塗装からエンジンオーバーホールまで、何でもこなすクルマ趣味の伝承者
リーズナブルな価格と必要にして十分な実用性を備えており、また愛らしいシルエットで『てんとう虫』と呼ばれ親しまれたスバル360。日本に『マイカー』という言葉を定着させた国民車であり、自動車の歴史を語るうえで決して外すことのできない存在だ。
仕事として長らくクルマの整備に携わり続け、かつ趣味もクルマであると楽しげに話すオーナーさんが、現在の愛車と巡り合ったのはおよそ4年前のことである。
『秋田に急いで解体しなければならない物置がある。そこに3台のスバル360が保管されており、引き取り手を探しているらしい』と、知人から連絡が入った。
以前はビートに乗っており、コンパクトなクルマには目がないオーナー。ふたつ返事で購入することを決意し、すぐさま現地へ確認に赴いた。農家の納屋だったと思われる物置には、情報通りにスバル360が3台、そしてスズキ・ハスラーやミニトレ(ヤマハGT)といった2輪車たちが、生命の火を吹き込んでくれる人を待つかのように保管されていたという。
文字どおり宝の山からオーナー選んだのは、希少なオープンボディのスバル360。もっとも、何十年かも分からないほど放置されていたようで、ボディの腐食こそ少ないものの室内はカビに覆われていた。そんなコンディションでも熱烈なファンが多いクルマであり、昨今の旧車ブームも影響し、通常なら売価はそれなりに高額な取引きになるはずだ。
しかしオーナーにとって幸運だったのは、物置を取り壊す期日が迫っており、持ち主が価格よりもすぐに引き取ってくれる人を優先していたことだ。運命の出会いと感じて即決し、自宅へ運んでから早速レストアの作業に入ったという。
まずは室内を徹底的に清掃してカビを除去、続いてボディを自らの手で全塗装した。手に入れたときはグリーンに塗られていたが、新車時は異なるボディカラーだったことが判明。「どうせなら最初の状態に戻したくてね。似た色の缶スプレーをホームセンターで探したよ。ボディが小さいおかげで6本しか使わずに済んだんだ」
希少価値の高いクルマをDIYで全塗装するとは驚くほかないが、仕上がりの状態はとても缶スプレー塗装には見えないクオリティであり、改めてオーナーが自動車の整備を生業としてきたことを思い知らされる。
もうひとつの大きな作業はエンジンとミッションである。
「実はオートマだったんだよ。それがイヤでマニュアルのミッションを見つけて、同じタイミングでエンジンもオーバーホールしたんだよ」
まるでタイヤ交換やオイル交換をしているかのような軽い話しぶりだが、旧車のエンジンやミッションを整備するのは並大抵のことではない。
パーツの入手すら困難なのは説明するまでもなく、何とか中古のピストンリングなどを調達。それらをこの先ずっと使用できるか状態か見極め、必要に応じて修正しつつオーバーホールを進めていった。苦労の対価としてスバル360に搭載されるEK31型エンジンに対する造詣を深め、さらにストックとしてもう1基を組むことができたと満足げに話す。
マニュアルのミッションに換装したおかげで“力不足感”はある程度は解消したそうで、今回の『オシカーズ鮎川自動車大博覧会』が開催された山鳥渡し駐車場までの道のり(コバルトライン)も、オートマだった時代と比べ、ストレスを感じることなくドライブを楽しめたそうだ。
しかし、車検を取得して走り出してからもトラブルは続く。ディストリビューターやコイルといった電装系、さらにキャブレターなどが立て続けに不調に陥り、その度に情報やパーツを集めて自らの手で対応しているという。
「インターネットが発達したおかげで、メンテナンスや修理は昔よりだいぶ楽になったよね。それに同じ趣味を持つ仲間も増えて、彼らが教えてくれる流用などの情報も凄くありがたいんだ」
他メーカーの純正パーツでも流用できるものが意外にあるそうで、たとえば消耗品のドライブシャフトブーツはスズキのアルト用を使用しているという。サイズは多少違えど、そのまま使えるそうで、長く乗り続けることに対する不安がひとつ減ったという。
すでに整備士の仕事からはリタイヤしているそうだが、自宅には半自動溶接機を筆頭に整備工場も顔負けの加工機械が揃っていて、手に入らないモノは自分で作る、もしくは使えるように手直ししているのだとか。
まさしく旧車オーナーの鑑とでも言うべきオーナー。スバル360はデビュー当時から丸型のデザインが気に入り、いつかは所有したいというクルマの有力な候補だったという。
ちなみに、スバル360の前はビートでカーライフを満喫していたそうで、年代は違っても軽自動車であること、オープンボディであること、運転席の後方にエンジンがあることなど、この2台のクルマにはいくつもの共通点があるという。
また、ビート時代にはオーナーズクラブへ加入しており、ツーリングやミーティングの面白さも知ったそうで「ビートはビートで良いクルマだったよ。どうしても欲しいという人がいて譲ったけど、やっぱり似たようなタイプを求めるのかもね」と笑顔で語ってくれた。
こう聞くとクルマひと筋の人生だったかのように思えるが、じつは他にも情熱を注ぎ込む趣味を持っている。それは音楽だ。ヘッドユニットとBOSEのスピーカーを取り付けた愛車のコクピットからもその片鱗は伺えるが、自宅にはプライベートのスタジオがあって、PAなど本格的な音響の機材もひと通り所有しているという。自身も昔からバンド活動を続けており、担当する楽器はベースとドラムとのこと。
「前はイベントの時に機材を貸し出したり、自分が手伝ったりすることも多かったんだよ。コロナが流行する前の話になっちゃうけど、スタジオに地元の若い子たちが練習しに来たりしてね」
車内に積んであるカセットテープのコレクションを見せてもらったが、ジャンルや年代に捉われず、自分の好きな音楽をドライブのお供にしているそうだ。
感性が合うモノとひたすら真っ直ぐに向き合う姿勢は、クルマとの付き合い方に共通しているのではないだろうか。『自分自身が若い頃から没頭したクルマと音楽の魅力を、新しい世代にも伝えていきたい』とも話しておられた。だからこそ古いクルマの維持が難しい現在の状況を、非常にもどかしく感じているそうだ。
多くのエンジニアやデザイナーが技術を研鑽し合い、固たる評価を世界規模で築いたスバル360をはじめとする日本車たち。そんな『文化』に、仕事と趣味の両面で携わってきたからこそ、未来へ紡いでいく一助になりたいと願っているのであろう。
(文: 佐藤 圭 / 撮影: 中村レオ)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:鮎川浜山鳥渡し駐車場 (宮城県石巻市鮎川浜)
[GAZOO編集部]
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