30歳の節目でめぐり逢った運命の1台!1991年式日産 パルサーGTI-R(RNN14型)

この取材を続けていると「クルマが生きている」としか思えないようなエピソードに出会うことが本当に多いから不思議だ。

愛車がもたらす偶然や不思議なめぐりあわせを感じるたびに、まるで意思を持っているようだと思えてならない。「クルマは乗り手を選べない」といわれるが、人に愛されてきたクルマはオーナーを選んでいるのかもしれない。

今回の主人公は、現在32歳の男性オーナー。自動車関連業に従事しているという。愛車は今も根強い人気を誇る国産ホットハッチだ。

「このクルマは1991年式日産 パルサーGTI-R(N14型/以下、パルサーGTI-R・通称GTI-R)です。所有し始めて約2年半になります。購入時の走行距離は3万8000キロで、現在の走行距離は7万1000万キロです」

パルサーGTI-Rは、シリーズ4代目(N14型)の最高性能グレードとして1990年にデビュー、1995年まで生産された。WRC(世界ラリー選手権)参戦を前提とした3ドアハッチバックだ。

ボディサイズは全長×全幅×全高:3975×1690×1400mm。搭載される排気量1998ccの直列4気筒DOHCターボエンジン「SR20DET型」の最高出力は230馬力を誇る。駆動方式は4WD、路面や走行状況に応じてトルクを制御する四輪駆動システム「ATTESA(アテーサ)」を搭載し、トランスミッションは5速MTのみ設定された。

WRCに参戦した期間は2年と短かったが、グループNでは年間タイトルを獲得。国内のラリーやダートトライアル、レースでも活躍を見せた。ファンの間では通称「I-R」などと呼ばれ、今もなお多くのクルマ好きに愛されている。

オーナーも幼い頃から“憧れの1台”だったという。クルマとの出逢いは、なんと5歳の頃だというから驚きだ。

「私の父親とおじが日産関係の仕事をしていたんです。おじは板金会社を営んでいたので、幼い頃からクルマが身近にありました。父親がカタログやグッズなどの販促品を持って帰っていたので、カタログや資料を眺めるのが遊びだったんです。なかでもパルサーのビデオカタログがすごくお気に入りで、走るパルサーがかっこよかったですし、アップテンポのCMソングも好きでした。大人になったらこんなクルマを手に入れて、この曲を聴きながら運転したいな…と空想していました」

オーナーが小学生になった頃、パルサーGTI-Rに乗る機会に恵まれた。原体験ともいえる鮮烈な記憶が今につながっているようだ。

「8歳のときだったと思います。父が勤めていたディーラーに草レースのチームがあって、そこに競技車輌としてパルサーGTI-Rがあったんです。あるとき、サーキットのイベントでプロドライバーの同乗走行があり、その車輌に一緒に乗せてもらえることになったんです。サーキットを走っているとき、スカイラインGT-Rをオーバーテイクする瞬間があったんですね。幼かった私は、小さなハッチバックが大きなスポーツカーを抜いた場面に感動してしまって、大人になったらパルサーGTI-Rに乗ろうと決めました」

特にどんな点に惹かれたのだろうか。

「WRCで勝つために開発されていたGTI-Rの歴史や背景を知ってからはさらに惹かれていきました。同じSRエンジンを搭載したクルマはいくつかありますが、GTI-Rはそのなかでも異端児です。開発にもコストが掛かっているのがわかりますよね」

やがてオーナーは成人し、多忙な日々を送るようになった。日常生活に追われるなかで、パルサーGTI-Rの記憶は頭の片隅に置いておく程度になっていったそうだ。

2020年の年末、オーナーは20代の終わりを迎えていた。これまでの人生を振り返っていてふと、幼少の記憶がよみがえってきたと話す。

「29歳がもう少しで終わろうとしていたとき、小さい頃から乗りたかったクルマや好きだったものを思い出す時期があったんですね。そこで、軽い気持ちで昔から好きだったパルサーGTI-Rの相場を調べてみたんです。すると、すでに中古市場では高値だと知りました。昔はすごく安かったので、いつでも買えると思っているうちに手が届かない存在になっていたんです。しかも旧車なので結構手が掛かりますし、乗るなら整備の腕を上げてからと頭の片隅では思っていたのですが・・・」

現在の愛車とはどのような経緯でめぐり逢ったのだろうか。

「ある日、中古車情報サイトを覗くと、ブルーグレーグラファイトパールの車体で3万8000キロ、ワンオーナーのGTI-Rが目に留まりました。しかも1991年式で私と同い年。新着の売り物だったら表示されるアイコンがあるはずなんですが、なかったのでずっと売れなかったんでしょうね。それから数カ月チェックし続けていたんですけど、他のGTI-Rは売れていくのに、この個体だけが残っているんですよね。修復歴があるわりに走行距離が少ないから、怪しまれて売れなかったのかもしれません」

あまりにも売れないので、気になったオーナーはついに現車確認を思い立ったそうだ。

「このクルマを販売していたお店は元旦も営業しているとあったので、年末年始休暇のタイミングで足を運んでみたんです。そのGTI-Rは一見綺麗なんですが、修復歴があるとわかったので、その日は帰りました。ところが、帰宅してからもなぜかこの個体が忘れられなくて、もし他の人に買われたら後悔するのでは……と休暇中はずっと悩んでいました。製造年も1991年式で同い年だし『これは縁かもしれない』と意を決して、買うことに決めたんです。新幹線に乗ってクルマを受け取りに行くとき、窓の外をボーッと眺めていると、静岡に着いたあたりで黒のGTI-Rが走っていくのを見たんです。これはなんだか良い予感・良い出会いがあるんじゃないかなって思いました」

購入後も驚きのエピソードがあったという。

「手に入れてからこの個体について調べていたところ、ラインオフしたのが私の誕生月と同じ1991年1月だったんですよ。さらに驚いたことがあって、このGTI-Rを購入してすぐエアコンのファンレジスターが壊れてしまって交換したんですよね。その際、取り外したファンレジスターの製造年月日を見ると、自分の誕生日とほぼ一致していたんです。もちろん、部品と車体の製造年月日が必ずしも一致することはないんですけど、多分車体も部品も1月に製造されているので、1月の後半生産の可能性が高いと思います」

30歳になる人生の節目で出逢った憧れのクルマ。しかも誕生月が“ほぼ”同じだった事実。そんな“シンクロニシティ”を経たパルサーGTI-Rとの暮らしのなかで、感じたことや変化したことを伺ってみた。

「パルサーGTI-Rって、ネットの情報ではネガティブな内容が多いんですよ。フロントヘビーだとか整備性が悪いとか……。確かに整備性は本当に悪いんですけど、日産の当時の理想をこの小さな車体にこれでもかと詰め込んだ感じがあって、この時代の勢いを感じます。

それと、今まで乗ってきたクルマがFFだったせいか、4WDの安定感はすごいと思いました。巷では“ドッカンターボ”といわれていますが、やはり排気量が2000ccあるので低速トルクもしっかりあって乗りやすいですし、安心感がありますね」

購入当時、親族の反応は?

「新車で売っていた頃から知っていただけに喜んでくれました。父との会話も以前より増えましたね。そんな会話のなかで、父も運転免許を取って最初にチェリーX1Rに乗っていたことを知りました。やはり親子ですよね(笑)。まだ一緒にドライブはできてないんですけど、いずれは」

クルマ選びも親子ならでは。そんなオーナーに、これまでの愛車遍歴を伺ってみた。

「運転免許を取得して最初に購入したのは、日産 マーチ12SRオーテックバージョンです。走行距離は9万キロで4年落ちくらいの個体を知り合いから格安で譲ってもらいました。5年間で22万キロ乗りましたね。部品取り車と予備のエンジンも持っていました。

次に乗り換えたのはスズキ スイフトスポーツ(ZC32S型)で、あるチューニングメーカーのテストカーだった個体でした。お金を掛けて手を入れていこうとしたところでGTI-Rが登場したわけです」

以前の愛車だったマーチとスイフトスポーツには、かなりモディファイが施されていたようだ。このパルサーGTI-Rにはどのくらい手が加えられているのだろうか。

「納車当時はステアリングを含めてほぼ純正でしたね。現在もほぼ変わりません。純正のクオリティの高さを感じています。リフレッシュも兼ねて手を入れた部分は足回りです。タイヤの純正サイズが14インチなんですね。幅は太いんですが230馬力のパワーを受け止めるにしては小さすぎるので、タイヤを少し大きくして少しでもポテンシャルを引き出してあげたいなと。ホイールはレイズ製のTE37に交換しています。性能・デザイン・手入れのしやすさの三拍子が揃っていてお気に入りです」

職業柄、メンテナンスもほぼオーナー自身でこなしている。モディファイよりも、メンテナンスやリフレッシュに力を注いでいるようだ。これまで経験したトラブルと対策を教えていただいた。

「まずはガソリン漏れですね。信号待ちで後続車のドライバーさんに教えてもらって気づいたんですけど、滝のように漏れていたんですよ。“マジかよ……”と思って見てみると、燃料タンクの蓋から漏れていたので、ホームセンターから携行缶と手動ポンプを買って、ガソリンを少し抜いて油面を下げる応急処置でなんとか凌いぎました。

それから、クラッチマスターシリンダーが壊れました。整備書を見ると『エンジンを降ろして作業』と書いてあったんですけど、工夫してエンジンを降ろさず交換できました。あとはラジエーターのアッパーホースが裂けたり、ファンレジスターが壊れたり。燃料タンクも本体に亀裂が入ってしまったので交換しました。ブレーキも引きずっていたので前後オーバーホールもしましたし、ディストリビューターやエアフロセンサーも壊れたのでオークションで部品を調達して交換しています」

次から次へと発生するトラブルを解決してきたオーナーだが、部品の供給状況も気になるところだ。

「製廃(廃盤)の部品は多いですね。たまにネットオークションで新品が出ると凄まじい争奪戦になります(笑)。燃料タンクは日産 ラシーン用を流用しています。形状と配管・取り回しも同じで品番が違うだけだったんですよ。これは余談ですが、GTI-Rの車内にあった整備書を読んだんですけど、ちょうど『ガソリン漏れ』のページにハガキが挟んであったんです。前オーナーの頃からこのトラブルに悩んでいたようですね。もしかすると、一度修理に出したけど『もう無理ですね』と匙を投げられて、あきらめて手放してしまったのかもしれません」

さらに、パルサーGTI-Rの購入を検討している方に向けて、注意点やアドバイスをオーナー目線で伺ってみたい。製造から30年以上経つ車種なので、やはり覚悟は必要なのだろうか。

「そうですね。とにかく手のかかるクルマであることは間違いないので、所有するにはそれだけの覚悟が必要だと感じています。

いざというときのために、ある程度自分で整備できるといいですね。クルマ以外にも整備書や部品も揃えて“乗る環境”も整えることが必要です。部品の流用術はネットを検索しても出てこないので、オーナーズミーティングに参加したり、いろんな方と仲良くなったりして情報共有できるのがベストだと思います」

パルサーGTI-Rは、ネオクラシックカーのなかで維持の難易度は高いほう?

「難易度は“真ん中”くらいだと思います。たまに社外の部品も出てくるんですよ。自分で整備が難しい場合は、日産系のラリーに強いショップを頼ってみるのも手かもしれません」

試行錯誤を重ねつつ、確実にリフレッシュしているパルサーGTI-R。続いて気に入っているポイントや、愛車でもっともこだわっている点を挙げていただいた。

「気に入っているポイントはたくさんありすぎます(笑)。外見だとやはり、レースカーとの見た目がそんなに変わらないところ。迫力あるボンネットのダクトですね。それからリアスポイラー・フェンダーのモール。やはりWRCのレギュレーションで変更できなかった装備を市販車に付けている点が良いですね。リアビューも大好きなんですよ。若干猫背になっているというか。

エンジンも専用パーツが多いんです。SR20DET型は日産の4気筒エンジンとしてはポピュラーですが、エンジンヘッドも専用なんです。SRエンジンは高回転まで回すと、ラッシュアジャスターの動きが悪くロッカーアームが脱落することがあります。そのため、パルサーGTI-Rのエンジンだけがシム調整です。RB26と同じですね。バルブもナトリウム封入バルブで、RB26のノウハウが生かされているようです。4連スロットルチャンバーも装備されています。もともと競技を想定して開発されている部分がたまらないですよね」

「きちんと暖機運転するのはもちろんなんですが、特にこだわっているといえばボディケアでしょうか。極力汚れをつけないように注意していて、雨が降ればその都度拭いたり保湿したりしています。コーティングはしていないんですよ。基本的に触るのが好きなので、コーティングすると放置してしまって変化に気づけなくなってしまうと思うので(笑)」

実は取材中、不意ににわか雨が降ってきた。細部まで美しく磨き上げられた愛車を濡らしてしまったのだ・・・。オーナーにはこの場を借りてお詫びしたい。

購入してから約2年半。パルサーGTI-Rに惜しみない愛情を注ぎ、濃密な時間を過ごしているオーナー。今後このクルマとどう接していきたいと思っているのだろうか。

「本当に憧れのクルマだったので、お互いに無理なく長く一緒にいられたらなと思ってますね。このさき自分が運転できなくなったとしても、ずっと手元に置いておきたい。いわゆる日産のヘリテージコレクションじゃなくて自分で持っていたいんです。

ようやく調子を戻しつつありますが、なかなか心を開いてくれません(笑)。でも色々な方々との出会いをもたらしてくれている愛車に感謝しています」

最後に、前オーナーへの思いとメッセージを伺ってみた。ひょっとすると記事を通じて本人に届く可能性があるからだ。

「確か神戸の方だったと思います。当時のメンテナンスノートを見ると、神戸日産で購入されていますね。このGTI-Rをあれだけ長く乗っていただけに、手放したのも何らかの理由があったとは思うんですが、大切にされていたことが伝わってくるんですよね。ボディがすごく綺麗だったのが印象的なんですが、多分ボディカバーをかけていたと思うんです。細かい傷がたくさんついているのに内装はまったく日焼けしていませんでしたから。自分の手でこのクルマを駄目にしてしまっては前オーナーの方に対しても失礼になると思うので、これからも大切に楽しく乗っていきたいです」

クルマは語る。

やはり語りかけている“声”が聞こえる人、持つべき人のもとに渡っている。偶然とはいえ、偶然とは思えない不思議なエピソードが必ずあるのがおもしろい。

人生の節目に運命的な出逢いをしたオーナーとパルサーGTI-Rが目指す次へのステージ。数多の幸せを願わずにはいられない。

(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

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