“頂点”を極めるレクサスLFA。五感に響く官能的な「象徴」・・・語り継がれる希少車
数ある自動車の中で、希少車と呼ばれる車たちがある。スーパースポーツや限定仕様から、時代を先取りしすぎたため販売が振るわなかった車など、その理由はさまざまだ。
このコラムでは、そうした希少車が生まれた背景や開発に携わった方々の想いなどとともにその希少であるが理由をお届けしていこう。
第1回は国産車における孤高のスーパースポーツ、レクサスLFAだ。
レクサスLFAが販売車両として生産されたのは、海外販売分も含めてわずか500台。文句なしの希少車である。
専用開発となるV10エンジンの最高出力は560㎰。停止状態から100km/hまで到達するのに必要な時間はわずか3.7秒。最高速度は325km/h(日本仕様は180km/hで速度リミッター作動)。その圧倒的な性能は、それまでの量産車メーカーとしてのレクサスとは一線を画するものだ。
「レクサスLFA」ひとことでいえば“頂点”である。CFRP(カーボンファイバー強化樹脂)を組み合わせて作られるボディも、9000回転まで回る排気量4.8LのV10エンジン「1LR-GUE」も、「セミAT」としていわゆるシングルクラッチの6速トランスミッションもすべてが、このクルマのためだけの専用設計。ベースモデルで3750万円の車両価格もすべてが常識外れ。まさに“象徴としての存在”だ。
LFAプロジェクトの根底にあるのは「Fシリーズのシンボルとして世界に通用するスーパーカーを作る」という決意。フェラーリやランボルギーニと肩を並べるクルマを造るという、一般量産車メーカーにとって大胆なチャレンジに他ならない。
正式に発売されたのは2010年の終わりだが、コンセプトモデルの「LF-A」が公開されたのは2005年1月にアメリカ・デトロイトで開催された「北米国際オートショー」。サイズや細部は市販モデルと異なるものの、基本的なデザインは市販されたモデルに近いものだ。
その際、「最高出力は500㎰以上、最高速度は200mph(320km/h)以上」ということがアナウンスされた。
しかし、この時点ではまだ市販化は決まっていなかった。2007年1月のデトロイトショーでは2005年公開モデルに対して多岐にわたるブラッシュアップしたコンセプトカーが公開されたが、市販が確定したのは2007年。つまり、そのコンセプトカーが公開された後のことだったのだ。
発売に先立ち市販モデルの概要が発表されたのは2009年10月のことだが、何を隠そう自動車業界にはこのとききわめて強い逆風が吹いていた。「リーマンショック」による世界的な景気後退である。
自動車メーカーは赤字決算の状態が続き、また高額車両の需要低迷からLFAのような車両を送り出すのにはいいタイミングとは言えなかった。
実際、ホンダがNSXの後継モデルとしてプロジェクトを進めていたV10エンジン搭載のスーパースポーツカー「Acura Advanced Sports Car Concept」は、市販直前の状態まで開発が進みつつも世の中の景気低迷を受けて発売が中止に(後にレーシング仕様の「HSV-010」としてSUPER GTに参戦)。
しかしレクサスはLFAをお蔵入りとはせず市販化。もし、このときリーマンショックが起きていなければ、レクサスだけでなくホンダからもV10エンジン搭載のスーパースポーツモデルが登場し、クルマ好きは大きく盛り上がったことだろう。
LFAもAcura Advanced Sports Car Conceptもフロントエンジンだったのは単なる偶然だろうが、同じ時期に日本の2つのメーカーがV10エンジンをフロントに積むスーパースポーツカーを開発していたのはなんとも興味深いところだ。
LFAのボディは当初はアルミ製とする計画だった。しかし、開発途中段階からCFRP(炭素繊維強化樹脂)を使うことに変更された。
CFRPはレーシングカーなどにも使われる軽くて強度の高い素材。運動性能向上のためには軽さが重要なスポーツカーには大きなメリットとなるが、いっぽうで量産する難しさもある。当時、CFRPを車体骨格に使う市販車はほぼなかった。
レクサスはLFAを市販するにあたり、トヨタ自動車元町工場内に通常の生産ラインとは異なる少量生産車に特化したLFA工房を設け、そこにCFRPを成形するための大きな窯も設置した。わざわざ専用の工房を用意するだけでも一般的な市販車では考えられないことだが、そこにCFRPの窯を設ける、すなわちCFRP部品を、その製造を得意とするサプライヤーから購入するのではなく自分たちの手で作ることから始めたのだから異例だ。
異例といえば、LFAのようなスーパーカーはエンジンをキャビンの後ろに搭載する“ミッドシップ”とするのが一般的だ。しかしLFAは車両前部に搭載する(ただし後方へ寄せて搭載する“フロントミッドシップ”を採用)。これも異例といっていい。その理由はどこにあるのか。
LFAの公式サイトによると「フロント/リヤの完璧な重量配分と高剛性の構造を実現するためです。この構成により、FRレイアウトがもつコントロール性能や直線安定性と、MRプラットフォームがもつ高いハンドリング性能やコーナリング時の機敏性が融合しました」という。
すなわち、一般的なミッドシップだと機敏に旋回姿勢に入るなど操縦性のメリットもあるが、スピンに陥りやすいなどコントロール性に難がある。しかしフロントエンジンとすることで(エンジンを後方に寄せ車両前部を軽くすることで俊敏性を高めつつ)懐の広いコントロール性を身に着けたというわけだ。
参考までに、前後重量配分は一般的に前後50:50が高性能スポーツカーの理想と言われる。しかしLFAでは、クルマの能力を最大限に引き出せる値として前後48:52としている。フロントエンジンでありながら、後部のほうが重いのだ。これはトランスミッションを車両後方に置くなどのレイアウトにより実現した。
そんなLFAが圧倒的な速さを持つのは言うまでもないが、実際に運転して鳥肌が立つほど気持ちが昂るのは、速さよりもむしろ官能性である。
アイドリング状態からたった0.6秒で9000回転まで吹けあがる圧倒的なエンジンレスポンス。そしてアクセルを踏み込んだ時の、その響きからまるで管楽器の中にいるかのように錯覚しそうになるエンジンが奏でる高音。F1マシンを彷彿とさせるそのエンジン音は自然吸気の超高回転型エンジンならではで、ターボが主体となった最新のスーパーカーでは実現しえない快音だ。
そんな官能性能は、いまなお世界一と言っていいだろう。
ちなみに運転環境は、パドルで操るシフトアップ/ダウンも、アクセルだけでなくブレーキも床から生えたペダル操作もレーシングカー感覚。しかもコンマ1mmの足の動きをしっかり反映するダイレクトな操作感を得るため、レーシングカー同様にゴムや樹脂といった柔らかい部品を介すことなく金属だけで作られていることからも、一般的な市販車とは異なる特別さを感じさせる。
また、このコラムのテーマである「希少」「珍しい」という話をすると、500台のうちの1割ほどはさらにレアな仕様。「LFA Nürburgring Package」として、標準仕様よりもサーキット走行に軸足を置いた味付けになっているのだ。
具体的にはCFRP製のフロントスポイラーや固定式リアウイングなどにより、空力特性を最適化したほか、サーキット走行に適したサスペンションや専用ホイールを装着。操縦性・安定性を向上したうえで、エンジンの最高出力は571psと、標準車両に対して11ps高まっている。
フロントバンパーにカナードが付いているのが、スタイリングにおける標準車とのわかりやすい識別点だ。
そんなLFAは、2011年11月14日に最終生産車となる500台目がラインオフ。
しかしトヨタやレクサスに残したのは、単にトップパフォーマンスのクルマ作りというだけではない。CFRP部品の生産や人の五感に響く官能性能など、LFAの開発や生産を通じて得たクルマ作りの知見は数多く、それが以降のクルマ作りに生かされているのである。
LFAは単に希少というだけでなく、時代を超えて語り継がれるクルマとなっていくことだろう。
(文:工藤貴宏 写真:LEXUS、TOYOTA GAZOO Racing、GTA)
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