約20年の眠りから目覚めたアメリカ生まれのレフトハンダー!1985年式トヨタ セリカスープラ Pタイプ(A60型)
いま、是が非でも欲しいクルマがあるとしたら、これだけは知っておいてほしいことがある。
それは「手に入れることをゴールにしない」ということだ。
手に入れた瞬間が頂点(ゴール)にしてしまうと、その先は惰性だ。よって少しずつ気持ちが冷めていく。その先の展開がどうなるか……、もはや多くを語る必要はないだろう。
もしも「アガリの1台」や「終のクルマ」を求めているとしたら、手に入れることよりも維持し続けることの方が何倍も難しいことをあらかじめ知っておく必要がある。その結果、悲劇を回避できる確率が少しは高くなるはずだ(といっても力む必要はまったくない)。
今回、取材が実現したオーナーは、過去に2台の「新車ワンオーナーカー」の取材をお願いした方だ。結果的に……かもしれないが、複数の「アガリの1台」そして「終のクルマ」を所有する方でもある。
そのときから、もう1台、今回取材が実現したクルマのことを伺っており「復活したらぜひ取材させてください」とお願いをしていた。
オーナーにとっては、この2台はもちろん、今回の愛車も手放しがたい1台なのだ。
先日、オーナーから「復活しました」とご連絡をいただき、改めて取材をお願いしたところ、引き受けてくださった。オーナーにはこの場を借りて改めてお礼を申し上げたい。
「このクルマは、1985年式トヨタ セリカスープラ Pタイプ(A60型/以下、セリカスープラ)です。手に入れてから27年。現在の走行距離は約12万マイル(約19万キロ)です。手に入れてから走ったのは1万キロくらいでしょうか」
1981年7月、2代目となる「セリカXX」がデビューした。セリカ リフトバックをベースに、リトラクタブル式ヘッドライトを採用したセリカXX。姉妹車の関係にあるラグジュアリーな仕立てが特徴のソアラに対して、セリカXXはスポーティさを強調したモデルだ。
オーナーの個体は、1983年8月に実施されたマイナーチェンジ後のモデルとなり、しかもアメリカ仕様の「セリカスープラ」だ。逆輸入車ゆえに左ハンドルであり、メーターもマイル表示だ。さらに、日本仕様のセリカXXには装着されない前後オーバーフェンダーやリアサイドマーカーなどが装備される。大型のリアウィンドウスポイラーは中央部分にステーがあり、ガラスを貫通して固定されている本格的な作りだ(オーナー曰く、リアシートのシェードも兼ねているのではとのことだ)。
オーナーが所有するセリカスープラのボディサイズは、全長×全幅×全高:4661×1720×1321mm。駆動方式はFR。最高出力は175馬力、排気量2759ccの直列6気筒DOHCエンジン「5M-GEU型」で、日本仕様のセリカXXと同じスペックのエンジンを搭載する。トランスミッションは4速ATまたは5速MTが搭載された。タイヤサイズは225/60 14インチ。なお、オーバーフェンダー仕様がPタイプとなり、ナローボディー仕様はLタイプとなる。
日本ではスープラの前身として人気を博したセリカXX。一見するとセリカXXに見えるオーナーの愛車だが、取材中にも、前後オーバーフェンダーや左ハンドル仕様であることに気づいたクルマ好きと思しき男性が話し掛けてきてくれた。しばしクルマ談義に華が咲く。
さて、クルマ談義がひと息ついたところで取材に戻ろう。過去の取材でも伺ってはいるものの、改めてオーナーの愛車遍歴を振り返ってもらった。
「最初のクルマは家のお下がりだった1973年式のトヨタ カリーナ(後期モデル)でした。これに3年乗り、スカイラインに乗り替えるという友人からトヨタ セリカ(2代目)を下取り価格で譲ってもらいました。これに3~4年乗って、トヨタ ソアラ 2000GT(2代目)に乗り換えてチューニングにハマるわけです。その後、現在の所有しているスープラとAZ-1、そしてセリカスープラを手に入れてから現在にいたります」
現在は64歳というオーナー。20代の頃はそれなりのペースで乗り換えてきたことが分かる。しかし、スープラは34年間、AZ-1は32年間、そしてセリカスープラは27年間と、30代から60代の現在にいたるまでこの3台体勢のままだ。早いもので、AZ-1とスープラを取材してから2年の月日が流れた。こちらの2台の近況も気になるところだ。
「AZ-1の方は水まわりのホースを交換したりと、細かいところではいろいろありますが問題なく乗れています。そしてスープラの方はというと、33年間・51万キロまでメンテナンスのみで頑張ってきたんですけれど、去年末(※2024年)に突然エンジンから異音を発するようになり、現在オーバーホール中です」
これだけの年月と距離をノンオーバーホールで駆け抜けてこられたのも、オーナーの愛情と運転技術のたまものだろう。ふと、2年前に取材したブルーメタリックのスープラの記憶がよみがえってきた。限定車であるターボAのグリルが装着されたフロントバンパーには多数の飛び石による傷。BLITZ製の300km/hフルスケールメーター、ノートに手書きで記された記録簿、オーナー自ら手掛けた自作のリアスポイラー……。1台のクルマとオーナーが長年にわたり築き上げてきた歴史が刻まれていたことを思い出す。
すでにスープラを所有しているオーナーが、なぜセリカスープラも手に入れたのか気になるところだ。
「私の弟がセリカXXに乗っていた時期があったんですね。ときどき運転させてもらってもいましたが、もう1度自分で所有してみたいと思うようになり、中古車雑誌で良さそうなクルマを見つけて電話したんですが、すでに売れてしまった後だったんです」
中古車を探す際は、いまではすっかりWeb版が主流だが、かつては電話帳のように分厚い紙媒体が貴重な情報源だった。しかし、ほぼリアルタイムな在庫状況が把握できるWeb版とは異なり、紙媒体にはタイムラグがある。つまり、紙媒体で見つけたクルマが気になってすぐさま店舗に電話をしても、すでに売約済み・・・ということが決して珍しい時代ではなかったのだ。
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(写真提供:ご本人さま)
「狙っていたセリカXXが売れてしまったことで、次に良さそうなクルマがあったら買おうと決めていました。そんなある日、友人から『いいクルマがあるよ』と教えてもらって観に行ったのがこのクルマだった、というわけなんです。まだ雑誌に掲載される前だったので、試乗後、その場で即決しました。その後、雑誌に掲載されたので(※上の画像)、実際に問い合わせた方がいらっしゃったかもしれません」
オーナーはこのときすでに件の70スープラとAZ-1を所有していた。これにセリカスープラが加わったことで3台体制となったわけだ。この時点でオーナーは独身であり、後に結ばれる奥さまとも交際する前だったそうだ。
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後に結ばれる奥さまとの出会いの場となったスープラオーナーズクラブ“STARTINGPOINT”のステッカー
「セリカスープラを増車したとき、私は独身だったとはいえ、親にも3台目を買ったとはいえず……(苦笑)。当初は“友だちのクルマを預かっている”と主張したのですが、そのうち“本当は買ったんじゃないの?”なんて突っ込まれましたけど(笑)」
パートナーがいる人のなかには、許可を得ずに勢いでクルマを購入し「一時預かりモノ」や「借りモノ」といった苦しい弁明(?)をした経験がある人がいるかもしれない(笑)。とにもかくにも、セリカスープラを手に入れたオーナー、気になる部分の手直しに着手した。
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(写真提供:ご本人さま)
「手に入れたとき、バンパーの下の部分が黒くペイントしてあったり、と、オリジナルじゃない部分もあったんです。そこで、当時付き合いのあったショップに持ち込んでオールペンしてもらいました。オールペン自体も当時はそれほど高くなかったからできたんですね」
こうして3台体制となったわけだが、体はひとつ。気になるのは3台の使い分けだ。
「特に決めていたわけではありませんが、長距離の移動のときはスープラ、街乗りはAZ-1。セリカスープラはセリカXX関連のイベントやミーティング用で使い分けていましたね」
3台体制のカーライフを謳歌していたオーナーだが、やがてライフスタイルに変化が訪れる。現在の奥さまと結婚してお子さんが産まれて、クルマ趣味に「全振り」とはいかなくなったのだ。
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(写真提供:ご本人さま)
「セリカスープラはオールペンしてきれいになったけれど、結婚して子どもが産まれると、家族を養っていく必要がありますよね。さすがに3台のクルマを維持していくのが厳しくなってきたとき、スープラの修理代が掛かるようになりました。セリカスープラは車検が切れたタイミングで自宅の駐車場に置いた状態にせざるを得ない状況となってしまったんです」
オーナーには2人の息子さんがいる。おふたりとも立派な青年になっているそうだが、幼少期の頃からAZ-1や70スープラ、そしてセリカスープラを見てきたことになる。そして何より、奥さまも毎日のように(こういってはナンだが)不動となってしまったセリカスープラを見ることになる。失礼ながら、奥さまから「手放して」といわれたことはなかったのだろうか。
「自宅に置き場所があったという点も大きいと思いますが『売っちゃって』といわれたことはなかったですね。20年近くも不動のまま止めてあったとはいえ、私自身も“時期が訪れたら復活させよう”という想いは常にありましたね」
振り返れば約20年。しかも自宅の敷地内に置いてあるわけだから、否が応でも視界に入ることになる。
「セリカスープラを復活させるとしても、2人の子どもたちが大人になってからでなければできないだろうと思っていました。上の子がいま21歳なんですが、この子が生まれた頃はまだ動いていたんです。不動になったのは2006年だったと記憶しています。下の子が生まれたときにはすでに動いていなかったし、約20年ですね。そのまま保管というか放置していました(苦笑)」
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(写真提供:ご本人さま)
そしてついに『そのとき』が訪れたわけだ。復活にいたるきっかけがあったのだろうか。
「いちばんの理由は“クルマを直せる環境”ですね。必要な部品も今は出るかもしれないですけど、5年後には直せないかもしれない。それと部品の価格高騰もあります。同じ作業内容でも1年ずれるだけで金額がまったく違うかもしれない。そういったさまざまな要因が重なり、復活させようと思いいたりましたね」
当然ながら自走は不可能。ショップに預けるにもキャリアカーまで「手押し」で移動させなければならない。
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(写真提供:ご本人さま)
「タイヤの空気が抜けていたこともあり、セリカXXを所有する友人にホイールを借りて履き替え、どうにかキャリアカーに載せました。その後、ショップの方から画像が送られてきたんですが、燃料タンクやホースも錆びだらけ。タイミングベルト交換・ウォーターポンプ修理・ブレーキやクラッチまわりの修理などを行いました。クルマを預けたのが2022年11月、完成したのが2023年の12月なので、復活するまでに丸々1年の時間を要しました」
目の前にあるセリカスープラは、一部塗装の劣化はあるものの、20年近く放置されていたとは思えないほど美しいコンディションだ。保管状況や復活前の状況についても伺ってみた。
「ボディカバーを掛けず、そのままの状態で放置していたんです。ただ、屋根の下に置いていたことも功を奏したのでしょうね。あとは埃が膜になっていたのも良かったのかな(笑)。試しにシュアラスターのコンパウンドが手元にあったので、バンパーのところを磨いてみたら思いのほかきれいになったんです。それで勢いづいてボディ全体を磨いてみたら塗装に艶が出た。これはいけそうだぞ、と、仕上げにガラスコーティング剤で拭き上げたところ、それなりの仕上がりになったんです」
磨き専門のプロショップが手掛けたのだと信じて疑わないほどの美しさだったが、オーナー自らの手で仕上げたと伺ってさすがに驚いた。こうしておよそ20年振りに復活を遂げたセリカスープラ、今後、手を加えたいところは?
「細かいところに錆があるんですね。それを早く直したいです。あとは、フロントバンパーやリトラクタブルヘッドライトまわりの塗装の劣化のリフレッシュ、リアの“SUPRA”のデカールが劣化しているのでこれも新しいものに貼り換えたいですね」
トヨタは「GR HERITAGE PARTS」でオーナーが所有するA70スープラをはじめ、A80スープラの純正部品の再生産を行っている。オーナーとしても動向が気になっていることはいうまでもない。
「スープラの取材のときにも話しましたが、トヨタがスープラの純正部品を再生産してくれていること自体、とても喜ばしいことだと思っています。あるイベントで、トヨタの社員と思われる方がエンドユーザーからの声に真剣に耳をかたむけている様子を見ていますし、ユーザーが求めている部品を再生産してくれている印象を受けます。事実、私のスープラの車検を通す際にもヘリテージパーツのおかげで助かっていますしね。フロントのロアアームのブッシュが劣化して、アライメントが取れない状態だったところ、ヘリテージパーツに交換して車検をクリアしましたから。願わくば、ダッシュボードやウィンドウモール類など、セリカXXの純正部品の再生産も実現してもらえたらありがたいなって思います」
まさしく現役ユーザーの生の声だ。この声が「GR HERITAGE PARTS」の関係者に届くことを願う。美しくよみがえったセリカスープラを眺めつつ、改めて気に入っているポイントを伺った。
「やっぱりこのオーバーフェンダーですよね。セリカスープラならではの装備ですから。あとは自宅の片隅に積み上げられていた純正ホイールもリペアしてもらったことですね。このクルマを預けたショップを通じて、バイク屋さんが直してくれたそうです」
昨今の旧車ブームもあり、この年代のクルマに興味を示す人が増えてきている感がある。さまざまな経験を持つオーナーならではのアドバイスも伺ってみた。
「夢を打ち砕くようですが……、壊れます。その覚悟は必要です。あとは、手に入れたタイミングでどこまで修理してから納車してもらうかもポイントになってきます。いちどにリフレッシュできれば理想ですが、それにはかなりの費用と時間が掛かってしまいます。予算的に厳しいようなら、計画的・段階的にリフレッシュしていく方法もありだと思いますね。あとは最新モデルとは異なり、クルマの機嫌に合わせてあげるような運転が必要であることも気に留めてほしいです」
旧車およびネオクラシックカーを手に入れ、乗り続けるには「好き」や「憧れ」だけではどうにもならない領域にあることは確かなようだ。最後に、セリカスープラと今後どのように接していくつもりなのかも伺った。
「せっかくちゃんと動くようになったことですし、“乗れる限り乗り続けたい”ですね。そのあとは、それなりに手間とお金が掛かるクルマですし、是が非でも息子たちに乗り継いでもらおうとは思っていないんです。それよりは大切にしてくれる人に乗ってもらいたいかな」
およそ20年という長きにわたり、自宅の敷地内に留め置かれていたセリカスープラ(現在も使用可能だというCDチェンジャーからモーニング娘。のベスト盤CDが出てきた)。埃に覆われたセリカスープラを毎日のように眺めてきたオーナーの心情を慮ると、見事に復活した現在の姿は、喜びに満ちたというよりも「無事に復活させることができた」という安堵の気持ちの方が大きいのかもしれない。
少なくとも、ずっとオーナーの「心のどこかにつかえていたもの」がフッと軽くなったことは確かだろう。オーナーとセリカスープラの第2章ははじまったばかりだ。澄んだ音色を奏でる直列6気筒エンジンのフィーリング、そしてクラッチ&シフトワークを思う存分堪能してほしいと願わずにはいられない取材となった。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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