「元東京2020オリパラ仕様のクルマ」を愛車に。2020年式トヨタ ミライ(JPD10型)

言わずもがな、生産されたクルマにはいくつかの「嫁ぎ先」がある。エンドユーザーをはじめとして、レンタカーや法人の営業車、タクシーなど・・・。

そのなかでも、今回、取材させていただいた個体はかなり特殊なケースかもしれない。何しろ最初の嫁ぎ先は「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」だ。つまり、昨年開催された東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会用車両という使命を与えられたクルマなのだ。

1年延期されたすえに開催された「東京2020オリンピック・パラリンピック」が無事に終了した段階でその役目を終え、中古車市場へと出回った。オーナーが手に入れた個体もそのなかの1台だ。

オーナーがなぜこのクルマを手に入れたのか?多くの読者が気になっているであろう、なぜオリンピック・パラリンピック仕様のラッピングをはがしたのか?購入にいたる動機やその経緯を含めて、じっくりと伺った。

「このクルマは2020年式トヨタ ミライ 元東京2020オリンピック・パラリンピック仕様車(JPD10型/以下、ミライ)です。手に入れたのは約1ヶ月前、現在の走行距離は約4千キロ、私が所有してからは500キロほど乗りました。それまでは新車で手に入れてから9年間所有していた2012年式トヨタ オーリス 150X Sパッケージ(NZE151H型)に乗っていました」

オーナーが所有するミライは、2014年にデビューした初代モデルだ。2020年にフルモデルチェンジが行われ、2代目へと進化した。つまり、先代モデルの最終型ということになる。

燃料電池技術とハイブリッド技術が融合したトヨタフューエルセルシステム(TFCS)を採用した初代ミライは、水素を3分程度充填することで、走行距離約650キロ(カタログ値)を実現。走行時にCO2や環境負荷物質を排出しない環境性能を実現した「燃料電池自動車(FCV)」に属するクルマを、全国のトヨタディーラーで購入できる時代になったのだ。

ミライのボディサイズは全長×全幅×全高:4890x1815x1535mm。駆動方式はFF。「4JM型」と呼ばれる、交流同期電動機(モーター)が搭載され、最高出力は154馬力を誇る。

実は今回のオーナー、以前に愛車(2012年式トヨタ オーリス)を取材させていただいたことがある。あるとき「オリパラ仕様のミライに乗り替えましたよ」とご連絡をいただき、改めて取材をお願いした次第だ。

現役タクシードライバーを唸らせた直感性能。2012年式トヨタ オーリス 150X Sパッケージ(NZE151H型)
https://gazoo.com/ilovecars/introduce/2010s/toyota/20/06/20/

現役のタクシードライバーでもあるオーナー。今回のミライを購入するきっかけとなった出会いも仕事の最中だった。

「仕事で都内を走っていたとき、築地の市場跡地に多くのオリパラ仕様のクルマが保管されているのが目に留まったんです。その後、この場所を通るたびに、役目を終えたクルマたちはどうなってしまうのかなぁ、と気になっていたことは事実です」

役目を終えたオリパラ仕様のラッピングが施された大会使用車は、その後、全国のトヨタの中古車ディーラーを中心に販売されていることは知ってのとおりだ。

「2014年にミライが発売されたとき、興味があったのでディーラーでカタログをもらっておいたんです。でも、高額なクルマだし、いつか乗れたらいいな・・・くらいにしか思いませんでした。『オリパラ仕様のトヨタ車』のなかにミライがあることも知っていましたが、中古車市場で売りに出てもそれなりの値段になるだろうと思っていたので、まさか自分が買うことになろうとは・・・」

前回のインタビューでは「オーリスの次はメルセデス・ベンツEクラス(W212)」と伺っていただけに、ずいぶんと急展開ではあるようにも思える。

「ドイツ車ならではの造りの良さや質感に対する憧れがあったことは事実です。このミライを契約する1週間くらい前まで“次はメルセデス・ベンツEクラス(W212)”と思って、中古車検索サイトをチェックしていたくらいですからね(苦笑)」

しかし、オーナーはミライを選んだ。

「中古車検索サイトを見てみたら、他県のトヨタカローラ店に現実的な価格で売られていたこのミライを見つけたんです。すぐにディーラーにアポイントを取り、手付金を持って行って、その場で契約してしまいました。オーリスとは9年間の付き合いで色々くたびれた部品があちこち出てきてはいたけれど、とても気に入っていたし『ミライを契約する=オーリスとの別れ』を意味するので、さすがに寂しいものがありました」

縁があるときはこういうものなのだろう。たしかにオーリスとの別れは辛いが、本当にとんとん拍子でコトが進んでいくものだ。

「ミライの購入を決めた時点ではナンバーがついていなかったので、ディーラーの私有地内を少しだけ運転させてもらいました。でも1メートルくらい走らせてみただけで“こりゃすげぇ!”と思ったのも事実です。アクセルペダルに足を乗せて、靴の裏から足の親指で圧を少しずつかけたり緩める動作に対して非常に忠実な反応を示してくれたんです。これは既存のガソリン車、V12でも絶対に無理だろうなと思いました。それと、ドアを閉めたあとの静寂な感じや、たてつけの良さにも感激しましたね」

オーナーにとっては無意識の選択なのかもしれないが、愛車の選び方が「直感性能」を開発テーマに掲げたオーリスを選んだときに似ているような気がしたのも事実だ。

タクシードライバーとして、少なくとも1日に300キロ以上、JPN TAXI(ジャパンタクシー)を運転するオーナー、職業柄、繊細なアクセル&ブレーキワークが求められる職業だ。それだけに「最初のひと転がり」の感覚はとても重要なのだろう。

職業柄、職場の同僚たちの反応も気になるところだ。

「とにかく唖然としていましたね(笑)。『えっ、ミライ買ったの?水素ステーションの充填場所ってそんなにたくさんあったっけ?』と突っ込まれました」

さすがプロドライバーたちだけに、ツッコミどころがピンポイントだ。たしかに素人目にも水素ステーションの設置場所や数の問題は正直気になるところではあるが・・・。

「いちど充填すると400~500キロは走ります。片道200キロくらいなら問題なくいけますね。とはいえ、目的地周辺やその道中に水素ステーションがあるのかを事前にチェックする必要はあります。冬場は暖房の使用を控えてシートヒーターで暖めたり、航続距離を伸ばすために工夫しています。夏場は未体験なのでどうなるかはまだ分かりませんが、暖房よりも冷房の方が電気を食わないそうです。ちなみに、水素の価格は1kgあたり1200円前後、満タン充填で5kgなので6000円前後です」

一般社団法人次世代自動車振興センターが公開している情報によると、2021年11月現在、全国に156箇所の水素ステーションがあるという。主に首都圏・中京・関西・九州といった大都市圏に集中しているようだ(ちなみに、関東以北は2箇所)。T-Connectナビなどを利用して、水素ステーションの場所を事前に把握して移動すれば、それほどストレスなく長距離移動もこなせそうだ。

「スポーティというわけでありませんが、とにかく長距離の移動にこれほど適しているクルマってあまりないんじゃないかなって思いますね。東京~名古屋間くらいなら何の苦もなく行こうという気にさせてくれます。温泉につかっているような感覚でゆったり走行できますし、移動という行為自体が快適であり、上質なんです。おそらく20代だったら物足りないと感じたでしょうね。47歳になったいまだからこのクルマの良さが理解できるのかもしれません。とうとう日本車もここまできたんだと感激しましたね」

キャリア20年を超える現役タクシードライバーがこれほど賞賛するミライ。今回、オーナーのご厚意で撮影場所周辺を運転させていただいた。

「高級なクルマ」という表現でも相違ないと感じたが、それ以上に「上質なクルマ」という表現が適切だと思えた。

前者が高級な素材をふんだんに使った「視覚に訴えるクルマ」だとすれば、ミライは開発者が上質なクルマ造りのために、自分たちの審美眼を信じて仕立てあげた「五感で感じ取れる質の良さ」があるように思えた。

「燃料電池自動車(FCV)だから・・・」といった注釈や言い訳がいらないほどの仕立ての良さに、ある種の志の高さすら感じ取れたことも事実だ。
「高級車は欧州車がベスト」と信じて疑わないユーザーこそ、このクルマの感触を確かめてみてもいいかもしれない。

話を戻そう。実は、待ち合わせ場所にこのクルマが滑り込んできたとき、真っ先に気づいたのがタイヤだった。ブリヂストン製のレグノを履いているのだ。

「純正装着タイヤ(ミライ専用設計のブリヂストン製エコピア)も気に入っていたんです。けれどこの乗り味を知ってしまったら、はたしてレグノに履き替えるとどうなるのか試してみたくなったんですね。その結果は・・・、想像以上でした。乗り心地の質感がさらに上質になり、ロードノイズも調律が取れたように思います。ミライのクルマの乗り味の質感が数段あがったと思いましたね」

モディファイ時にエアロパーツなどの見た目ではなく、タイヤに着目するあたりはプロドライバーならではの着眼点だろうか。

ところで、メンテナンスノートにも明記されているとおり、このクルマのファーストオーナーは「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」だ。大会使用車には専用のラッピングが施されていたはずだが、オーナーのミライはまっさらだ。

「最初は記念としてラッピングされたまま乗ろうかなとも考えたんです。でも、目立ちすぎるかなという気がしたので、悩んだすえに納車前に実費ではがしてもらいました。価格は店舗や車種によって異なると思いますが、1万円〜といったところです。ちなみに、ラッピングをどこまで残すかは柔軟に対応してくれるそうです。部分的に残す(例えばロゴだけなど)も可能みたいです。これから購入を考えていらっしゃる方の参考になればいいなと思います」

ユーザー目線としては、ガソリンエンジン車とは異なる定期交換部品があるのか・・・など、維持のことも気になるところだ。

「イオン交換器フィルタを初回車検以降は2年または6万キロごと、水素タンクの使用期限が15年(定期的に容器の再検査が必要)です。燃料電池車なので、エンジンオイルの交換はありません。自動車税は25000円(1000cc以下/実際は排気量ゼロ)に該当します。その他、現時点ではグリーン化特例とエコカー減税の恩恵が受けられます。任意保険はオーリスより少し高くなりましたが、それは車格によるもので、極端に高いというわけではありません」

ミライにベタ惚れ状態のオーナー。今後、ミライとどう付き合っていきたいと思っているのだろうか?

「もう内燃機関のクルマには戻れないなというのが正直な気持ちです。オーリスと同様に長い付き合いになると思うんです。大切に乗りたいと思いますね。水素ステーションの拡充に併せて、全国のいろいろな場所を訪ねてみたいです」

今回、じっくりとミライを拝見しているうちに、内外装の造形美に魅了されてしまった。ミライのカタログには「デザインに必要なのは、知恵をカタチにすること。」と明記されている。そして、サイドのラインは水の流れを写し取り、テールランプのエッジは空力に寄与しているそうだ。まさに機能美が生んだデザインといえる。

BEV・FCEVなど、いわゆる「電気モーターで駆動するクルマ」に対して拒否反応を示すユーザーがいることは事実だ。乗ってみて肌に合わないとしたらこれは仕方がないだろう。しかし、食わず嫌いだとしたら・・・。まずはディーラーの試乗やレンタカー、カーシェアリングなどを利用して体感してみるといいかもしれない。

いうまでもなく「車名のミライ=未来」だ。100年に1度の転換期といわれている自動車の過渡期に、いま、自分の身が置かれていると気づいたとき、ミライのトビラを開くことで既存のクルマとはまったく異なる価値観そして世界観を味わうことができる位置にいる。前回、1964年に開催された東京オリンピックのときには絵本のなかの空想でしかなかったことが現実となったのだ。

間もなく、過去のものになろうとしているであろう技術と、近未来のスタンダードになるかもしれないテクノロジー。たしかに「過渡期ゆえ」に不便さや未完成な部分がある点は否めない。それは時間や技術の進歩が解決してくれるはずだ。それまではユーザーの知恵で補えばいい。

ユーザーの好みやライフスタイルに応じて、自動車の過去と未来、そのいずれも味わうことができる「現在という時間(カーライフ)」を存分に楽しんだ者勝ちではないか?小春日和のうららかな日差しを全身に浴びる純白のミライを眺めていてそう感じたのだ。

(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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