人生初の愛車と暮らして26年…。1994年式トヨタ セリカ GT-FOUR(ST205型)
あくまでも人間社会における話だが「初恋は実らない」というのが定説だ。
ライフネット生命の調査によると、初恋の相手と結婚できる割合はわずか1%なのだという。初恋というと、多くは幼少期に経験するのだろうか。
仮に小学校1年生のときに初恋をしたとして、最短で結婚できるまで10数年掛かる。さらに言わずもがな、恋をするには相手が必要だ。多感な時期に10数年ものあいだ変わることなく両思いでいられるかは…?結末は推して知るべしだろう。
では、クルマに置き換えた場合はどうだろうか?初恋を「最初に手に入れた愛車」と定義したとき、一生モノとして所有できるオーナーがどれほどいるのだろうか?
相手は機械だ。人間とは異なり、感情はない。オーナーが初志貫徹をすれば初恋を成就させることは不可能ではないかもしれない。ならば、前述の定義を満たすオーナーはというと…統計はないにせよ、ホンの数パーセントかもしれない。それほど人の気持ちは移ろいやすく、脆いものなのだ。
しかし、今回ご紹介するオーナーはそうではない。前述の「ホンの数パーセント(であろう)」に属する人物だ。
1994年に人生初となる現在の愛車を手に入れ、26年間所有しているという。見事に初恋のクルマを見初め、現在まで変わることなく相思相愛の関係を築いている点にも触れてみたい。
「私の愛車は1994年式トヨタ セリカ GT-FOUR(ST205型/以下、セリカ GT-FOUR)です。手に入れたのは26年前、現在の走行距離は約8万3千キロ。現在52歳の私が26年前、つまり26歳のときに手に入れた人生初の愛車でもあるんです。現在、プリウスPHVと家族用にトヨタ タンクを、それとホンダのバイクXRV750 Africa Twinを所有しています」
セリカとしては6代目にあたる「ST205型」のGT-FOURがデビューしたのは1994年2月のことだ。
セリカのなかでも別格のモデルであるGT-FOURは駆動方式にフルタイム4WDを採用。ラリーシリーズの最高峰であるWRC(World Rally Championship)においてその性能をいかんなく発揮、メイクスおよびドライバーズ両方のタイトルを獲得した。
なお、オーナーが所有するST205型のGT-FOURは、WRCで勝利することを念頭において開発された結果、トヨタのワークスチームであるTTE(TOYOTA Team Europe)のアドバイスが反映されているという。
セリカ GT-FOURのボディサイズは、全長×全幅×全高:4420x1750x1305mm。排気量1998cc「3S-GTE型」直列4気筒DOHCターボエンジンが搭載され、最高出力は255馬力を誇る。なお、車名のセリカはスペイン語で「天の」「天空の」「神の」「天国のような」という意味合いを持つ。
オーナーにとって人生初の愛車であるセリカ GT-FOUR。26年前の記憶を遡り、出会いの馴れ初めを伺った。
「親の用事でトヨタディーラーに行ったとき、ふと目に留まったパンフレットに載っていたのがセリカ GT-FOURだったんです。見た目に惹かれて即決…したかったのですが、パンフレットに載っていたのは黄色のWRC仕様(全世界2500台の限定モデル)だったんですね。セールスの方から半年後にカタログモデルのセリカ GT-FOURが発売されると聞き、好みのボディカラーの設定があったのでこちらを選びました」
取材当日は晴れたり曇ったりと、めまぐるしく天候が変わる日であった。オーナーが所有するセリカのボディカラーは、まるで海面を観ているかのように太陽光のあたり具合で微妙に色合いが変わることが確認できた。結果として、ボディカラーの美しさを実感できるよい機会となったことは確かだ。
「もともと青が好きで“ディープティールメタリック”というボディカラーを選びました。実は1年ほどでカタログ落ちしてしまったレアな色なんです。そのおかげで、この26年間で同じ色のセリカとすれ違ったのは片手で数えられるほど。偶然すれ違ったとき、相手の方も『あっ!』というような表情をされているのが分かりますよ(笑)」
セリカの、それもGT-FOURを選ぶほどのオーナーだ。小さい頃からクルマ好き…かと想像していた。しかしそれは、筆者の単なる思い込みだったようだ。
「本格的にクルマにのめり込むようになったのも、このセリカを手に入れてからなんです。高校時代はラグビーに夢中になり、大学時代は青春18キップを使って鉄道で日本一周したり、数ヶ月北海道の牧場に住み込んだあと、道内を旅したこともありました。就職してから数年経ち、ある程度貯金できたので、クルマでも買おうかな…と思っていたタイミングで出会ったのがセリカだったんです」
現在、52歳のオーナー。このセリカが発売されたときのオーナーは20代だ。当時の時代背景や年齢的にも、多くの友人たちは既に運転免許を取得し、カーライフを謳歌していた時代だろう。仲間より少しだけ遅咲きだったであろうオーナーだが、ここからの「のめり込み方」がハンパではなかったのだ。
「予備知識なしでセリカを手に入れて以来、探究心が芽生え、整備および修理マニュアルを取り寄せてクルマの仕組みを調べたり、WRCについて勉強したり、TTEの部品やグッズを買い集めたり…。ついには通信制の自動車整備学校で学ぶようになりました。仕事にするつもりはなかったので、整備士の資格は取りませんでしたが、自動車産業やクルマが何たるかは少し理解できたように思います」
一目惚れしたクルマを手に入れたことをきっかけに、関連する書籍やグッズ類を片っ端から集めるというエピソードは、クルマ好きのあいだでは珍しくない。
しかし、オーナーはさらに上の上をいった。
プロ用の整備および修理マニュアルを入手してクルマの構造を勉強したり、さらには通信制の自動車整備学校でクルマについて学んだりと、のめり込み方もかなり本格的だ。
「現在は西東京バスという会社でバスの運転手をしていますが、前職は消防士でした。救急車のドライバーを担当していたこともあり、その経験がいまの仕事に活かせているかもしれません。前職の先輩から『救急車を運転するときはブレーキを踏むな。患者さんを後ろに乗せていると(加減速のGで)血流が頭に流れてしまうからブレーキを踏むな』と教わったんです。そのため、各所の信号のタイミングなどを覚え、アクセルワークだけで病院まで搬送していました」
救急搬送ともなれば、一刻を争う状況でありながら乱暴なアクセルワークは厳禁だ。クルマのクセや挙動、病院までの道路状況など、前もって徹底的に頭に叩き込んでおく必要があるだろう。
その点、オーナーの物事を突き詰めるスタイルは仕事にも大いに役立ちそうだ。現在はバスの運転手をしているというオーナー、転職したきっかけもセリカが重要な役割を担っているようだ。
「現在の仕事に就いて7年経ちました。当時40代半ば。年齢を重ね、このまま昇進すると現場から離れることになることは想像できました。しかし、消防士として現役を続けたとしても、20代の若手と互角に張り合えるだけの気力・体力を維持するには限界があります。遅かれ早かれ足手まといになっていたでしょうね。しかし、自分としては現役にこだわりたい…。そして、せっかくであればハンドルを握る仕事をしていたいと選んだのがバスの運転手でした。実は、そんなきっかけを与えてくれたのもセリカを手に入れ、クルマについて勉強したからなんです」
バスの運転手は「大型二種免許」を保持していなければ務まらない。公道において手本となるべきドライバーでもあるのだ。その点、オーナーは、かつて救急車のドライバーを務め、プライベートではセリカでドライビングを学んでいる。
「スムーズな運転」には定評があるに違いない。まさに公道におけるロードリーダーに相応しいスキルの持ち主といえるだろう。
※移動中にオーナーのセリカの後をついていったのだが、コーナーが多い道でもブレーキを踏む回数は最小限。アクセル&シフトワークだけでスムーズかつ素早く走る姿が印象的であった。
26年ものあいだ所有してきたセリカ。改めてじっくり拝見させていただくと、そのコンディションに驚かされる。エンジンルームのなかもきっちりと手が入れられており、普段から掃除していることが伺い知れる。
経験上、取材だからと、急に洗車したとしてもこのようにはならない。感覚としては「新車で手に入れてから数年くらいの状態」といえばいいだろうか。
また、運転席のサイドサポートのスレもごくわずかだ。さらにモディファイも控えめで、ウィンドウフィルムも施工された形跡がない。
「普段はボディカバーを被せてあります。現在は自宅にプリウスやタンクがあるので出番は減りましたが、その分、洗車ばかりしていますね。ワックスを掛けたあと、水分を落とすためにドライブしています。基本的にオリジナル志向なのと、コンディション維持を優先しています。ホイールをラリーカーのイメージであるSpeedline製に交換したくらいで、あとはLSD・ブレーキローター&パッド・クイックシフト・エアフィルターをTRD製に交換してあります」
かつて通信制の自動車整備学校に通っていたほど本格的な知識や技術を身につけたオーナー。自身で愛車のメンテナンスをしていた時期もあったそうだが、現在はディーラーに託しているそうだ。
「プリウスやタンクを購入したディーラーにセリカのメンテナンスをお願いしています。法定1年点検だけでなく、6ヶ月点検もきっちり出します。整備保証が付く点が心強いですね。それに、いたずらにお金が掛からないよう、ユーザーのことを気に掛けてくれている点もありがたいです」
初恋のクルマとの出会いが、人生を変えるほどの転機となったオーナー。今後愛車とどう接していきたいと考えているのだろうか?
「実は過去に数年間、わけあってセリカ GT-FOURのナンバーを切って保管していた時期があるんです。ナンバーを切っていた期間も、このクルマを手放そうとは思わなかったですね。恋人同士がいったん別れたあと、離れてみてから大切さに気づいた…そんな感覚です。トヨタ車の造りの良さは理解しているつもりなので、きちんと整備してコンディションを維持していれば大丈夫だと思いますし、修理不能になったり、制度が変わってガソリン車に乗れなくならない限り維持し続けたいですね」
この連載でも繰り返しお伝えしているが、手に入れたクルマをどうしようとオーナーの自由だ。極論をいえば、世界でも有数のオークションでクラシックカーを手に入れたとして、大改造を施しても罪にはならないし、非難されたとしても耳を貸さなければいい話だ。しかし、実際はそうではないことも事実だ。
天文学的な価格で取引され、美術品のように扱われるクルマがある一方で、一定の役目を終えて草むらでひっそりと姿を消していくクルマも少なくない。オーナーのセリカも、生産終了から20年以上の歳月が流れた。街中で見掛ける機会も減りつつある。
セリカ GT-FOURは、WRCで活躍した名車として後世まで語り継がれるべきクルマであることは間違いない。いつまでも「現役バリバリのマシン」として、このまま素晴らしいコンディションを維持して欲しい…。
そして、後の世の子どもたちにも元気な姿を見せてあげて欲しい。いちクルマ好きとしてそう願わずにはいられない取材となった。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
愛車のデータ
トヨタ セリカ GT-FOUR(ベース車)1994年式
ボディタイプ :クーペ
ドア数:3ドア
乗車定員:5人
型式:ST205
ボディーサイズ:全長×全幅×全高:4420mm×1750mm×1305mm
ホイールベース:2535mm
トレッド前/後:1510mm/1485mm
車重:1380kg
サスペンション:Fストラット式/Rストラット式
エンジン形式:直列4気筒DOHC16バルブターボ
エンジン型式:3S-GTE
排気量:1998cc
ボア×ストローク:86.0mm×86.0mm
圧縮比:8.5
最高出力:255ps(188kW)/6000rpm
最大トルク:31.0kg・m(304.0N・m)/4000rpm
過給機:ターボチャージャー
燃料供給:EFI(電子制御式燃料噴射装置)
使用燃料:無鉛プレミアムガソリン
燃料タンク容量:68ℓ
トランスミッション:5速MT
最小回転半径:5.6m
駆動方式:4WD
燃費:10.6km/L
新車価格3,171,000円(発売時)
カラー:ディープティールメタリック
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