「定年後の楽しみはクルマいじり」自らの手で作り上げた愛らしい“ヨタハチ顔”のカプチーノ
子供の頃からクルマが大好きだった吉田さん。自動車関連の仕事に就くために、工業高校の自動車課に進学。卒業後は見事に念願を叶え、関東のとある大手メーカーに就職。しかし、そこで理想と現実とのギャップに直面する。
「組み立てラインに朝から晩まで詰めっぱなし。機械いじりは好きでしたが、自分まで機械になってしまうようで、こりゃダメだと。ハタチそこそこという若さの勢いもあって、3年で辞めちゃいました」
故郷の福岡県筑後市に戻った後は、20年以上に渡ってロードサービスの仕事に従事。クルマに触れられるだけでなく、困っている人たちを手助けできる現場業務には大いにやりがいを感じていたという。
そして、やがて定年を迎える年齢に。引退後は自宅の敷地内でクルマいじりを楽しみながら、悠々自適に過ごす…はずだった。ところが、毎日のように壊れたクルマと格闘する吉田さんの姿は近所でも噂となり、いつしかクルマに関する相談を持ちかけられるようになっていったのだとか。
「“ちょっとブツけちゃったんで、直してもらえますか?”って、クルマを持って来るんです。その昔、仕事で最初に配属されたのが鈑金部門だったので、へこみを直すくらい朝メシ前。ササっと仕上げると、今度は別の方から“エンジンのかかりが悪いので見てもらえますか?”という具合に次々とクルマに関するお悩み相談が寄せられるようになり、自分のクルマを世話するどころじゃなくなったんです」
ちなみに近所の人々の目に留まるキッカケとなったのは、昭和47年式ジムニー(LJ20)のレストア作業だったという。
このクルマは吉田さんが23歳の頃に購入し、独身時代を共に過ごした後、結婚を機に実家の納屋に仕舞い込まれたまま30年以上放置状態にあったもの。
作業前の写真と見比べてみると、とても同じクルマだとは思えないが、朽ち果てた箇所を鈑金補修し、幌部分については地元のテント業者に製作を依頼。エンジンの整備から車検の取得まですべて吉田さんが行ない、現役復帰を果たしている。
吉田さんのもとに相談に訪れるクルマの中には、修理に必要なパーツがすでに廃番になっているものも多いため、中古パーツ関連の情報を求めて日頃からネットのオークションサイトをこまめにチェックしているという吉田さんだが、ある時、一風変わった告知案内が目に留まる。
「カプチーノのフロント部分を、ヨタハチ(トヨタスポーツ800)顔に付け替えるキットの告知でした。ちょうど遊びグルマ用として買っていたカプチーノが手元にあったし『10セット限定』という宣伝文句にも惹かれて、すぐに申し込んじゃいました。発売元はヨタハチの補修パーツを作られている工房だということは存じ上げていたので、きっと良いものができるだろうと思いました」
そして発注から4ケ月後、パーツ一式が吉田さんの元に届く。フロントマスク、フェンダー、ボンネットなど、いずれもFRP製で造形面の仕上がりは予想通りの素晴らしさ。しかし、キットと言っても取り付けに要する部品がすべて揃えられている訳ではなく、細部の加工や配線関係は自作が前提の“上級者向け”。 もちろん、このことは承知の上での購入だったが、作業はお悩み相談を解決しながら進めていたこともあり、着工開始から完成までは2年近くの時間を要したという。
“異なった車種同士でのフロントマスクの移植”と、文字に記しただけでも強い違和感を覚える人も多いかも知れないが、写真を見ても分かる通り、実車はそんな懸念を一蹴するほどスタイリッシュだ。正面からの眺めはまさにヨタハチそのもので、クルマにそれほど詳しくない人であれば『こういうカタチのクルマなんだ』と思い込むこと必至のナチュラルな纏まりの良さを見せている。
また、キットそのままの状態では全長が軽自動車の規格から若干はみ出してしまうため、純正のリヤバンパーを削って長さを切り詰めた他、開閉方向がノーマルとは逆方向となるボンネットの固定にはエアロキャッチタイプのボンネットピンを使用するなど、さまざまな工夫を積み重ねて完成させているという。
他にもドアとフェンダー間のチリ合わせなど多少の苦労はあったものの、鈑金、塗装、艤装など一通りの経験を持つ吉田さんにとっては大した問題ではなく、車検もあっさりクリア。
しかし、完成後にさっそく地元の旧車仲間に披露したところ“ドアミラーのままでは雰囲気に欠ける”という指摘が。その後、完成祝いとしてフェンダーマウントの通称ベレG(いすゞ・ベレットGT風のデザイン)ミラーがプレゼントされ、クラシカルな雰囲気により一層磨きがかけられたという。
「今まではジムニーで九州のあちこちで行なわれる旧車イベントに出掛けていましたが、カプチーノはパワーがあるし、走りも安定しているので移動がラクですね。方式は全然違うけどジムニー同様、オープントップにできるところも気に入っています。顔がヨタハチなので、純正の車体外観を保っていることが必須の条件となっている旧車イベントには出られませんが、参加条件がちょっと緩めのイベントに持って行くと、とても喜ばれますよ」
ジムニー(LJ20)にカプチーノと、2台のレストア&パーツ移植作業を終えた吉田さん。
今後、自分用のモノとして作業が予定されているのは、ダイハツが販売していた昭和49年式のモペット(原動機付自転車)『ソレックス』のレストアと、ジムニー(JA11)のシャシーに同じくスズキのマイティボーイのボディを架装するという大掛かりなカスタマイズが待っているという。
ベース用の車両はすでに数年前からストックヤードに保管されていて、改造申請に必要な書類も手元に揃えているが、他の依頼案件が山積みのため手がつけられるようになるにはまだしばらく時間が必要な様子。
修理や鈑金の相談に持ち込まれる車種は軽トラからファミリーカーまで様々で、時には昭和55年式ホンダ・アクティトラックの荷台にコンプレッサーを積み込んで、出張塗装に出かけるケースもあるという。
「この間も相談をいただいた方のガレージに通い詰めて、TE27レビンの塗装を仕上げました。70歳を過ぎて、体力的にもなかなか無理が利かなくなりましたが、そんな風にちょくちょく声を掛けて頂けるのはありがたいですね」
趣味の時間を謳歌するどころか、ふと気づけば現役ロードサービス隊員だった時期以上に困っている人の手助けに奔走する日々を送っているという吉田さん。それでも、クルマの話をしている時の表情は、本当に楽しげなのが印象的だった。
取材協力:虹の松原森林浴の森公園(佐賀県唐津市浜玉町浜崎)
(文: 高橋陽介 / 撮影: 西野キヨシ)
[GAZOO編集部]
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