29歳のオーナーが幼少期の「原体験」を大人になって再現。1994年式マツダ ユーノス500 20E(CAEP型)
冒頭から私事で恐縮だが、自宅近所の空き家に10年以上放置されたままのクルマがある。奇しくも、デビュー当時のテレビCMのキャッチコピーは“追い求めたのは、10年色あせぬ価値”であった。
ナンバーはついたまま。しかも2ケタナンバーだ。おそらくはこの家の誰かが新車から乗り続けていたのだろう。
カーポートがあるので多少なりとも塗装面の保護にはなっていると思われるが、それでも経年劣化が進んでクルマの塗装は色あせてきている。しかも、カーポートの支柱が折れ曲がり、いつ倒壊してもおかしくない状況だ。
筆者もこの家の前を通るたびに気になっているのだが、原状ではただ見守ることしかできない。そのもどかしさたるや…。
そしていま、目の前には前述の放置されたクルマと同じモデルがある。塗装はもちろん、内装やエンジンルームにいたるまで、汚れらしい汚れが見当たらない「極上車」だ。しかも、この取材のために仕上げたのではなく、常日頃から車体のすみずみまで手入れを行っていることが容易に想像できた。
放置車両と目の前にある極上車を見比べながら思った。クルマはオーナーを選べない。役目を終えるその日まで、黙して語らず、ただひたすら乗り手に尽くし続ける健気な存在である、ということを…。
今回の主人公はこの「極上車」のオーナーだ。果たしてこのクルマを愛車に選んだ理由とは…?
「このクルマは、1994年式マツダ ユーノス500 20E(CAEP型/以下、ユーノス500)です。手に入れてから11年目。現在の走行距離が約16万9千キロ。そのうち、私が走った距離は9万キロくらいです。私も1994年生まれで現在29歳。偶然ですが、クルマと同い年なんです。しかも、私が8月生まれ。そしてこのクルマは9月生産なので、ほぼ同じ時期にこの世に生まれたことになるんです」
マツダの販売チャンネルとしてかつて存在していた「ユーノス」から、1992年にデビューした4ドアセダンが「ユーノス500」だ。鏡面のような光沢を放つハイレフコート塗装が施され、当時のデザインテーマである「ときめきのデザイン」に沿って生まれたなめらかなボディは、いま見てもまったくといっていいほど色あせていない。そしてこのユーノス500は「Xedos6(クセドス6)」という名で欧州にも輸出され、現地の人にも親しまれた。
ユーノス500のボディサイズは、全長×全幅×全高:4545×1695×1350mm。駆動方式はFF。「KF-ZE型」と呼ばれる排気量1995cc、V型6気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は160馬力を誇る。このユーノス500は、コンパクトな5ナンバーのボディに2リッター・V6エンジンが載るという、なんともぜいたくなパッケージを持つクルマだったのだ。エンジンのダウンサイジング化が進む現代では、ユーノス500のようなクルマは2度と現れないかもしれない。
話は変わるが、この取材を続けているうちに「自分と同い年の愛車を所有したい」と願うオーナーが意外なほど多いことを知った。今回のオーナーは…というと、同い年どころか誕生月も1ヶ月違い。人とクルマという違いこそあれど、同じ時代、そして同じ景色を見てきたことは確かだ。
やはり気になるのは、オーナーがなぜ自分と同い年であるこのクルマを愛車に選んだのか?ということだが…。
「愛車にユーノス500を選んだのは、父が乗っていたクルマだったから、ということに尽きます。私にとっては生まれて初めて乗ったクルマですし、父の仕事が休みのときにはドライブに連れて行ってもらったり、洗車するというので助手席に座ってついていったこともありました。妹を含めて家族4人で出掛けるときはいつもユーノス500でしたね」
オーナーにとって初めてクルマに触れた「原体験」がユーノス500だった、というわけだ。しかし、あるとき悲しい別れを経験することになった。
「父はそれまで、数年ごとにクルマを買い替えるタイプだったそうですが、ユーノス500はとても気に入っていてしばらく乗っていたんです。私が中学生になったころ、ユーノス500が故障してしまい、ディーラーで見積もってもらうとかなりの修理費用が掛かることが分かったんです。10数年間所有しているとはいえ、クルマはまだまだきれいだったし、父も乗りたかったようですが…。家族のこともあって手放すことにしたんです」
父親が乗っていた(と同時に、オーナーが生まれたときから一緒に暮らしてきた)ユーノス500との最後の別れのシーンはいまでも鮮明に覚えているという。
「父の新しいクルマが自宅に納車された日は、同時にユーノス500との別れの日でもありました。クルマ屋さんがユーノス500を乗って行く前に、停止した状態でエンジンを掛けさせてもらい、アクセルペダルを何度も踏み込みました。このときのタコメーターの針のスムーズな動きはいまだに忘れられません。本音をいえば、一時抹消してどこかに保管していてほしかったですね…」
オーナーの気持ちは痛いほど分かる。ここで別れたらほぼ間違いなく2度と会えなくなるからだ。しかし、現実には厳しい。こうしてたくさんの思い出がつまった父のユーノス500は去って行った。それから月日が流れ、オーナーも運転免許を取得。そして、思いがけない出逢いが訪れた。
「高校生のときにアルバイトをして貯めたお金で運転免許を取得、卒業後は社会人になりました。父のユーノス500が去って行ったあとも、心のどこかで忘れられずにいたんです。そんなある日、出勤途中の電車のなかで中古車検索サイトを見ていたとき、1台のクルマが目に留まったんです。それが現在の愛車となるユーノス500でした」
本気で探していた人の多くが「暇さえあれば中古車検索サイトでチェックしていた」とよく耳にする。全国のクルマ好きが同様のことをしている可能性が高いだけに行動力が問われる。悠長に構えていたらあっという間に他の誰かに奪われてしまうだろう。
「販売元であるマツダの中古車センターに連絡を取り“買うつもりはないけれど、週末にクルマを見せてほしい”と伝えました。そして現車を見せてもらったのですが…。実際に見てしまうとだめですね。自分が子どもだったときの思い出や記憶が蘇ってきて、自然に涙がこぼれました。そして、エンジンを始動させてもらうと、あのときの音や振動、匂いも含めてすべて同じだったんです。
ワンオーナー車で整備記録も全部残っていて。一応リフトアップしていただいて下回りもチェックしましたが、修理する箇所があちこちありそうだけど、もうこんなクルマには2度と出逢えない…。そのうち店長さんもノってきて『あなたにしか売りたくない』と(笑)。意を決して、貯金と初任給を合わせて購入することにしたんです」
2022年4月から成人年齢が20歳から18歳へと引き下げられた。それまでは未成年が普通車を所有する場合、親権者の同意書が必要であった。つまり、オーナーがこのクルマを手に入れた10年前の時点では、法的にも親の許可が必要であり、オーナー1人の意思では普通車を所有できない時代だったのだ。
しかし、オーナーの情熱が功を奏したのだろう。父親の同意を得てこうしてオーナーとユーノス500の新たなストーリーが幕を開けたのだ。手に入れたユーノス500をベースに、父親との思い出を振り返りつつ、自分なりの色を加えていったのだという。
「私が手に入れた個体は後期型、ボディカラーはディープグリーンマイカでした。父親のユーノス500は前期型、ボディカラーがブレイブブルーマイカだったのでこの色にオールペイント、このときに消えてしまうボディ下部のチッピング塗装も再現。サイドデフレクター(ユーノス500のオーナーズクラブである「THE EUNOS500 MASTERS」製)のレプリカをサイドステップにスムージング、リアアンダースポイラー部分をブリリアントブラック塗り分けています。
その他、フロントリップスポイラー・リアスポイラー・スタイリングユーノス(カタログ外ディーラーオプション) ・サイドウインカーレンズ・スカーフプレート・リアマッドガード(xedos6用) ・エンブレム・グリルゴールドキット(ディーラーオプション) ・アルミホイールがBBS RG(純正と同サイズ)ナンバーも、父のユーノス500と同じ4ケタの数字を選びました」
そして、吸排気系にも手が入れられている。
「等長のエキマニはホットショット製、中間パイプはセレステック製、リアピースはマツダスピード製です」
外装や吸排気系にもこれだけ手を入れているが、内装もぬかりはない。
「木目パネルキット(ディーラーオプション)、ステアリングはイタルボランテとBBSのダブルネームの木目調のものを、シフトノブはマツダスピードのウッド調タイプを選びました。シートは、フロントがRECAROの限定モデルであるSR-ZEROを2脚、フロントおよびリアの内張りは後期型のGT-i用を流用しています。内外装ともに社外品を取り付けるときは、ユーノス500の持ち味や、新車当時流行ったであろう部品を使用するように心掛けています。
それと、オーディオは購入時はオンダッシュナビと1DIN規格のCDデッキが付いていましたが、ナビは納車時に外してもらい、CDもすぐBeat-Sonic製のカセットデッキに替えました。その後、スピーカーのコーンが割れてしまい、交換したら音がいまひとつ…。そんなとき、クルマの中古部品店でPanasonic製のCQ-TX5500D(真空管オーディオ)を見つけて購入。現在の仕様はフロントスピーカーがケンウッドXSシリーズ、リアはJBL GTOシリーズ、サブウーファーはケンウッドという構成です。音楽は昭和の時代ものが好きですね。自宅ではレコードで音楽を聴いていますし」
これだけ手軽に音楽が聴ける時代にレコードとは!!ちなみに好きなミュージシャンは?
「昭和の時代のクルマも好きなので、当時どういう音楽が流行っていたんだろうとか調べていくうちに、アリスや谷村新司、甲斐バンド、鶴田浩二、松山千春も聴くようになりましたね。谷村新司の武道館コンサートにも行きましたし。洋楽だとジョン・デンバーやオリビア・ニュートンジョンが好きです。最近の曲だとラジオから流れている曲で知ったヨルシカが好きですね」
失礼ながら29歳とは思えないセレクトだ。オーナーのご厚意でこだわりの音響システムの音色を堪能させていただいた。思わず取材中であることを忘れ、目をつぶって繊細な音色を聴き入ってしまった。
モディファイにかなりの費用を掛けているようだが、失礼ながら、古いクルマだけに故障は大丈夫だったのだろうか?
「3ヶ月に1度くらいの頻度で、その都度、20〜30万円の費用を掛けながら修理していた時期がありましたね。いざというときのために日々働いて貯金してどうにか乗り切った感じです。1年で100万円くらい掛かったこともありました。具体的にはタイミングベルト・ロアアーム・ラジエーター・アッパーマウント・ギアボックスポンプ・オルタネーター・ドライブシャフトの交換…などなど。純正部品の欠品が多いクルマなんですけど、壊れてもなぜか広島に1個だけ在庫があるとか、なんだかんだで直っちゃうんですね」
好きだからこそ、ここまで惜しみない愛情を注ぎ、大金が掛けられたのだろう。ちなみにオーナーとって、現在の完成度はどれくらいなのだろうか?
「完成度としてはまだまだです。…というより、永遠に終わりはないかもしれません。ブレーキの強化やサスペンションの交換もしたいですし。この取材が終わったらエンジンのオーバーホールも行います。内装ではシートを変える予定なんですよ。現代の技術でどうにかなるとしたら、高くてもいいから引き受けてくれるところがあればお願いしたいですね」
オーナーは愛車であるユーノス500のモディファイや修理にばかり注力しているだけではない。全国津々浦々、ユーノス500を走らせて旅に出ている。そして、オーナーにとって「ユーノス500の師」ともいえる存在の人物の住まいが数百キロ離れていても会いに行くそうだ。
「北は北海道(宗谷岬)から、南は沖縄まで。47都道府県をほぼ制覇するところまで来ました。あと行けていないのが鳥取のあたりと四国ですね。うどんを食べるためだけでいいから四国まで行きたいです(笑)。ユーノス500の師匠はオーナーズクラブである“THE EUNOS500 MASTERS”で知り合いました。ユーノス500をこよなく愛する方で、貴重な部品を惜しみなく譲っていただいたり…と、本当に感謝しています」
最後に、野暮な質問だが今回も敢えて聞いてみたい。このユーノス500と今後どう接していくつもりなのだろうか?
「早いもので、このクルマとの暮らしも11年目となりました。当初は新車当時のCMのキャッチコピーである“追い求めたのは、10年色あせぬ価値”にちなみ【目指せ10年!色あせぬ価値】を目標に掲げて維持してきました。それは達せられたので、次なる目標は【目指せ!一生色あせぬ価値】ですね。
飴を溶かしたようなフォルム、まるでモーターのようにスムーズに回転し、それでいて音も加速感も良いエンジン。そのどれもが、私にとって色あせぬ価値なんです。あと…かなわないと分かっていてもユーノス500の師匠には負けたくないという野心もあるんです。これも所有していくうえでのモチベーションになっていくんでしょうね」
ジョルジェット・ジウジアーロをして「小型車クラスでは世界でもっとも美しいサルーン」と評したのがこのユーノス500だ。取材中、ユーノス500のフォルムをじっくりと拝見したのだが、リアフェンダー越しに見るなめらかな曲線はため息が出るほどだ。
オーナーにとっての原体験である、父の愛車であったユーノス500との数々の思い出、そして涙の別れ。さらには現在の愛車との出逢い…。父のユーノス500を再現しつつ、コツコツと自分色に染めてきたオーナー。ともに今年で30歳を迎えるだけに、きっと、忘れられないメモリアルな年になるのだろう。
ユーノス500というクルマが、10年色あせぬ価値どころか、デビューから30年経ったいまもなお、まったくといっていいほど色あせていないことを、今回の取材で再認識した。その揺るぎない事実を、オーナーとともに声を大にして伝えおきたい。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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