特別なヒストリーを持つ個体に選ばれしオーナーが愛でる、1989年式マツダ サバンナRX-7 GT-X改(FC3S型)
フィクションであり、ノンフィクション。
限りなく現実に近いはずなのに、実際には存在しない。つまり、非現実。劇用車の魅力はそんなところにもあると思う。
ベースとなるクルマさえ手に入れることができれば、あとはどこまで忠実に再現するか?それとも、そこからさらに自分のイメージを加えていくか?楽しみ方は人それぞれだ。
今回は、漫画「頭文字(イニシャル)D」の登場人物としても高い人気を誇る、高橋涼介の愛機であるマツダ サバンナRX-7(FC3S型)とそのオーナーのストーリーだ。後に特別なヒストリーを持つこの個体との運命的な出会いを果たし、自らイベントを企画したり、愛車のRX-7をサーキットで走らせたり……と、思う存分、カーライフを楽しんでいるオーナーをご紹介したい。
この白いRX-7のオーナーである彼女はSNSの世界でも知られた存在であり、もしかしたらイベントなどで実車を見たことがあるかもしれない。
「このクルマは1989年式マツダ サバンナRX-7 GT-X改(FC3S型/以下、RX-7)です。手に入れてから今年で10年目になりました。オドメーターの走行距離は21.2万キロ、私が手に入れてからはおよそ10万キロ乗りましたね」
1978年にデビューした初代マツダ サバンナRX-7は、1985年に2代目へとフルモデルチェンジを果たした。それが「真のスポーツカー像を追求した」とされるFC3S型のサバンナRX-7だ。オーナーの個体は、1989年に実施されたマイナーチェンジ後のモデル、いわゆる「後期型」だ。
ボディサイズは、全長×全幅×全高:4335x1690x1270mm。排気量654cc×2、2ローターロータリーターボ「13B型エンジン」の圧縮比を高め、タービンの改良などで、前期型の185馬力から205馬力へとパワーアップを果たしている。
FC3S型RX-7には限定モデルが存在した。そのなかでも有名なのが「∞」のマークを冠したアンフィニだろう。高橋涼介仕様のRX-7もこのアンフィニがベースとされている(しかも、かなりレアなクリスタルホワイトのボディカラーだ)。
アンフィニは2シーター仕様となり、もともとリアシートがあった場所にはラゲッジボックスが装備された。その他、エンジンがパワーアップされ、10馬力アップの215馬力に。また、BBS製鍛造アルミホイールやアルミボンネット、専用のチューニングが施されたダンパーが与えられた。また、通称「アンフィニ3」からは専用のバケットシートやボディカラーが採用されるなど、所有感とマニア心を満たすアイテムが満載であった。
冒頭でお伝えしたとおり、オーナーがRX-7の存在を知ったきっかけは「頭文字D」だという。その経緯から伺ってみることにした。
「クルマにハマる前はコスプレイヤーとして活動していました。コスプレ仲間が『頭文字D』の存在を教えてくれて、アニメ版を観たことがきっかけでした。運転免許を取得後、5年間はペーパードライバーだったんです。それでも"聖地巡礼"してみたいと思い、まず家のクルマでMT車の運転を猛練習して、脱ペーパードライバーを目指しました。
ようやく運転に慣れてきた頃、作品の舞台になった群馬県に行ってみたんです。そこで初めて走っているホンモノのRX-7を観ることができました。その場所というのが、高橋涼介が通っていたとされる群馬大学医学部の前でした。
ちょうど信号が赤になり、テールランプが光った瞬間に、もう一目惚れでしたね。“アニメや写真でしか観たことがなかったホンモノのRX-7ってこんなにカッコイイんだ!”と、ド肝を抜かれました。と同時に“私、絶対にこのクルマが欲しい!”と思った瞬間でもありましたね。運転していたのは高橋涼介ではなく、素敵なおじさまでした」
オーナーがRX-7を手に入れたのは10年前だというが、現役時代から比べても、FC3S型を見掛ける機会は減っていたように思う。偶然とはいえ、このタイミングの良さはあまりにもできすぎだ(笑)。そして、オーナーのRX-7探しの旅がはじまる。
「当時は周囲にクルマ好きの友人がいなかったんです。そこで、クルマ好きの父や、R33GT-Rに乗っていた兄にも話しました。生粋の日産党である兄には『ロータリーなんて買うな』なんていわれてしまいました。父はそれほどクルマに詳しいわけではないけれど、一緒に観てまわってくれました。私1人で観に行ったこともありましたが、女性というだけで悔しい思いをしましたね……」
この記事はさまざまな方に読んでいただいていると思う。なかには業界の方もいるかもしれない。女性のオーナーさんに取材をすると、ときどき「お店の対応で悔しい思いをした」と伺うことがある。その心中は察するに余りある。そんな経験をしているうち、当初は反対していたオーナーの兄も、やがてRX-7探しに協力してくれるようになっていったという。
「現在の愛車を手に入れたときは、兄のR33スカイラインGT-Rに乗せてもらい、中古車販売店に行ったんですね。“R33で行った方が、幾分か話が分かると思ってもらえるんじゃない?”という、兄からの提案で。当初、別のRX-7を観に行ったんですが、たまたま入庫したばかりで、中古車検索サイトにも載せていないという現在の愛車を紹介してもらったんです。その場で購入の意思を伝え、前金を入金して1週間キープしてもらい、正式に契約しました」
こうして、さまざまな偶然が重なり、念願だったRX-7を手に入れることができた。しかし、本当のスタートはここからだ。
「家のクルマでMT車に慣れてきたとはいえ、お店でRX-7を納車してそこから帰るまでが大変でした。納車のときは父親が同行してくれたんですが、お店で納車して“ありがとうございました!”って出発しようとしていきなりエンスト(笑)。その後、何度もエンストして、ようやく帰宅できました。移動中、父親に何度も『運転代わろうか?』っていわれましたよ。その後は父親に同乗してもらって夜中に練習したりして、少しずつRX-7にも慣れていきました」
MT車の運転に慣れているドライバーであれば一連の動作を無意識に操作できるかもしれないが、初心者にとってはすべてが手探りだ。ようやく街乗りに慣れてきたと思ったら、今度はスムーズに走らせるテクニックが求められる。MT車であれば、エンジンの回転数を合わせる動作もドライバー自身がコントロールしなければならない。
「教習所でシフトダウン時にエンジンの回転を合わせるとか、それに付随するテクニックって教えてくれないですよね。回転合わせのコツやダブルクラッチなどの操作は当時の彼氏に教えてもらいました。彼氏がFD3S型のRX-7に乗っていたんですが、一緒に走りに行くと私を置いて先に行ってしまうんです。ついていかなければと必死に運転しましたよ(苦笑)」
彼女と一緒に走りに行っているのにも関わらず、置いてきぼりにしてしまった当時の彼氏がスパルタであったかはさておき……。結果としてクルマで走る楽しさを少しずつ知っていったオーナー。クルマの運転だけではなく、維持・管理やモディファイも可能な限りできることは自分でやっているそうだ。
「おかげさまでRX-7乗りの友人・知人が増えたので、皆さんに教えてもらいながら油脂類や部品の交換は自分で行うようにしています。本当に多くの仲間たちに支えられているので、感謝の気持ちでいっぱいです。知識がないままではだめだと思い、ガソリンスタンドへ転職したこともありましたね。購入したパーツを自分で塗装し、装着&修理してきたので、ひとつひとつに思い出が詰まっています」
オーナーのRX-7は「頭文字D 高橋涼介仕様(原作バージョン)」ではあるのだが、いわゆる劇用車の「完コピ」ではない。そこに彼女自身のモディファイが加わっている点が印象的だ。
「高橋涼介仕様にモディファイしたのも、キャラクターが好きというよりは、頭文字DでFCというクルマを知り、出会えたことに敬意を込めて再現しています。マツダスピード製のタワーバー、HKS製のsilent Hi-Powerマフラーは前オーナーさんから引き継いでいます。自分で交換したのはAero Magic製フロントリップスポイラー、RSワタナベ製のアルミホイール、yours SPORTS製のエアロミラー、アンフィニ用のバケットシートなどですね。エンジンはノーマルですし、ディーラーで車検が通る仕様にしてあります」
純白のボディカラーに(オーナー曰く、手に入れた時点でFD3S/6型に採用されていたピュアホワイトにオールペイントされていたという)、ブラックアウトされたワタナベのアルミホイール、そしてロータリー特有のサウンドを奏でるHKS製マフラー。硬派な見た目とはうらはらに、内装は白を差し色に、どこか日本車離れした雰囲気を醸し出している。
「少し前までは内外装ともに、細部にいたるまで高橋涼介仕様(原作バージョン)に統一していたんです。いわゆる“アンフィニ仕様”ですね。でも、内装は運転していると常に視界に入るし、少しは自分らしさを出してもいいかなと思い、現在の仕様に変更しました。もちろんこの作業も自分で行っています。
差し色もいろいろ迷いましたが、結局白を選びましたね。この時代のRX-7ってバランスが難しいんです。内装をすべて白にするのも違和感があるし、現代のレクサスのようなラグジュアリーな雰囲気に仕立てるのも違うかなと思ったんです」
モノトーン調で仕上げられたオーナーのRX-7の内装。専門の業者に依頼すればすべてお任せで造りあげてくれる。しかし、オーナーのイメージどおりに仕上げてくれるかは未知数だし、それなりの費用がかかる。しかし、自分で作業すれば納得がいくまで仕様変更が可能だし、実費で済ませることができる。
反面、器用さとセンスが問われるところだが、コスプレイヤー時代にオーナー自らコスチュームを制作しており、さらにデザインに関する知見を持っていたことが功を奏しているのだろう。プロをも唸らせる見事な仕上げとセンスが光る。
「できる限り自分で作業するように心掛けています。それが愛車への最低限の敬意だと思うし"自分の愛車だ"って自信を持っていえることだと考えています。とはいえ……、実はまだ、自分の愛車じゃないのかもって錯覚してしまうことがときどきあるんです。頭では分かっていても、100%自分の愛車だと思えるにはほど遠くて……。67%くらいですかね(苦笑)」
オーナーとクルマというと主従関係をイメージする方がいるかもしれない。もちろん、オーナーが主だ。しかし、彼女の場合は愛車への敬意が会話のなかからひしひしと感じられる。ここまで誠実に愛車と向き合える人も少ないだろう。最後に、このRX-7とどう接していきたいと思っているのか伺ってみた。
「オドメーター上は20万キロを超えていますが、少なくとも私が所有してからは1度もエンジンのオーバーホールをしていません。それでもエンジン内部の圧縮を計測すると、問題ない数値なんですよね。アタリのクルマなのかもしれません。それと、これはあとで分かったことなんですが、アニメ版の頭文字Dに登場する高橋涼介のRX-7の音はこのクルマを使って収録したそうなんです。何だか運命を感じましたね。そんなわけで、ひとことでまとめるなら“まぁ、いれるところまで一緒にいようぜ!”ですかね(笑)」
かつてはペーパードライバーでMT車の運転もおぼつかなかったオーナーが、いまではSNSの世界でも知られる存在となった。イベントを企画すれば100台以上のクルマが集まってくるほどの人望を持つ。それは彼女の人徳と、人を惹きつける引力の強さ、そしてこのRX-7を深く思う気持ちが伝わっているからだろう。
ロータリーエンジンを積んだ希有なスポーツカーとしての魅力を放ち続けるRX-7。現役当時は頻繁に見掛けたFC3S型のRX-7も、最近は珍しい存在となった。若い世代であれば、生まれるはるか前のクルマとして映るだろう。ベテランのクルマ好きにとっては懐かしい、また次世代のクルマ好きにとっては頭文字Dなどの作品で活躍したマシンとして語り継がれていく存在だ。
そして、RX-7の魅力を世の中に伝えるべく、オーナーである彼女のさらなる飛躍と活躍を祈念したい。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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