【連載全12話】第1話ダットサン14型ロードスター・・・ルーフが開く日本生まれの2シーター

サンルーフやパノラマルーフもいいけれど、ルーフそのものが外せたら、さらに開放的なドライブが楽しめます。今回は、そんな屋根が開くモデルのなかから、2人乗りの日本車をピックアップし紹介します。

ダットサン14型ロードスター

1933年に自動車製造株式会社として設立、1934年の社名変更で生まれた日産自動車は、翌1935年に現在まで稼働し続けている横浜工場を開設した。いっぽうダットサンのルーツは日産設立以前の1914年にまでさかのぼり、日本初の量産自動車工場となるその横浜工場で1935年に初めてラインオフした小型車がダットサン14型である。

基本的な構造は、ラダーフレームに前後リーフリジッドのサスペンションを持つシャシーに各種ボディーを架装するという、当時の小型車としては標準的なもの。それまでの手たたきからオールプレス製となったボディーのスタイリングは、戦後に超小型車のフライングフェザーやフジキャビンなどを手がけたことでも知られる工業デザイナーの富谷龍一氏が担当。セダン、フェートン(ほろ型4座)、ロードスター(ほろ型2座)、ライトバン、トラックの5種類がそろっていた。

ロードスターのボディーサイズは、全長2790mm、全幅1190mmと360cc規格の軽自動車よりもひと回りコンパクトだった。なお、基本的には2座でカタログにも「二人乗」と記されているが、トランクリッドを開けると当時のロードスターやクーペによく見られるランブルシートと呼ばれる補助席が出現し、最大4人が乗車可能だった。

パワーユニットは直4サイドバルブ722ccで、最高出力15PS/3600rpm、最大トルク3.8kgf・m/2000rpmを発生。3段MTを介して車重550kgの車体を80km/hまで引っ張るとうたっていた。当時の法規では750cc以下の車両は無試験で取得可能な小型免許で運転でき、車庫証明も不要だったため、ダットサンは最も手軽な四輪車ではあった。ただし1750円という価格は、年額3000円という当時の国会議員の歳費の6割弱。現代の議員歳費は年額2180万円だから、その比率でいくとダットサンは1200万円程度になるか。いずれにしろ庶民には縁遠い存在だった。

[GAZOO編集部]

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