の少なかった白だったことに加え、当時の愛車だったシビックを維持するには経済的に厳しかったという懐事情もあり、ビートを購入して乗り換える決意したという。
そういった理由で迎え入れたビートだが、オープンカーということで非日常を味わえるし、結婚前には奥様を助手席に乗せて水族館までドライブするなど、オープンカーライフを謳歌していたそうだ。
「こんなこともありましたよ。友達に誘われて、富山県の八尾町にある『おわらサーキット』に行ったんです。初めてのサーキット走行会が雨で嫌だな〜なんて思っていたら、なんとラップタイムで1番になっちゃってね。というのも、まわりの方は晴れた日用のセミスリックタイヤを履いていて、僕は普通のラジアルタイヤだったから、思いがけず好条件が揃っちゃったんです。それなのに『あれ? 僕ってもしかして速いんじゃないか?』って勘違いをして、その後もしばらくサーキットに通い続けました(笑)」
ところが、生活の足としても使っていたため、どんどん走行距離が伸びていき、それに比例して色々な箇所が壊れていくという事態に…最後の方は雨漏りまでしだして、嫌になってきたそうだ。
「ん〜、でも1番の要因はそれまで乗っていたシビックと比べると、やっぱり“非力”だったからですね」
そう話すハセ@富山人さんは、VTECエンジンが好きなのだという。レッドゾーンまでスカッと回り、独特のサウンドを奏でるエンジンは『乗りたいと思わせる何かがある』という。ちなみに、1台目のビートの後は、シビックを2回愛車にするなど合計4台も乗り継いできたそうだ。それほど、VTECエンジンのトリコになっていたのである。
その一方で、30歳の時にセカンドカーとして再度ビートを迎え入れた動機も、やはりエンジンだった。振り返ってみれば、三連スロットルを採用するなどF1技術を応用して作り上げられた『MTREC』エンジン独特の官能的なサウンドや、とめどなく回るエンジンフィーリングの感触が癖になっていたのだという。
それにプラスして、奥様とのデートやサーキット走行、幼稚園だった息子さんを連れてドライブに出かけた沢山の想い出などが詰まった濃密なカーライフを忘れることはできなかったのだ。
「シビックやらビートやら、本当に大変なのに引かかっちゃいましたよ(笑)。2台目のビートを手に入れた頃は、子育てだけでなく仕事もすごく忙しくて乗る時間がなかったんです。そんな生活状況だったもので、知り合いのところに保管してもらっていたんですけど、結局は手放してしまいました…」
時は流れて8年後。友人が2015年に発売されたS660を購入したという話を聞き『ビートの後継車となるS660はどんなものか?』と試運転させてもらうと、何から何まで違うまったくのベツモノの仕上がりに驚くと同時に、ビートの記憶が一気に蘇ってきたという
「ビートらしさであった、音の割にスピードが出ないけど、アクセルを踏んだ分だけしっかりエンジンが回るところとか、重ステでダイレクト感のあるハンドリングなどの感覚は感じられなかったんですよね。そして、その時に思ったんです。僕にはやっぱりビートだ! あれを手放してはダメだったんだって」
そしてこれをキッカケに、42歳の時に現在乗っているビートを再々度手に入れたのだ。
オークションサイトにて26万km走行のビートを見つけ、埼玉県まで現車確認に行ったところ、錆はなくエンジンも元気だったので即決で購入。メンテナンスノートには記載されていなかったが、エンジンをオーバーホールした形跡があったそうで、現在までタイミングベルト交換をした程度でノントラブルだという。
また、ヘタって乗り心地が悪くなっていた足まわりをモデューロ製に交換しているものの、基本的にはできるだけカスタマイズせずノーマルに近い状態で維持していきたいと話してくれた。これは、1台目のビートの時に、サーキット走行仕様へとカスタムしすぎて、クルマの寿命を縮めてしまったのを教訓としているからだ。
「ビートってオートバイをそのままクルマにした感じなんですよ。レスポンスの良い自然吸気のエンジンで、下から上まで気持ち良く回っていく感じがオートバイと似ているんです」
デザイン的なところで言うと、当時乗っていたオートバイのメーターと、ビートのメーターが酷似しているところも気に入っているという。スピードメーター、タコメーター。水温&ガソリン残量計などの配置もオートバイに通じるものがあるそうだ。
そして、誤解が無いように記しておくが、ハセ@富山人さんはS660も大好きで、ビートともに大切な愛車として所有している。S660の生産終了が発表された時、もう2度と出てこないかもしれないガソリンエンジン&ミッドシップオープンの軽自動車を大事に乗ってあげたいという思いで、自身が働いていたホンダディーラーで駆け込み注文をしたそうだ。
ちなみに、奥様はマニュアルミッション車が好きだそうで、このS660が大のお気に入りとのこと。バイクやクルマ漬けの日々を送ってこられたのは、自分の想いをサポートしてくれる奥様の理解も大きかったという。
ハセ@富山人さん曰く、S660の良い所はシートヒーターなどの快適装備や電子デバイス、ABSやエアバッグなどの装備で安心して乗れるところだという。加えて、ハンドリング性能やボディ剛性がしっかりしていて、トルク重視のエンジン特性と相まって運転しやすいのも気に入っているそうだ。
そして、今回の取材会にはビートとS660の2台でご来場いただいたのだが、S660を運転していたのは息子さん。「ちょっと前までは助手席に座っていた息子が、いつの間にかクルマを運転できる年齢に…」と、感慨深い表情を見せるハセ@富山人さんであった。
「長く乗りたいからできるだけ乗らないようにしているつもりなんですけど、ふとメーターを見ると、もう2万kmも走っていました。ちなみにS660は2000km(笑)。この数字を見ると、僕がいかにビートを楽しんでいるかということがわかりますね。スペックとか性能とかそういうことではなくて、無意識的にビートを選んで乗っているみたいです」
20代、30代、40代とビートに乗ってきたハセ@富山人さんは、年齢によってビートの感じ方が違ってきたと言う。歳を重ねるごとにビートの魅力に気付くようになったのは「ビートが持っていたポテンシャルに自分が追いついてきたのかも」と、優しく語る。そして、いずれ乗れなくなる時がきて車検が切れても、願わくば手元に残しておきたいと話してくれた。
部品的なことや、年齢的なことなど色々あると思うが、好きな気持ちは何年経っても変わらないというわけだ。
「18歳でホンダディーラーに入社して、ホンダのクルマやバイクに乗ってきました。そして、本田総一郎さんの魂が宿り、発表会で最後に見送ったクルマといわれているホンダ・ビート。なんだか、ビートが自分の人生そのもののような気がするんです」
息子さんが運転免許を取得したので、家族でドライブを楽しむと、息子さんが『ビートのハンドルを離してくれなかった』と、嬉しそうに教えてくれた。
取材協力:海王丸パーク(富山県射水市海王町8)
(文: 矢田部明子 / 撮影: 土屋勇人)
[GAZOO編集部]
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