大人もとことん遊びたい!一緒に泥んこになれるスズキ エブリイは日本ならではの発明品
「クルマの取材ですか?冗談抜きにドロドロで、しかもボロボロなのだけれど、大丈夫かな……」
今回ご登場いただいた塚越 暁さんに取材を依頼した際、まず返ってきたのがこんな言葉だった。
「大丈夫。愛車取材はクルマを大切に乗っている人のストーリーを紹介することが多いですが、今回はクルマを道具としてとことん使い倒している姿をありのままに紹介したいので」
こんなやり取りをして待ち合わせの場所にやってきたのが、このスズキ エブリイだ。上の写真一枚で、塚越さんがこのクルマを文字通り“使い倒している”のが伝わるはずだ。
塚越さんの肩書きは、原っぱ大学のガクチョー。原っぱ大学は山や海をフィールドに親子で思い切り遊び倒すプログラムを提供。会員向けのプログラムの他、企業向けのプログラムや研修のサポートも行っている。
大学卒業後は某大手企業に就職。メディア編集、ECサイト運営、経営企画など、第一線でさまざまな業務を担当してきた。塚越さんの価値観を大きく変えたのは2011年に発生した東日本大震災。
あの日は超高層タワーの最上階にあるオフィスにいた。東京でも最大震度5強の揺れを観測。塚越さんがいたビルは長周期地震動により地震が収まった後も揺れ続けている。窓の外を見ると、隣のビルも大きく揺れていて、自分がいるビルとぶつかるのではないかと恐怖を覚えたという。
「その時、『あれ? 俺、何やっているのだろう……』と考えてしまって。会社の中枢で経営に携わる仕事はやりがいがあるけれど、一方で昇進しても扱う数字の“ゼロ”の数が増えるだけ。そこに必死になることに意味を見いだせなくなってしまったのです。じゃあ転職してまでやりたい仕事があるか。そう考えても思い浮かばない。しばらく八方塞がりの状態でした」
自分は何をしたいのか。それを考えるため、塚越さんは新しいプロジェクトを動かすスクールに通ってみた。そこで頭に浮かんだのが、自分の子育て体験だった。
「子どもが生まれた頃は東京の世田谷区に住んでいましたが、正直に言って子育てを面倒と感じていました。休日に公園に出かけ、砂場で遊んでいる子どもを見て『友人は海でサーフィンを楽しんでいるのに俺は何をやっているのだろう』と思ったりして。ちょうど“イクメン”という言葉が使われ始めた頃です。僕はこの言葉が苦手でしたね」
その後、塚越ファミリーは生まれ育った神奈川県逗子市に引っ越し、ライフスタイルが大きく変わった。すると東京にいた頃は面倒でしかなかった子どもと過ごす時間を楽しいと感じるようになったという。
「海に潜ったり、山で焚き火をしたり……。東京に住んでいた頃とは全然違う感覚で、子どもと一緒に遊ぶようになりました。そしてこれを境に親子関係も変わった気がして。例えるなら、親子であると同時に友達のような関係になれたのです。
スクールでこの事を思い出し、なぜだろうと考えました。そして僕が生まれ育った場所でバックグラウンドがあるので、子どもを楽しませようというよりも僕自身が昔を思い出して思い切り遊んでいたことに気づきました」
きっと自分と同じように親子関係に悩む大人は多いだろう。だったら、まずは大人が本気で遊べる場所を作ろう。そうすれば、自然に子ども達も楽しめるようになるし、親子関係も変わるはず。塚越さんはこの気づきを元に、2012年4月に原っぱ大学の前身である子ども原っぱ大学を立ち上げた。
今回の取材の日、塚越さんは我々との待ち合わせの前に海でサーフィンを楽しんできたという。そして取材の後、午後からは男性だけでヨガをやるプログラムを行うことになっていた。
「男性は女性に比べると一般的に体が固いので、女性と一緒にヨガをやるのが恥ずかしいという人が多くて。『だったら男だけでヨガをやろうぜ!』と。名付けて“俺のヨガ”(笑)」
エブリイの荷室にはサーフボードと10枚ほどのヨガマットが放り込んである。外観同様、室内からもこのクルマを相当使い込んでいるのが伝わってくる。
それにしても……塚越さんの言う通り、クルマはドロドロの状態だ。だが、下の写真を見ればこの状態にも納得できるだろう。子ども達が楽しむためにはまず大人が楽しもう。そして親に楽しんでもらうためには、まずオーガナイザーである塚越さん自身が楽しまないと! その想いが伝わってくる。
「プログラムで泥だらけになった荷物を積んだり、ドロドロの状態で運転したりしますからね。ドロドロの子ども達が後部座席に乗ることもあります。正直、洗車をしてもすぐ泥だらけになるから意味がありません(笑)。ファブリックシートだと泥が布の中に入ってしまうけれど、このエブリイはビニールレザーなので濡れたタオルで簡単に泥を拭き取れるから便利ですよ」
当初、塚越さんは原っぱ大学の活動にプライベートで乗っていた2代目ルノー カングーを使っていた。しかし、汚れた荷物などを積むからあっという間に車内まで泥だらけになり、家族から「いい加減にして!」と怒られていたそうだ。
その後、亡くなった父親が乗っていたカングーを引き取ることになり、2台のカングーを仕事用とプライベート用に使い分けるようになった。
もともと商用車であるカングーは後部座席を畳むと広大な荷室が出現するので、たくさんの荷物を積んで移動することができる。一方で不便な点もあった。
「プログラムではコンパネやベニヤ板といった日本独自の規格で作られたものを使ったりしますが、これが積めないのです。プログラムの数が増えるにつれ、やっぱり日本車のほうが便利なのではないかと思うようになりました」
活動の中心になる逗子〜葉山周辺は対向車がすれ違うのに苦労する細い道も多いので、軽自動車がいいだろう。最初は軽トラックを考えたが、子ども達を乗せることもあるので後部座席もあったほうがいい。そうなるとターゲットは軽バンになる。その中からデザインが好みだったエブリイをチョイスした。
クルマは業務用で使用する人向けに軽バンと軽トラばかり扱う中古車販売店で購入した。予算を伝えると「それなら今あるものだとこのあたりかな」と案内される。これまで中古車を購入する時は、車種はもちろん、ボディカラーや装備など色々なことを吟味していたので、シンプルなクルマの選び方に驚いたそうだ。
「エブリイが納車されてから、恐る恐るコンパネを荷室に載せてみました。するとパズルゲームのようにピッタリとハマりました。感動しましたね。『これこれ! 俺が求めていたのはこれだよ!』って」
家には父親から受け継いだカングーもあるが、エブリイが納車されてから、塚越さんはエブリイばかり乗り、カングーは奥さんとお子さんが出かけるためのクルマになっているそうだ。
「もともとが荷物を運ぶためのクルマですから、人が快適に移動するのには不向き。それにこれだけ泥だらけだから正直に言って近寄りたくないのだと思います(笑)」
でも“原っぱバス”と名付けられたエブリイは、プログラムに参加する子ども達からは大人気。参加者には家族がドイツ製プレミアムブランドのクルマに乗っている子もいたりするが、「こっちのほうがカッコいい!」と言ってくれるそうだ。
当たり前の話だが、家族で使うクルマに泥だらけの洋服で乗ろうとしたら、「汚れるから着替えなさい!」と怒られるだろう。でも原っぱバスならそんなことおかまいなしだ。「泥なんか大丈夫だから、乗っちゃえ!」と言われるのは新鮮な気持ちになるに違いない。
「このエブリイはエントリーグレードなので、パワーウインドウもついていません。子ども達に『どうやって窓を開けるかわかる?』と聞いて実演したら、『すごい!』と盛り上がりました。子どもって知らないこと、初めての体験はどんなことだって楽しめちゃうのですよね」
開催するプログラムに合わせてさまざまな道具をエブリイに積んで山や海に出かけるのだから、職人さんが使っている軽バンのように棚を組んだりしたほうが使いやすくなるのでは? そう尋ねると塚越さんは「性格的に無理でした」と苦笑いする。
購入後、天井部分に長い荷物を積むためのパイプを組んでみたが、結局面倒くさくて使わなくなったという。それよりも広い空間のままにしておいて、毎回必要な荷物をボンボン放り込む方が楽ということに気づいた。確かにどうせすべての荷物を下ろすなら、車内は広いほうが使い勝手がいいのだろう。
「あえてエブリイのだめな部分を挙げるなら、思ったよりも燃費がよくないことと、空荷で走ると駆動輪にトルクがかからなくて坂を上がるのに苦労することですかね。予算の関係でFRにしたのですが、僕のような使い方だとやっぱり4WDにしておけばよかったと感じることはあります。あとは長距離を走る時、やっぱりカングーのほうが楽だなとは思いますね(笑)」
でもマイナス面を考慮してもエブリイはすごいクルマだと感じている。プログラムの運営を考えるとクルマに対して細かい気配りはできないので、言葉を選ばずに言えばかなり雑な扱いになってしまうことも多い。それでもへこたれることなく活動を支えてくれる。こんなにすごいクルマを低価格で作ってしまうスズキを塚越さんはリスペクトするようになったそうだ。
「軽バンや軽トラは本当にすごい、日本ならではの発明品だと思います。次は4WDでMTの軽トラに乗りたいですね。それで空いた時間はサーフボードをポンと荷台に載せてサーフィンに行きたい。見た目も含めて、最高にクールだと思いませんか?」
ちなみにこれまでに塚越さんが乗ってきたクルマは、初代フィアット パンダ、プジョー 406ブレーク、アウディ A3スポーツバック、そして2台のカングーと、オシャレな雰囲気の欧州車ばかり。商用車のエブリイは明らかに異端だ。
「もうクルマでモテようっていう歳でもないですからね。それよりも自転車感覚で気軽に乗れて、何も気にせず使い倒せるもののほうが今の僕にはしっくりくるのかな」
なるほど。「まずは大人がとことん楽しむ」。原っぱ大学のコンセプトを塚越さん自身が実践しているのが伝わってくる。原っぱバスが子ども達から大人気なのも、塚越さんの笑顔を見ているからだろう。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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