昭和の雰囲気を色濃く残す愛車に魅力を感じて。1998年式日産セドリック バン V20E DX(VY30型)
現在の愛車が「欲しい!」と思った瞬間のことを覚えているだろうか?
新車であれば、雑誌やインターネットの記事、あるいはディーラーなどで実車を観て一目惚れ…だろうか。また中古車であれば、ある日突然に情報が舞い込んできたり、友人や知人、懇意にしているショップなどからもたらされた情報がきっかけだったかもしれない。
その際、求められるのは「決断力」や「即決力」だろう。それが「出物」や「掘り出しモノ」であると感じた場合はなおさらだ。一晩寝て考えてから決めよう…などと悠長なことをいっているうちに、あっという間に他の誰かに奪われてしまう。他の誰よりも先に契約書へサインをした人が勝者となりうる。それはまるで、購入する意思の本気度を試されている踏み絵のようなものだ。迷っている時間はない。
今回のオーナーが現在の愛車を手に入れることができたのも、来たるべきその時のために自身の目利き力を鍛え、さらに「決断力」や「即決力」が功を奏したのは間違いない。
「このクルマは、1998年式日産セドリック バン DX(以下、セドリック バン)です。この個体を手に入れたのは約半年前、現在のオドメーターの走行距離は約7万3千キロです。これまでに5千キロくらい乗りました。生産されたのは22年も前ですが、長い時間を掛けて探したこともあり、程度の良い個体を手に入れることができました」
Y30型セドリック/グロリアは1983年にデビューし、セダンは1987年にY31型へとフルモデルチェンジを果たした。しかし、バンおよびワゴンは1999年まで生産が続けられ、超がつくほどのロングセラーモデルとなった。余談だが、1999年といえば、セドリックはがY32型からY33型を経てY34型へとフルモデルチェンジした年でもある。セドリック バンのボディサイズは全長×全幅×全高:4690×1690×1525mm。オーナーの個体には「VG20E型」と呼ばれる排気量1998cc、V型6気筒SOHCエンジンが搭載され、最高出力は115馬力を誇る。
1998年に生産された個体ということは、セドリック バンのモデルサイクルにおいてもほぼ最終モデルといえる。一般的には「ネオクラ」すなわち「ネオクラシックカー」と呼ばれる年代のクルマといえるだろう。しかし、セドリック バンの設計年次が1980年前後であることを考えると、もはやクラシックカーの領域に足を踏み入れつつある…といえるかもしれない。それゆえ、オーナーがこのモデルを選んだ理由が気になった。
「私はいま、31歳です。幼少期からクルマが好きで、当時から50車種くらいの車名を挙げられたそうです(笑)。大人になってからは、自分が子どもの頃に走っていた年代のクルマが好きだったので、いつか当時のモデルに乗りたいと思っていました。最初の愛車は、20代のときに手に入れた日産ブルーバードSSS(EU12型)でした。その後、都市部に引っ越してから数年間はクルマを持たない生活をしていたのですが、妻には“またいつかクルマを買うから”と話をしていましたし、常々、中古車検索サイトをチェックしていました。手に入れたセドリック バンの他にも、1990年代〜2000年代前半のクルマが候補でしたね。さまざまな検索方法を駆使して、売り物をチェックして相場を把握しつつ、出物を探すのが日課になっていましたね」
「掘り出しモノ」かどうかを見極めるには目利き力が問われる。車両価格に惑わされて手を出すと、思わぬ「高額な授業料」を払う羽目になることも少なくない。程度良好な個体が高値なのは、どのクルマも同じだ。そのあたりのさじ加減を見極めたうえで「掘り出しモノ」の1台を見つけ出すためには、それ相応の練度を要することはいうまでもない。
ライフワークとして次期愛車探しをはじめてから数年、候補を絞り込んでから約1年経ったある日のこと、オーナーと現在の愛車との出会いは突然訪れた。
「ちょうどお酒を飲んでいるときだったんですが(苦笑)、いつものようにお気に入りの車種をチェックしていたところ、このセドリック バンが掲載されていたんです。コンディションの割に車両価格もまずます。ここ数年間で見る目を養っていたので、直観的に“これは掘り出しモノだ!”と感じましたね。…と同時に、“他にも買いたいと思っている人がいるかもしれない…”という考えが頭をよぎりました。すぐさま売主であるショップに問い合わせの連絡を入れたところ、案の定、私の他に2人の方から商談の問い合わせがあったというのです」
じっくりと時間を掛けて次期愛車を探していたオーナー。ようやく掘り出しモノを見つけたまではよかったが、ライバルが2人も現れた。こうなると三つ巴の争いだ。いきなり待ったなしの決断を迫られた。
「事前にクルマを購入する意思を妻に伝えていたとはいえ、このセドリック バンを買うつもりだったことは事後報告でした。妻に購入の意思を伝えると『本当にこのクルマが欲しいの!?』と聞かれたんです。妻にしてみればまったくの想定外、予想もしていなかったチョイスだったのでしょう。何しろバン(商用車)なので4ナンバー登録、車検も1年ごとですしね。それでも“これほどのコンディションを維持したセドリック バンはもう2度と見つけられないかもしれない“と頼み込み、ようやく購入することができたんです。あとで知ったのですが、このクルマの売主は1970年代のクルマを専門に扱うショップだったので、1998年式だと新しい部類に入るため、控えめの価格で売りに出したそうです」
まさに、オーナーの素早い決断と行動力が功を奏したのだ。デッドヒートを繰り広げた2人のライバルはさぞかし悔しい思いをしたことだろう。こうして、数年掛けて探した末に手に入れた愛車は、前オーナーの愛情がたっぷりと注ぎ込まれた個体だったようだ。結果論かもしれないが、オーナーの目利きは確かだったことになる。
「ラゲッジスペースに段ボールがあって、交換に必要な工具類などが入っていました。ショップの方に伺ったところ、前オーナーさんのご厚意でクルマとともに譲り受けたんだそうです。その他、予備のバンパーやホイールキャップなどの純正部品、詳細に記録されていたメンテナンスノートなども譲り受けました。当初は社外品のホイールに交換しようと思っていたんですが、ノーマルのままで乗ることにしました」
これまで、数多くのオーナーカーを取材させていただいた経験上、メンテナンスノートや関連書類がしっかりと残っていたり、予備の部品にいたるまできちんと保管されている個体のコンディションはほぼ例外なく良好であることが多い。それが、何らかの理由(おそらくはやむを得ない理由で手放したのだろう)で市場に出回ることがある。これこそがまさに「出物」であり「掘り出しモノ」だ。このクルマのコンディションや出自をきちんと理解したうえで、オーナーなりにこのクルマとの接し方にも美学があるようだ。
「このクルマは“バン”なので、商用車として生産されています。乗用車ベースのステーションワゴンよりも実用に徹したモデルです。そのため、ちょっとした汚れや傷を気にしたり、神経をとがらせるような接し方ではなく、敢えてガンガン使っています。でも、決して雑に扱うという意味ではなく、常に予防整備を心掛け、コンディション維持には努めるように意識していますよ。ふたたび自分のクルマを所有するようになって、休日は外出する機会が増えましたね。クルマに乗って旅をしたり、キャンプが好きなので、荷物を積んでどこへでも出掛けています」
現在の愛車に対して予防整備を心掛ける接し方は、最初のクルマとのできごとが深く関係しているようだ。
「最初の愛車であるブルーバードSSSは、車両価格が8万円、総額25万円で購入しました。ボロボロでしたし、ノーメンテで3年ほど乗りましたけれど本当に楽しかったですね。このブルーバードで全国を旅しました。しかし、あるときエンジンが壊れてしまったんです。ディーラーで修理費用を見積もってもらったところ、何と112万円(!)。8万円で購入したクルマだけに、泣く泣く修理を断念しました。このときの経験が、予防整備を心掛けるきっかけになったことは間違いありません」
商用車らしく適度なラフさで愛車と接しつつ、メカニカルな部分のコンディションを維持するためのメンテナンスは躊躇なく行う。この絶妙なクルマとの距離感やバランス加減こそが、オーナー見識の確かさを裏付けているようにも思う。
ところで、事後報告で伝えてしまったその後の奥さまの反応が気になるところだが…。
「妻にしてみれば、当初は強面のクルマに映ったのかもしれませんが、最近ではすっかりお気に入りで、このクルマのことを『セドちゃん』と呼んでいます。何でも、妻の祖父がこの型のセドリックに乗っていたことがあり、親近感を覚えるようになったみたいです。今回の取材の前にも『洗車しなくていいの?』と気に掛けてくれました」
実用車とはいえ、趣味性の高いクルマでもある。しかし、奧さまの理解が得られていれば安心だ。最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「スイッチ類の意匠や質感など、コストが掛かっていることを実感します。そのいっぽうで、ブラウンで統一された内装やビニール素材のシート、2本スポークのステアリング、手動式のウィンドウなど、このクルマには昭和の雰囲気が色濃く残っています。当初は見にくいかなと思っていたフェンダーミラーも、実はすごく視認性が良く、もうドアミラーのクルマには戻れないかもしれません(笑)。いずれ故障したり、交換したいと思った部品が欠品となり、修理が不可能になるときが訪れてしまうかもしれない…という覚悟は常に持ち合わせています。そのときまで可能な限り維持したいです」
これだけ便利で快適になった現代のクルマを差し置いてでも、20年以上も前に生産されたモデルを愛車にする。古いクルマだけに、維持するにはそれ相応の手間が掛かる。燃費も、当然ながら現代のクルマのような数値は期待できないし、故障した部品が見つからなければ、修理が完了するまで数ヶ月要することも珍しくない。しかし、それを補って余りある魅力があることもまた事実であるといえる。
昭和という時代が終わりを告げてから30年以上、時代の変化のスピードは今後も早くなるいっぽうだ。だからこそ、いま改めて、古き良き時代のクルマの価値や存在意義を考えるタイミング…なのかもしれない。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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