タイプRではない「ユーロR」に愛情と敬意を表して。2002年式ホンダ アコード ユーロR(CL1型)
「他に代わりのいない愛車の作りかた」にはいくつかのセオリーがあると思う。
意外と効果的なのは「湯水の如く資金をつぎ込んで売るに売れなくなる」という荒技(笑)だ。後に引けなくなるくらい大金と愛情を注ぎ込むことで、手放したら大損してしまうし、自分の分身ともいえる存在を失うことになる。荒っぽいやり方だが、こうして自ら退路を塞ぐのだ。
他にも「このクルマといえばAさん」といった具合に、周囲に対して強烈なパブリックイメージを作り上げてしまうのも有効だ。派手な改造を施したり、目立たせる必要はない。時間を掛けてゆっくりと、そして確実に周知してもらえばいいだけだ。
欠点があるとすれば、オーナーよりも愛車の方が有名になってしまうことくらいだろうか。
今回の愛車は、31歳のオーナーが、小学生の頃からコツコツと貯めた資金で手に入れた初のクルマだという。
その後、他のクルマも増車したが、もっとも想い入れがあり、ご自身にとってもはやアイコン的な存在であるという。オーナーの青春時代をともに掛け抜けてきた真紅の愛車とのエピソードをご紹介しよう。
「このクルマは2002年式ホンダ アコード ユーロR(CL1型/以下、アコード ユーロR)です。手に入れたのは11年前、現在の走行距離は約19.5万キロ、私が所有してからはおよそ12.5万キロ乗りました」
20世紀最後の年となった2000年6月、ホンダ アコード/トルネオをマイナーチェンジするタイミングで高性能スポーツセダン「ユーロR」が追加された。
外装では専用のローダウンサスペンション、16インチ軽量アルミホイール、大型ロアスカート、専用エンブレムが採用され、さらにブレーキも強化されている。
内装ではレカロ社製バケットシート、MOMO社製革巻ステアリングホイール、アルミ製のシフトノブ、ホワイトメーターパネルなど、ノーマルのアコードからの変更点は多岐に及ぶ。
ボディサイズは全長×全幅×全高:4680x1720x1405mm。排気量2156cc、直列4気筒DOHC VTECエンジン「H22A型」は、リッター当り100馬力をたたき出し、最高出力は220馬力を誇る。
ホンダ好きを魅了しつづけているスポーツモデル「タイプR」とは異なる性格が与えられ、スポーツ性だけではなく、快適性をも手に入れたのが「ユーロR」だ。その結果、優れた加速性能とドライバーの意志に即応する心地よい走りを実現している。
ちなみに、輸出仕様では「アコード タイプR」の名を冠しており、「ユーロR」は日本独自の呼称だ。
その後、後継モデルにあたるCL7型へとバトンタッチされたアコード ユーロR。オーナーが所有する「CL1型」が生産されたのは2000年~2002年と、ごくわずかな期間であった。
さて、オーナーが自らの資金をつぎ込んで手に入れた初の愛車だというアコード ユーロR。19歳のときにこのクルマを愛車に選んだ理由から伺ってみることにした。
「実はこのクルマに決める際、他にも何台かの候補がありました。後継モデルにあたるCL7型のアコード ユーロRや、インテグラ タイプR(DC2型)、日産スカイライン(ER34型)、スバル レガシィB4(BL5型)などです。
スポーツ走行から長距離ドライブといった日常使いまで、幅広くクルマの楽しさを享受できるCL1型のアコード ユーロRのコンセプトに惹かれたことが決定打でしたね。何台かチェックしていたなかで、専用色である"ミラノレッド"の劣化がなく、綺麗に維持されたこちらの個体を選びました」
実はアコード ユーロRを手に入れるまで、オーナーは別のことに熱中していたのだという。
「小さい頃からクルマを含めた乗り物全般が好きでした。そして、父親が工業高校の教師だったこともあり、機械にも興味があったんです。高専に進学したとき、ロボットコンテスト(通称「ロボコン」。今年で35年目を迎えた)に情熱を注ぎ込んでいました。それこそ24時間ロボコン漬けでしたよ(笑)。その結果、努力の甲斐あって大会で賞を獲ることができました。
しかし、高専を卒業したタイミングで、ロボコンも引退なんです。「ロボコン」という情熱を注いできた対象を失い、まるで燃え尽き症候群のような状態になってしまったんです。それならば、小さい頃から好きだった”クルマ”を買うことで、自分自身の気分を盛り上げようと考えたんですね」
ロボコンに出場し、同世代のライバルであり仲間たちと技を競い合う。それはまさに、高校球児にとっての甲子園のようなものだ。どれほどの結果を残したとしても、いつか次の世代へ譲らなければならないのだ(高専の場合は高校1年生からおよそ5年間となる)。
「実は、小学生の頃から"将来、運転免許を取得したら自分のクルマを買うんだ!"と心に決めていました。当時からお年玉もすべて貯金していましたね。その後もお小遣い稼ぎをしたりして、コツコツとお金を貯めていったんです。こうして手に入れたのがアコード ユーロRでした」
少年時代から目標をしっかりと見定め、そして実現に向けてブレることなくただひたすら邁進する。年齢的にもさまざまな誘惑がある時期だ。にもかかわらず、1台のクルマをキャッシュで購入できるまで長きにわたって決意を貫いたことに、オーナーの意思の強さを感じる。
2000年からわずか2年間しか販売されなかったCL1型アコード ユーロR。手に入れたタイミングが2011年だったということは、この時点で生産終了からすでに10年近い年日が経っていたことを意味する。手に入れたとき、中古車のタマ数はどうだったのだろうか?
「購入当時からCL1型アコード ユーロRのタマ数は少なかったですね。中古車検索サイトで探しても10台くらいでした。家族からは反対されましたが、アコード ユーロRの専用色である"ミラノレッド"の塗装の状態がよかったので、現在の愛車に決めたんです。この色を選んだのは、自分を鼓舞する意味もありましたね」
まさにオーナーの意思を投影するかのような「情熱の赤」だ。そんな、オーナーの愛車遍歴についても伺ってみることにした。
「最初の愛車は親が所有していたトヨタ スターレット(EP91型)を譲ってもらったんです。それから現在も所有するアコード ユーロR(CL1型)と、増車する形でインテグラ タイプR(DC2型)、ホンダトゥデイ(JA4型)と乗り継ぎました。現在はホンダN-ONE(JG1型)と、ドンガラだったジムカーナ用のボディをコツコツ直したNSX(NA1型)、シビック タイプR(FD2型)です」
ひとめでホンダ車好きと分かるラインナップだ。スターレットからアコード ユーロRに乗り替えたときの印象は覚えているのだろうか?
「VTECエンジンの気持ちよさに感動しましたね。"ユーロR"の名のとおり、スポーティでありながら静粛性や実用性・使い勝手が良いことも実感できました。高性能だけど故障もしない点も魅力でしたね。私がクルマに求めるあらゆる要素が詰まっていて、"これは長く乗れるんじゃないか"と思ったんです。事実そうなりましたし。
自分の人生観やライフスタイルにピッタリあうクルマなんです。現在、自動車エンジニアとして働いているのですが、このクルマから受けた影響は大きいですね」
オーナーのアコード ユーロRは、実にさりげなく、そしてセンス良くモディファイされている印象を受ける。きっとここに着地させるまでの試行錯誤やこだわりがあるに違いない。
「あくまでも"タイプRではなく、ユーロRの良さを活かす方向"でのモディファイを心掛けてきました。我が家ではファミリーカーの役割も担っているので、"スポーティかつ長距離も信頼してこなせる"ことが大事です。
主なモディファイのポイントとして、無限製のエアクリーナー、フジツボ製のエキゾーストマニホールド、無限製ツインループ(他車流用)マフラー、NSX用ブレーキキャリパー、S2000用ステアリングなど、他のモデルの純正流用も行っていますね」
さらに、こだわりのポイントも、DIY派を任ずるオーナーだけに細部までとことん煮詰められている。
「マフラーですが、街中・高速巡航での静粛性(特にこもり音対策)と高回転での抜けを両立させるため、試行錯誤を繰り返して導きだした組合せなんです。遮音性を向上させるべく、ルーフ・ドア・フロア・ホイールハウスなど、内張りをすべてDIYでバラして遮音剤を追加してあります。きしみ音などの異音発生源を徹底的に対策しました。
メーター埋込みマルチインフォディスプレイも、自然な雰囲気になるようにタコメーター内にインストールしてあります」
DIYの良いところは、交換工賃が抑えられることはもちろん、自分のイメージどおりになるまで何度でも組み上げられることだ。ここで・・・ふと、気づいたことがある。ここまで手を加えておきながら、Hのマークが「赤バッジ」に変更されていないのだ。
「あれはタイプR用のエンブレムですからね。見た目のインパクトが大きいことは理解していますが、あえてそのままにしてあります」
ここまで手を入れていながら、タイプRと同じ「真紅のHマーク」へと交換していないあたり、たしかにユーロRへの愛情を敬意が感じられる。
多感な20代を経て、30代という新たなステージを迎えたオーナーと、その愛車であるアコード ユーロR。今後、どのように接していくつもりなのだろうか?
「さすがに10数年乗っていると、ミラノレッドのアコード ユーロRといえば・・・といった具合に、クルマと私自身がリンクしていることを実感します。あるとき『この個体を売ったらあなたらしさの一部がなくなりますね』とまでいっていただきました。
この10年間のあいだに就職して、結婚して子どもが産まれ・・・。それでもこのクルマを買い替えようとは思わなかったんです。純正部品はほとんどが製造廃止なので、自宅のひと部屋が埋まるくらい部品をストックしてあるんです(笑)。増車もしたけれど、最後に残すのはこのアコード ユーロRだと思います。これからもずっと乗っていきたいですね・・・」
トラブル知らずのアコード ユーロRだが、1度、出先で立ち往生したことがあるという。しかも、このクルマを購入した店舗の近く、普段、なかなか走らない場所だったにも関わらず、絶妙なタイミング(?)で故障したそうだ。
幻想かもしれないし、単なる思い込みだとは思う。思うのだけど・・・1台のクルマと長く付き合うと、偶然とは思えない場面にしばしば遭遇することがある。少なくともこのユーロRは、オーナーからの愛情と敬意をしっかりと受け止め、それに応えようとしているように思えてならない。
オーナーにとってこれ以上の相棒はおそらく存在しないだろう。強い絆で結ばれた関係に甘んずることなく、真摯かつ熱量を持って愛車と接するオーナーに、心からの尊敬の念とエールを贈りたい気持ちでいっぱいだ。
(編集:vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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