年齢を重ねて気づくオリジナルの美しさ。1988年式日産・シーマ タイプII スーパーセレクション(Y31型)
工業製品として生産された1台のクルマを手に入れ、自分だけの仕様にカスタマイズする…。こだわりにこだわり抜いて、ついに造り上げた自慢の愛車。自分自身の象徴、名刺代わり、アイデンティティ。
自分好みのエアロパーツを組み込み、ホイールを交換し、さらなるパワーアップを求めて愛車にチューニングを施す。ふと気がつけばどれほどの大金をつぎ込んだのか、考えることすら怖いくらいになっていた…。
しかし、あるときにふと立ち止まることがある。「あれ、この方向性で良かったんだっけ?」と。あれほどキラキラと輝いていたはずの愛車が色褪せて見えてしまった(ような気がする)。そして、なぜかこういうときに限って不思議と魅力的な話しが舞い込んでくる。いわゆる「出物」というヤツだ。こうして、あれよあれよと話しが進展し、あっさりと乗り換えてしまうことになる。ひょっとしたら、多くのクルマ好きが通ってきた「道」ではないだろうか。
今回は、20代のときに手に入れ、手放したクルマをもう1度購入。溺愛している38歳のオーナーを紹介したい。
「このクルマは、1988年式日産・シーマ タイプⅡスーパーセレクション(以下、シーマ)です。ワンオーナー車だったこの個体を手に入れてから5年目、現在のオドメーターの走行距離は約15万キロです。私が手に入れてからは3万キロくらい乗りました。実は、この型のシーマを手に入れたのは2度目なんです」
シーマが発売されたのは1988年1月、このときの元号はまだ昭和だった(翌年の1989年に平成元年がはじまった)。もう30年以上も前のことだ。日産・セドリックおよびグロリア(Y31型)のシャーシをベースに3ナンバー専用のボディが与えられ、もっとも安いグレードでも300万円台後半。特別なオーラを纏った、名実ともに「高級車」だ。ちなみに、車名のシーマは、スペイン語で「頂上・完成」の意味を持つ。
折しも、当時の日本経済はバブル真っ只中。平成の時代に生まれた世代の人たちからすれば「狂気」とも思える光景が広がっていた。新社会人がローンを組んで新車をポンと買ってしまうことも珍しくなかったように思う。さらに裕福な家庭であれば、子どもにクルマを買い与えていたような時代でもあった。そんな時代の流れに乗ったシーマは飛ぶように売れ、ついには「シーマ現象」なる社会現象まで起こしてしまうほどの人気を博したのだ。
シーマのボディサイズは全長×全幅×全高:4890×1770×1380mm。オーナーの個体には、「VG30DE型」と呼ばれる排気量2960cc、V型6気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は200馬力を誇る。初代シーマの特徴のひとつである「リアを沈み込ませながら加速していく光景」は、ターボだけでなくNAエンジンにおいても健在だ。
そんな一時代を築いたシーマ、オーナーがこのクルマを知ることとなったきっかけとは?
「小学校低学年の頃、当時通っていた学校で社会科見学があったんです。目的地は、いまはなき日産村山工場。当時からクルマ好きだったので嬉しかったですね。工場内を見学後、パンフレットをくれたんですね。それに載っていたのがシーマでした。幼心にカッコイイと思いましたね。通学の途中の家にもシーマが停まっていて、前向き駐車していたんです。そのため、私はいつもシーマのテールを観ながら通学していました。このことが影響しているのか、いまでもシーマの後ろ姿がもっとも好きですね(笑)。そういえば、このときにもらったパンフレットを紛失してしまい、ネットオークションで出品されないか、常に探している状態です」
現在38歳だというオーナーが日産村山工場を見学したのは、おそらく1989年(平成元年)前後だと推察される。初代シーマが現行モデルとして売られていた時期であることは間違いないだろう。少年時代に憧れたクルマへの思いが断ち切れなかったのか、オーナーはついにシーマを自分の愛車にすることとなった。
「1台目のシーマは20代のときに手に入れました。1990年式のタイプIIリミテッド、ボディカラーはパールホワイト、マルチAVシステムや本革シートなどのあらゆるオプションが組み込まれた仕様でしたね。手に入れたときは『VIPカーブーム』全盛期だったんです。当時、若かった私も、エアロやホイールなどを組み込み、自分好みにカスタマイズしていました。あのころは、とにかくモディファイしたくてしかたがなかったですね」
しかし、そんな自分好みに仕上げたシーマとの別れが訪れた。
「そろそろ車検…という時期って、このまま通すか、乗り換えるか、迷うことってありますよね。シーマ自体はとても気に入っていたんですが、とにかく故障に悩まされていました。さらに、エアサスが壊れるとかなりの出費を強いられます。そんなとき、当時VIPカーブーム市場で大人気だった2代目セルシオの後期モデル(UCF20型)が売りに出ていたんです。現車を観に行ってそのまま購入を決めてしまいました。このセルシオには6年ほど乗りましたが、壊れないし、快適だし、静か。素晴らしいクルマだと思いましたね」
シーマからセルシオへ。どちらも大排気量エンジンを搭載した高級車だ。ここでオーナーの愛車遍歴を伺ってみることにした。
「最初の愛車は日産・ローレル(HC33型)でした。その次が1台目となるシーマ、そしてセルシオ(UCF20型)、セドリック ブロアム(Y31型)を経て2台目となる現在のシーマです。大きなセダンタイプが好みです。メルセデス・ベンツなどにも興味はありますが、W140型やW126型など、シーマと同じ時代に売られていたころのモデルが好きですね」
幼少期にシーマに憧れ、青年時代には1度手に入れつつも手放してしまったオーナー。カムバックを果たすこととなったきっかけを伺ってみた。
「あるクルマ屋さんに現在の愛車となるシーマが置いてあったんです。しかし、プライスタグが掲げられておらず、お店の方に聞いても『売り物ではない』といわれてしまいました。のちに、このお店の社長さんが自分で乗ろうと思っていたことが分かり、何度も何度もお店に通い詰めて、ようやく譲ってもらえることになったんです。もしかしたら、社長さんも根負けしたのかもしれないですね(苦笑)。ほぼオリジナルの状態を保った個体で、内外装も私好みでした。特に、内装色は発注時にしか注文できないメーカーオプションだったので、最初のオーナーさんがこだわってこの仕様をオーダーしたのかもしれません」
こうして、念願だったシーマを手に入れたオーナー。しかし、現在のような「極上モノ」といってよいシーマではなかったようなのだ。
「この型のシーマではお約束ともいえるエアサスの交換、エンジン周りの整備、ボディカラーの劣化による板金塗装、この純正ホイールも、ネットオークションで程度のよいものを見つけ出して交換しました。エンジン周りやエアサスなどの部品はいまでも注文できますが、内外装の部品の多くが欠品しています。ネットオークションで競っていた相手が友人・知人だったということも少なくありません。維持していくにはそれなりの覚悟が必要です。そのため、本当にこのクルマが好きでないと乗れないかもしれません」
本気でシーマに惚れ込んでいるからこそ、あらゆる困難があっても乗り越えられるのかもしれない。それほど溺愛しているシーマ。後ろ姿以外にはどのあたりがお気に入りなのだろうか?
「シーマのテールランプですね。通学路の家に置いてあった印象が強烈なのかもしれません(笑)。それと、リアを沈ませて加速していく姿も気に入っています」
最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。
「可能な限り乗り続けたいですね。間違いなく私以上に大切に乗ってくれる人が現れても…自分から譲ろうとは考えないと思います。若いときにはドレスアップに夢中になりましたが、いまはオリジナルの状態を維持していきたいですね。年齢を重ねて、ようやくオリジナル本来の良さが分かるようになったのかもしれません(笑)。それと希望として…私をはじめとして、古いクルマを大切に乗っているオーナーに対する税制面等の優遇処置を考えてほしいです」
オーナーのように「代わりになるクルマがない」存在に出会えたクルマ好きは幸運だといえるだろう。
このシーマを撮影していると、自然と周囲の視線を集める。豪華さだけではなく、華があるのだろう。どれほどテクノロジーが進化し、自動運転が普及したとしても、人々を魅了した過去の名車をないがしろにするようなことはあってはならないと思う。このクルマは間違いなく、後世に語り継ぐべき名車なのだから…。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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