頭文字DやドリキンなどとともにAE86ブームを支えた『4A-GEU』・・・記憶に残る名エンジン
1990年代中盤から連載がスタートし、社会現象にもなった大ヒット漫画『頭文字D』。主人公である藤原拓海の愛車である “ハチロク”ことトヨタ スプリンタートレノ3ドア(AE86)は中古車市場において高値で取引されるようになり、その状態は今なお続いている。
名車であるハチロクに搭載されていたエンジン『4A-GEU』もまた、名機として伝説的な存在になっている。今回はハチロクが世の中に与えた影響を振り返りながら、4A-GEUの魅力にフォーカスしていこう。
1983年5月、4A-GEUを搭載したAE86がデビュー
1966年にデビューし、今なお進化しているトヨタ カローラは懐が深いモデルだ。大衆車の上位車種という位置付けで登場した初代は、デビュー時には2ドアセダンだったが、4ドアセダンやバン、ワゴンも追加設定され、多用なニーズに応えていた。
発売から2年後の1968年には2ドアクーペのカローラスプリンターが登場。カローラシリーズはファミリーカーではあるが、スポーツ色の強いモデルも用意されたことが特徴だった。
1970年に登場した2代目で、カローラとスプリンターは別モデルの兄弟車という位置付けに。そして1972年には初代セリカの2T-G型エンジンを搭載したホットモデルである初代カローラレビン/スプリンタートレノが登場。世界ラリー選手権(WRC)を始め、モータースポーツシーンで活躍した。
カローラレビン/スプリンタートレノは1983年に登場した4代目でエンジンを刷新。1.5 L 直4 SOHCの3A-U型エンジンを搭載したAE85型と、1.6L 直4 DOHCの4A-GEU型を搭載したAE86型が用意された。
この時代は1980年に登場した日産 レパードや1981年に登場したトヨタ ソアラがヒットしてハイソカーがブームになりつつあったが、大排気量エンジンを搭載したモデルは普通の人が気軽に手を出せるものではなかった(車両価格はもちろん、2Lを超える排気量のエンジンを搭載したクルマには多額の税金がかかったのが大きな理由だ)。
AE86に初搭載された4A-GEUは最高出力が130ps、最大トルクが15.2kg-mと、取り立てて強烈な数値を叩き出すエンジンではない。しかし非力なエンジンを高回転まで引っ張る楽しさに若者たちは魅了され、AE86は大ヒットした。
“ドリキン”を育てた4A-GEU
AE86が支持されたのは、駆動方式がFRだったことも大きい。同時期にフルモデルチェンジしたカローラ/スプリンターはこの代から居住性を高めるためにFF化されたが、カローラレビン/スプリンタートレノは従来通りFRで開発。サスペンションなどは先代から流用されたものだった。
エンジンは非力で、足回りなども目新しいものではない。こう聞くとスポーツモデルとはいえ「大したものではない」となってしまいそうだ。だが、AE86は逆にシンプルがゆえの素直な走りを伸ばすためのチューニングが盛んになっていく。
しかも先代と共通する部分があったことから、チューニングパーツも流用することができたため、潤沢なお金を用意することができるわけではない若者でも、コツコツとチューニングを楽しむことができたという。
もちろん4A-GEUにもチューニングを施すチューナーが多く現れた。特にエンジンの排気量を大きくするチューニングが盛んに行われ、それらは“5A-G”“7A-G”“8A-G”などと呼ばれるようになる。
世にクルマを操る楽しさを見せつけたカローラレビン/スプリンタートレノは、モータースポーツでも活躍した。そしてこの時代のモータースポーツシーンを語る上で忘れてならないのが、土屋圭市選手だ。
高橋国光選手に憧れて峠で腕を磨き、1977年に富士フレッシュマンレースでデビュー。1983年にはKP61スターレットを操りシリーズチャンピオンを獲得。翌年からヨコハマタイヤのドライバーとしてAE86スプリンタートレノで富士フレッシュマンレースに参戦し、開幕6連勝を果たす。ドリフトしながらコーナーを駆け抜ける姿からついたニックネームが“ドリキン(ドリフトキング)”だった。1985年には全日本ツーリングカー選手権(グループA)にカローラレビンで参戦した。
筆者はこれまで何度も土屋選手にインタビューを行っている。土屋氏は「AE86のおかげでプロドライバーになれた」と言い、現在でもなおスプリンタートレノを所有し続けている。
「プロドライバーになってからハイパワーマシンに乗ったりもしたが、パワーは自分の運転ミスをごまかせる。でもそれは違う」と悟り、再びAE86に乗るようになったそうだ。非力ゆえにごまかしがきかない。これもAE86、そして4A-GEUの魅力と言えるだろう。
4A-GEUと言うとAE86のイメージが強い。しかし、このエンジンは他のモデルにも搭載されていた。代表的なのが、AE86の翌年にデビューした初代MR2(AW11型)だ。
日本初の量産ミッドシップモデルであるMR2は4A-GEUを横置きにした4A-GELUを搭載した。この横置きエンジンは、AE86の次世代モデルで1987年に登場したAE92型カローラレビン/スプリンタートレノにも搭載された。1991年に登場したカローラワゴンは、1996年に4A-GEを搭載したBZツーリングが追加された。このモデルはAT以外にMTもラインナップするスポーツワゴンだった。
カローラレビン/スプリンタートレノは、1987年にフルモデルチェンジされてAE92型になる。AE92はカローラ/スプリンターと同じFFになったため走り志向の人たちからあまり注目されず(デートカートしてはかなり人気があったのだが)、カローラレビン/スプリンタートレノという名前もあまり聞かなくなってしまった。
ところが1995年から講談社が発行するヤングマガジンで『頭文字D』の連載が始まったことで状況が一変する。白黒のパンダカラーでボディサイドに“藤原とうふ店(自家用)”と書かれたスプリンタートレノの3ドアに乗る藤原拓海がライバルと繰り広げるバトルに多くの人が夢中になり、ドリフトがブームになるほど大ヒット。
『頭文字D』はアニメやゲームにもなり、ファンを拡大。今なお人気がある作品で、AE86が新車で販売されていたころにはまだ生まれていないような若者からも支持されている。
東京モーターショーやオートサロンで来場者を取材すると、「頭文字Dでクルマが好きになった。もうすぐ運転免許を取得できる年齢になるので、免許を取ったらハチロクに乗りたい!」という声を聞いたものだ。パンダトレノが爆発的にヒットしたことで、藤原拓海の仕様と同じ色にオールペンしたり、カローラレビンにスプリンタートレノの顔を移植したりする人も現れるほどだった。
本来なら免許取り立ての人でも手が届くクルマだったカローラレビン/スプリンタートレノだが、ドリフトを始め、ハードな乗り方をする人が多かったこともあり、2000年を越えたあたりからコンディションのいい中古車を探すのが難しくなってしまった。
さらに頭文字Dのヒットで需要が激増したことで中古車相場が高騰。500万円以上の価格が付けられることも珍しくない。この状況は今なお続いている。ちなみに筆者がこれまでに中古車サイトで確認した最高値のAE86は、8686万円の値が付けられていた(もっともこれは店側に販売する気があったとは思えないが……)。
デビューから40年経った現在でもなお多くの人から愛される名機、4A-GEU。希少性が高まり気軽に乗れるエンジンではなくなってしまったが、これからもクルマファンの間で語り継がれていくのは間違いないだろう。
(文/高橋 満<BRIDGE MAN> 写真:トヨタ自動車、平野 陽、市 健治 写真協力:トヨタ博物館)
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