総生産台数が20台弱という幻のクルマを甦らせる!1997年式 マルコ 1000デラックス(K11型)
スクラップ寸前だったクルマが、レストアによって甦り、再び街を走る。
それを我々は、奇跡や美談にしたくなる。だが、オーナーにとっては「手を掛けるなら、とことん納得のいく形に仕上げたい」という、きわめて自然な選択だったのかもしれない。
今回は、“幻の特装車”と呼ばれるクルマを所有するオーナーが主人公だ。鳥山明氏がデザインを手がけた世界限定9台のEV「QVOLT」を所有していることでも知られる人物で、同時に前回登場したダイハツ ミゼットIIピックDタイプ(K100P型)のオーナーでもある。
今回拝見した愛車もまた「気持ちだけに突き動かされることなく、ほどよい距離感のなか信頼して付き合う」という愛車への“リスペクト”が伝わってきた。
「このクルマは、1997年式のマルコ1000デラックス(K11型/以下、マルコ)です。1リッターエンジンを搭載したATモデルのK11型マーチがベースになっています。この個体の走行距離は約22万キロ。我が家に来てからは、まだ2000キロほどしか走ってないですね。普段は、買い物や子どもの保育園の送迎のときに乗っています」
マルコは、埼玉県志木市に拠点を置いていたマルコ自動車工業が、日産 マーチをベースに製作した同社オリジナルのカスタマイズカーだ。そのクラシカルな見た目から、街中では光岡 ビュートと見間違えられることもあるようだが、まったく別のモデルである。
K11型のマーチをベースにしたレトロスタイルの市販車としては「光岡 ビュート」や「トキオ プリンセス」「コペル ボニート」などが知られているが、いずれも生産台数は限られている。これに加えて生産から年数が経過したこともあり、最近は街中で目にする機会も減りつつある。なかでもマルコは、生産台数が20台弱といわれ、すでに製造元が存在していないこともあり、現存する台数が極端に少ない“幻の1台”として語られている。
そんなマルコのボディサイズは全長×全幅×全高:4040×1585×1425mm(※諸説あり)。1000㏄/1300㏄、ベーシックおよびデラックスが発売された。駆動方式はFF。搭載されるエンジンはK11型マーチと同様の排気量997cc、直列4気筒DOHC「CG10DE型」と、排気量1274ccの「CG13DE型」。最高出力は58馬力と79馬力となる。なお、オーナーの個体は排気量997ccのモデルとなっている。
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(写真提供:ご本人さま)
そんな希少なモデルを所有するオーナーに、まずは愛車との出会いから伺った。
「2024年に、X(旧Twitter)でたまたま『日産マルコ譲ります』というポストを見かけたんです。そのとき初めて存在を知ったんですが、調べてみると生産台数は20台にも満たないということで興味を持ったんですよね。写真を見たら、外装はすっかり傷んでいたし、ボンネットには錆で穴まで開いていて…。普通だったらやめておこうと思うような状態でした。投稿者に問い合わせてみたところ、譲渡先はまだ決まっておらず、話を進めるうちに譲り受けることになったんです」
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(写真提供:ご本人さま)
まさに“縁あって”迎え入れることになったわけだが、譲渡された時点で、ボディには無数のサビ。さらにはボンネットに穴が開いていたという。
「前のオーナーさんは、このマルコで日本中を巡っていたそうです。譲り受けた時点で、オイル漏れと水漏れの他、オルタネーターも故障していました。また、塗装だけでなく、錆も進行していて、先述したようにボンネットには穴が開いているような状態でした。でも、このタイミングで見つけたこと、自分が手を入れられる環境にある点が重なり、不思議とレストアをやってみようかなと思えたんです」
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(写真提供:ご本人さま)
迷いよりも先に動き出していた。信頼できる板金のプロがいるだけでなく、オーナー自らDIYで作業できるだけの知見があったことも手に入れた大きな要因といえるかもしれない。
「外装のレストアは、お世話になっている板金会社に相談すると引き受けてくれることになりました。劣化しているボディもすべて分解後、板金塗装してもらっています。ちなみに、このボディーカラーは息子のリクエストなんです。製造廃止の部品もかなりありましたが、ラスト1個のものが入手できたり、なんとか現在の状態に仕上がりました。
車内はすべて私が担当しています。シートやドアの内装をはじめとして細かいところまで分解・交換をしました。マルコ自体、車内は市販のK11型マーチとの違いが少ないので、レトロな内装を意識してモディファイしています。具体的には、光岡 ビュートのダッシュボードやマーチ純正の真っ赤な本革シートなどに交換しています。旧車は走行中の情報が重要なので、水温計やタコメーターや電圧計なども目立たない場所に設置しました。通勤にも使いたかったので、オーディオは流行りのディスプレイオーディオにしてあります」
嫁いできた状態がにわかには信じられないほど美しく蘇ったマルコのドアを開けてもらった瞬間、まず目に飛び込んでくるのは、艶やかな赤い本革シートだ。
「内装はマーチと変わらないので、赤い本革シートを1年かけて探し出して交換しました。マーチの限定車に赤い本革シートが設定されていたらしく、解体業者にこまめに電話していたなかで偶然出物があったんですよ」
部品調達の話になると、オーナーの“気迫”あるいは“執念”ともいえるほど、妥協なき情報収集力に脱帽せざるを得ない。前回取材したミゼットIIでは、国内に在庫がない部品は海外オークションを駆使し、再生産品やデッドストックを確保していた。またネットだけに頼らず、全国のパーツ専門店に連絡をして、ラスト1個の窓枠モールを引き当てたこともあるという。そんな執念も、このクルマの仕上がりの理由なのだろう。
ダッシュボードは、ワインレッドの内装に張り替えてクラシカルにコーディネート。インパネにはウッド調パネルを組み合わせて、レトロな雰囲気を演出している。
オーディオはディスプレイオーディオに換装。リヤボードに設置された当時モノのケンウッド製スピーカーは、コーンだけを新品に交換して取り付けたそうだ。
さらに追加された水温計・タコメーター・電圧計も、必要な情報を得られるようにしつつ、過剰に主張しない自然な仕上がりが感じられる。
「あとは、海外仕様のマーチのパーツを使って、左ウインカーと右ワイパーに変更しました。こっちの方が直感的に使いやすいです。地味ですが、運転しているとけっこう効いてきますよ」
内装の塗装中に、息子さんと作業する場面もあったという。
「息子とは、一緒にパーツを磨いたりしました。私が作業している姿を見て『大人の自由研究みたいだね』っていわれたこともありました(笑)」
そんな微笑ましい場面も、知らず知らずのうちに「クルマ文化の継承」につながっているのではないだろうか。作業のプロセスをそばで見て、ときには手伝いながら感じ取っていくことで、次の世代にも「クルマっておもしろい」という記憶が受け継がれていくのかもしれない。
外装には、オーナーならではの遊び心がさりげなく加えられている。たとえばリヤにジャガーのエンブレムが装着されているのだが、不思議と違和感はない。マルコ本来のクラシカルな佇まいに溶け込んでいる。コンセプトは「ジャガーがもしコンパクトカーを出したら」だという。
そんななかで、もっとも目を引くのは足元の装いだろう。ホイールキャップはトヨタ センチュリーの純正品がチョイスされている。意外に思えるが、実車を見ると納得の一言だ。レトロなスタイルに風格を与え、モディファイのテーマとなっている「小さな高級車」としてのキャラクターをより際立たせている。
「実は、当時のセドリック用やデボネア用など、いくつもホイールキャップを買って試したんです。実際に装着して並べてみて、マルコの佇まいにいちばんしっくりきたのがセンチュリーのホイールでした。まさに“これだ!”と思いましたね」
もともとカスタムが好きで、内装の電装やパネル加工もすべて独学だと話すオーナー。カーショップやイベントで手伝いを重ね、失敗を繰り返しながら技術を積み上げてきたと伺い、合点がいった。
「お金がなかったから、自分でやるしかなかったんです。ショップに頼むと断られることもありますし。でも、自分でやれば納得がいくまでできます。今ならYouTubeで調べられますけど、昔は自分で試して覚えるしかなかったんですよね」
センスの背景には、長年のDIY経験と磨かれてきた審美眼があった。一連の組み合わせは、クルマのカスタマイズに対して相当な「手練れ」でなければ思いつかないチョイスだ。そうして外装も内装も抜かりなく仕上げられているが、オーナーがこのクルマでもっとも気に入っているポイントは?
「およそ20台しかないという希少性はやはり大きいです。パッと見ではK11型マーチなんですが、よく見ると『あれ?』ってなります。特にリアビューは独特で、走っていると二度見されることもあります(笑)」
ベースとなっているK11型マーチの親しみやすさを残しつつも、ディテールの一つひとつに、クラシカルで上質な雰囲気を宿している。近づいて見るほどに「ただ者ではない」と感じられるのが、マルコの魅力だ。
しかも、現存数が限りなく少ない。オーナーによると、今はX(旧Twitter)つながりで、現役で所有しているオーナー1人とつながっているほか、過去に販売された個体を、ネット記事で2台ほど見たことがあるというくらい、だという。国内で現存が確認できているのは、3台程度ということになる。
「ボディが生きている個体が本当に希少なんです。時間とともに錆びて崩れてしまうので。もしかすると、現役なのはうちのマルコだけかもしれません」
そんな希少な1台でありながら、実用性も抜群だ。冒頭でもふれたが、お子さんの送迎や買い物などの移動に活躍しているという。珍しいクルマたちに囲まれた生活は、家族にとってはあたりまえの景色。だが、マルコのような存在感のある1台が登場すれば、周囲の視線が集まることもしばしばのようだ。
「保育園のお迎えのときに、他の子どもたちが『ママのスマホで写真撮ってもいい?』っていってきたりするんです。そういう反応を見るたびに、クルマってやっぱりおもしろい存在だなと感じます」
子どもたちにとっては、日常のなかでクルマの個性やおもしろさにふれる機会にもなる。これが原体験となって、子どもたちの心に残ることをオーナーは願っているという。
「私の乗ってきたクルマたちが、クルマに興味を持つきっかけになってくれたらうれしいです。実は、それがひとつの目的でもあります。いろんな人に見てもらって、少しでもクルマ好きが増えてくれたらいいなと」
「未来への種まき」の役目も担っているかもしれない。そんなマルコと今後どう接していきたいかを伺った。
「できるだけいい状態を維持していきたいですね。長く乗れるように、交換できていない部品でリフレッシュしつつ、少しずつ整えていくつもりです。今のところクルマの完成度としては6~7割くらいでしょうか。エンジンは、オルタネーター・スターター・ラジエター類・オイルパンなどを修理したので、日常走行では問題ないコンディションです。ただ、新たに小さな冷却水漏れを見つけたので、次回の課題ですね。他にもまだまだやりたいことはたくさんあります。たとえばステアリングをどうするかとか、内装の快適性を高めるパーツを追加しようかとか。こんな感じで、日々頭の中でモディファイの構想がぐるぐる巡っています」
もしコンディションの良い個体が現れたら・・・?
「予備にするか部品取りにするか、あるいは現役で走らせるかは、状態を見て決めると思います。ただ、積極的に探しているわけではありません。出会いがあれば、という感じですね」
オーナーのセンスと技術によって幻のカスタマイズカーが息を吹き返し、日常の中に溶け込みながら、時折誰かの心を揺らしている。このマルコの生まれ故郷も、そして他のきょうだいたちの多くが姿を消してしまった。だがしかし、オーナーが甦らせたこのマルコは現代を走っている。
ひょっとすると、このマルコの存在が誰かにとってクルマ好きの“原体験”となり、次の世代へと新たな文化のバトンが手渡されていくかもしれない。「時間の経過とともに、人々の記憶から忘れ去られていく工業製品をひとつの遺産として捉え、継承すべきもの」というマインドが、この日本でも少しずつ、確実に浸透しつつある。オーナーはまさに「それを地で行く人」だといえる。
マルコをはじめ、クルマやバイク、古いマッキントッシュなど・・・。オーナーのガレージは、まるで1/1スケールの玩具箱のようだ。
オーナーから惜しみない愛情が注がれ、復活を遂げたマルコと、その仲間たちが、それを証明しているように思えてならないのだ。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき / 取材協力:雪どうぶつ病院)
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