いつか「エスハチ」を息子に託すその日まで・・・。1966年式ホンダS800(AS800型)

クルマ好きにとって愛車をガレージに収めるのは憧れであり、是が非でも果たしたい夢のひとつだろう。

大切な愛車を風雨や紫外線などから守れるだけでなく、関連する部品や、お気に入りのグッズ、本などを1つの空間に収めれば、そこはもう自分だけの秘密基地だ。その結果、あまりの居心地の良さになんと寝袋を持ち込んで愛車を眺めながら眠りにつく人までいると聞く。

今回、取材させていただいたオーナーも、念願のガレージを建てたあとに憧れの存在だったクルマを手に入れたという。今回のクルマのオーナー、実は以前取材させていただいた初代プレリュードも所有するエンスージアストでもあるのだ(プレリュードの取材中にホンダS800も所有していることを伺っていた)。

オーナーが本田宗一郎を敬愛していることもあり、今回改めてS800の取材をお願いしたところ、快く応じていただいた。何度もお時間を割いていただいたオーナーには、この場を借りて心よりお礼を申し上げたい。

「このクルマは1966年式ホンダS800(以下、S800)です。手に入れたのは5年くらい前です。現在の走行距離は約4.4万キロ、私が所有してからは6千キロほど乗りました」

1963年にデビューした「ホンダS500」、翌64年の「ホンダS600」を経て、66年に登場したのがエスハチこと「ホンダS800」だ。ボディサイズは全長×全幅×全高:3335x1400x1200mm。「AS800E型」と呼ばれる、排気量791cc、直列4気筒4キャブ、DOHCエンジンが搭載され、最高出力は70馬力を誇る。このエンジンはチェーンドライブ機構のケースにトレーリングアームを兼ねたユニークな機構を持つ。

ちなみに、オーナーの所有するS800はリジットアクスルへと変更された後期モデルにあたる。モータースポーツの入門車として圧倒的な支持を得た結果、日本国内のレースでも活躍した。

さて、5年ほど前にS800を手に入れたというオーナー。実はかなり前から愛車にしたいという願望を抱いていたようなのだ。

「いまから20数年ほど前のことです。現在のガレージが完成したとき"どんなクルマをガレージに収めようか"と考えました。私の場合はまずガレージが先に完成したんですね。悩んだ末、本田宗一郎好きとしては彼が手掛けたS800にしようと決めました。しかし、ここである問題が起こります。当時の私はMT車が運転できなかったんです。これではいけないと思い、練習を兼ねて"アウトビアンキ A112 アバルト"というイタリア車を購入したんです。するとこのクルマを気に入ってしまいまして・・・。結局、S800を手に入れたのは5年ほど前でした」

いわゆる「つなぎ」のクルマを購入したら予想外に気に入ってしまい、そのまま所有するというケースはしばしば耳にする。クルマそのものに魅力があることはいうまでもないが、もともと期待値がそれほど高くない分、加点方式で良さばかりに目がいくのかもしれない。

「実はこのS800との出会いも"たまたま偶然が重なったから"でした。訪れたお店で対応してくれたセールスの方が知り合いの知り合いだったんです。ちょうどこのクルマが入庫したばかりだったそうで、しかもこのお店ではS800を扱うのがはじめて。『現状販売でよければ格安でお譲りします』ということで、真剣に購入を考えました。しかし・・・」

オーナーとしてはこのS800が気に入った。欲しい。しかし・・・である。妻帯者ならお分かりいただけるであろう。購入するにあたって奥さまの許可を得なければならないという難関が待ち受けていた。

「あるとき、高級車を試乗する機会をいただいたんです。妻も乗ってみたいということでディーラーに連れて行きました。妻がセールスの方に尋ねたんです。『おいくら?』って。高級車だけにそれなりの金額なんですよね。その帰り道、S800が売られているお店に寄って現車を見せてみました。"コレ(S800)はどうだ?"って。ここでも妻は同じことを聞くわけです。『おいくら?』って。先の高級車と比較して1/10の値段だったのです。妻曰く『あら、安いわね』と。私としても"そうだろ?! (しめしめ)"と。これは許可が出たんだなと思い込み、S800を買うことにしたわけです」

奥さまの了解を得るために、日本全国の、いや世界中のご主人が知恵を総動員しているに違いない。家族用のクルマならいざ知らず、趣味車ともなればハードルが高くなることはいうまでもない。そこで、オーナーなりに策を講じたのだ。

「実は、S800を購入したことは妻に伝えていなかったんです。その間にも納車日がどんどん近づいてきます。そこで考えたのが、妻の目に触れるところに1/18サイズのS800のミニカーを"さりげなく"置いておくことにしたんです。目が慣れるようにと。そして納車後に"実はこれ・・・"とS800を見せたところ『やっぱり買ってたんじゃない』といわれまして(苦笑)。さらには『やっとみんながイイと思うクルマを買ったのね』と。世間の評判や人気よりも自分の価値観を信じた結果、他の方があまり乗らないようなクルマを所有してきたので、これは仕方がないのですが・・・」

まさに知らぬは本人だけ。はじめから奥さまはお見通しだったのだろう。しかし、奥さまの予想を超える(?)プランが密かに進行していたのだ。

「実は、以前取材していただいたプレリュードの修理に時間が掛かり、S800と納車するタイミングが重なってしまったんです。結婚したときは一定の金額以上ものは事前に伝えてから購入する約束だったんですが、いつの間にか事後報告になっていました。以前、シトロエンXMを購入したとき、事後報告したら『しょうがないわね』で済んだので、これで味を占めたんだと思います。S800とプレリュードの納車のタイミングが重なったのにはまいりましたね。最近では妻から『1台買うなら2台手放せ』といわれてしまいます」

事前に承認を得るか、事後報告にするか。奧さんにお伺いを立てるとき、どちらが得策かは本人がいちばん分かっているはずだ。もし、選択を誤ったら・・・その先に起こる展開についてはいうまでもないだろう。淡い期待を抱いてくれぐれも無理(無茶)をしてはいけない。

さて、無事(?)にS800をガレージに収めたオーナー、敬愛する本田宗一郎の意思が感じられるクルマを実際に運転してみた率直な感想を伺ってみた。

「実は、S800ってもっと特殊なクルマだと思っていました。しかし、実際に運転してみたら、その印象が覆されましたね。思っていたよりも乗りやすい。クルマというよりもバイクに近いと思いました。私自身、高校生の頃からバイクに乗ってきたのでそう感じたのかもしれません。実は、納車直後にホンダS660に乗る友人と乗り比べをしてみたんです。S660乗りの友人も問題なく乗れていましたし、乗り比べてみて、意外にもクラッチミートはS800の方が楽だと感じました」

単に古いクルマだからと、気難しい・燃費が悪いと決めつける人がいるが、それは実際に乗ってみたり、所有してみてから判断しても遅くはないだろう。単なる思い込みや取り越し苦労で「自分には無理、乗れない」とハナから所有を諦めているとしたら、それは人生における大きな機会損失だ。

ただ、古いクルマを所有するうえで避けては通れない問題がいくつか存在する。そのひとつが部品の入手と確保だ。

「S800は海外に輸出されていたこともあり、世界的にも人気があるモデルなのでリプロダクション品が豊富なんです。その他、モディファイ用の部品も充実している印象です。現在装着している幌もアメリカ製ですし。そういう意味ではクラシックカーの入門用の1台としてもオススメできるクルマといえそうです」

部品が豊富とのことだが、オーナーが所有してからモディファイした箇所はあるのだろうか?

「点火系をポイントレスにしたり、ネットオークションでメッキのヘッドカバーを落札して交換しました。その他、前オーナーさんが装着していたと思われるメッキのアルミホイールをホンダRSC(RACING SERVICE CENTER)のレプリカ品に交換しました。現在取り付けているステアリングはホンダS600用なんです。もちろんオリジナルのステアリングも保管してありますよ」

S800に魅了されているオーナーにとって、このクルマのお気に入りのポイントとは?

「本田宗一郎が手掛けたクルマであることはもちろんですが、何よりエンジンフィールでしょうね。アクセルペダルを踏み込めば8000回転まであっという間に吹き上がります。本当にバイクみたいです。このフィーリングは他のクルマではなかなか味わえませんよ!」

では、オーナーなりにこだわっていることは?

「せっかくのオープンカーなので、よほどの事情がない限りオープンにして走っています。オープン率は95%くらいかもしれないです。"ジジイが寒そうにしながらもオープンにして乗っている姿がカッコイイ"って思うんですよ。そういう姿に憧れますが、気負わずも、オープンカーが似合う爺さんになりたいですね。

それと、以前はできる限り自分でメンテナンスしていましたが、いまは主治医のところに預けるようにしています。そうすることでショップの売上げにも貢献できますし。なんでもかんでも自分で整備した結果、いざというときに修理してくれるところがなくなってしまったら本末転倒だと思っています」

せっかくの機会なので改めて問いたい。本田宗一郎の人となりの魅力とは?

「本田宗一郎の人間性だと思います。数々の逸話がありますが『お客さんのために最大限の努力をした人』というイメージがあります。他界したとき『クルマを作っている会社の人間が渋滞を作ってどうする』と、社葬をさせなかったという逸話も好きですね。彼の思い込みで造られた製品のなかには世間から評価されなかったモノもあったはずです。でも、そのときに自分が正しいと思ったことを突き詰めて、形にしたことはすごいことだと思います。さらに、自分の考え方が間違っていたり、時代遅れだと分かった時点で身を引ける潔さもありましたよね」

「ホンダマン」という言葉がある。ホンダというメーカーを心酔的に愛した社員がいたことは、クルマ好きであれば誰もが知るだろう。時代は変わったとしても、現代のホンダがそうであって欲しいと信じたいところだ。

最後に、このS800と今後どのように接していきたいのかを伺ってみた。

「私には21歳になる息子がいます。彼がこのS800を乗り継いでくれたら・・・と願う日々です。MT車が乗れる運転免許を取得しているので、アウトビアンキには乗りますが、S800には興味がないようです。息子の通っている大学が郊外で、電車よりもクルマ通学の方が便利なんです。彼曰く『クルマで大学に通うと友だちと遊べないから』という理由で電車通学をしています。通学以外でも"好きなときに乗ればいい"と彼に伝えてあるんですが『行く場所がないから』と言われてしまいます。当てもなく乗るのが楽しいと思うんですけれどね・・・」

ありあまる体力と時間。そして多少なりとも自由に使えるお金。この三拍子が揃うのは若いとき、具体的には二十歳前後、学生時代だけだ。社会人になった途端に収入が増える代償として自由が効かなくなる。そのうち疲労が蓄積し、加齢とともに出掛けるのがおっくうになっていく。お酒の味を知ってしまったら、走るよりも飲みに行く方が楽しくなる。オーナーは「実はほんの一瞬で過ぎ去っていく」ことを、身を以て実感しているのだろう。

古宮カメラマンのリクエストで、走行シーンを撮影することになった。軽やかな音を立てて走り去るS800。その美しい後ろ姿を眺めながら、オーナーのご子息が何らかのきっかけで父親が所有するS800に興味を持ち「俺が乗るよ!」と宣言する日が訪れることを心から願ったのだ。

(編集: ガズー編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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