父との思い出が蘇るセルシオを愛でる、満ち足りた時間
お父様のことを考えると、ダークグリーンとシルバーのツートンカラーが印象的なトヨタ・セルシオがセットで頭に浮かんでくるという田代さん。というのも、クルマ好きだったお父様が53歳の時に購入し、最後の愛車となったのがセルシオだったからだ。14年間共に走り続け、寝たきりだった晩年の5年間は駐車場にひっそりと佇んでいたという。
「父は、良く言えば威厳がある、悪く言えば怖い人で、子供の頃はいつも怒られないかビクビクしていました(笑)。でもね、すっっっごく子煩悩だったんです。幼稚園の頃、僕は西部警察に出てくるフェアレディZやサファリなどのクルマたちが大好きだったんですけど、クリスマスの日に目を覚ますと、枕元に西部警察のミニカーがど~んと全部揃って置いてあったんです。それがすごく嬉しかったのを覚えていますね」
マークⅡが大好きで何台も乗り継いでいたというお父様は、田代さんが免許を取得した頃はGX81型のマークⅡに乗っていて、そのクルマをお下がりとして譲ってくれたという。そして自身は新しいマークII…ではなくセルシオを購入したのだとか。
それまで大衆車であるマークⅡがお父様のアイコンだったのに、いきなり高級車に乗って帰ってきたものだから、田代さんは『まずはクラウンに乗ってからのセルシオだろ!?』と、突っ込みを入れたという。
そして、免許を取得してすぐの頃に、セルシオの助手席にお父様を乗せて富山県から長野県までドライブに行った際には、絶対にぶつけられないと冷汗をかきながら街乗りと高速を運転した結果『上手いじゃないか、安心して乗れるぞ!』と褒められたのが嬉しかったと照れ臭そうに教えてくれた。
ちなみに、その腕前は自動車学校の先生にも『自動車学校に通う前から運転していたんじゃないだろうな?』と疑われるほどだったという。
こういった、懐かしくもあり笑える思い出が頭の片隅にあり、それが“自分もセルシオに乗りたい”という気持ちに繋がった理由だという。そして、現在の愛車であるセルシオ(UCF21)を手に入れたそうだ。
「こうしてまた乗るようになるなら、父のクルマを手放さずに置いておけばよかったのに、と思われるでしょ? でもね、その当時は後ろに電動カーテンがついているセルシオがオジサンっぽく見えて自分の趣味じゃなかったんです。ところが、40代後半になった今、それがカッコいいと思うようになったんですよ」
年齢と共に、苦手だった山葵が好きになっていくように、大人になったからこそ分かる“カッコ良さ”があるという田代さん。父から譲り受けたマークIIから始まった愛車歴は、チェイサー、マークIIワゴン、クラウンワゴン、クラウンマジェスタと積み重ね、ホイールなどの“1点豪華主義”とローダウンカスタムを楽しむカーライフをエンジョイしていたという。
「マジェスタのときにGT-R用のホイールを履かせてミーティングに行ったことがあるんですけど、スペーサーは入れてないと言うと驚かれるくらいのツライチ具合だったみたいです。数学はまったくできなかったのに、ホイールのオフセット計算だけはピシャッと正確に導き出せたんですよね」
「純正オプション満載なクルマも好きでしたね。それこそ、前に乗っていたマジェスタには、王冠が緑色に光るシャイニングエンブレムやサンルーフバイザーが付いていたし、分厚いフロアマットなんかも敷いてありましたから」
目立つクルマに乗りたいというのと、周りには“超”がつくほどのクルマ好きが多かったため、自然とそうなってしまったのだと笑っていた。
そして今、田代さんが乗っている1996 年式のセルシオは2代目モデルの前期型で、装備の違いでA・B・Cの3仕様に分けられている中で最上級のC仕様。さらにその中でも後席の居住性を重視した『Fパッケージ』である。
最上級グレードのフルオプション付きであり、リヤシートのセンターアームレストにはシートヒーターやエアコンの調整が可能なボタンが並び、収納されるドコモの携帯電話は懐かしのmova端末だ。自分が理想とするこのセルシオを見つけた時は『身体中の血液が沸騰するのではないかというくらい嬉しかった』という。
「Fパッケージは助手席が前に倒れてスライドするし、ヘッドレストの前倒しが出来るパッセンジャーシート制御システムが付いているんです。この仕様にしか付いていない機能だから嬉しくて、助手席のシートを常に倒した状態で運転しています(笑)。走行距離も少なくて、最上級グレードでフルオプションでというセルシオにはなかなか出会えなかったので、見つかってラッキーでした」
田代さんが、極上車だと太鼓判を押すセルシオに出会ったのは5年前。暇さえあれば中古車サイトを眺めるのが癖になっていて、その日はお昼休みにチェックしていたそうだ。すると、セルシオが目にとまったのだという。こんな掘り出し物には滅多に出会えないと、即購入を決めたらしい。
「ただ、出展先が広島で富山県からは遠くてね〜。行くにも一苦労だから、広島でクルマ屋さんをしている友人に現車確認をお願いしたんです。そしたら『そのクルマは僕が仕入れたクルマだよ』って(笑)。いやぁ、持つべきものは友達ですね。安心して購入できましたよ」
そうして納車されたセルシオを前に、懐かしいのと嬉しいのと、もう1つの感情が田代さんの中に芽生えたという。それは『カスタムせずに純正の姿で乗り続けたい』ということだ。
フロントオーバーハングがスパッと切り落とされたデザインがスタイリッシュなこと、初代と全長はほぼ変わらないのにホイールベースとリヤオーバーハングが長いため伸びやかに見えること…そしてこれらが見事なバランスで成り立っていて、ここに手を加えると美しさは崩れてしまうという。『俺もフルノーマルの良さが分かるような大人になったか…』と呟きながら、いかに完成度が高いデザインであるかを語る口調に熱がこもる。
「週1回エンジンをかけて、あとは眺めるだけという箱入り娘状態なんです。そんなに大事にしたいならナンバー切っちゃえよ! なんて言われるんですが、それだとセルシオに負けた気がするんですよ。こいつを維持できなかったか~、みたいなね。税金は親父が乗っていた時よりも15%増して8万円くらい払っていますが、それでも頑張って維持しています。もう、ここまできたら意地でもナンバーを切りません(笑)」
しかし、家計を任されている奥様は、ステアリングを握るのは冠婚葬祭ぐらいなのに、クルマの維持費がかかるうえに、カーポートのスペースを陣取っているというのがどうしても納得できないらしい。そんな御意見に負けまいと、田代さんが反撃!? する。
「良いこともあるんですよ? 職場の先輩と結婚式に行った時に、みんなのクルマは遠くの駐車場に誘導されたのに、おそらくセルシオだからということで、玄関前に止めさせてくれたんですから」
一見、武勇伝のようでいて、言いワケ程度の可愛い反撃だったが、そんなことよりも、セルシオが自分の中に濃く刻まれていることが重要だという。
新車でお父様が購入してきたセルシオと同じ匂いが漂う車内で、V8エンジンの独特な乗り味を楽しむドライブは、誰が何と言おうとかけがえのない時間だと話してくれた。
また、セルシオは室内が凄く静かなため、これまでの人生について考える時間をも与えてくれるという。
「大人になるにつれ、人間は感性がいろいろ変わっていくのではないかなと思うんです。蛙の子は蛙というか、僕は親父と同じような道を辿っているのかも」
購入して1ヶ月後にエンジンを載せ替えたこともあり、走ろうと思えば万全の状態で走れる状態だというセルシオ。しかし、実際には4年3カ月でわずか1万kmしか走っていないという。それでも、今は見ているだけで満足だからそれで良いし、年齢を重ねるにつれてまた変わるかもしれない、と田代さんは言う。
「1つ言えることは、これからもそばに居て僕の成長を見守ってくれるってことかな」
取材協力:海王丸パーク(富山県射水市海王町8)
(文: 矢田部明子 / 撮影: 土屋勇人)
[GAZOO編集部]
GAZOO愛車広場 出張取材会in富山
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