21年をともにした愛車を愛娘に託すその日まで。1993年式日産フェアレディZ 300ZX 2by2 ツインターボ(Z32型)
念願の愛車を手に入れた瞬間から、別れへのカウントダウンがはじまっている。残酷なことだが、それは揺るぎない事実だ。
それがいつなのかは誰にも分からないし、もしかしたら明日かもしれない。分からないからこそ、普段はその事実から目を逸らし、意識しないで済んでいるのかもしれない。
そうなると、子どもを持つ父親(または母親)であれば、愛する我が子と同様に、手塩に掛けて「育ててきた」愛車を自分の子どもに託したいと思うのがごく自然な願望だろう。しかし、この取材を続けているうちに、それが一筋縄ではいかないことも分かってきた。親としては愛する我が子に託したいけれど、肝心の子どもの方はというと「まったく関心がなくて…」というケースが少なくないのだ。
そこで、せっかく時間を割いて取材に協力していただいている以上、筆者としては、取材や記事がきっかけとなり、父親(あるいは母親)から、愛する我が子へのメッセージを伝える場になればという思いが強くある。正直いって他人のお節介かもしれない。しかし、何らかの形として残ることで、いつか、子ども側の意識が変わってくれるのでは…という願いも込めての行為であることをご容赦願いたい。
前置きが長くなったが、今回のオーナーにはこの種の心配はまったくの杞憂だ。世のクルマ好きの父親(母親)からすれば「羨ましい」とさえ思うかもしれない。そんなほほえましいエピソードをご紹介したい。
「このクルマは、1993年式フェアレディZ 300ZX 2by2 ツインターボ(Z32型/以下、フェアレディZ)です。約21年前にワンオーナー車だったこの個体を手に入れて以来乗り続けています。現在のオドメーターの距離は8万9800キロ、手に入れてからは5万5300キロ走りました」
Z32型のフェアレディZがデビューしたのは1989年。にわかには信じがたいが、もう30年も前のことなのだ。フェアレディZとしては4代目にあたり、歴代のフォルムとは一線を画す、ワイドアンドローの迫力あるボディを手に入れ、それまでのフェアレディZとは異なる魅力を放ったことは記憶に新しい。当時、一部では劇的に変化したZ32型のフォルムに対して抵抗を示したZファンもいたようだが、日本車離れした美しいラインに魅せられ、憧れたクルマ好きも多い。
フェアレディZのボディサイズは、オーナーが所有する2by2モデルが全長×全幅×全高:4525x1800x1255mm。「VG30DETT型」と呼ばれる排気量2960cc、V型6気筒DOHCツインターボエンジンが搭載され、最高出力は280馬力を誇る。2シーター仕様とリアシートを備えた2by2仕様が用意され、2by2はTバールーフのみ。これらにターボまたはNAエンジン、5速MTまたは4速ATという組み合わせでグレードが構成されていた。さらに1992年にはコンバーチブルモデルも追加され、オープンモデルになってもZ32型の美しいラインは不変であることを証明してみせた。
今回のオーナーも、そんなZ32型フェアレディZに魅了された1人といっていいだろう。
「私の年齢は46歳です。これまでの愛車遍歴は、トヨタ カローラレビン(AE92型)、日産180SX(RPS13型)、そしてこのフェアレディZです。デビューした当時から“カッコイイなぁ…”と思っていました。しかし、20代前半の若者にとって手の届くような存在のクルマではありませんでした。さらに大学を卒業後、社会人1年目のときに結婚しまして…。私と妻はスポーツカーが好きで、大の日産党なんです。そのときに私が所有していた180SX(もちろんMT車)を妻が運転することもありましたよ」
若くして家庭を持つこととなったオーナー。…ということは、このフェアレディZは結婚後に購入したということだろうか?一般論として、なかなかハードルが高そうではあるが…。
「現在の愛車は結婚後に買いました。それも思わぬ形で実現したんです。妻が通勤のときに180SXに乗っていったら途中で壊れてしまい、修理にかなりの費用が掛かることが分かりました。それならば、思い切って新車の180SXに乗り替えようと日産のディーラーに行ってみたところ、ちょうど生産終了した直後で、すでに在庫車もない状態でした。すかさずセールスの方から、発売間近だという新型シルビア(S15型)の資料を見せていただいたんですが、私の好みではなかったんです。それならばいっそ、憧れの存在だったフェアレディZを…と思い見積もりを出してもらったところ、私が欲しいグレードである『2by2 ツインターボ 5速MT』の支払総額がなんと500万円オーバーだということが判明。妻からは『さすがに500万円オーバーは…』といわれてしまい、新車は断念しました。そんなとき、雑誌の広告欄でZ32専門店が近くにあることを発見したんです」
きっかけはどうあれ、憧れの存在だったフェアレディZを手に入れる夢が少しずつ現実味を帯びてきた。
「Z32の専門店に行ってみるとさまざまな売り物がありました。『2by2 ツインターボ 5速MTの在庫車のなかでいちばん高いクルマを』とお店の方に伝えて紹介されたのが現在の愛車です。ワンオーナー車で、発売当時の雰囲気を残しつつ、1992年に最初のマイナーチェンジを行った“2型”と呼ばれるモデルです。お店の周辺を試乗させてもらい、条件面も折り合いがついたので、その場で即決しました」
以来、21年。オーナーは変わることなくこのZ32を溺愛している。これからもその想いは変わらないのだろう…で、今回は終わりではない。もう1人、このフェアレディZに魅せられてしまった人がいるのだ。それはオーナーの奥さまではなく、お嬢さんだ。
「中学3年生になる次女もこのフェアレディZが大好きなんです。この子が4歳のときに、現在でもお世話になっているZ32の専門店“Zone”さんの企画によるツーリングで、神奈川県座間市にある日産ヘリテージコレクションに連れて行ったんですが、よほど楽しかったみたいで、このクルマが大好きになったようです。高校受験がなければ、今回の取材にも連れてきたかったのですが…」
Zoneといえば、Z32型フェアレディZ専門店として、日本はもとより海外でも知られた存在だ。
取材をすすめていくうちに気づいたことがある。オーナーにとって、このフェアレディZはもはや自分だけの愛車ではないのかもしれない。それをオーナー自身が自覚しているのかは定かではないが、このフェアレディZを少しでもきれいに、そしてベストコンディションで乗ろうという想いが半端ではないことは誰の目にもあきらかだ。
「メンテナンス全般をZoneさんにお願いしているので、トラブルは皆無です。ただ、真夏にエアコンを入れて走ると水温がみるみる上昇するので、暑い時期はなるべく乗らないようにしています。これがもし真夏の取材オファーだったらお断りしていたと思います(笑)。エンジンオイルは、走行距離に関係なく半年ごとに交換しています。これまでの整備記録簿や明細もきちんとファイリングして保管してありますよ!」
そう語るオーナー。今回、当時の雑誌の切り抜きや整備内容をまとめた明細が収められたファイル、ミニカーなどのコレクションを持参していただいた(オーナー自慢のコレクションは玄関に美しくディスプレイされているのだという)。
経験上、この種の書類や資料をきちんとファイリングし、大切なコレクションを披露してくれるオーナーの愛車のコンディションは1つの例外もなく『極上』だ。ボディが美しく磨きあげられていることはもちろん、エンジンルームも可能な限りきれいに保たれている。高価なボディコーティングによって磨き上げられたクルマとはまた異なる、オーナー自らの手による惜しみない愛情が注がれてきた「美しさ」を放っているのだ。
さらに、一見するとノーマル然としたたたずまいのフェアレディZだが、さりげなくモディファイが加えられている点にも注目したい。
「マフラーはFUJITSUBO製に、ブレーキはR33型スカイラインGT-R用のブレンボ製キャリパーに、Z33型純正アルミホイールを組み合わせています。これらはZoneさんがストックしていた中古品を組み込んであります。あとはTEIN製の車高調を装着しています。Z33型のホイールからのぞくゴールドにペイントされたブレンボのキャリパーがお気に入りです。ツボを押さえた的確なモディファイ、そしてこのコンディションを維持できているのはZoneさんの存在が大きいですね。個人でコンディションを維持したり、部品をストックするのは限界がありますから、専門店の存在は本当に心強いです。メーカーさんには、ハーネスなど、クルマに乗るうえで必要な部品は生産を続けていてほしいです。製廃の部品を再生産してくれたら嬉しいのですが…」
古宮カメラマンによる撮影した画像や、筆者のつたない表現を通じて、フェアレディZに対するオーナーの接し方は「溺愛」という表現がふさわしいことがお分かりいただけると思う。どうやらそれは、自分自身のためであると同時に、やはりお嬢さんの存在が大きいようだ。
「次女が、小学生の頃に『将来、絶対Z32を引き継いでオーナーになる』といってくれたことが、私は嬉しくて…。長女はクルマには興味がないようですが、次女とは今でもドライブに出かけるんです。家には家族用にホンダN-BOXもあるんですが、Z32でないとだめなんだそうです(笑)。Tバールーフを開けてドライブするのが好きみたいですね。このフェアレディZを維持するうえで、次女の存在がかなりのモチベーションになっています。ほぼ次女のためといってもいいかな(笑)」
世のクルマ好きの父親からすればうらやましい限りだろう。思春期の愛娘が自ら愛車の助手席に座り、父親とのドライブの時間を楽しんでくれるのだから。オーナーにとっては自慢の娘であり、まさに「目のなかに入れても痛くない」存在なのだろう。最後に、今後このクルマとどう接していきたいのか?意気込みを伺ってみた。
「いつかこのフェアレディZを次女に託すのが目標ですね。やがて結婚して子どもが産まれる日が訪れるかも…しれません。そうしたら、次女からその子どもへとこのフェアレディZを受け継いでくれるととても嬉しいですね」
オーナーにとって、自慢の愛車、そしてお嬢さんたち。オーナーにとってこのフェアレディZは「愛娘」とよべるほど溺愛する存在なのは間違いない。何しろ、お嬢さんたちの誕生から今日にいたるまでの成長を間近で見守ってきた家族の同然の存在だからだ。将来、助手席に長女が座り、父親から託されたフェアレディZを次女がハンドルを握って出掛けることもあるだろう。「貴婦人」という名のクルマに乗り、美しく成長した姉妹がドライブする光景も決して夢物語ではないように思えてくる。
オーナーの愛車を想う気持ちはもちろんのこと、いくつになっても愛娘とドライブできる喜びは父親冥利につきるのだろう。親子でさまざまことを話しながら、フェアレディZでのドライブを楽しむ光景が自然と目に浮かぶ、ほほえましくも素晴らしい取材であったことをお伝えしておきたい。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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