憧れを現実に。惚れるのに理由はいらない。2000年式 日産フェアレディZ 2by2ツインターボ(Z32型)

憧れのクルマを手に入れた人たちには、共通していることがいくつかあるように思う。

もしかしたら「それは、お金があるからでしょ?」と突っ込みたくなる人がいるかもしれない。車種によってはそれもひとつの要素かもしれないが、共通していえるのは「諦めなかったこと」「想いが強かったこと」「いざというときに即決できたこと」に尽きるような気がする。

今回のオーナーは「いざというときに即決できること」にあたるのかもしれない。オーナー自ら「じっくり考えて決断する方」だと語るにも関わらず、この愛車は即断即決して手に入れたという。惚れるのには理由はいらないということか。今回は、特に「欲しいクルマがあるけれど、なかなか実現できず思い悩んでいる人」にこそ読んでいただきたいエピソードをご紹介する。

「このクルマは2000年式 日産フェアレディZ 2by2ツインターボ(Z32型)です。手に入れたのは約17年前。現在のオドメーターの距離は16万300キロ、私が2オーナー目で、これまでに13万キロ乗りました。今、52歳ですが、このZ32がデビューしたときにオンエアされていたCMは、30年経っても鮮明に記憶しています」

Z32型フェアレディZ(以下、Z32)のボディサイズは、2シーターと2by2で異なる。オーナーが所有する2by2モデルはリアシートを装備しているため、全長×全幅×全高:4520x1800x1255mmとなる(ちなみに、デビュー当時の2シーター Tバールーフモデルのボディサイズは4310×1790×1250mmだった)。エンジンは「VG30DETT型」と呼ばれる排気量2960cc、V型6気筒DOHCツインターボエンジンが搭載され、最高出力は280馬力を誇る(NAエンジンの最高出力は230馬力)。2シーター仕様とリアシートを備えた2by2仕様が用意され、2by2はTバールーフのみ。これらにターボまたはNAエンジン、5速MTまたは4速ATという組み合わせでグレードが構成されていた。また、後にコンバーチブルモデルも追加された。

Z32は1989年から2000年まで生産され、その間に何度か仕様変更が行われた。オーナーが所有する個体は最終モデルにあたる。マニアのあいだでは最終型を意味する「6型」と呼ばれることもあるようだ。

52歳のオーナーが、Z32がデビューした1989年当時はまだ20代ということになる。その当時の記憶を改めて振り返っていただいた。

「確か二十歳のときでした。テレビを観ていたら赤いフェアレディZがテールスライドしているCMが目に留まったんです。『スポーツカーに乗ろうと思う。』というコピーも印象的でしたね。それまでは先代モデルにあたるZ31型に憧れはありましたが、どちらかというと子どもの頃に見ていたS30型の印象が強かったんです。デビューしたばかりのZ32を見てみたいと思い、日産ディーラーに行ってみると、駐車場が満車になるほど混んでいたことを覚えています」

暗闇のなかに真紅の「NISSAN SPORTS Fairlady Z」の文字が浮かび上がる。入れ替わるように、時計回りにテールスライドするフェアレディZ。およそひと回りしたところで『スポーツカーに乗ろうと思う。』のコピーが踊る。わずか30秒のCMである。オーナーのように、この短い時間でZ32の虜にされてしまった人が日本中にいたのだろう。日産にとって美辞麗句を並べる必要のないほどの自信作だった、ということなのかもしれない。

しかし、当時、二十歳だったオーナーにとって、Z32は高嶺の花だったようだ。

「“いつかは…”という想いはありました。当時は4年おきにフルモデルチェンジしているクルマが多く、“型落ち”になったとしても中古車ですら買えるとは思えませんでした。ベースグレードでも300万円オーバー、最上級モデルは450万円近い値段でしたから」

それからしばらく経ったのち、オーナーにZ32と巡り会う機会がめぐってきた。

「30代半ばのときです。友人のつきそいで、フェアレディZの中古車がたくさん売られているショップに行くことになりました。このときは単に同行しただけだったのですが、偶然目に留まったZ32に一目惚れ。それが現在の愛車です」

冒頭にもあるように、オーナー自ら「じっくり考えて決断する方」だというが、このときは違ったようだ。

「この個体が欲しい!と思い、当時車検を通したばかりだったスバル レガシィツーリングワゴン(BG5型)を手放し、あらゆる資金繰りをして手に入れました。後継モデルにあたるZ33型がデビューした頃だったのですが、今振り返ると、二十歳のときに見た印象が強かったんだと思います」

ついに憧れを現実にしたオーナー。しかし、現実は残酷だった。

「新車時に500万円もしたクルマなのに、わずか3年でここまでボロボロになるのか…と思ったのが正直なところです。ブレーキやハンドルなどの振動だけでなく、アライメントも狂っていました。そこで、気になる箇所をひとつずつ直していったんです。それも、すべてをプロ任せにせず、できるかぎり自らの手で…。当時はインターネットが普及しはじめた時期で、掲示板に質問事項を書き込むと、プロ・アマを問わず、皆さんが親切に教えてくださったんですね。おかげで自分自身の整備スキルも向上したし、維持がだいぶ楽に感じられるようになりました」

まだSNSもスマホもない時代。一定以上の世代にとっては懐かしい「mixi」が爆発的にヒットした少し前のことだ。誰もがインターネットビギナーの時代、面識のない相手とのやりとりも、今以上に手探りだったのかもしれない。ネット仲間の力を借りた結果、Z32をメンテナンスするスキルを身につけたオーナー。今でも心掛けていることがあるという。

「TECHTOM製の水温計、Defi製の油温計・油圧計・ブースト計の追加メーターを装着していますが、ドレスアップ目的ではなく、あくまでもコンディションを把握するためのものです。純正のメーターでは分からない、クルマが発する“ちょっとした声”が聴こえるようになりました。水温が上がっても、油温が上がらないと本調子ではないですし、暖機運転も必ず行います。クルマの変調を早めにキャッチできれば重大なトラブルを未然に防げますし、結果としてコンディションを維持することにもつながるんです」

クルマがトラブルを起こしたあとに修理を依頼するのが一般的だ。しかし、オーナーは違う。事前に回避するように努めているのだ。愛車への並々ならぬ想いが感じられる。それはモディファイについても同様だ。

「TRUST製のエアロやBORDER Racing製のフェンダー・R34GT-R用ホイール・ER34用フロントブレーキキャリパー・FUJITSUBO製マフラー・Zone製フロアサポートバーおよびリアストラットタワーバー、RECARO製のシートなど、過去から現在にいたるまでさまざまな部品を組み込んできました。自分なりに“純正ライクな雰囲気”を意識してモディファイしているつもりです。

若い頃はノーマルからできる限り離れることを意識していました。しかし十数年、このZ32に乗り続けてきた結果、ノーマルの品質・耐久性・耐候性がベストなのでは?という考えに変わりつつあります。ここから先は少しずつノーマルに戻していくことになるのかな…そんな風に考えています」

どれほどの希少車であっても、どこかで自分と同じ仕様のクルマに遭遇することは避けられない。そうなると、社外品や他のモデルから純正部品などを流用して「自分なりの色」を出し、他車との差別化を図りたくなるのは自然な流れかもしれない。しかし、ある程度の経験と年齢を経ていくうちに、改めて純正部品の良さを見直し、オリジナルへと回帰していくのもまた自然な流れといえそうだ。いずれにしても、短期間でクルマを買い替えるタイプのオーナーでは味わえない楽しみといえる。

そんなオーナーが、このZ32でもっとも気に入っているポイント、こだわっているポイントを挙げていただいた。

「気に入っているポイントはホイールのツライチ加減ですかね。純正のままでスペーサーすら使っていないのに奇跡のようなセッティングなんです。実は先駆者の方がいて、一応ご本人の"使用許可"をいただいてから装着しました(笑)。R34GT-R用純正ホイールでありながら、センターキャップにZ32最終型エンブレムを貼り付けたことでとても良い雰囲気になりました。

こだわっているポイントは…“長距離の移動でも不安なく乗れるコンディションを常に維持し続けること”でしょうか。実は、長距離の移動でも給油以外はほとんど休むことなく、一気に走破してしまう方なんです。そうなると、GTカー的に、速く・遠くへ・快適に移動したい。長距離の移動に不安を感じるようになったら、このZ32を降りてもいいとすら思っています」

愛車広場の取材を続けていると、オーナーごとに車種や考え方の違いはあれど「とにかく愛車を大切にして乗りたい」という想いは驚くほど共通していることに毎回驚かされる。と同時に、1台のクルマをとことん愛でることができるオーナーが、実は日本中に存在することを改めて実感させられるのだ。

ここで、真摯にZ32と向き合うオーナーも気になっているであろう質問をぶつけてみた。去る9月16日に世界初公開された日産の新型フェアレディZ、Z32オーナーとしてはどう思っているのだろうか?

「プロトタイプとしては良いと思いますし、カッコイイですよね。フロントはS30、リアはZ32っぽいですよね。フェアレディZは、いつの時代も多くの人の興味や憧れの対象であってほしいですし、新型にも期待しています!」

最後に、今後このZ32とどのように接していきたいか尋ねてみた。

「これからも、“速く・遠くへ・快適に移動できるための投資”は惜しまないつもりです。ただ、敢えて一生乗る!とは断言しません。この先、私が体を壊して乗れなくなったり、維持費を捻出できなくなる可能性もゼロではないからです。乗れないからと、車庫に眠らせてしまうのはクルマがかわいそうです。そのため、もしものとき、妻には“Z32専門店であるショップに託してほしい”と伝えてあります」

自分が手塩にかけて仕上げた愛車である以上、できるかぎり手元に置いておきたいと願うのが人情だろう。しかし、オーナーは「このZ32が1日でも長く現役マシンでいられること」に重きを置いているのだ。そして、オーナーの想いを奥さまも理解しているようだ。

「妻はこのZ32をクルマとして…ではなく、私のモチベーションを保つためのアイテムとして見てくれているようです。いくら自分で整備するといっても、素人では限界があります。そうなると、Z32に長けたショップに愛車を託すことになります。重整備ともなれば、それなりの出費も覚悟しなければなりませんが、妻には包み隠さず金額を伝えています。見積もりを見せると『えー、そんなするんだ!じゃあまたコンディションが良くなるね!』といってくれます。このクルマを大切にしていることを分かってくれているのはありがたいと思いますし、理解ある妻に感謝の気持ちを伝えたいです」

仮に車検整備代が100万円掛かったとする。既婚者の多くが、その金額を奥さまに伝えることを躊躇されるのではないかと想像する。「そんなにお金が掛かるなら売っちゃってよ!」といわれかねないからだ(いわれても仕方がない金額ではあるが…)。

しかし、オーナーは高額な整備費用であっても奥さまにきちんと伝え、理解を得ているという。これは深い信頼関係が成せる業であり、何よりオーナーが奥さまから信用されている証ともいえそうだ。

余談だが、オーナー自ら制作・運用しているという愛車・Z32のホームページを見せていただいた。ブログやSNSなど、既存のプラットフォームを使うのではなく、自らオリジナルのホームページ(しかも、独自ドメインまで取得している!)を開設し、長きに渡って運用している。部品の交換をしている様子も手間と時間を掛けて詳細な解説が加えられ、DIY派のオーナーにとってはありがたい情報が満載だ。

かつて、オーナーが掲示板でさまざまな情報を得てノウハウを蓄積したように、今度はオーナーが苦労の末に会得した知見を惜しみなく公開しているのだ。おそらく「Z32をこよなく愛する人のためになれば…」その一心で行っているに違いない。完璧に整備されたZ32を眺めつつ、オーナーの熱い想いがひしひしと伝わってくる取材は、いつしか仕事であることを忘れそうになるほど実に楽しいひとときであった。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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