元保護犬ドーベルマンと「ママ」の、幸せの黄色いシエンタ
職業は小学校の先生。5、6年生に理科を教えている。
しかし――というか何というか、そのかたわら、子どもの頃から「知りたいことだらけ」「やりたいことだらけ」な性分であるせいか、砂金掘りから鉱物採集、天体観測等々々々々……のため、休日は全国を飛び回っている。それゆえ、岡田玲子さんの人生にはどうしたって常に“車”が必要だった。
そして今、ドーベルマンの「リーラ」と一緒に各地へ行く必要があることから、車は4WDの先代トヨタ シエンタを選択している。
「なぜシエンタなのか?」という問いに対しては、岡田さんは「車中泊がしやすいと聞いたし、比較的安価な車だから、仮に犬が車内をボロボロにしたとしてもまぁ仕方がないかな」と答える。あえて一番安いグレードを選んだそうだ。
だが飼い犬というのは本来、基本的には「飼い主の家に残り、外出した主人の帰りを待っているべき存在」だ。
もちろん「たまに主人と一緒にお出かけする」というのは飼い犬氏にとっても嬉しいイベントだろうが、それは決して「毎回」のことではないはずだ。基本的には。
それなのになぜ、ドーベルマンのリーラ氏は常に岡田さんと一緒なのか。というか正しくはなぜ、岡田さんは外出時にいつもリーラを連れて行くのか。いつだってリーラと一緒に、先代シエンタで車中泊をしているのか。
答えはまず、リーラを家に残して出かけると日帰りをしなければならず、泊りがけで遠くへ行こうと思ったら連れて行かざるを得ないというのが一番の理由。
そして飼い主自身が、押し入れにしまっているふとんに寝ると肺炎を起こしてしまう体質であるため、ベッドのホテルならいいのだが、旅館には泊まれないというのが2番目の理由。
そして――3番目でありながら、これが本当に悩みのタネなのだが――リーラ1匹で家に放して出かけると、ペットボトルの蓋から、岡田さんが所蔵する貴重な書物まで、何でも噛んで食べてしまうからだ。今までに2回、リーラは異物を食べてしまったことによる開腹手術を受けている。
ではなぜ、ドーベルマンのリーラは「何でも食べてしまう犬」になってしまったのか。
それは、推定1歳の頃に岡田さんが栃木県の保健所から救い出すまで、リーラはおそらく激しい虐待を受けていたからだ。
生後(推定)1歳までのリーラは食べるものをろくに与えられないまま、お尻に激しい床ずれができてしまうほどの狭い場所に閉じ込められていた――と推測されている。体重は15kgほどしかなかった。ちなみに1歳雌のドーベルマンの適正体重は、おおむね30kg前後である。
その後、岡田さんの看病と愛、そして訓練の結果として「普通の生活」ができるようになったリーラではあるが、「飢えへの恐怖」という心の傷が完治することはなかった。それゆえ今でも、目を離すと何でも口にしてしまうのだ。
「……というふうに書かれると、なんだか私がものすごい苦労しながらリーラと暮らしてるみたいですけど(笑)、そんなことはないんです。これは私自身がやりたくてやってることで、リーラと旅をするのは本当に楽しいですし、リーラがいるから、女ひとりで車中泊しても安心。これ以上ない“用心棒”です。あと、シエンタの後部座席に作ったベッドでリーラと一緒に寝るのはとっても暖かくて素敵なんですよ」
“2人”のベッドの下には、左に鉱物採集の道具、右に天体観測の道具が詰まっており、ルーフボックスには砂金掘りの道具が積んである。どこででも、すぐに始められる。
シエンタは3列目シートを2列目の下にしまえるため後部が広く使えるというのも、この車を選んだ大きな理由だったという。
子どもの頃から「理科」と「犬」は欠かしたことがなかった。大学生の頃には登山にハマり、その際にいわゆるジープ的な車への憧れを抱くようになった。
そして結局はスズキ ジムニーを購入し、その後はトヨタ ランドクルーザーの40系、60系、プラド、ディーゼルエンジンの日産 エクストレイルを「砂金掘りや鉱石採集などでハードコアに使い倒しながら(笑)」それぞれ長く乗り継ぎ、今から5年前、今乗っている先代トヨタ シエンタに行き着いた。
そして犬のほうも、幼少期から「家には必ず犬がいる」という生活。成人して結婚した後は「自分の子どもにも“犬がいる生活”を知ってもらいたい」ということでトイプードルを飼い始め、その後もシベリアンハスキーと、「砂漠の猟犬」といわれるサルーキを、付き合いのあるブリーダーや獣医から譲ってもらった。
そして岡田さんにとっての二番目の保護犬は、リーラの先代にあたる雄のドーベルマン「ノエル」だった。
ノエルもやはり虐待を受けていたようで、岡田さんや家族が玄関を出る際に傘を持とうとするだけで、一目散に逃げていく。傘で殴られていたのだろう。そしてダイニングルームの椅子をちょっと動かすだけで、また逃げていく。椅子を投げつけられていたのかもしれない。
だがそんなノエルも岡田さんおよび息子さん、娘さんのもとで結局は幸せに暮らし、「ドーベルマンは8歳ぐらいまでしか生きられない」とされていた時代に、推定16歳で天寿を全うした。
「世のドーベルマン愛好家が口をそろえて言う『見た目のいかつさからは想像もつかない愛情深さと、甘えん坊なところが魅力』というドーベルマンの魅力に、気づかせてくれたのがノエルでした。ノエルに出会ったことで、ドーベルマンにハマりましたね」
そしてノエルが天寿を全うする約1年前、岡田さんはネット上でリーラに出会った。保健所に捕獲されたリーラが殺処分される寸前に。いや正確には寸前ではなく、「期限当日の夜」に。
「もうね、期限当日の夜でしたからいろいろ大変だったのですが、現地の保護団体の方に動いていただきながら、結局は翌朝、保健所の人が電話に出られる8時15分から30分までの間に『私が引き取りますので殺さないでください』という電話をかけることになって。もしも寝坊しちゃったら大変ですから、あの日は目覚まし時計をセットしまくりましたよ(笑)」
体重15kgだったリーラは、引き取り手が決まったことで保健所の方がせっせとご飯を食べさせてくれたそうで、岡田さんが駆けつけたときには19kgぐらいにはなっていた。だがガリガリであることに変わりはなく、お尻の床ずれと、アカラス(ダニの一種)によるほぼ全身にわたる脱毛も痛々しかった。
それでも前述のとおり、岡田さんおよび息子さん、娘さんの必死のケアにより、リーラは見事“復活”した。幼少期の飢餓体験ゆえに「何でも食べてしまう」というのだけは治らなかったが、それ以外は何の問題行動も起こさない、岡田玲子さんの忠実な飼い犬であり、友人であり続けている。
「車で四国とか秋田とかまで鉱石を採りに行ったのですが、先ほど言ったとおりリーラは家に置いておけないじゃない? 娘が家にいたときは彼女に世話を頼めたけど、今は娘も独立してますから、リーラをシエンタに乗せて連れて行くしかないんですよ」
そして、おそらくはドーベルマン連れで宿泊可能な「ベッドのある宿」など、ほとんどないはず。
「そのとおり(笑)。だから、どこへ行くにしても車中泊です。シエンタの後ろは私用のベッドとリーラの居住スペースにしちゃって、荷物の多くは助手席に置いてます。だから私のシエンタは2シーター車ならぬ“ワンシーター車”なんですけど(笑)、それでもまぁなんとかなるもんですよ!」
過日は、生まれつき片目のないトイプードルの子犬が富山県の某所で販売されていることをネットで発見し、大慌てで購入する旨連絡し、富山県へと出発した。もちろんこのシエンタで。そしてもちろん、後部スペースにはリーラを乗せて。
「購入した人が終生飼育してくださるならいいんですけど、何をしてもかわいい子犬期を過ぎてから『やっぱり両目のある子のほうが良かったわ』みたいな感じで捨てられてしまうというのは、よくある話なんですよ。リーラだって、最初はかわいいと思って飼ったんでしょうからね。
どんな理由で捨てたんだか……。『こんなに大きくなるとは思わなかった』とか、しつけしないで育てた末に『言うこと聞かないから』とか、『年を取ったから』とか、挙句は『病気になったから』などと言って捨てる人もいるんです。ひどいですよね」
確かに……。
「その片目のコは今、繁殖場からの放棄犬だったプードルを看取ったうちの娘が、かわいがって飼っています。で、富山から連れて帰るときはまだ2カ月になったばかりの子犬でしたから、車に長時間乗せるわけにいかないということで、富山から神奈川まではほぼノンストップでびゅーっと帰ってきました(笑)」
決して「高速ロングツアラー」といったタイプの車ではない先代トヨタ シエンタで、しかも大型犬を乗せたそれで「富山から神奈川までほぼノンストップでびゅーっ」というのは、正直ちょっとツラい部分もありそうな気がするが?
「いや、そうでもないですよ。シエンタは普通に快適といいますか、昔乗っていた、高速直進性には難があることで知られる(笑)『幅広タイヤを履いたランクルヨンマル』と違って、ほっといても真っすぐ走りますからね。天国みたいなものです」
そんな元気な岡田さんも69歳となり、リーラも推定9歳になった。お互いまだまだ元気たっぷりだが、ホモサピエンスというのは200歳まで生き続けられる種ではない。そしてドーベルマンも、もしも“ハタチ”になったとしたら、それは凄いことだ。
「だから……リーラがね、私が責任をもって飼える最後の犬だと思ってます。そしてね、このシエンタは――もちろん私にとってもだけど、リーラにとっての“大切な場所”なんですよ。鉱物採集とかのために朝から夕方ぐらいまでリーラを車内で待たせても――もちろん車内が暑くならない涼しい高原とか限定ですよ――彼女は車内でずーっと安心して寝てます。
なぜならば『ここにいれば、ママは絶対戻ってくる』ということをよく知ってるから。そんな場所を、つまりこのシエンタを、リーラが生きている限りは大事に持ち続けたいですね。まぁ“大事に”といっても、ご覧のとおりに使い倒すわけですが(笑)」
飼い主は、愛犬の“言葉”をある程度以上理解できるのだろうが、あいにくの部外者である筆者には、リーラの言葉はまったくわからない。
だがそれでも、リーラがこの黄色いシエンタを大いに気に入っていることは十分伝わり、さらには「ありがと、ママ」と言っている“言葉”が聴こえたような気もしたのだ。
空耳だとは思うが。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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