9年間の空白を経て復活した愛車。三菱・ランサーGSRエボリューションⅢと深まるカーライフ
三菱・ランサーエボリューションⅢ(GSR/1995年式)と、26年もの歳月を過ごしているオーナーの「SEIsei」さん。実は愛車を眠らせていた時期が約9年間あり、再び走り出すまでにいくつもの壁を越えることに。危機を乗り越えたからこそ、愛車が自分にとってどれほど大きな存在だったのかを知ったそうです。
今回は、SEIseiさんとエボⅢのカーライフを紹介します。
――SEIseiさんがクルマを好きになったのは、何歳ごろだったのでしょうか?
3歳ごろだと思います。家の前が通りに面していたので、幼いころからクルマが行き交う様子を眺めるのが好きでした。
トミカを始めとしたクルマのおもちゃにもハマりましたし、デパートのゲームコーナーでレースゲームをして遊ぶのも好きでした。100円玉を握りしめて通っていましたね(笑)。
――どんなゲームを?
SEGAの「OutRun」に魅了されました。実在のスポーツカーがモデルになっていることもわかりますし「運転って楽しい」と気づかせてくれたゲームでした。
クルマが出てくる映画や漫画、WRCラリーやF1も大好きです。いつか自分で乗りたいという気持ちも、自然と強くなっていった気がします。
――これまでの愛車歴を教えてください。
運転免許を取得してからは、実家にあった三菱トッポ(H32型)などに乗っていました。20歳のときに初めて自分で購入したマイカーが、エボⅢです。
――エボⅢに惹かれたきっかけは?
父がファミリーカーとして、初代三菱シャリオを購入したことで、幼少期から三菱ディーラーに連れて行ってもらう機会が多かったんです。
そのときにカタログやポスター、グッズをたくさんいただいていたこともあり、自然と三菱党になっていました(笑)。そのなかでデビューした、ランサーエボリューションは衝撃的で、WRC(世界ラリー選手権)で大活躍する姿に夢中になりました!
――当時のランサーエボリューションといえば、1995年にWRCで初勝利を挙げ、その後トミ・マキネン選手が5勝を記録してドライバーズタイトルを獲得するなど、躍進につながる時代のモデルでもありましたね。
そうなんです。自分にとっては「伝説のはじまり」のような存在です。
エボは全世代好きなんですが、エボⅢは特別です。WRCでタイトルを獲得した時期でもありましたし、初期ランサーエボリューションの完成形ともいえると思っています。同じころ、近所にも黒のエボⅢが停まっていて、毎日のように見ていました。
――条件に合う個体はすぐ見つかったのでしょうか。
いえ、これがなかなか見つからなくて……。ボディカラーの「ブラック」にこだわって中古車サイトをチェックしていたんですが、希少なのでなかなか出合えなくて、ようやく「これだ!」と思える個体が見つかったときは、もう舞い上がってしまいました。
黒にこだわっているのは、自分の名字が「黒」なのでイメージカラーなんです。『頭文字D』の須藤京一の影響だと思われがちなんですが、私なんかでは恐れ多いです。
――初ドライブの思い出はありますか?
友人宅の前にサプライズで横付けしたら、とても驚いてくれました!「エボ一郎」とあだ名まで付けられました(笑)。
――しばらく乗れない時期があったそうですね。
息子が生まれて1歳のころに車検が切れ、そこから息子が11歳になるまで9年間ほど眠らせていた期間がありました。子育てに集中する時期でしたし、ファミリーカーとして三菱・グランディスを購入したことも重なりました。
――休眠前の愛車の状態はいかがでしたか?
定期的に点検を受けていましたし、良い状態でした。借りていた車庫の奥で保管させてもらっていて、しばらくは定期的にエンジンもかけていました。
しかし時間が経つにつれて不具合が……。私の技量では何もできず「そこに存在している」という事実のいっぽうで、動かせない悲しさがジレンマとなっていました。「処分したほうがいい」という話が出たこともあったので、もしかしたら手放す未来もあったのかもしれません。
――当時、周りの反応はいかがでしたか?
友人からは冗談で「まだあるの(笑)」なんて言われたこともありましたけど、周囲の言葉よりも、現役で走るエボたちを目にするたびにうらやましかったです。
印象に残っているのが、息子の参観日に行ったときのことです。真っ赤なエボⅥの「トミー・マキネンエディション」に乗っている親御さんが、お子さんを迎えに来ていてカッコ良かったです。「自分のエボⅢは……」ですよね(涙)。
――再び走らせようと思ったきっかけを教えてください。
大家さんが誤って、小さなこすり傷をつけてしまったことがきっかけだったんです。怒る気持ちはなくて、むしろ「このまま廃車にしたくない、復活させたい!」という思いがはっきりしたので、大家さんには感謝しています。
「オイオイ、いつまでこのまま俺を待たせるんだ?」と、エボⅢのほうから語りかけてきたように感じて、すぐお世話になっているディーラーに相談しました。
家族には呆れられましたが、理解してくれました。家族の協力があったからこそ、復活に向けて動き出すことができたと思っています。
――復活に至るなかで、いちばん大きな壁は何でしたか?
修理箇所は多かったのですが、どうにか部品もそろって問題をクリアできました。ただ、最後の難関はガソリンタンクでした。サビだらけで移植も難しい。部品も出ない。最終手段として、洗浄修理で対処できる可能性があると知り、ディーラーの営業さんの伝手で専門業者にお願いすることになりました。
これでダメならエボⅢの復活を諦めるという状況で、本当に一か八かでした。
――再びエンジンがかかったときの心境はいかがでしたか?
「エンジンかかりましたよ!」と一報をもらったときは、泣きました。
安堵した気持ちと、自分にとってエボⅢがどれほど大きな存在だったのかを、あらためて思い知らされた感じでしたね。
――無事に復活できて本当によかったです。修理の時間はどのくらいかかりましたか?
半年ほどかかりました。2021年の年末に修理が始まり、戻ってきたのが2022年の6月です。
長く付き合いのあるディーラーさんだったからこそ実現できた修理だと思っていますし、私のような素人が変に手を入れなかったことも、いま振り返るとよかったのかもしれません。そして屋内保管だったからこそ、まだ直せる状態で残っていてくれたんだと思います。
大家さん、長く付き合いのある三菱ディーラーさん、現場で尽力してくださった整備スタッフの皆さんのおかげで復活できました。本当に感謝しかありません。
――エボⅢが復活してから、カーライフにどんな変化がありましたか?
SNSを始めたことで、クルマ関係のご縁が一気に増えました。同じ型式のオーナーさんや三菱車好きの方たちとつながり、世界が広がりましたね。
2024年にXで「初期エボリューションミーティング」開催の告知を見つけ、思いきって初参加したことは、自分のなかで大きな出来事でした。博識な主催の方との出会い、同じ型式に乗る方々と直接お話しできたのも新鮮でしたし、皆さんの愛車を一台ずつ実際に見せてもらったことで、とても勉強になりました。
――ご縁が広がるなかで、印象深い出来事もあったそうですね。
大変ありがたいことに、富士スピードウェイで開催された「頭文字D 30th Anniversary」に参加させていただきました。
そのイベントで私のエボⅢが「乗車体験」の車両を担当することになったんです。グリッドウォークでの展示では多くの方に見ていただき、囲んで写真を撮られている姿に、うれしいやら恥ずかしいやら。購入したとき、まさかこんなことになるとは夢にも思いませんでしたから。
――白タオルを持参されたエピソードも印象的でした。
はい(笑)。ちょっとした遊び心で、須藤京一のトレードマークの白タオルを持って行ったところ、皆さんが頭に巻いて写真を撮ってくれてうれしかったですね。
――オフ会のほかに、SNSでのつながりならではの出来事もあったとか。
そうなんです。頭文字Dの聖地を巡ったときのことなんですが、トイレ休憩している間に写真を撮ってくださっていた方がいたみたいで、頭文字Dファンの方の「SNSマンガ」に、自分のエボⅢが写っているのを偶然発見してびっくりしました。
このように、自分のエボⅢが誰かの記憶に残っていたんだと思うと、不思議なご縁だなと思います。
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――復活してからのカーライフが、とても充実しているように思います。あらためてエボⅢはどんな存在だと思いますか?
家族の一員でもありますし、自分にとっての“タイムマシーン”かもしれません。運転しているとふと時間が止まったように感じて、これまでの思い出が良いことも悪いことも鮮明によみがえってきます。
亡くなった祖父母を乗せて出かけたこともありましたし、亡くなった親友とのドライブも思い出します。妻と大事故に巻き込まれそうになったこともありました。初めて息子を乗せたときのことも覚えています。
でも、エボⅢは過去を思い出させてくれるだけじゃないんですよね。新しい景色を見せてくれますし、出会いも運んできてくれる。未来を見せてくれるという意味でも“タイムマシーン”じゃないかと思っています。
――これから先、エボⅢとどのように付き合っていきたいですか?
ずっと対等な関係でありたいなと思っています。汚れたらすぐ洗車する、調子が悪ければすぐディーラーで診てもらう、壊れたら早く修理する。日々思いやりを持って乗り続けたいです。
私はオリックス・バファローズのファンなので、いつか全球場を巡って野球観戦をしたいんです! まだ見たことのない景色をたくさん見せてほしいです!
エボⅢと過ごすかけがえのない時間を失うという危機を乗り越え、充実したカーライフを送るSEIseiさん。愛車を失うことは、人生の一部を失うことに近かったのかもしれません。
重ねてきた時間を受け止めてくれる存在があるからこそ、人は歩き出せるのだと思います。こうしてエボⅢとSEIseiさんが取り戻した時間は、まだ見ぬ景色へとつながっていくはずです。
(文:野鶴美和 写真:SEIseiさん提供)
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