国産車唯一のV12エンジンに魅せられた26歳のオーナーが溺愛する1998年式トヨタ センチュリー(GZG50型)
日本のモノづくりに対して、執念に近い熱量を感じることがある。クルマもそのひとつではないだろうか。それは、最新モデルはいうにおよばず、ゆっくりと、しかし確実に過去のものとなりつつある「平成のクルマ」にも感じられる。
今回の主人公は26歳のオーナー。2018年にトヨタ コンフォート デラックスのオーナーとして登場していただいたことがある。
前回の取材からおよそ5年半。現在もこのトヨタ コンフォートを所有しながら、トヨタ センチュリーを迎え入れて2台体制のカーライフを送っているという。
今回は、このトヨタ センチュリーとのカーライフに注目した。公用車や御料車としても使われてきたセンチュリーを普段使いすることで感じた魅力を詳しく伺っていこう。
「このクルマは1998年式トヨタ センチュリー(GZG50型/以下、センチュリー)です。手に入れてから1年と2カ月が経ちました。現在の走行距離は約18万キロですが、私が乗りはじめてからは2万キロも走っていません。聞くところによると、オーナーは私で3人目のようで、ファーストオーナーは都内にあるどこかの企業だったようです」
トヨタのフラッグシップサルーンとして1967年から3代に渡って生産され続けている「センチュリー」。このクルマの車名は、初代モデルがデビューした1967年がトヨタグループ創設者・豊田佐吉の生誕100周年だったことを記念して名付けられた。
センチュリーのボディサイズは全長×全幅×全高:5270×1890×1475mm。排気量4996cc、最高出力280馬力を誇るV型12気筒DOHCエンジン「1GZ-FE型」は専用開発されたエンジンだ。6気筒ごとの各バンクに制御システムを備え、万が一エンジントラブルが発生しても片側6気筒で走行できるようになっている。
乗降のしやすさにこだわった設計、「匠の技」をちりばめた空間。さらには、乗る人の存在感と見送る際の余韻を与えるようにデザインされたという造形美まで……。後部座席に乗る人のためにしつらえた、日本が誇る至高の「ショーファードリブンカー(お抱え運転手が運転するクルマ)」といえるだろう。
そんなセンチュリーを選んだオーナーの“クルマ観”はどのように育まれてきたのか。まずはクルマ好きの原点を振り返ってもらった。
「父親もクルマが好きで、MG ミジェットやメルセデス・ベンツ190E 2.3を所有しています。私もその血を受け継いでいると思うんですが、中高生の頃はクルマよりも鉄道が好きだったんです。
高校を卒業する頃に教習所に通いはじめたわけですが、そのときに教習車として使われていたのがトヨタ コンフォートで、スタイリングに一目惚れしてしまいました。当時の同級生たちはスポーツカーやコンパクトカーなどに乗っていましたが、私の愛車は教習車のトヨタ コンフォートになりました。
そのとき、セダン好きが確立されたように思いますが、基本的に乗ったクルマの良い点を探すことが好きかもしれません。代車やレンタカーに乗ったら、搭載されている機能を全部試して確認したくなるんです」
オーナーの話を伺っていると、運転を楽しむ「ドライバーズカー」よりも、タクシーや教習車に使われる「商用車」に心惹かれやすいのかもしれない。その延長線上にセンチュリーがあったのだろうか。あらためて惚れ込んだ経緯を伺ってみた。
「学校の近隣が繁華街だったせいか、黒塗りのセダンを見かけることが多くて、センチュリーを見るたびにかっこいいなと思っていたんです。エンジンもV型12気筒ですし、こういうクルマはやっぱり“男のロマン”であり、いつかは乗りたいと友だとにも話していました。まさかこんなに早く実現するとは思いませんでしたね」
オーナーのセンチュリーは、2017年まで生産されていたシリーズ2代目の前期型だ。実はとてもレアな仕様だという。
「EMV(エレクトリックマルチビジョン)を装着していない、アナログの時計付きの仕様を探していました。中古車サイトをチェックしていて出てきた個体が探していた仕様そのもので、しかもフェンダーミラー・リアカーテン・モケットシート仕様という滅多に見かけない組み合わせだったんです。今購入しなければ2度と手に入らないかもしれないと思いましたね」
センチュリーほどの高級車になれば、EMV(エレクトリックマルチビジョン)付きの方がタマ数は多いと推察する。それだけでもオーナーの希望する条件から外れるのだから、この個体がかなりレアなクルマであることは間違いなさそうだ。
「前期型という点もポイントですね。前期型はコーナリングランプが付いているんですが、後期型では廃止されています。前期型の方がウインカーが大きくて個人的にはかっこ良く見えるんですよ。ヘッドライトがガラスで、テールライトも電球という点も良いですね。小さなこだわりなんですけど、電球のボワーッとやわらかく光る感じや、電球を消したときの『シューン』という余韻のような音もたまらないです」
オーナーにとってはEMVのような当時の先進的なシステムより、古き良き日本のクルマを感じさせるフェンダーミラーやリアカーテン、アナログ時計のほうが魅力的なのだろう。「間」や「余韻」といった日本独特の美意識を、センチュリーから感じとっているのかもしれない。
続いて、実際に乗ってみて気づいたことや変化したことを伺ってみた。
「いろんな世代の方に話し掛けてもらえて楽しいです。センチュリーでコンビニに行くと、タクシードライバーさんに話し掛けられることもあります。
このクルマに乗りはじめて『なるほどな』と思ったこともいろいろありました。例えば、足回りはエアサスなんですよ。バネではない独特の揺れというか、ふわんふわんした乗り心地が好きですね。乗る人によっては酔ってしまうかもしれませんが、タイヤの分厚さとサスペンションのやわらかさで乗り心地を稼いでいるような優しい感じが気に入りました。フロントとリアではショックの当たり方も違いますね。リアのほうがやわらかく感じます」
「それから、ドアを閉めると高級車の匂いがするんですよね。ドアがすごく重くて、骨格がしっかりしているなと感じます。そういえばこの間気づいたんですけど、メンテナンスのために左側の内装を剥がすことがあったんです。そのとき、すごくしっかり作ってあることがわかりました。ウレタンが詰まっていて、本当にしっかりできているなと感激しましたね」
センチュリーのエクステリアにも、所有してからこそ分かる“気づき”があったようだ。
「横から見ると富士山のシルエットをイメージしていると聞いたことがあります。なるほど!と思いましたね。センチュリーって、真横から見ると緩やかなフォルムですよね。“かっこいい”というよりも本当に“美しいクルマ”だと思うんです」
乗り味や外観からも、現代のクルマでは味わえない魅力を発見して刺激を受けているようだ。では逆に、苦労している点は?
「車体が大きいことですかね。コンフォートに比べると1.5倍はあるかもしれません。普通に乗るぶんには問題はないんですけど、狭い場所は少し気を使いますよね。狭くて草や木の多い道だと、傷をつけたくないので遠回りすることもあります。あとはラーメンが大好きでよく食べに行くんですが、うっかりセンチュリーで行くと店によっては駐車場が狭くて、泣く泣くあきらめたことがあります(笑)」
コンフォートとはどのように乗り分けているのだろうか?
「2台の機嫌を損ねないよう交互に乗っています(笑)。2台とも古いクルマなので、エンジンに負荷をかける“ちょい乗り”を避けるため、仕事帰りのときはできるだけ遠回りしていますね。仕事の呼び出しや緊急のときはコンフォートに乗っています」
センチュリーのサイズや年式からすると、自動車税の負担も大きいのではないだろうか。リアルな事情を伺ってみた。
「センチュリーは発売から20数年経っていますし、車体も2トンあるので、13年超えの自動車税や重量税など“フル”で掛かっています。コンフォートを合わせると自動車税は15万円くらいになります。国としてはエコカーを買うほうに誘導させたいんだと思いますが、私としては今しか乗れないクルマに乗りたい。おそらく、センチュリーはこの先乗れなくなるんじゃないかなと思っているので、今のうちにこのクルマの魅力を味わいたいと思ったのも手に入れた理由のひとつなんですよね」
野暮な話だが、ここは読者の方に成り代わって燃費についても伺ってみた。
「平均で確か6~7km/Lくらい、悪いときで4km/Lくらいです。高速燃費はだいたい10km/Lですね。前期型は4速ATなんですが、後期型の6速ATに換装すれば2km/Lほど燃費が良くなるという話を聞くので、載せ換えてみたいとは思います。でも後期型の6速ATはネットオークションに出回っていますが、状態の良いものは少ないようです」
センチュリーの後部座席に職場仲間や友人を乗せることもあるという。果たしてどのようなリアクションが返ってくるのだろうか。
「後部座席に乗る人のための装備や装飾のすばらしさを感じてもらいたくて、機会があれば乗ってもらっているんです。普段はほとんど使う機会がないので、乗る人は皆、土足禁止だと思って気を使ってくれるんですけど、気にせず座ってもらうようにしています(笑)」
今回、オーナーのご厚意でリアシートに座らせていただいた。前席よりも天井の空間に余裕があり、シートにはマッサージ機能をはじめとした快適装備も抜かりはない。辺りを見まわしてみると、一見シンプルだがとてもていねいに作り込まれていることが伝わってきた。それは、まるで純和風の高級旅館のような古き良き佇まいを残しつつ、日本人だからこそ感じられるであろう、自然とリラックスできてしまう不思議な空間だった。
ところで、オーナーの個体は、本来の美しさをキープしているように見える。モディファイを施している部分を聞いた。
「タイヤを交換しています。現行モデルのセンチュリーにも採用されているブリヂストンのREGNO GR-XIIを選びました。センチュリーを納車した当時は、センチュリーにはミスマッチのタイヤが装着されていたので、迷わずREGNOに交換しました。やはり良いですね。耐久性が高い気がします。通常、リム周辺にヒビが入りやすいんですけど、REGNOは大丈夫でした。このクルマにはベストマッチといえるタイヤだと思いましたね」
センチュリーとコンフォート、セダン好きなオーナーにとって理想の2台体制だ。ここで、他に欲しいクルマがあるのかどうかも尋ねてみたい。
「古いトラックがカッコ良いなと思っています。エンジンがV8とか、大排気量のモデルにも興味があります。セダンなら200系のクラウンも良いですよね。つい最近までパトカーに使われていたモデルです。運転が好きなのでMTモデルも捨てがたいですね。知らない車種もまだ山ほどあるし、いろんなクルマに乗ってみたいです。おそらく購入するなら90年代のクルマになる気がします」
最後に、このセンチュリーと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「もうすぐ車検なんですが、当初はその前に手放そうと思っていました。コンフォートにもかなり思い入れがありますし、人生経験としてセンチュリーに乗れたらいいなと思っていたんです。でも、いざ乗ってみると愛着が湧いてきてしまって(笑)。
周りからも『ずっと乗るんじゃないの?』とは言われるんですが、正直葛藤しています。もしエンジン系統が故障したときは覚悟しなければならないかもしれません。ただ、手放すにしても知らない人には渡らないようにはしたくて、身内や信頼できる次期オーナーを見つけたいです。それがいつになるのか……はまだわかりません」
古いクルマの愛し方のひとつに「一時預かり」という考え方がある。オーナーが代わるたびに、その人が気になっている部分を修理していくことで、クルマを生き延びさせるという考え方だ。ひょっとすると、この年代のセンチュリーもそんな存在になりつつあるのかもしれない。日本の伝統や文化を感じられる1台。できるだけ日本国内で長く走り続けてほしいと願わずにはいられない。
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