「5人目の家族」である愛車を子どもたちに引き継ぐその日まで…。1994年式マツダ・ユーノスコスモ 20B タイプSX(JCESE型)
クルマという工業製品である以上、必ずまっさらな「新車」として生を受けた瞬間がある。と同時に、このときの仕様こそが「フルオリジナル」の状態であり、この2つの要素をどこまで維持できるかは嫁ぎ先のオーナー次第だ。
初年度登録から数年であれば、この2つの要素を維持した個体はまだまだ多いだろう。しかし、5年・10年と時が経つにつれ、2つの要素はおろか、確実に、しかも急速に生息数が減っていく。「そういえば最近、あのクルマ見掛けないよね」と囁かれはじめるのもこの頃かもしれない。
今回、とあるエンスージアストからご紹介いただいたこのクルマを初めて観たとき、思わず息を飲んだ。25年前に生産されたとはにわかに信じがたいほどのコンディションを保っていたからだ。仮に、今回の取材のためにプロの手で洗車やコーティング処理をしたとしても、短期間でここまでの領域に到達するのはまず不可能だ。それだけに、オーナーにとって深い思い入れがあるクルマに違いないと直感した。
今回は、奥さまとの青春の思い出である愛車を再び手に入れ、2人のお子さんを含めた絆をつなぐ「5人目の家族」として大切にされている愛車とそのご家族の物語をご紹介したい。
「このクルマは、1994年式マツダ・ユーノスコスモ 20B タイプSX(JCESE型/以下、ユーノスコスモ)です。手に入れてから今年で9年目になります。現在の走行距離は約2万9千キロ。手に入れたときの走行距離は約2万1千キロだったので、あまり走っている方ではないかもしれません」
このクルマがデビューした1990年といえば、マツダが多チャンネル化を推し進めていた時期だ。そのなかでも「ユーノスチャンネル」といえば、ユーノスコスモやユーノスロードスターなど、華やかなクルマがショールームに並ぶディーラーとして特別な存在だったといえる。
そして、ユーノスコスモといえば、量産車として世界初となる3ローターエンジンを搭載したクルマとして強く印象に残っている人が多いだろう。しかし、実際にはそれだけではないことを強調しておきたい。優雅なフォルムをまとった2+2クーペスタイルのボディをはじめ、包み込むようなデザインの内装にはミラノ・シンプレス工房製の本杢パネルがさりげなく配されている(一部のグレードのみ)。また、センターコンソールには人工衛星を活用した世界初のCCS(カー・コミュニケーションシステム)の採用、さらにオーディオ(あるいはCCSの画面)を隠す「ふた」までもが装備されるなど、それまでの日本車とは一線を画す豪華さとセンスが高次元で融合された、優れた審美眼を持つ大人向けの高級パーソナルクーペといえる。
オーナーが所有する「20B タイプSX」というグレードは、当初、足回りを固めたサスペンションの採用やBBS製アルミホイールなどを装備した特別仕様車として設定されていたモデルだったが、のちにカタログモデルとなった(オーナーの個体は、自身の好みで純正アルミホイールが装着されている)。
ユーノスコスモのボディサイズは、全長×全幅×全高:4815x1795x1305mm。搭載される「20B-REW型」と呼ばれる排気量1962cc、直列3ローターシーケンシャルツインターボエンジンが搭載され、最高出力は280馬力を誇る。なお、2ローター仕様の「13B-REW型」エンジンが搭載されたグレードも用意された。
さて、コンクールコンディションといい切れるほど美しい状態を保つこのユーノスコスモ、改めてオーナーにとってどのような存在なのか伺ってみることにした。
「私にとって、このユーノスコスモは2台目の個体なんです。1台目は、当時は彼女として付き合っていた妻との思い出がつまったクルマでして…。このとき、兄がマツダの開発部門に在籍しており、RX-7(FD3S型)を所有していたんです。兄のクルマを何度か運転させてもらっているうちに、自然とロータリーエンジンに魅せられていきましたね。さらに遡ると、通っていた幼稚園の近所に緑色のサバンナRX-7が停まっていたこともはっきりと記憶しています。そのうち、3ローターのエンジンを搭載したユーノスコスモというクルマがあることを知り、購入を決意。グレードは確か20B タイプE CCSだったと記憶しています。その間、教習所に通っていた妻(当時の彼女)を何度も迎えに行ったものです。このクルマには1年くらい乗りましたが、結果として手放すことになりました」
オーナーの年齢は47歳。同世代のクルマ好きであれば、20代前半の頃の楽しかった記憶を呼び戻したという気持ちに共感できる人も多いだろう。
「ユーノスコスモを手放したあとにもさまざまなクルマを乗り継ぎました。なかでも印象に残っているのは、フィアット・600やシトロエン・AXですね。ユーノスコスモもそうですが、そのメーカーにしか出せない“味”を持つクルマに惹かれます。現在、ユーノスコスモの他に三菱・アウトランダーPHEVも所有していますが、災害時には自家発電してくれますし、走りも申し分ない。これこそ三菱自動車にしか造れないクルマであり、真のオールラウンダーだと思います」
さまざまなクルマを乗り継いだオーナーにとって、やはりユーノスコスモは特別な存在のようだ。
「他のクルマに乗りつつも、周囲の人には“ユーノスコスモの出物があったら声を掛けて欲しい”と伝えていました。そして、ご縁をいただいたのが現在の愛車です。現車を見せていただき、即決しました。走行距離も少なく、コンディションも抜群。前オーナーさんは降雪地帯に住んでいらっしゃった方で、ユーノスコスモに乗るのは春と夏くらい。あとはガレージでワックス掛けをしていたそうです」
ようやく見つかった青春の1ページを彩るユーノスコスモ。購入するにあたり、奥さまも賛同してくれたのかと思いきや…?
「実は、妻は大反対でした(笑)。しかし、“思い出のクルマだからもう1度所有させて”と頼み込んでようやく手に入れることができたんです。これほどのコンディションを保ち、さらに3ローターエンジンを搭載して、希少色でもあるパッションローズマイカに塗られた個体なんてもう2度と手に入らないと思ったんです。事実、1994年に生産されたこの仕様のユーノスコスモは少数しか造られなかったそうです。現在はもちろんのこと、9年前ですら現存していたのはこの個体だけかもしれません」
こうして、縁あってオーナーのところに嫁いで来た2台目となるユーノスコスモ。現在のコンディションに仕上げるまで、オーナー自らじっくりと時間を掛けたのだという。
「前オーナーさんが塗り込んだワックスを完全に除去するまでかなりの時間を要しました。“今日はこの部分だけ”と決めて周囲をマスキングテープで養生し、それを繰り返しながら少しずつ磨き上げていったんです。現在の状態になるまで1年近く掛かりましたね。私自身、このコンディションを維持することが最優先であり、必要以上に負荷を掛けるような運転はしません。“保存するために動かす”といえばいいのでしょうか…。主治医であるマツダディーラーの方も親身になってくださるので、メンテナンスも万全。とても助かっています」
このユーノスコスモと暮らすようになってから、オーナーの奧さまやお子さんたちにも変化があったという。ユーノスコスモで出掛けるときは家族みんなで。それがオーナーとそのご家族の決まりごとになっているというのだ。
「我が家にはユーノスコスモで出掛けるときは“家族みんなで”という決まりがあるんです。以前、家族を連れてクルマのイベントに行ったときのことです。ユーノスコスモの注目度の高さに妻と子どもたちも驚いていました。ウチは1人目が女の子で2人目が男の子なんですが、そのうち、長女が“将来は私が乗る”と言い出したんです。今回の取材もそうですが、将来、ユーノスコスモを引き継がせるとしても、子どものうちからさまざまな“体験をさせる”ことが大事かなと思っています」
取材時に、オーナーの友人や奥さまが同席されるのは珍しいことではない(後日、同席された方の愛車を取材させていただいたこともある)。しかし、ご家族で取材先にいらっしゃったのは今回が初めてかもしれない。2人のお子さんには、自分の父親、そして家族同然の愛車が取材を受ける光景はどのように映ったのであろうか…。
最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。
「私の周囲では勝手に“ユーノスコスモ保存委員会”が発足しているようです(笑)。でも、こうして皆さんがこのクルマのことを気に掛けてくれていることはとてもありがたいです。それだけに、できる限りフルオリジナルの状態を維持して、いつか子どもたちに引き継いでもらいたいですね」
クルマの趣味は父親ひとりで楽しむもの。家族は黙認…というご家庭も少なくないだろう。また、愛する我が子に「英才教育」を施したはずなのに、大人になってみたらクルマに興味がなかった…という話しもしばしば耳にする。子どもたちは親の背中を見て育つものだ。それなのになぜ?父親が休日に家族を放置してまでクルマいじりに没頭していたら、奧さんや子どもたちも興ざめだろう。しかし、オーナーのように「家族みんなで楽しい時間を共有」してこそ、はじめて伝わることも必ずあるはずだ。
いまや、オーナーと奥さま、そして2人のお子さんに加えて、このユーノスコスモは5人目の家族といえるほどなくてはならない存在であることは間違いない。オーナーの惜しみない愛情と子どもたちの想い入れがあれば、このユーノスコスモは未来永劫、現在のコンディションを維持できるはずであり、またそうであって欲しいと心から思う。
唯一、気掛かりなのは、この年代のクルマを取り巻く社会環境だろう。もしかしたら、ユーノスコスモのようなパッケージを持つクルマは2度と現れないかもしれない。それだけに、現役当時の華やかな雰囲気を色濃く残すこの個体が、ヨーロッパのように「文化財」としてその価値が認められることを祈るばかりだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
【愛車紹介】マツダ車
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