51年前の初代『トヨタ・スプリンター トレノ』を10年間普段使いしたオーナーが語る魅力
大学時代は体育会自動車部に所属し、熱心に活動していた日永田和嗣さんだった。しかし自動車部とはまったく関係のない人間関係がきっかけで、キャブレター車の魅力に目覚めることになった。
「日永田くんって、確か自動車部だったよね? オレ今度『ミニ』っていうクルマを買おうと思ってるんだけど、それについてキミの意見を聞かせてくれない?」
それまでさほど付き合いがなかった級友から、クラシック ミニ(英国製の元祖ミニ)に関する相談をもちかけられた。そしてその後、実際にクラシック ミニを購入した級友との仲も深まり、彼のミニを何度も運転させてもらい、その結果“キャブ車”に目覚めた。
「キャブ車は、それまで乗っていたインジェクション車とはレスポンスがまったく違ったんです。当時のインジェクション車はアクセルペダルを踏んでも、どうしたってエンジンの反応が1テンポまたは半テンポ遅れるという感じでした。しかしキャブレター車は、それこそアクセルペダル1ミリの動きにすら即座に反応してくれる。その日の体調や感情みたいなものがクルマに伝わり、ダイレクトに返ってくるニュアンスにシビレてしまったんです」
社会人1年目が終わる頃(今から10年前)、日永田さんは初年度の給料を貯めたお金で初代『トヨタ・スプリンター トレノ』、いわゆるTE27トレノを購入した。『トヨタ・スプリンター トレノ』は1972~1973年販売が初代。その後2代目から7代目(1974~2000年)まで続き販売終了となる。
「約10年前にこのTE27を買うと決めたときは、試乗もしなかったんです。というか、試乗できる状態ではありませんでした。なぜならば、ほぼ完全にバラバラになっていましたから(笑)」
友人宅で行われたパーティでたまたま知己を得た内燃機の加工業を営む人物に「実は僕、古いキャブ車を買おうと思って探してるんですよね」という話をした際、「それなら今ウチにちょうどいいのがあるから、見てみる?」と言ってもらい、氏の工場まで現物を確認しに行った際に見たのが、前述したバラバラ状態の『トヨタ・スプリンター トレノ』だった。
当時の日永田さんは『トヨタ・スプリンター トレノ』というクルマのこともよく知らなかったし、そもそも工場にあったそれは「運転席に座ることすらできない(笑)」という状態までバラされていた。
「そんな状態でしたが『……このクルマのカタチ、いいな。欲しいな』って思えたんです。即座に『はい、コレ買います!』とお伝えしました」
社会人1年目だった若手の日永田さんが「コレ買います!」と宣言してから約半年後。バラバラだった『トヨタ・スプリンター トレノ』は完成した形で引き渡された。内燃機加工業者の氏は10年後の今も、日永田さんのTE27のメンテナンスを担当している。
そして納車されて以降の10年間だけで、『トヨタ・スプリンター トレノ』の走行距離は22万kmを超えた。
「以前勤めていた会社に『出張は自家用車可』という規定があったため、片道20kmの通勤に加え、出張先の群馬県までの往復にもTE27を使っていました。そのほか普段の買い物はもちろん、クラシックカーラリーに参加したり、ヒルクライムやコースジムカーナなどの競技にも使っていて、気がついたら10年間で22万kmぐらいの走行距離になっていました」
日永田さんは50年以上前に製造されたこのクルマを、「ごく普通の日常の相棒」として使い続けてきた――ということだ。
とはいえ、至れり尽くせりな現代のクルマと比べてしまうと、51年前の『トヨタ・スプリンター トレノ』は日常使いにはあまり向かないようにも思えるわけだが、日永田さんは次のように考えている。
「キャブ車ゆえのレスポンスの良さと、この時代のクルマならではの『軽量だから動きがクイックで楽しい』というのは大前提としてあるわけですが、それに加えて安定性や快適性なども、実は普通に優れているのがTE27というクルマなんです。……と言っても信じてもらえないかもしれませんので、論より証拠ということで、少しT27の走りを体験してみませんか? お手数ですが、助手席にお乗りください」
今回の取材記者は生まれて初めて『トヨタ・スプリンター トレノ』の助手席に座り、元大学自動車部部員である日永田さんのドライビングにより、しばし奥多摩周辺のワインディングロードでキャブ車の走行を味わった。
……確かにこれは普通に快適であり、普通に、いや普通以上に? 安定しているかもしれない。
当然のように現代のクルマと違って遮音性は低く、年式ゆえの微振動のようなものも感じる。だが、そんなものは5分も乗っていれば慣れてしまうのが人間の感覚というものだ。そして慣れてしまった後は、ただひたすらの安定感と、ボディサイズからは想像できないほど広く感じるキャビンの快適性、そして助手席に座っているだけでもビンビンに伝わってくる『軽さがもたらす心地よくダイレクトな動き』に、ただ感動するのみである。
「雨の日も風の日も、友人を乗せたり必要な荷物を載せたりするときも、つまりどんな環境下でも、僕は常に“自分の好きなクルマ”に乗っていたいんです。もちろんTE27以外にも魅力的で楽しいクルマはたくさんあると思っています。でも、自分にとって『全天候型の、趣味にも実用にも使えるマシン』は、やっぱりコレだ! と何度も再認識してしまうんです」
そんな日永田さんも「……さらにクラシックな1940年代や1950年代のクルマに乗ってみようかな?」との思いから、実はこの『トヨタ・スプリンター トレノ』を手放そうと思った時期もあったという。だが結論としてさまざまな事情から、このトレノが日永田さんの手元から離れることはなかった。
「割と真剣に手放そうと思ったのに、僕の手から離れなかったということは、もはや運命なのかもしれませんね(笑)。だからその後、このTE27はずっと持っておくことに決めました。いわゆる一生モノです」
自動車業界においては現在でも月に20万台以上の新車が登録されており(一般社団法人日本自動車販売協会連合会2024年6月発表)、さまざまな車両がデビューし続けている。そんななかで「一生乗り続けたい」と心底思うことができ、そして実際、その気になればコツコツ直しながら生涯の伴侶としての愛車と巡り合うことができたドライバーはラッキーであり、幸せだ。
そして日永田さんの『トヨタ・スプリンター トレノ』のほうも(もしもクルマという機械に感情のようなものがあるならば、というSFじみた話ではあるが)、一般的な耐用期間をはるかに超えて愛顧され続ける自らのことを「ラッキーであり、幸せだ」と思っているに違いない。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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