トヨタ1600GTで福岡から富士スピードウェイの走行会へ!?御年71才のオーナーさんが語る『クルマは乗ってナンボ』の説得力【取材地:福岡】

「クルマは乗ってあげてなんぼ。買ったからには雨でも関係なくほぼ毎日出して乗ってあげていますよ」
これを聞いても、普通なら「そうですよね」で終わりとなるが、その対象が旧車となると話はガラリと変わる。なぜならば旧車オーナーの大半は水濡れによるボディの劣化を懸念して雨の日には乗らないという人も多いからだ。

今回取材させていただいた福岡県糸島市在住の藤瀬新策さん(71才)は、冒頭述べたようなポリシーのもと、希少なトヨタ1600GTを街乗り用として使い、天候コンディションに左右されずにほぼ毎日乗っているオーナーさんだ。

そしてさらに驚いたのが「古希の記念に」と、70才でこの1600GTで富士スピードウェイの走行会に(往復も自走で!)参加されたというとてもアグレッシブな方なのである。

1967年に発売されたトヨタ1600GT(RT55)は、『トヨタRTX』としてレース参戦していたプロトタイプに、3ヶ月前に発売された名車トヨタ2000GTから豪華な内装を流用するなどして市販化されたモデル。市販後もツーリングレースで数々の結果を残し、市販期間はわずか1年2ヶ月で販売台数も2222台と少数ながら日本の自動車歴史にしっかり足跡を残した名車だ。

藤瀬さんが所有する1600GTは1968年式で、5段ギアタイプのGT5。
2015年7月にたまたま雑誌の売買欄で見つけた際に「僕が19才の頃に友だちが1600GTのGT4に乗っていて、それであちこちドライブに行ったことを思い出して欲しくなったんです」と約170万円で購入したそうだ。

ところが、手に入れたのはよかったものの、今のように普段乗りできるようになるまでには相当な手間とお金がかかったという。
「このクルマが手元に来た時は仕上げてあると聞いていたけど、実際に走らせるとどこもかしこも調子が悪くて健全に走れる状態ではなかったんですよ。結局2回のエンジンオーバーホールにミッションのギア抜け修理、デフのオイルシールもひどく汚れていたし、足まわりもブッシュからすべて交換。ブレーキやクラッチのホースもステンレスに変えました。ボロボロだった内装も、ダッシュボードやドア以外は天井からシートまで全て張り替えました」

そして部品が全然ないことにもずいぶん悩まされたそうだ。
「私は若い頃サニーのGX5で3年ほどラリーをしていたので、サニーのGX5をこれまで4台、その他ほぼ日産車をメインに癖のあるクルマばかりを乗ってきましたが、この1600GTはその中でも一番金がかかりましたね。なんせ部品が全然ないんですよ。メインシャフトのベアリングなんて国内でなかなかみつからなくてイギリスから取り寄せたくらいです。ミッションも100万円であるよと言われましたが、それは流石に無理だと…(苦笑)」

そんな苦労がありながらも約1ヶ月ほどでひと通り修理をし、その後は毎日乗ってトラブルが出たらまた直すことを繰り返しているうちに今では快適に走る状態にまで復活。
しかも藤瀬さんは「このクルマは手が掛かるから」と、修理や点検の記録はもちろん、その後もクルマを動かしたときは必ず走行距離と燃費計算結果を記載し、コンディション管理をしっかり続けているのだ。

そして70才となった2019年冬、古希の記念にと富士スピードウェイで開催された旧車の走行会に参加するのである。
「ちょうど2基目のエンジン載せ替えの後で、慣らし運転も兼ねて片道1500kmを自走で行きました。コースは約100km/hで12周走ったんですが、慣らしが終わった後は明らかにエンジンが軽くなって別物になったのを体感しましたね」

車両トラブルの可能性を考えれば、旧車で1500kmという遠征に自走で行こうと計画する人はおそらく少数派だろう。そしてそれを古希記念にと実行する人はきっと藤瀬さんくらいではないかとさえ思う。

しかしそれができるのも、常日頃から天候に関係なく毎日乗ってメンテナンスを行い、最良のコンディションだとわかっているからこそなせる技。そして実際にそれを成功させたのは、すごいことではないだろうか。

ちなみに、藤瀬さんがこのクルマを遠征が成功するくらいしっかりパフォーマンスをできるのには心強い大きな味方がいるからだという。
「ラリー時代から50年以上の付き合いになる私の友人がレース車両を製作するショップにいまして、メンテナンスは基本自分でやりますが、それ以外のトラブルはその方が基本全部面倒を見てくれるんです。私の本業は農業ですし、やっぱりこういう旧車を良いコンディションで乗り続けるためにはそういうプロの方のサポートがないと難しいと思いますよ」

そんな1600GTは、藤瀬さんの所有になってから7年で3万km以上の距離を走っている。それだけメインの足として活躍するこのクルマについて、気に入っている点も含めてもう少し詳しく聞いてみた。

「見えているところはフルオリジナルたど思いますが、見えないところは色々と変えていますよ。外装はもともと赤で、その後に白を2回塗っているけれど、ひび割れしているので、そのうちメインカラーのイエローに塗ろうかなと考えてます。ヘッドライトは私がラリーをしていたころから捨てないで持っていたマーシャル製で、ホイールはイギリスのメーカーのミニライト製ホイール。レース用にフロントフェンダーのえぐりが大きいところや、特有のエアダクトも気に入っています」

また他にも藤瀬さんが気に入っているのが、張り替えによって当時の美しさをそのまま再現している2000GTと共通デザインのオリジナルシート。そして走る上で快適で楽しめるように、後付けで前後ブレーキバランスを変えられるブレーキバランサーも装着している。
また「この時代特有のピラーレスのハードトップ状態で窓を開けて走るのも開放感があって好きですよ」と笑顔で話してくれた。

ここまで読むと、これだけ1600GTに愛情をかけて大事にしているからには藤瀬さんにとって1番の愛車だと思うのが当然だろう。
しかし実は、藤瀬さんにとっての1番は、ラリー時代から4台乗り継ぎ、現在も大事に所有しているサニーGX5なのだというから驚きだ。「サニーは今塗装にだしているので手元にないけれど、一番好きなクルマだし燃費もいい。手元にあればそれを本当は足にしたいんですよ」と。

しかも、藤瀬さんはその他にも110シルビアにレガシィブリッツェン、そして息子さんが使用するUS仕様にしたダットサントラックも所有。さらに最近話題のヤリスクロスも購入したという。
「車検があったほうが維持しやすいのですべてナンバーは切っていません。ローテーションでみんな乗っています。ヤリスクロスはまだ置き場が確保できていないのでディーラーに預かってもらっていますが(笑)。でも今メインで乗っているのはやっぱり1600GTですね。リッター14kmと燃費もいいし、サニーも1600Gも旧車だからサイズが小さくて、どこに停めるのもラクなんです」

つまり、所有する愛車の中の1台という立ち位置の1600GTにもかかわらず、これだけの大金をかけて何度も修理をし、徹底したメンテナンスとコンディション管理を行っているというわけだ。
「クルマを買ったからには乗ってあげないと」というポリシーこそが、藤瀬さんのクルマに対する愛情表現の真髄なのである。

「妻には『早く売って』と諦められている節がありますが、元気なうちにサーキットはまた走る機会があれば挑戦したいですね。クルマ好きな方に『コロナですか?』とよく間違われるくらいマニアックで手も掛かるクルマだけど、かわいいんですよ。命ある限り持ち続けたいと思います」

数の少ない貴重な個体をより良い状態で残すために、丁寧に乗って保管するのは旧車オーナーとしての愛情表現としては一般的だ。
しかしクルマの本来の役割は、移動手段だったり競技だったりと走らせることが大前提に作られたもので、藤瀬さんの愛車との接し方は、その時代に生きていたら当たり前の付き合い方と言えるだろう。

例えるならば、高価な指輪は宝箱の中に大事に保管しておくのではなく、指にはめることで本来の役割を果たし光り輝く。藤瀬さんにとっては旧車も現代車も走らせてあげることが大事で、そうすることによって、その個体がさらに生き生きと光り輝くのである。

(⽂: ⻄本尚恵 / 撮影: 平野 陽)

[ガズー編集部]

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