世界に1台の『トムス・エンジェルT01』を愛車として所有するカーライフとは

  • GAZOO愛車取材会の会場であるジーライオンミュージアムで取材したトムス・エンジェルT01

    トムス・エンジェルT01


ここに登場する車両の車名をお分かりの方は、どのくらいいらっしゃるだろうか? 概ね50歳以上で年季が入ったクルマ好きであれば、知っているという方がいるかもしれない。
正解は『トムス・エンジェルT01』。日本を代表するレーシングチームであるトムスが、市販化を目指し、自社ブランドのスポーツカーとして作り上げた車両である。
今回は、そんな超希少車を愛車としてカーライフを送っているというオーナーさんにお話を伺うことができた。

まずこのクルマについて紹介するために、話はトムスの創業時まで遡る。
トムスは『世界に通用する一流のレーシングチーム&コンストラクター』と『トムスブランドのスポーツカーの製造・販売』という2つの目標を創業時から掲げていた。
そして1990年代に入った頃には『世界に通用する一流のレーシングチーム&コンストラクター』の方は、国内のレースだけでなく、1985年から自社製作のグループCカーによるル・マン24時間耐久レース参戦を開始、1992年には総合2位という結果を残すに至っていた。

そしてもうひとつの目標であった「トムスブランドのスポーツカーの製造・販売」を実現すべく、1987年に設立されたトムスGBが、トムス・エンジェルを開発・製作したのだ。ちなみに英国には、ロータスを筆頭に、旧くからキットカーと呼ばれる少量生産車を扱うメーカーや、数多くの小規模バックヤードビルダーが多く存在するなど、寛大な自動車文化がある。そんなお国柄や経緯もあって、トムスGBで開発・製作を行うこととなったのではなかろうか?
とにかくトムス・エンジェルは、当時のトムスが有していたレーシングマシン製作のノウハウを惜しみなく投入した、刺激的なドライビングを楽しむことができるロードゴーイングレーサーとして開発された。

駆動方式はミッドシップエンジン・リヤドライブ(MR)で、搭載されるエンジンは、160psを誇るトヨタの4A-G(5バルブ)。この構成からMR2をベースとしたカスタマイズ車両と思う人も少なくないが、シャーシは、エポキシ/レジン・グラスファイバー・コンポジット・モノコックと、純レーシングマシンと同様の構成となるものを、トムス・エンジェル専用として製作。サスペンションも専用のアップライトやアーム類を有するダブルウィッシュボーンとし、ロードゴーイングレーサーというに相応しい乗り味を実現していた。

当時、トムスの計画では、年間50台規模で販売されるとアナウンスされ、それを待ち望む声も少なくはなかったが、残念ながら市販化されることはなかった。つまりトムス・エンジェルは、プロトタイプとして製作された1台のみ、世界でたった1台のみのロードゴーイングレーサーとなったのだ。

そんな超希少なトムス・エンジェルが、30年という時を経た現在でも、ほぼ当時の姿のまま実動状態を保っていた。その所有者が『エンジェルキング』さん。1994年当時、トムス・エンジェルを報じる自動車雑誌を見て購入を考えていたというおひとりだ。

「当時、トムス・エンジェルが出ている雑誌はすべて買って、情報をチェックしていました。『むちゃくちゃカッコいい、ほんまに出たら欲しい』と真剣に考えていましたね。スーパーカー世代なもので、スーパーカーに直結するスタイリングに一目惚れでした」と、当時を振り返るエンジェルキングさん。

しかし、残念ながらトムス・エンジェルは市販化されることはなく、時間の経過と共にエンジェルキングさんにとって“憧れていたクルマ”の1台となっていく。手に入れようにも、世界でたった1台という希少なクルマだけに、実物を見ることも困難。ましてやトムス・エンジェルが売りに出されることなぞ、奇跡と言っても決して大袈裟ではないだろうと考えていたという。

しかし、今から10年ほど前に、その奇跡が起こった。なんと、トムス・エンジェルがネットオークションに出品されたのだ。その時の気持ちをエンジェルキングさんに伺うと「ガーン! でしょうか? とにかく衝撃的でした」

しかし出品価格はかなり高額で、1年ぐらいの間、エンジェルキングさんだけでなく、他の誰も入札がないままとなっていたそうだ。しかし、エンジェルキングさんは出品者と交渉を行ない、落札額などの折り合いを付け、2016年9月、ついに落札するに至ったという。

「新幹線で関東まで、現金を持ってクルマを引き取りに行ったんです。トムス・エンジェルと初対面した時の第一印象は『ちっちゃい』でしたね。雑誌の写真でしか見たことがなかったんですが、スーパーカーぐらいの大きさをイメージしていました。でも実物はすごく小さいんです」

そのコンパクトさもトムス・エンジェルの特徴のひとつと言える。ディメンションは全長3320mm×全幅1620mm×全高1080mm。軽自動車のミッドシップスポーツとなる、ホンダ・S660(全長3395mm×全幅1475mm×全高1180mm)ぐらいのサイズ感なのだ。

「当初はボディサイズが『小さ過ぎるのでは?』と思ったりもしましたが、手に入れてからもトムス・エンジェルについて調べていくうちに、プロジェクトリーダーは、マーティン・オグルビーだと知って、この小ささも魅力だと思うようになったんです」

エンジェルキングさんが所有していた、1993年当時のトムスからのリリースには、マーティン・オグルビー氏の経歴もあり、それによると、1973年にF1に参戦するチームロータスインターナショナル社に入社し、数々のF1マシンを設計している。ロータスと言えば、軽量コンパクトなクルマ造りが特徴で、そんなロータスと繋がりの深いデザイナーの作品として考えれば、確かにトムス・エンジェルのディメンションは納得のいくものであった。

そんなトムス・エンジェルを譲り受け、自走で東名高速を使って帰路についたそうだ。その当時の、初めて運転した時の印象を伺ってみた。

「燃料タンクが25ℓと小さいので、小まめに給油するためにサービスエリアのガソリンスタンドに入る以外はノンストップ。休憩もすることなく帰ったんですが、全然疲れもなく運転できましたね。もちろん初めての運転で、緊張していたのもあるのかもしれませんが、その乗り味は見た目から想像するようなものではなく、至って普通に運転できます。1972年式のポルシェ911Tも所有しているんですが、それと比べたら圧倒的に平和な乗り味でした」

コクピットが狭いのでは? と質問してみると「いやいや、座ってみると思いのほか広いんですよ。横方向も縦方向も窮屈さはありません。ただ乗り降りは大変ですけどね。一度乗り込んだら降りるのが面倒なので、どこかに出かける時、乗り込む前は忘れ物がないか必ずチェックします。乗り込んだ後で忘れ物に気づいて、クルマから降りるのは面倒ですからね(笑)」

「このクルマが出動するのは、そのほとんどがイベントやミーティングに参加する時ですね。芦有を走ったり、高雄サンデーミーティングに参加したり…」

ちなみ、芦有というのは、六甲山の有料道路のひとつで、関西ではメジャーなクルマ好きが集まるワインディングロード。高雄サンデーミーティングは、京都の嵐山高雄ドライブウェイで毎月開催されているミーティングで、エンジェルキングさんは開催スタッフとして参加しているそうだ。

  • (写真提供:ご本人さま)

そんな高雄サンデーミーティングの関係者には、トムス・エンジェルに繋がりを持つ方がいらっしゃるそう。例えば主催者さんは、ロータスのコレクターなので、そのプロジェクトリーダーだったマーティン・オグルビー氏について色々な話を聞けたりするそうだ。主催者さんは間接的な繋がりとなるが、直接の関わりを持つ人物も…。

「高雄サンデーミーティングの顧問をして頂いている、トヨタのワークスドライバーだった鮒子田 寛さんが『私がトムスGBで社長をしている時に作ったクルマなんですよ。すごく懐かしい』とクルマを見てくださり、一緒に写真に収まって頂いたんです」

  • (写真提供:ご本人さま)

ちょうどその頃、鮒子田氏は名古屋市にある自動車趣味の専門ギャラリーの“アウト ガレリア ルーチェ”で、ご自身の半世紀展を予定されていたそうだ。

「プロモーションビデオ用に鮒子田さんがトムス・エンジェルをドライブされている動画を撮ったり、半世紀展では、鮒子田さんが当時乗られたトヨタ7や、トヨタ2000GTのトライアルカー、さらには童夢のル・マンに出場したマシンと共に、展示して頂いたりしたこともあります」

憧れのトムス・エンジェルを手に入れて今年で丸10年。世界にたった1台の希少な車両だけにメンテナンスなどでご苦労を伺うと「前のオーナーさんが、エンジンや内装の張り替えなど、かなり手を入れてくださっていたので、実は私が乗るようになってからは、油脂類の交換といった基本的なメンテナンス以外、何もしてないんです」とのことで、現在まで特に大きな問題は発生していないという。

  • (写真提供:ご本人さま)

「“コッパディ東京”にエントリーした時は雨に降られ、ガルウイングドアから雨漏りして大変でしたが、日常的に使うクルマではないので、雨漏りは特に問題ではないです。強いて言えば、エアコンの効きが、譲り受けた時には寒いぐらい効いていたんですが、最近冷えなくなっているので、手をいれる必要がありますね。それと不具合が出ているわけではないんですが、製造されてから30年以上が経っているので、そろそろガソリンタンクを交換しなくてはと思っています」

トムス・エンジェルのガソリンタンクは、一般的な金属製のタンクではなく、いわゆる競技車両で使われる“安全タンク”の内部に入るブラッダー(ゴム製の容器のような部品)が、モノコックフレームの空間部分、具体的にはシートの後方に装備されているという。
「ゴム製なので、経年劣化するでしょうから、そろそろ交換が必要だと思いますが、果たして部品があるのか…? トムスさんがレストア事業を始めたようなので、どうにもならなければ、トムスさんに相談するのもアリですかね(笑)」

そんなエンジェルキングさんの下で、世界にたった1台という超希少車『トムス・エンジェルT01』は、これからも大切に維持され、楽しく乗られていくに違いない。

(文: 坪内英樹 / 撮影: 稲田浩章)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:ジーライオンミュージアム&赤レンガ倉庫横広場 (大阪府大阪市港区海岸通2-6)

[GAZOO編集部]