5歳から憧れ続けた日産 フェアレディZだからこそ“日常の足”として乗り続ける
「まだ5歳くらいだったかな。たまたま家族とクルマで出かけたとき、駐車場にS30型フェアレディZが停まっていて。その姿を見て子どもながらに衝撃を受けて、父親に『なぜうちのクルマはこれじゃないんだ!これに乗り替えてくれ!』と頼み込んだのをよく覚えています。で、『大人になったらこれに乗る!』と思ったんです」
DJ・フォトグラファーとして活動するKOTAROさんは、愛車の前で笑う。1975年式GS30型日産 フェアレディZ 2 by 2。ちょうど1年前に幼少時代からの夢を叶え、憧れのクルマのオーナーになった。
クルマ好きだった父親の影響もあり、KOTAROさんも子どもの頃から乗り物が大好きだったという。16歳で中型自動二輪免許を取得。当時は『バリバリ伝説』などのバイク漫画が人気で、ホンダとヤマハが“HY戦争”を繰り広げていた時代だ。
KOTAROさんもレーサーレプリカに惹かれて、アルバイトで貯めたお金でホンダ NS250Rを購入した。その後、母親の知人が「もう乗らないから」とヤマハのオフロードバイク、DT200を譲ってくれた。高校生ながら2台のバイクに乗っていたそうだ。
「18歳になってクルマの免許を取ると仲間はどんどんバイクを降りていったけれど、俺はバイクから降りる気になれなくて。DTを3台乗り継ぎ、他にもカワサキのKDXやヤマハのSRXに乗っていました。そうしたら、20歳の頃かな。また母親の知人が『乗らないから廃車にしようと思っているクルマがあるけれど、欲しいならあげるよ』って。車種を聞かされず取り敢えず見に行ったら、なんとマンハッタンカラーのS130型フェアレディZでした」
S130は幼少時代に心を奪われたS30の次の世代だが、憧れのフェアレディZが目の前にある。KOTAROさんは迷わずそのクルマを引き取ることにした。
「エンブレムの周りはサビて穴が空きそうになっていたし、機関系も決して調子がいいとは言えないクルマでした。正直に言って、Zじゃなかったらタダでも引き取らなかったと思う。でも“腐っても鯛”じゃないけれど、Zに乗れるならどんなものでもいいやと思って」
S130を手に入れてしばらくしてから、KOTAROさんはバックパッカーとして海外を旅するようになった。その間S130は友人が乗っていたが、高速道路を走行中に突然エンジンが止まり、そのまま廃車になってしまったそうだ。
帰国後にDJ・フォトグラファーとして活動するようになってからKOTAROさんはバイク一筋になる。大型自動二輪免許を取得し、BMW R1200Cインディペンデントを購入。都内の移動はもちろん、地方のフェスでDJや撮影をする際も、R1200Cインディペンデントにバイク用のチャイルドシートを付け、娘とともに会場に向かった。雨が降ったらレインウェアを着ればいい。BMW R1200Cインディペンデントにはトータルで16年乗り、走行距離は軽く18万kmを超えたという。
これだけ走るとさすがに車体にはガタが出てきた。KOTAROさんが次に選んだのはヤマハ VMAX。
「VMAXは中学の頃からいつか乗ってみたいと思っていて。いい機会だなと思って手に入れたのですが、半年ほど経った時に追突されて廃車になってしまいました……」
この事故で奥様から「もうバイクには乗らないでくれ」と言われ、しばらくバイクから離れることになる。でも心の中では「隙あらば……」と思っていたそうだ。ある日たまたまバイクの新型車の記事を検索したら、トライアンフから2500cc 3気筒エンジンを搭載するロケット3の限定モデル『Rブラック』が出るというニュースが目に入った。
その記事を奥様に見せたら、「欲しいなら買えばいいじゃん」という答えが返ってきた。インタビューに同席してくれた奥様の優貴さんにその時のことを尋ねると「どうせ買えるわけがない」と思ったという。ところがKOTAROさんは翌日にトライアンフのディーラーに足を運び、限定モデルを予約してきてしまった。これには優貴さんも呆れたそうだ。
ロケット3に乗るようになってから、整備などで横浜にあるトライアンフのディーラーに顔を出す機会が増えた。そしてここに大きな罠(?)があった。自宅とディーラーの間にクルマの旧車専門店があり、そこにはいつも数台のS30型フェアレディZが展示されていたのだ。
「最初は信号待ちなどでなんとなく店が目に入り、『今はこれくらいの価格なのか』と見ているくらいだったけれど、ある日ワインレッドのGノーズ(240Z)があったのでバイクを停めて実車を見せてもらいました。でもそのクルマはすでに売約済みだったので、その日はそのまま帰りました。その後何度か店の前を通ったらGS30が置いてあったので、再びバイクを停めて店に立ち寄りました」
GS30は前日に店に入ってきたもので、これから商品になるよう整備していくという状態だった。でもスタッフは「週末にお客さんが見に来ることになっている。急かすつもりはないが、もし気になるなら早めに決めた方がいい」という。
KOTAROさんは自宅に戻り、優貴さんに「いいZを見つけた」と話した。すると、「取り敢えず私も一度見に行く」という。ロケット3に続き、フェアレディZが欲しいというKOTAROさんに腹は立たなかったのだろうか。
「子どもの頃からの憧れだという話は何度も聞いていたから、怒る気持ちはなかったです。『一生に一度、本当に好きなクルマに乗れる人がどれだけいるのだろう』とも感じました。一緒にお店に行って嬉しそうにエンジンをかけさせてもらったりしている姿を見て、本当にこのクルマに乗りたいのだなということもわかりました。だから私から一つだけ条件を出しました。『キャッシュで代金を払えるなら、買ってもいいよ』って。そうしたら『実は今日、お金を持ってきたんだよね……』って言うんですよ」(優貴さん)
さすが夫婦。KOTAROさんは優貴さんならこう言うに違いないと、先回りをしていたのだ。優貴さんも笑うしかなかった。その場でGS30の購入が決まり、約1ヵ月後に納車された。
ところで、KOTAROさんはなぜ2シーターのS30ではなく、2 by 2のGS30を選んだのか。
「きっと多くの旧車乗りは、趣味のクルマとして休日にちょっと走らせるという感じだと思うけれど、俺はそういう乗り方をするつもりはまったくなくて。憧れのクルマを手に入れたのだから、仕事からプライベートまでガンガン使うつもりでした。
だから撮影で使う機材がちゃんと積めないと話にならない。FUJIROCK FESTIVALなど地方で開催されるフェスに行ったら、自分の出番までクルマで寝ていることもある。GS30なら前席を倒してゆったり寝られるというのもありました。それに2人しか乗れないなら今あるバイクと変わらない。狭いけれど無理すれば後ろの席にも人が乗れるというのが大事かなと」
よく見るとKOTAROさんのGS30にはスタッドレスタイヤが履かせてある。悪天候でも現場に行かなければならないし、上越や東北のクラブでDJがブッキングされることもあるからだ。
KOTAROさんの元に納車されたGS30だが、お世辞にも調子がいいとは言えなかった。マフラーのフケは悪く、クラッチの繋がりも悪い。坂道発進ではかなり神経を使う状態だった。そのため、GS30に乗るようになってから東京の道が坂だらけであることを思い知らされたそうだ。
それでも「旧車に乗るってこういうものか」と思っていたが、納車から1ヵ月後、自宅まであと数百mというところでクラッチオイルがすべて漏れ、動くことができなくなった。
このままではとてもじゃないが日常使いすることはできない。KOTAROさんはS30のレストアで有名なショップに相談し、必要な部分を新品部品に交換してもらうことにした。あわせて夏対策でエアコンも設置。さらにライト類もLEDに交換した。手元に戻ってきたGS30は、まるで新車みたいだと感じるほど快適に運転できる状態になった。
「俺の中ではオリジナルにこだわりたいというのはなくて。このクルマが新車だった頃と今では交通事情や夏場の気温など大きく変わっているのだから、それに合わせられる部分は手を入れて快適・安全に楽しめるようにすればいいと思っています」
友人からは「なんでわざわざ古いクルマに? もっと楽なクルマがたくさんあるじゃん」と言われることもある。でもそのたびにこう思うそうだ。
「俺は“楽”じゃなくて“楽しい”を求めているんだよ」
クルマもバイクも同じ。エンジンの鼓動を感じ、ギアを自分で動かしてマシンをコントロールする。そして時には鞭を入れ、思い切り自由に走らせる。それが何よりも楽しい時間。だからこそオリジナルの味と現代の信頼性をつなぎ合わせて、この個体ならではの新たな魅力を生み出す。話を聞いていて、DJらしい発想だと感じた。
納車時からは比べ物にならないほど好調になったとはいえ、50年も前のクルマであることに変わりはない。KOTAROさんは旅先で調整が必要になった時に備えて、ラゲッジに一通りの工具を積んでいる。
「古いアメリカ車とかだと何かあった時に部品を探すのが大変だったりするけれど、この時代の日本車は社外品も含めて部品がいろいろあるので、そこまで苦労しないだろうと考えています」
GS30とロケット3。趣味性の強いクルマとバイクを日常の足として使い、遠出も厭わない。5歳から憧れ続けたフェアレディZは、今後何があっても手放すつもりはないと言う。
「バイクも当分降りるつもりはないので、しばらくはこの2台を楽しんでいこうと考えています。今後もし“楽”なクルマが必要になった時は、乗り替えじゃなくて増車になると思う」
優貴さんも一度GS30を運転させてもらったそうだ。重ステは大変だけれど、シフト操作しながらクルマを操るのは楽しいと感じた。
「でも助手席は大変ですよ。うるさいし、振動がすごいし……」(優貴さん)
4月には京都でDJがブッキングされている。KOTAROさんはGS30で行くつもりだと話す。すると「えー、Zで京都まで……。私、地獄なんだけど……」と優貴さんの顔が渋る。
確かに京都までのロングドライブは楽ではないだろう。昼間の移動はエアコンが必要になる可能性があるし、そうなると水温が心配になる。でも記憶に残る時間になるに違いない。KOTAROさんはもちろん、助手席に座る優貴さんもGS30を楽しんでいるのだから。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/山内潤也 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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