やっと見つけた2代目いすゞ ピアッツァは、想像を超える“名車”だった
自身で販売業を営みながら、セミプロのアコーディオン奏者としても活躍している横田 をさむさん。そんな横田さんは19歳で運転免許を取得したときからずっと、いすゞ ピアッツァに憧れていた。いつの日か自分のものにしたいと、約30年にわたって考え続けてきた――と書くと、大半の人は「あぁ、ジウジアーロがデザインした初代ピアッツァのことだね。気持ちはわかるよ」的に思うことだろう。
だがそれはちょっと、いやかなり違う。
横田さんが1991年から想い続け、そして2023年の春にやっと入手することができたのは2代目のいすゞ ピアッツァ。異色の名車として今も語り継がれる初代ピアッツァの影に隠れ、完全なる人気薄車あるいは「忘れられた存在」となった、わずか約2000台しか生産されなかった3ドアハッチバッククーペだ。
「今や中古車の流通量はほぼ完全にゼロ」と言ってもまったく過言ではない2代目いすゞ ピアッツァだけあって、横田さんはずっとその中古車を探しつつ、半ばあきらめてもいた。
「2代目ピアッツァがある生活に憧れるが、憧れは、たぶん憧れのままで終わるのだろう。なんたって、そもそも中古車がないのだから……」と。
だが2023年初頭。知り合いの中古車販売業者と雑談をしていた際、なんとなくのレベル感で「最近、何か面白い車が入ってきてないですか?」という意味の質問をしてみた。すると業者は「そういえば先日、1.8Lのピアッツァが入ってきたなぁ」という旨の回答をした。
ふうん、ピアッツァかぁ……と一瞬聞き流しそうになった横田さんだったが、ふと我に返った。「いや待てよ。今もしかして“1.8L”って言った? それって……2代目のピアッツァじゃないか!」と。
そう。初代ピアッツァが搭載したエンジンは1.9Lまたは2Lのみだったため、「1.8Lのピアッツァ」と言えば、それは自動的に2代目いすゞ ピアッツァのことを指す。
だが「いつまで待っても市場に中古車が出てこない」という状況にあまりにも慣れ過ぎていたせいか、横田さんはそんな重要単語を一瞬聞き流してしまったのだ。
そして知人である中古車販売業者も2代目ピアッツァには特に何の思い入れもなく、なおかつ目の前の人物が、まさかそれを強烈に求めているとは夢にも思っていなかったため、「1.8Lのピアッツァ」というフレーズは、鳥の羽根よりも軽いニュアンスで発語されたのだ。
羽根より軽いニュアンスでもって存在が発覚した2代目いすゞ ピアッツァの中古車がマニュアルトランスミッションであることを確認したうえで、横田さんは言った。
「それ、自分が買います。現車確認? そんなのしなくていいです。とにかく買いますから!」と。
19歳の頃から憧れ続けてきた2代目いすゞ ピアッツァだが、19歳当時は「新車など買う身分ではなかった」ということもあって、試乗をしたこともなかった。そしてその後は2代目ピアッツァの存在自体が「ほぼ幻」と化してしまったため、ドライバーとして長じたのちの横田さんも、それを運転する機会はなかった。
だが2023年春。30年越しの夢はついに実現し、横田さんは初めてそれを運転することができた。そして、思った。
「最高だ。いや最高であることは薄々わかっていたが、実物は、想像を遥かに超えていた……」と。
たったの2006台しか生産されなかったという人気薄車の、何がどう“最高”であったかは、大変恐縮だが後述することにさせていただく。その前に、まずは「なぜ横田をさむさんは、そんなにも2代目ピアッツァを好いてきたのか?」ということについて、ざっとだが説明しておこう。
少年時代を過ごした1970年代の終わりから1980年代全般を通して、いわゆる車好きではあったが、超王道な人気車にはさほど興味がなかったという。
「シンプルで普通な感じの車が好きだったんです。TVドラマ『西部警察』を観ても、同級生たちはスカイラインのジャパンやS130型フェアレディZなどで盛り上がってましたが、僕は『劇中でぶっ壊されるパトカーの役割』を担当していた230系日産 グロリア』とかに萌えてました(笑)」
そうこうするうちに運転免許の取得が可能な年齢になった1991年8月、2代目いすゞ ピアッツァが新型車としてデビューした。そして青年だった横田さんは前述したとおり、それを猛烈に「イイ!」と感じたわけだが、これまた前述したとおり、高価な新車などまったく手が出ない若者(高校生および大学生)であったため、その購入は夢として思い描くことすら難しかった。
最初の車は、15万円で買った1989年式の日産 ブルーバードワゴン。そこから、前述した『西部警察』の劇中でぶっ壊される役割を担った1974年式の230系日産 グロリア、1978年式ダットサン 620トラック、1960年代や1980年代のアメリカ車などを多数乗り継いできた。若い頃はひとりで。ここ10年以上は妻と子と3人で。
最近の車にまったく興味がないわけでもないが、特に買いたいとは思わないという。
「子どもの頃から“流行りモノ”にはあまり興味が持てない性分だから――というのもあるのですが、なんといいますか『文化に裏打ちされた何か』を一度好きになると、それをずーーーっと好きでいるタイプなんですよね」
取材時に着用していた衣服も、横田さんが1990年代からずっと好きだった英国ブランドのものだ。あらためて買い直したものではなく、当時からずっと持ち続けているものだという。
「そして車も、今の車の安全のための補助装置とかは『凄いな』と素直に思うのですが、でも同時に『あそこまではいらねえな……』とも、個人的には思うんです。直しながら長く乗れる、ちょっと前までのシンプルな車が好きだったし、今でも好きだし。そして、それが今でも普通に使えるんですから……それでいいんじゃないの? というのが個人的なスタンスなんですよね」
そういったスタンスであるならば、デビューから32年がたち、ひっそりと生産終了になってからも28年が経過した2代目いすゞ ピアッツァに対する「イイ!」という炎が消えることがなかったのも、なるほど道理である。一度好きになると長い人なのだ。好きをやめる理由が特にないのだ。
そして幸運なことに、横田さんは“それ”をたまたま――本当にたまたま!――手に入れることができたわけだが、30年以上にわたって恋焦がれ続けてきた2代目ピアッツァとは、果たしてどんな車なのか? ちなみに筆者も、2代目はあまりにも幻過ぎるため、運転した経験はない。
「……最高ですね。カタチももちろん最高なんですが、ここまで走りが楽しい車であるとは思ってませんでした。自分は車関係の仕事もしているので、これまでかなりの数の旧車や名車と言われる車に乗った経験がありますが――そのなかでも2代目ピアッツァは、さすがに第1位ではないかもしれませんが、間違いなくトップクラスに運転が楽しい一台です」
最高出力150psの1.8L直4DOHCエンジンは、当然ながら爆発的なパワーと圧倒的なスピードをもたらすわけではない。だが「加速感」「コーナリング性能」「走行中の車内で聴こえるエンジン音」などの素晴らしさにおいては、横田さんいわく「誰もが名前を知っている名車中の名車にも匹敵するレベル」であるという。
「以前はね、妻と子どもが外出する日の夜は“お酒”を楽しんでいたんですよ。でもピアッツァが来てからは、自由に過ごせる日の夜は、酒なんか飲まないで首都高へ走りに行っちゃうんです。……まさかこの年になって『夜、意味もなく首都高へ走りに行く』なんて夢にも思ってませんでしたが(笑)。でもとにかく『夜、思わず走りに行きたくなる車です』と言えば、2代目ピアッツァの走行フィールはおおむね説明できるような気はしますね」
そして横田さんは「開発チームにいた方々は当時、悔しかっただろうなぁ……」と言って、2代目ピアッツァを見つめる。
「こんなにもいい車なのに、『ぜんぜん売れなかった車』という残念な覚えられ方だけをされて……。無理やりピアッツァの名前を継承するのではなく、初代ピアッツァとはまったく別の新型車として出していたら、また違った結果になったかもしれないんですけどね」
販売業のかたわら、ロックバンドでアコーディオンを演奏するミュージシャンとしても活動している横田さんにとって、2代目いすゞ ピアッツァは「機材車にもなる車」であるという。後席を倒してしまえば、ハッチバックゆえにアコーディオンとアンプ、そしてもうひとつの得意楽器であるギターも、ピアッツァのラゲッジスペースは楽々と収容できるのだ。
そんな素晴らしい車、すなわち「夜、思わず意味もなく走りに行きたくなる」という走行上の特性を有しながら、バンドマンの機材車としても使える実用性をも有する名車、2代目いすゞ ピアッツアに今後はあらためて注目し、もしもその中古車が市場に出てきたら、みなさんぜひ買いましょう! ……的な文言をここに書くのも、虚しい話である。
なぜならば、次に2代目ピアッツァの中古車がマーケットに現れるのは何年先、何十年先になるかわかったものではなく、それゆえ、いすゞの開発チームが精魂込めて作り上げたこの車は、やはり今後も主には「ぜんぜん売れなかった車」として記憶されることになるからだ。
だが少なくとも筆者は2代目いすゞ ピアッツァという車に対しての知識とイメージを自身のなかで上書きするつもりであるし、何かのご縁でこれをお読みになった貴殿も、もしもよろしければ、2代目ピアッツァについてのイメージを上書きしていただけたならば幸いだ。そうすれば2代目ピアッツァも、たぶん喜ぶのではないかと思う。
車がそういった“感情”を持ち合わせているかどうかは、とりあえずさておくとして。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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