16歳から共に苦境を乗り越えてきたパブリカ・デラックス(UP20)
1955年に通産省(現在の経済産業省)が計画した『国民車構想』をキッカケに開発がスタートし、1961年に発売された初代トヨタ・パブリカ。安価で高性能な小型自動車の先駆けとなったモデルで、スターレットやヴィッツのご先祖さまにあたると言ってもいいだろう。
千葉県在住の保母尚毅さん(32歳)は、そんなパブリカを16歳で購入し、現在も普段乗りの相棒として所有しているオーナーさんだ。
高校生の頃に、自分よりもはるかに年上の旧車を手に入れて、現在に至るまでパブリカを愛し続ける理由とは?
父親の影響で小さいころから2000GTやヨタハチなどが好きになり、小学生の頃から積極的に旧車オーナーと連絡を取っては親交を深めていたという保母さん。
「僕が初めてパブリカに出会ったのはまだ14〜15歳の頃に行ったヨタハチのイベントでした。その時に、たまたまパブリカに同乗させてもらう機会があって『ヨタハチと同じエンジンが載っているのに随分特性が違っておもしろいクルマだな』と興味を持ったのが、すべてのはじまりでしたね」
同乗体験でパブリカの魅力を知った保母さんに、運命の神様は間髪入れず新たな出会いを与える。
「それから少し経ったころ、パブリカがインターネットオークションに8万円で売りに出されているのを先輩が発見したんです。直接見に行って、これはもう買うしかない!とアルバイト代で買っちゃいました」
こうして、まだ運転免許も持たないうちに、1966年式のパブリカ・デラックス(UP20)オーナーとなったのだ。
697ccの空冷水平対向2気筒OHVのU型エンジンを搭載した前期型(UP10)に対し、マイナーチェンジによってフロントノーズなどエクステリアもガラリと様変わりした後期型(UP20)は、800ccの2U-C型エンジンを搭載している。
『デラックス』は、リクライニングシートやラジオ、大型メッキバンパーを装備した上級グレードだ。
18歳で心待ちにしていた免許を取得してからは、買い物からドライブまで日常的に乗って楽しむ順風満帆な日々を送っていたものの、20歳を迎える頃に突然大きなトラブルに見舞われる。エンジンがブローしてしまったのだ。
「しばらく不動状態だったんですが、修理しようという矢先に、暴走してガレージに突っ込んできた車と壁に挟まれてペシャンコに…それも2回もですよ。それでもボディだけを残して、数年かけて自分で修理しました。ホント、自分でも覚えていないくらい様々なことをやったし、パーツ集めにも苦労しましたね」
こうしてなんとかテスト走行にまでは漕ぎ着けたものの、フレームにまでダメージを負った後遺症でまっすぐ走らない症状は改善せず、さすがに復活を諦めかけたという。
ところが一昨年の秋、運命の神様はまたもや保母さんに味方(イタズラ!?)する。1967年式の同モデルが、近所のお店からインターネットオークションで売りに出されているのを発見したのだ。
とても綺麗な状態だったこの車体を手に入れて箱替えすることを決意し、最初に乗っていた車両からエンジンなどほとんどのパーツを移植。そして昨年1月、ついに完全復活を遂げたのである。
「新しく買ったパブリカをバラして、もとの愛車のパーツを組み付けるまでを一週間くらいで一気に終わらせました。やる気になればできるんだなー、と思いましたね(笑)。復活まで12年も迷走しましたが、やっとちゃんと走れるようになってホッとしました」と保母さん。
エンジンブローする前は、車高を下げてスポーツタイプの社外アルミホイールを履かせたり、バンパーを変えたりショックを変えたりしてみた時期もあったものの、現在は純正スタイルに回帰したという。
「いろいろ試してみた結果、やっぱり純正が一番バランスいいなと。いま装着している社外品は、純正が使えない状態だったため装着したワンオフマフラーと、エンジンルームのプラグコードくらいです」
フロントグリルの『JAPAN TOYOTA ASSOCIATION』は当時モノだし、リヤガラスに貼られたステッカーからは「当時はパブリカが高島屋でも販売されていて、高島屋パブリカ部という部署もあったそうです。今では考えられないですよね」というエピソードも。
ちなみに車名のパブリカは一般公募によって決められたもので「パブリック・カー」を略した造語となっている。名前から販売戦略まで、広く大衆を意識したものだったというわけだ。
内装は西陣織風の鮮やかな生地があしらわれ、純正シートの座り心地もお気に入り。さらに運転席からの視野も広く「ギアやハンドル、ピラーも細くて全面ほぼ窓ガラスだから、車体全部の頂点が死角なくよく見えるんです。とても運転しやすいですよ」とのこと。
「これまで新旧いろんなクルマに乗りましたが、パブリカほど素直にイメージ通りに動いてくれるクルマはありません。感覚でいうとゴーカートみたいで本当に楽しい。それに旧車と思えないほど、誰でも構えず気軽に乗れます。それに横から見たら尻下がりの車体も、運転席に人が座ると水平になるように計算されているんですよね。完成度が高いクルマだと感じます」と嬉しそうに語ってくれた。
ちなみに保母さんはノートeパワーも所有しているそうだが「アクセルを踏みはじめてスタートする時の軽い感覚がパブリカと似ている」というのが選んだ決め手だったとか。旧車と最新の電気自動車の特性が似ているというのもとても興味深い。
いつどこで壊れても作業ができるようにと、トランクには予備のキャブレターをはじめ整備道具がぎっちり詰め込まれているのも旧車乗りらしい一面だ。
取扱説明書や当時のカタログ、ノベルティのライターなど貴重なお宝はアタッシュケースに入れて大事に保管。このカタログのようにいつかルーフにドラム缶を積んで走るのが夢だという。
パブリカを修理している間、知人の車両などいろいろなクルマの乗り味も経験したという保母さんだが、それでもパブリカに乗り続けている理由を伺ってみた。
「パブリカとは不思議な縁で繋がっている気がするんです。これだけ長く付き合っていると、もう手放したいというタイミングも出てくるんですけど、そんな時にはなぜか必ず新たなパブリカやオーナー仲間との出逢いがあるんですよね。だから、これからもよっぽどのことがない限り乗り続けるんだと思います。最近は、これまで集めてきたパーツを組み付けてリフレッシュしようと計画中です。せっかくならキレイにして乗ってあげたいですから」と保母さん。
ちなみに、今回の取材に合わせて、ストックしていた新品のフロントウインカーレンズに交換してきたという。
保母さんは現在、このパブリカを日々の生活の足として使用し、年間2~3万kmを走っているそうで「きっと日本で一番パブリカを走らせていると思います」とにこやかに笑う。
人生の半分を共に過ごしたパブリカ・デラックスは、きっとこれからもトラブルや困難を乗り越えながら唯一無二の相棒として活躍し続けるに違いない。
エンジン音を動画でチェック!
(文: 西本尚恵 / 撮影: 土屋勇人)
[ガズー編集部]
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