クルマは「ファッションを体現するコンテンツ」。だから人とかぶらないハイラックスサーフを選んだ
1980年代から90年代にかけて沸き起こったRVブーム。80年代から続くスキーブームやバブル崩壊に伴い、人々のレジャー志向が“安・近・短”へと移ったことで、家族や仲間とサッと出かけられるクルマに注目が集まった。
RV(レクリエーショナル・ヴィークル)は4WD性能が高いクロスカントリー車と、広義ではステーションワゴンも含んでいいだろう。
そんなRVブームで主役のひとつだったのが、トヨタ ハイラックスサーフだ。1983年にデビューした初代はピックアップトラックのハイラックスの荷台にキャノピーを載せたようなスタイル。1989年にフルモデルチェンジした2代目で人気が爆発。1995年に登場した3代目は2代目のイメージを踏襲しながらも、ハイラックスベースから、新設計のシャシーに変更されている。
今回取材した岡田 聖さんのハイラックスサーフは3代目(185系)のナローボディ。サーフには全幅が5ナンバーサイズに収まるナローボディとオーバーフェンダーが付けられたワイドボディが用意された。
「サーフを手に入れたのはちょうど1年前。友人が経営している整備工場が中古車販売も営んでいて、このサーフは軒先に置かれていたものです。本業は整備工場なので、中古車販売は『知り合いで欲しい人がいたら』くらいの力加減なんですよね。だから中古車情報誌にも掲載されず、ずっと売れ残っていました」
岡田さんはその工場に遊びに行くたびに、「このサーフ、かわいいな」と思っていたそうだ。岡田さんが気に入ったのは今となってはクラシカルなイメージになったデザインとボディカラー。ただ、その時はクルマがなくても特に困らなかったので、購入には至らなかったという。
岡田さんの職業は各種業界のプロデュース業。中でもサウナプロデュース業は案件が多く、旅館やホテル、温浴施設などが新しくサウナを作る際にどんなサウナにするとお客さんに喜んでもらえるかをクライアントと一緒に企画している。
新しく箱根にあるサウナ付きのペットと泊まれるホテルをプロデュースすることになり、頻繁に東京と箱根を往復する必要性が出てきた。そうなるとどうしてもクルマが必要になる。そんな時に思い出したのが、ナローボディのサーフだった。
「工場に電話したら、まだ残っていると。なんとなく運命のようなものを感じました。走行距離は18万kmとかなり走り込んでいるものの、友人曰く状態はいいと。頻繁に長距離を走ることが決まっていたので古いクルマというのが気になりましたが、万が一何かあったら工場からレッカー車を出せるので心配しなくていいと言われました。何より信頼している友人が太鼓判を押してくれたのは大きな安心材料でしたね」
岡田さんがこれまで乗ってきたのは並行輸入されたトヨタ FJクルーザーとトヨタ セコイア。どちらも米国トヨタのモデルで、乗り味、そして何よりクルマが放つ空気感が気に入っていたそうだ。
セコイアの後は仕事の関係でメルセデス・ベンツ Eクラスのステーションワゴンを会社から貸与された。高級車でとても快適だったが、最後までしっくりこなかったという。
「ファッションもそうですが、僕は買い物をする際にまず“それを使っている自分”を想像します。次にそれをいろんなところに置いているところを想像します。ファッションならその洋服を着ていろいろなところに出かけている自分。クルマなら自分がよく出かける場所に置いてみる。Eクラスはそれが想像できなかったんですよね……」
一方、サーフは最初に工場の軒先で見かけたときから、いろいろなことが頭に浮かんできた。岡田さんは東京都のシニアリーグに所属しているサッカーチームに加入している。週末は練習や試合で出かけることが多い。グラウンドに出かけ、サーフの前で仲間と話している姿がすぐにイメージできた。
「あとはファッションですね。SUVというと一般的にはアウトドアテイストのファッションが似合うイメージがあるもの。でもサーフは、たとえば今日のようにハットを被って小ぎれいなスタイルで乗るのも似合いそうだなって。僕が好きなファッションにもハマるなと思えたら、とたんに欲しくなってしまいました」
実はサーフの横には、2014年に復刻したランドクルーザー70が並んでいた。それにも一瞬惹かれたが、70だと街で見かけることもある。一方でサーフは同じクルマとすれ違うことはほとんどないだろう。ファッションもクルマも、他の人とかぶるのは気持ちいいものではない。それもあって、サーフを選ぶことにした。
晴れてサーフのオーナーになった岡田さん。仕事で箱根や山梨県を頻繁に往復するため、納車から1年で走行距離は20万kmを超えた。クルマとしては多走行のヤングタイマーになるが、調子はどうだろう。
「この1年でトラブルはありませんし、いたって快調です。ただ、これまで乗ってきた新しいクルマとは勝手が違う部分もたくさんあります。箱根も山梨も山をかなり登っていくのですが、勾配が急になるとともにどんどんスピードが落ちていきます。当然アクセルをかなり踏み込むので、ブオオオオオとものすごい音を出しながら走ることになります。いつも『大丈夫か、頑張れ!』と話しかけていますよ」
納車直後にはドアミラーの電動格納ボタンがどこにあるかわからず、工場に電話で聞いたら「手動です」と言われて思わず笑ってしまった。
実は昨今の旧車ブームで若い人たちも専門店に多く訪れるのだが、キーを渡されてもエンジンのかけ方がわからないことがあるという。彼らが運転するようになった時はスマートキーが当たり前だったので、キーを挿してセルを回すことを知らないのだ。
手動ウインドウのレギュレーターハンドルに驚く人も少なくない。結果、「僕にはハードルが高い」と購入を諦めてしまう人もいる。それを考えたら、笑って済ませる岡田さんは大したものだ。
高速道路も東名高速の片側3車線区間だと中央車線をせわしなく走っていたが、今は一番左の車線をのんびり走っている。サーフにとって心地よい速度が左車線にちょうどいいので、他のクルマに追い越されても気にならない。
「高速道路では夏でもあえてエアコンをオフにして、助手席側の窓を全開にして走るのが好きで。こうすると風が抜けるからそこまで暑くありません。好きな音楽を聴きながら風を感じて走るのはすごく気持ちいいですよ」
岡田さんはサーフに乗るようになってから「時間がゆっくり進むようになった」と感じている。のんびり走るから必然的にクルマの中で過ごす時間が長くなる。リラックスして運転していると、仕事のアイデアが浮かぶことも多いそうだ。サーフでの移動は岡田さんにとってとても有意義な時間になっている。
ちなみに岡田さんは現在、2頭の愛犬と暮らしている。彼らはサーフのリアシートがお気に入りの場所。ドライブ中は心地よさそうにしているそうだ。
「サーフに乗ってわかったのは、クルマは僕にとってファッションの一つだということ。気に入った洋服を着て、好きなクルマに乗る。ここまで含めてコーディネートだし、ドアを開けてクルマに乗る瞬間が絵になっているなと感じられるとすごく気分がいいです。そう考えるとクルマはファッションの一つというより、ファッションを具現化するコンテンツなのかもしれないですね。風景を含め、どうやって自分を演出するか。それを楽しんでいけたらと思います」
サーフに乗って1年。この春は岡田さんに大きな転機が訪れることになった。プロデュースした箱根のホテルが好評で、そこの管理も担当することが決まり、箱根に移り住むのだ。この記事が掲載される頃にはもう箱根での生活がスタートしている。
サーフがもたらしてくれるゆったり流れる時間に加え、箱根ならではののんびりとした空気感を堪能できるのではないかと尋ねたら、今の箱根はインバウンド需要で外国人観光客が押し寄せているので、のんびりという雰囲気ではなくなっているそうだ。
「ホテルの周りには自然がいっぱいあるから、休日は箱根をベースに、愛犬たちとドライブを楽しみたいと思っています。これから山道ばかり走るのでサーフの老体にムチを打つことになりますが(笑)」
新天地でスタートする生活の中に、気に入ったクルマがある。これほど幸せなことはない。サーフは岡田さんの仕事だけでなく、気持ちの面でも支えになってくれるだろう。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/山内潤也 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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