2シーターの北米版フェアレディZ「DATSUN 280ZX TURBO」は結婚を機に手放し……ません!
「一歩ずつ、徐々に理想へと近づいていく」というのも、それはそれで素敵な人生である。
住宅でいえば、学生向けのアパートからマンションへ引っ越し、次に小さな戸建て住宅を購入して、最終的には自分が理想とする注文住宅を建てる――みたいな。その過程において、人は良くも悪くもさまざまな経験をするだろう。そしてそのすべての経験が、のちに振り返ってみれば「かけがえのない記憶」へと昇華していることに気づくのだ。
だがその一方で「いきなり理想的な存在と遭遇し、いきなり夢が実現してしまう」というのも、実はかなり素敵なことなのかもしれない。例えば中学生時代に付き合っていた誰々さんと大学卒業後に結婚し、それから20年がたった今も、2人で幸せに暮らしています――なんて年賀状がもしも旧い友人から届いたら、私はきっと軽く感激し、少しだけ泣いてしまうはずだ。
そして車においても、もちろん「回り道」をするのも悪くないというか、むしろおすすめしたいぐらいなのだが、しかし「いきなり理想の車と出会い、それと生涯を共にする」というのもきわめて幸運な話であり、きわめて美しい話であると思うのだ。
例えば今から3年前、26歳のときに人生初の愛車としてDATSUN 280ZX TURBO――日産 フェアレディZの北米バージョンを購入した山中 隼さんである。
近頃の若い人は、車を「キャンプ場へ行くための道具」的なニュアンスでとらえ、ライト系またはヘビーデューティ系のSUVあたりを好むケースが大半を占めているという印象が、筆者にはある。
だが山中さんは少年時代からずっと「ロングノーズの2シーター車命!」だった。いつの日か、そういった車を手に入れると決意しつつ、とりあえず運転免許取得後は、たまたま実家にあったZ33(5代目日産 フェアレディZ)を、あまり乗らない父に代わって乗り回していた。
大学は建築学科に進んだが、「このまま建築の道に進むか、それとも大好きな自動車関係の道に進むか?」と悩んだ末、最終的には輸入車ディーラーに就職することを選んだ。
そしてその輸入車ディーラーで出会ったのが、なぜか輸入車ではなくS130型Z(2代目日産 フェアレディZ)だった。いや山中さんのZは北米モノなので“輸入車”ではあるのだが、とにかく、日産のフェアレディZだったのだ。
「会社のとある先輩が海外へ転勤することになり、乗っていた車の売却を検討している。そしてその車というのが、どうやら物凄いS130型であるらしい――という話を人づてに聞きました。当時の僕はS130型フェアレディZという車のことをまったく知らなかったのですが、たまたま『そろそろ自分の車が欲しいな』と考えていたタイミングだったため、なんとなく見せていただくことになったんですね。で、そこで完全に一目ぼれしてしまった――という次第です」
まさに山中さんが脳内で夢に描いていた「理想的なロングノーズの2シーター車」が、そこにあった。
「実家にあったZ33も確かにロングノーズな2シータークーペではあったのですが、僕が理想とするフォルムとはちょっと違うというか。Z33は車幅が広い分だけロングノーズ感が減じてしまっていますし、全体的に丸みを帯びているという点にも『ちょっと違う……』と感じていたんです。しかし130型はすべての寸法と比率が、僕にとっては“理想そのもの”でした」
海外赴任することになった先輩氏も、手塩にかけて育て上げたDATSUN 280ZXの希少なターボ車だけあって、譲る相手は「誰でもいい」というわけではなかったようだが、山中さんの熱意というか一目ぼれっぷりを見て、譲渡を快諾。山中青年にS130型280ZX TURBOのキーと書類を託し、海外へと赴任していった。
そして山中さんの「偏愛生活」が始まった。
譲り受けてから約3年、DATSUN 280ZX TURBOを洗車機に入れたことは一度もない。必ず手洗い洗車を行っているわけだが、自宅敷地内は洗車ができる環境ではないため、都心某所の地下にある洗車場までわざわざ通っている。
そして盗難されることを恐れ、駐車場は、若手会社員としての身の丈にはいささか合わない賃料が必要となる、セキュリティに問題がない駐車場と契約を結んだ。さらに車から離れるときは、たとえそれが短時間であっても「ステアリングロック」でハンドルを固定。過日、諸般の事情により自宅の目の前にあるコインパーキングに一晩停め置かなければならなかった日は用心のため、DATSUN 280ZX TURBOの荷室で寝た。
「もちろん快適ではないですが、意外と寝られるもんですよ(笑)」と笑う偏愛者・山中 隼さんだ。
DATSUN 280ZX TURBOという車の何が山中さんをそこまで駆り立てるのか? そこまでする理由は何なのか?
「L型エンジンは音がいいですし、ターボが効くとまあまあ速くて気持ちいいですし……というのもあるのですが、結局はこのカタチとフォルムにしびれてしまったんでしょうね。これより古い世代のZとも違う、そして新しい世代のZとも違うフォルムが、自分にとってはあまりにも理想的であるため、このZがない生活というか人生は、もはや考えることすらできないんです。だからコインパーキングに一晩停めざるを得なかった日は、思わず車中泊をして見張り番をしてしまったといいますか(笑)」
2人しか乗ることができないという点についても、山中さんは特には不便を感じていないという。
「買い物は駅前のスーパーなどまで歩いて行けばいいだけの話ですし、大きな家具とかも買いませんしね。仮に買うとしても、配送していただけば済む話です。だから――もちろん家族構成などにもよるのでしょうが、僕の場合に限っていえば、誇張抜きでまっっっっったく不便な車ではないんですよ」
だがそんな山中さんとDATSUN 280ZX TURBOの前に、このたびついに強敵が現れた。その強敵とは「結婚」だ。
山中さんは写真上の奈央さんと今年3月にいわゆる入籍を行う予定で、それに先立って1月末から、横浜市内のとある賃貸マンションにて同居を開始している。そのためしばらくの間、愛機280ZX TURBOとお別れしなければならなくなったのだ。
……といっても、世間でよく耳にする「自動車趣味というものに理解ゼロな妻が『ワタシとZ、どっちが大切なの! そんな役立たずのポンコツは今すぐ売っぱらって! い・ま・す・ぐ!!!』と絶叫しているから」という類の話ではない。というか、事実はむしろその真逆だ。
「2人で住むことになった賃貸マンションの近くには『セキュリティばっちりな駐車場』というのがあまりなくて、あったとしても、かなり高いんですよね。そうなると、今の僕らの収入では払いきれないということで……泣く泣くZは連れていかないことに決めたんです」
と言う山中さん。なるほど、事情はわかった。しかし今後はどうするつもりなのか? 先輩氏から譲り受けた「最高のZ」を、結局は手放してしまうのだろうか?
「いや、2年後にはガレージハウスを建てて、そこに彼のZを置くつもりです」
そう口を挟むのは、取材時点では「婚約者」であり、この記事が公開される頃には、某所の賃貸マンションで山中さんと一緒に暮らし始めている西田奈央さんだ。
「同棲スタートと同時に計画を立てて、そしてお金も貯めて、賃貸マンションが最初の更新を迎えるタイミングで、つまり今から2年後に、彼と建てるガレージハウスに引っ越しちゃう――というのが現時点での計画です。もしかしたら多少遅れてしまうこともあるかもしれませんが、やりきるつもりです。なぜならば……私自身が大の車好きだからです(笑)」
なんと、ある意味「似た者夫婦」と言える2人だったのか……。そうであれば、DATSUN 280ZX TUBOの行く末もひとまずは安心である。そして今年3月には「夫」となる山中 さんは、奈央さんに続けて言う。
「ガレージハウスの設計またはゾーニングは……建築学科出身である僕自身がやりたいですね。横からだけでなく上からも、Zと、何かもう1台の車を眺められるようなつくりにしたいと思っています」
今後しばらくは「たまに乗れる」ぐらいの雌伏の日々を過ごすことになるDATSUN 280ZX TURBOだが、その間の各種管理も、山中さんの偏愛っぷりを見ていれば、何ら問題はないだろうと確信できる。
そして心から「車って……イイよね」とつぶやき合っている2人を見ていると、2年後ないし数年後に建立されるガレージハウスの姿かたちが、まったくの部外者である筆者にも――おぼろげながら見えたような気がした。
(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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