愛車歴はすべてドイツ車! 貴重な右ハンドルMT仕様のオペル・ヴィータは新車から乗り続けるワンオーナー車

「振り返ると、いままで自分で所有してきたクルマはドイツ車だけなんです。そんなふうに育ったのは輸入車ディーラーのヤナセに勤めていた父の影響が大きかったかもしれません」

そう話すオーナーの『おだけん』さんが現在の愛車として乗っているこちらのクルマは、右ハンドル仕様の2002年式のZ18型オペル・ヴィータC GSi。

商標の関係で日本では『ヴィータ』という車名が付けられているが、ドイツ本国や海外では『コルサ』という車名で知られ、FFハッチバックというパッケージの大衆車として、幾多のモデルチェンジを経て現在も販売が続けられているコンパクトカーだ。

そんなヴィータを新車で手に入れてから、今年で所有歴20年を迎えるというおだけんさんの年齢は51才。そしておだけんさんとドイツ車とのカーライフは、免許を取得したばかりの18才のころからスタートしていたというから、その年月はすでに30年を超えている。

「1台目は1977年式のフォルクスワーゲン・ビートルタイプ1でした。不思議な縁なんですが、中学時代の顧問の先生が乗られていたクルマで、メンテナンスを担当していたのが父の職場ということもあって、先生とは卒業後も関係が続いていたんです。

それでちょうど自分が免許を取ったタイミングで先生がジェッタに乗り換えるという話があって、それなら自分が乗りたいと購入したのが始まりでしたね」

そのビートルに1年半ほど乗ったあと、次に選んだのは1986年式のフォルクスワーゲン・ゴルフIのカブリオレモデルだった。

「タイトルは忘れたんですが、当時放送されていたトレンディドラマのなかで浅野温子さんが乗っていたのがカッコいいなと印象に残っていて。左ハンドルのカブリオレを探して5年くらい乗りました」

ゴルフIには気に入って乗り続けていたものの、転職をキッカケにオペルのクルマを選ぶこととなり、アストラFとベクトラAが選択肢にあがったものの、そのときはセダンボディの良さに引かれてベクトラを選んだという。

「1年くらい乗ったところでまた職場が代わって、オペル車に乗る必要がなくなったので新しいクルマを探し始めました。それがアウディ・80の2.0eで、たしか1993年式だったと思います。

昔からセダンなのにちょっと丸いデザインなところが好きで、いつかは乗ってみたいなと思っていたクルマだったんですが、ちょうど出物が出たということで飛びつきました」

ただ、憧れだったアウディ80は1年ほどで不具合が出て、手放してしまったというおだけんさん。しばらくクルマを使わない生活を続けたのち、1989年式メルセデス・ベンツの300Eオーナーになったものの、それも1年ちょっとでトラブルに遭遇する。

「エアコンが壊れちゃって、修理に80万円もかかると言われてしまったので、それならクルマを買い換えたほうがいいなと思って、久しぶりにオペルのクルマに戻ってきました」

そうして選んだのは、過去に乗っていたベクトラAの後継モデルとして販売されていた1999年式のベクトラB。なかでも、2.5LのV型6気筒エンジンを搭載したCDXというグレードを選び、以前のベクトラAで乗った2L直列4気筒との違いも楽しめたという。

「5年くらい所有しましたが、エンジンが気持ちよく回ってよく走るクルマで、これも乗り続けたいなあと思える1台でしたね」

「じつは、それまで乗ってきたクルマはドイツ車だし、自分で買うときはずっと左ハンドルを選んできたんですよ。だけど、2001年ごろに独立して自営業を始めることになって、仕事で乗るクルマも兼ねることになったんです。

そこで周囲からのイメージなどを意識した結果、右ハンドルの大衆車らしい見た目で、だけどいままでのように愛着が持てるオペルのヴィータにしようと決めました」

そして、最初に購入したヴィータは現在の愛車とは同モデルではあるものの、グレードが異なる2001年式のGLSという1.4LのATモデルだった。

「2000年に『ビューティフルライフ』というドラマで常盤貴子さんが赤いボディのヴィータ(コルサB)に乗っていたのが話題になっていました。

その後、ドイツで2001年にコルサCとしてモデルチェンジしたのをキッカケに、新型ヴィータとして輸入販売をしていたヤナセが、歌手のhitomiさんを起用したテレビCMを放映していたのが、とても印象に残っていますね」

こうしてモデルチェンジしたばかりのヴィータを愛車として乗り始めたおだけんさんだが、買ってすぐに古い付き合いの同級生のセールスマンからとある話がやってくる。

「80台限定で右ハンドル仕様かつマニュアルのヴィータGSiが手に入るぞ、と話をされたんです。しかもエンジンも1.8Lという上位グレードで、右ハンドルで乗るなら諦めざるを得なかった要素が全部詰まっていたクルマということで迷わず注文しました。80台のうちの22台目という製造番号もプレートに残っています」

それが2002年のこと。これまで30年以上にわたって付き合ってきたドイツ車とのカーライフにおいて、その半分以上を占める20年を共にしてきた愛車との出会いが訪れたというわけだ。

走行距離は26万4000キロを迎えているが、経年劣化によるヤレがほとんど見当たらないおだけんさんのヴィータ。その理由はコンディションをキープするための、こまめなメンテナンスを欠かさないことにあるだろう。

「オールペンは2014年にいちどだけ、元ヤナセのメカニックのかたが独立したお店で、それまでの純正色と同じ色に塗ってもらいました。あとはどうしても日焼けする樹脂のヘッドライトは配線のリフレッシュも兼ねてこれまで計3回ほど交換しています」

マフラーはサビによる腐食で穴が空き継続車検が難しくなったため、純正新品パーツを取り寄せて交換。

「同じものを注文したところ本国のほうでデザインが代わったみたいで、最初に装着されていたものとは違うデザインの楕円でスポーティな雰囲気なものに代わっていました。だけどこれもありですね」とおだけんさん。

「年式は2002年なんですが、テールレンズのデザインは何故か2001年のスモークタイプだったんです」とマニアックな情報が飛び出てくるのもさすが20年来のオペル車オーナーといったところ。

ミッションは19万キロの時点でオーバーホールを実施。エンジンは1.8Lの自然吸気ながらも軽量でレスポンスの良さを感じる上に、燃費も1リッターあたり16キロ近く走ってくれるという使い勝手の良さもお気に入りだそうだ。

所有を始めて20年の節目を迎えたことで、次の目標は30年を目指して所有を続けていくことだと意気込みを伝えてくれたおだけんさん。

そのため、昨年はエアコン関係一式の修理のついでに、水回りはラジエター本体からショートパーツ類も含めフルリフレッシュ。純正パーツの生産は続いているため、納期は1ヶ月ほどかかるものの、まだまだヤナセを通じてドイツから輸入できるという。

そして、撮影後にはハンドルの革の巻き直しも実施したという近況も伝えてくれた。

そんなおだけんさんとヴィータとのカーライフがこれからも順調に続いていくよう、陰ながら応援させていだたきたいと思うのであった。

取材協力:フェスティバルウォーク蘇我

(文:長谷川実路 / 撮影:堤 晋一)

[GAZOO編集部]

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