「愛娘に託すその日まで」。29歳のオーナーが慈しむ1996年式マツダ ユーノス ロードスター VRリミテッド コンビネーションB(NA8C型)
「情緒的価値の重視を」といわれて久しい。長く使えて飽きのこないデザイン。そして、モノと心が通じ合っているような気持ちになれる製品が求められているように思えてならない。
自動車の世界でいえば、マツダ ロードスターを例に挙げたとして、異論を唱える人はまずいないだろう。
1989年のデビュー以来、これほど長く愛され、日本国内はもちろんのこと、世界各地にオーナーズクラブが存在し、ここまで人の輪を広げるオープンスポーツカーは他には存在しない。例え知らないオーナー同士でも、すれ違うときにロードスターが走ってきたと気づけば、手を振って挨拶する。乗り手と心を繋ぎ、人と人の心も繋ぐクルマなのだ。こればかりはどれほど魅力的なクルマを開発できたとしても、メーカーの力ではどうにもならない。まさにユーザーが生み出した「ひとつの文化」だ。
1989年、当時マツダが展開していたチャンネル(ブランド)のひとつである「ユーノス」より発売されたユーノス ロードスター(初代モデル/NA型)は、世界的なヒットを記録した。歴代ロードスターの中でも高い人気を誇り、新車から所有しているオーナーも多い。マツダより復刻パーツの生産やレストアサービスも始まっており、デビューから35年が経過してなお、幅広い世代に愛されている。
今回の主人公は、そんなユーノス ロードスターに魅せられた29歳の男性オーナーだ。昨年生まれた娘さんが1歳を迎えたばかりだという。
「このクルマは、1996年式のマツダ ユーノス ロードスター VRリミテッド コンビネーションB(NA8C型/以下、ロードスター)です。所有して8年目。現在の走行距離は約20万キロです。私が手に入れてから8.5万キロ乗りました」
1995年12月に発売された特別仕様車「VRリミテッド」は、「コンビネーションA(限定700台)」と「コンビネーションB(限定800台)」という2種類のモデルが設定された。
まるで双子のような限定モデルだ。「コンビネーションA」は、「アーヴァンレッドマイカ」のボディカラーにタンカラーの幌、トープカラーの本革シートと組み合わせた華やかなカラーリングだ。もう一方の「コンビネーションB」は、「エクセレントグリーンマイカ」のボディカラーに、ダークグリーンの幌、ブラックの本革シートを組み合わせたスポーティなカラーリングが魅力だった。そして、オーナーが所有するロードスターは「コンビネーションB」である。
ボディサイズは全長×全幅×全高:3955×1675×1235mm。駆動方式はFR。搭載される直列4気筒DOHCエンジンは、1993年7月のマイナーチェンジにて排気量1597ccの「B6-ZE[RS]型」から1839ccの「BP-ZE型」に変更され、最高出力は130馬力を誇る。
VRリミテッドは、オーナーが誕生した1995年の12月に発売されている。その当時はバブル崩壊の影響で、自動車業界の転換期を感じさせた。ステーションワゴンやミニバンが続々と発売され、セダン離れが加速した時期でもあった。そんな時代に誕生したオーナーは、どのようにクルマを好きになっていったのだろうか。
「母親から聞いたんですが、私が0歳(産まれたばかり)のとき、叔父が足蹴り式のクルマのオモチャを買ってくれたそうです。赤ちゃん用のグッズのカタログを見ていて即決したそうです(笑)。私も大変気に入って乗り回していたらしく、それが原点かもしれません。特撮番組やアニメなどには興味を示さず、クルマや鉄道が大好きな子どもだったみたいで、トミカやプラレールで遊んでいたことを鮮明に記憶しています」
トミカにまつわるエピソードでこんなできごとがあったという。
「トミカショップで好きな車種を買ってもらえることになったんですが、フェラーリのテスタロッサを選んだことで家族に驚かれたことがありました。両親はあれこれ選ぶだろうと思っていたらしいのですが、自分の中では1台にしなきゃという思いが強かったようです。せっかく来たのだからともう1台買ってもらったんですが、同じテスタロッサを選びました(笑)。まだ大切に持っていますよ」
幼い頃から“好きを貫く”という芯の強さを見せていたオーナー。幼少期の体験がオーナーのクルマ好きを加速させたようだ。
「小学生から中学生になるくらいまで、自宅にマツダ カペラワゴンがあったんです。父親が勤め先の会社の社長から譲渡され、ファミリーカーとして使っていたクルマでした。あちこちぶつけられていてボロボロになっていたので、タッチペンで塗る遊びに夢中になったんです。当時はタッチペンで塗れば直ると思っていたんですよ(笑)。でも全然きれいにならないので、エアブラシを使いはじめたのが小学4年生の頃です。中学生になるとLEDライトの交換などのメンテナンスも勉強しはじめました」
クルマのイロハを学んだカペラワゴンは、人生観を変えた1台といえるのではないだろうか?
「間違いないですね。高校生になると、SNSにあったカペラのコミュニティにも参加していましたから。あれから10数年経ちますが、現在は、当時のメンバーはほとんど降りてしまいましたね。カペラワゴンは『K型』エンジンが搭載されたクルマのなかで、唯一の4輪駆動なんですよ。トランスミッションも専用開発されているので、マニアからするとすごくレアな存在です。その分、部品も出てこなくなりましたし、こればかりはしかたないですね」
カペラワゴンを原点に、オーナーはこれまでどんなクルマを乗り継いできたのだろうか?
「最初の愛車は、マツダ ミレーニア(ユーノス800)です。カペラワゴンと同じ『K型』エンジンです。廃車から起こして2年間乗りました。それからカペラワゴン。子どもの頃遊んでいた個体は前期型で、私がカペラワゴンのことがあまりにも好きすぎたため、父が後期型をプライベート用として購入していた個体を引き継いだんです。それから、今のロードスター。結婚してから、ファミリー用としてユーノス500、2世代目のマツダ アテンザスポーツを経て、現在は最終型のレクサスGSを所有しています」
オーナーの父親がマツダに乗っていた影響は大きいのかもしれない。そんなオーナーに、ロードスターに乗りたいと思ったきっかけを伺ってみた。
「学生時代に、たまたま友人がユーノスロードスターに乗っていたことがきっかけです。当時は周囲に初代モデルに乗っている人がたくさんいました。まだ中古車の価格が安く、大学の駐車場はNAロードスターだらけでしたね。友人は黄色のボディカラーが特徴的な限定車『Jリミテッド』を所有していて、隣によく乗せてもらいました。
当時は乗せてもらえるだけで十分だと思っていたんですが、MTで走らせる楽しさをどうしても味わいたくなって、春休みに夜間のバイトで貯金しながらネットでユーノスロードスターを探しはじめました。そんなある日、長野県に出物があるという情報を聞いてすぐに現地へ向かったんです。そこで出会ったのがコンビネーションBでした。ミレーニアと同じボディカラーのグリーンマイカに縁を感じ、交渉してみたのが購入のきっかけでした」
納車当時は、ショックが抜けてオイルが噴き出すトラブルにも見舞われたそうだ。あちらこちらに傷や凹みがあるなど、お世辞にも良いコンディションとはいえなかったようだが、いまや常時ガレージ保管してあるかのような素晴らしいコンディションにまで仕上げられている。実際にロードスターを所有していくなか、生活やメンタルで変化した点はあったのだろうか?
「アフターパーツが豊富なところに感動しました。選択肢が豊富ですし、グッズやミニカーなど何でもあります。今までずっとマイナーな車種に乗ってきたので……。でも実は、RX-7(FD3S)が大好きだったので、そのうち乗り替えようかと考えていたこともありました(笑)」
そんなロードスターで、もっとも気に入っているポイントはどこだろう。
「リトラクタブルヘッドライトのオープンカーという、往年の名車の王道的スタイルを持っている点でしょうか。基本的に春先、秋、冬はほぼオープンで走っていますね。妻と2人で乗っているときもほぼオープンでした。娘がもう少し大きくなったら、一緒にドライブしたいですね」
では、もっともこだわっている点は?
「ミレーニアに乗っている頃から、純正プラスアルファみたいなスタイルが好きなんです。ロードスターも一見純正に見えて、よく見ると手が加えてあることに気づくような、さりげないモディファイにこだわっています。純正部品を流用するようないじり方が好きですね」
8年間を掛けてリフレッシュされたロードスターは、昨年エンジンのオーバーホールを決行。それをきっかけにエンジンルームも磨くようになったという。そんなオーナーに、モディファイした部分を伺った。
「細かいリフレッシュも合わせるとたくさんあるんです(笑)。モディファイは、エンケイ製の14インチホイールを履いています。他にはメーター、マフラーなどを交換していますね。マフラーは、アイドリングが静かなモデルを吟味しました。
リフレッシュにはかなり力を入れています。エンジンのオーバーホール、全塗装、NCロードスターの5速MTに換装を行いました。ラジエター・メンバー・アーム類・ブレーキ類は自分で交換しています。燃料タンクも部品が出ているうちに交換しました。リフレッシュのきっかけは、妻と山道をドライブしているときにマフラーから白煙を噴きはじめたことでした。あのときは限界を感じましたね…」
グリーンのステッチが目を引くシフトカバーとサイドブレーキカバーは、なんと奥様のハンドメイドだそうだ。
「妻は裁縫が得意で、服飾系の専門学校に進学して洋服の設計に携わっています。中学時代からずっと裁縫ひとすじです」
奥様とは、中学時代から交際していたそうだ。ここで奥様との馴れ初めを伺うことに。
「中学校で同じ部活だったんです。若さゆえに自分から別れを切り出してしまいました。それを二十歳になるまでずっと後悔していたんですよね。妻と再会したのは成人式で、お義父さんと一緒に来ていたんです。私が乗っていったミレーニアのエンジンルームをお義父さんが見て『V6が載ってる!』と話が盛り上がりまして。勢いで妻をドライブに誘ってみたのですが、やはり断られてしまいました(笑)」
その後、オーナーは思いきった行動に出る。
「成人式での再会をきっかけに、妻とは再び友達付き合いをするようになったんですが、会っているうちに復縁する流れになります。このできごとは友人たちから『伝説』といわれているんですが、復縁前にお義父さんとオートサロンに行ったことがあるんです。二人でロードスターに乗ってオートサロンに行き、横浜の中華街で食事までして帰ってくるという(笑)。すごいメンタルだといわれるんですが、実は中学時代に同じ部活だったことで、私の両親と面識があり、私のことも下の名前で呼んでくれるほど仲良しだったんです。とはいえ、娘の元彼と遊びに行くとなると、さすがにお義父さんも気を遣って妻に行って良いか何度も確認したらしいです(笑)。妻も『いいよ、行ってきなよ』といってくれて実現しました」
そんな運命的な場面にも居合わせていたロードスターだが、奥様はこのロードスターに対してどんな気持ちを抱いているのだろうか。
「妻が精神的に苦しい時期も、気分転換にドライブへ出かけていたので、一緒に乗り越えてきた感じはありますね。我々の結婚生活はロードスターなしでは語れないでしょう。妻からは『あなたはこのクルマがないとダメだからずっと持っていなさい』といわれます。エンジンをオーバーホールする際に『もし金額的に厳しかったら、家族用のクルマを売ってでもロードスターは残したい』というほどですから」
奥様にとっても、大切な存在となっているようだ。オーナーは今後、愛車とどう接していくつもりなのだろうか。
「妻のご両親に結婚の挨拶に行ったときにお義父さんから聞いたんですが、妻が産まれたときに友人のユーノスロードスターに乗って病院に駆けつけたそうです。そんな不思議な縁でつながったクルマだけに、自分のできる範囲でずっと相棒にしたい思いがあります。もし可能であれば将来、娘に引き継いでもらいたいですね。その日のためにも、ロードスターはつねに調子良くしておきたいです。リフレッシュするのは自分のためでありつつ、未来の誰かにバトンタッチするためでもあると思っていますから」
クルマはオーナーが自由に乗って良いのはもちろんだが、長く愛されている車種の乗り手として、継承者としての自覚のような感覚も自然と備わるのかもしれない。では最後に、奥様へのメッセージを伺った。
「クルマのことを理解してくれて、子育てをしながら趣味の時間をもらえていることは、感謝の一言に尽きます。お互いに趣味は違っても、理解しあうことで成り立っているのだなと感じていますね」
初代ロードスターのカタログの冒頭には「だれもが、しあわせになる。」というメッセージが記されているが、歳月を経て答え合わせの時が訪れているのかもしれない。そして、オーナーと奥様、娘さんは、これからもロードスターとともに幸せな時間を紡いでいくのだろう。成長した娘さんが、颯爽とオープンドライブしている景色が見えた気がした。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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