新車から31年、30万キロ。後世に伝えたい名車、1992年式ヨシムラ MCL.ロードスター(NA6CE改)
この連載で、のべ300人を超えるオーナーとお会いしてきたが、所有歴20年・30年という方が意外なほど多いことに驚いている。
1台のクルマと人生をともに歩めるほどの幸せなカーライフを送ってみたい。クルマ好きなら1度は夢見たことがあるかもしれない。しかし、こればかりはオーナー自身がいくら願っても実現できるかは分からない。それを乗り越えて、現在にいたる……。つまり「奇跡」なんだと思う(不思議とオーナー自身はそうは思っていないようだ。それだけ自然体ということなのだろう)。
今回、縁あって取材が実現したオーナー、このクルマの出自を考えると、理由はどうあれ「他に代わりになるクルマがなかった」ことも大いに納得できる。しかし、あくまでも「結果論」であり、そこにいたるまではさまざまな紆余曲折があったことは事実のようだ。今回はそのあたりをじっくりと紐解いていきたいと思う。
「このクルマは、1992年式のヨシムラ MCL.ロードスター(NA6CE改)です。新車で手に入れて今年の12月で31年、走行距離は30万キロを超えたあたりです。私はいま60歳ですが、30歳のときに購入してからずっと一緒にいることになるんですね」
1989年のデビューからすでに30年以上が経過しているマツダ ユーノスロードスター。いまだに現役のマシンとして愛用しているオーナーが国内外に数多く存在する、名実ともに日本を代表する名車だ。先日開催されたジャパンモビリティショー 2023のマツダブースにも、レストアされたユーノスロードスターが展示され、その凛としたたたずまいに改めて魅了された人も多かったはずだ。
このユーノスロードスターが現行モデルだった当時、さまざまなアフターパーツがリリースされた。その結果、走りだけでなくモディファイする楽しみも味わえる「オーナー自身が仕上げていける余白があること」も、このクルマの人気に拍車を掛けたように思える。
偶然か、それとも意図的なものなのか?真相は分からないが、この「余白」を活かし、マツダ自身、あるいはアフターパーツメーカーが、ユーノスロードスターを素材にそれぞれの理想を求めてチューニングを施したコンプリートカーが誕生した。なかでも極めつけの1台といえるのが、今回の「ヨシムラ MCL.ロードスター」ではないだろうか。
当時、レーシングカーの開発とメンテナンスを担っていた「MCL」がオリジナルデザインのフロントバンパー、リアスポイラー、アルミホイールを手がけた。そしてエンジンは、2輪の世界で名を馳せた「ヨシムラ」によって入念にチューニングが施されるという、文字通り、唯一無二の特別なユーノスロードスターが世に送り出されたのだ。
1960年代にホンダS600およびS800のエンジンをチューニングしたヨシムラが、久しぶりに4輪のチューニングを行った(と同時に、現時点では最後となってしまった)のが「ヨシムラ MCL.ロードスター」だ。
B6型エンジンのボア&ストロークはそのままに、主なチューニングポイントとして挙げられるのが「専用のコンピュータおよびカムシャフト、ガスケットの採用」「ピストン&コンロッドのバランス取り」「吸排気のポート研磨」「燃焼室の研磨」「吸排気バルブのポリッシュ加工」「ブラック結晶塗装仕上げのエンジンヘッドカバー(ヨシムラロゴプレート付き)」という、ヨシムラファンのみならず、メカニカルチューニング好きにはたまらない仕立てとなっている。
とはいえ、当時のチューニングエンジンというと扱いづらいイメージがあるかもしれない。しかし、ヨシムラは実用性と高回転まで回したときの気持ちよさを兼ね備えたクルマを目指してこのエンジンを作りあげたという。自身のこだわりを投影しつつ、実際に所有するユーザーの使い勝手にも配慮した点が伺える。
ボディサイズは全長×全幅×全高:4000×1670×1220mm。ノーマルモデルと同じ排気量およびボア&ストロークの1597cc「B6-ZE改型」エンジンは150ps/7,000rpm(ノーマルは120ps/6,500rpm)、最大トルクは16.3kgf・m/5,200rpm(ノーマルは14.0kgf・m/5,500rpm)、圧縮比は10.6(ノーマルは9.4)というスペックを持つ。
コンプリートカーとしての車両本体価格は325万6千円(登録/諸費用は別)で販売された。その他、エンジン単体のチューニング(125万円)、前後エアロパーツ、マフラーおよびエキゾーストマニホールド、アルミホイール、ステアリングもそれぞれ単体で購入することができた。なお、諸説あるようだが、ヨシムラ MCL.ロードスターは10数台のコンプリートカーが販売されたという。
前置きが長くなってしまったが、これほど貴重なユーノスロードスターと、当時どのようにして出会ったのか「馴れ初め」が気になるところだ。
「その当時、2輪に関連する仕事をしていて、ヨシムラとの接点があったんですね。たまたまヨシムラ MCL.ロードスターに試乗させていただけることになって、社員の方が同乗して街中を走らせてみたんです。『もっとエンジンを回して!』といわれてアクセルを踏み込んだところ、4000回転から上の吹け上がりとフィーリングに感動してしまい……。その場でこのクルマの購入を決めてしまいました」
なんともうらやましい限りだか、これこそまさにオーナーの持ちあわせた「運」であり、同時に「縁」を引き寄せた結果かもしれない。
「当時、私は弟から譲り受けたAE86(前期の2ドア、GT-APEX)に乗っていたんです。AE86は、エンジンはノーマルで、マフラーは交換していたと記憶していますが、その違いに驚きましたね。ヨシムラ MCL.ロードスターを初めて運転したときの記憶は30年以上経ったいまでも強烈に覚えているほどです」
ほどなくしてAE86を手放し、ヨシムラ MCL.ロードスターを注文したオーナー。コンプリートカーというと手元に届くまで時間がかかりそうだが、納車までの期間は・・・?
「1992年9月に注文して、12月には納車されたので、約3ヶ月ですね。ボディカラーは、当時のデモカーと同じクラシックレッドを選びました」
こうして無事にヨシムラ MCL.ロードスターが納車されたオーナー。現在にいたるまでどのような使い方をしてきたのだろうか。
「毎日の通勤や買い物など、日常の足として使っていました。おかげで、納車されてから5年で10万キロオーバーです。振り返ってみると、31万キロのうちの9割は通勤の移動で稼いだ距離かもしれません。最近は動体保存を意識するようになり、バイクで通勤するようになったので出番が減りましたね。月に1度、峠道を走ったり、毎年仕事納めの帰り道に遠回りして帰宅するのが恒例行事になっています」
このクルマの素性を活かしつつ、モディファイも楽しんでいるようだ。
「主なモディファイについては、外装では未塗装のレアな純正のハードトップをネットオークションで見つけて装着しています。あとは純正のサイドエアダムスカートですね。ロールバーはもともと装着されていたマツダスピード製のものですが、ヨシムラで曲げ加工をしたと聞いています。
内装は、運転席のシートはBRIDE製のフルバケットシート、助手席はマツダスピードのバケットシートに交換しました。油圧と燃圧計の追加メーターをセンターコンソールに装着しました。ステアリングはマツダスピード製のレザー素材ですが、購入当時は同社のウッドステアリングを装着していました」
31年、30万キロ(しかも、その多くを通勤にも使っていたこともあり)、メンテナンスやこれまでのトラブルについても伺ってみた。
「新車当時は購入したディーラーに持ち込んでいましたよ。その後は勤め先でメンテナンスしていた時期もありました。現在は私自身で可能な限り面倒を診るようにしています。“オーナー兼主治医”というわけですね。これまでのトラブルですが、ラジエーターがパンクしたことと、15万キロの時点でクラッチを、そしてタイミングベルトを2回交換しています。これは経年劣化だったり、定期交換部品ですから予期せぬトラブルではないと考えています。
エンジン本体だと、クランクのリアシールあたりからオイルのにじみがあるようですが、これは仕方ないですね。そうそう、10年くらい前に板金塗装の技術がある弟に頼んでオールペンしてもらいました。あと、6年くらい前にエバポレーターに穴があいてしまい、エアコンが効かないので、夏場は暑くて乗れません」
まさに珠玉の内燃機関ともいえる、ヨシムラチューンのエンジン、ゆくゆくはオーバーホールが必要になってくるかもしれない。が、しかし・・・。
「いま、ヨシムラにこのクルマを持ち込んでオーバーホールを依頼しようにも、当時の部品はすでにありませんし、対応できる受け皿がないんですね。そのため、オリジナルの状態を維持したまま元に戻せるショップが見つからないのが現状です。とはいえ、他のメーカーやショップの部品を組み込んでしまったら、もう純粋なヨシムラ MCL.コンプリートカーとはいえなくなってしまうのが目下の悩みです」
ヨシムラ MCL.ロードスターの主治医でもあるオーナーの気持ちは痛いほど分かる。しかし、いつかは決断のときが訪れることは避けられない。そこで、このエンジンのオリジナルの状態を保つべくアイデアがあるという。
「予算的な目処がつけば、ガスケットだけを交換して『DLCコーティング』や、不二WPC社が特許を持つ『WPC処理』といった、既存の部品そのものには手を付けず、表面だけに特殊な加工を施す方法ができないかと思案中です」
オーナーが今日までヨシムラ MCL.ロードスターを維持できたのも、ご自身の情熱があればこそだが、ご家族の理解もまた、非常に重要だ。
「30歳でこのクルマを手に入れて、それから5年後に結婚したんですが、妻と結婚するとき“このクルマは特別な存在だから手放せない。それは理解して欲しい”と伝えたことを覚えています。私には娘がいるんですが、家族で外出するときは家族用の別のクルマで出掛けていましたね。妻からはこれまで1度も面と向かって『もう売っちゃってよ』といわれたことがないですし、この機会に感謝の気持ちを伝えたいです」
では最後に、このヨシムラ MCL.ロードスターと今後どのように接していきたいと思っているのだろうか。率直なお気持ちを伺った。
「当時から“このクルマは何があっても手放さないだろうな”と思いながら今日にいたりますが、事実、本当にそうなりましたね。そろそろ動体保存の領域に差し掛かってきているので、とにかく暇を見つけて乗ってあげたいです。
31年、30万キロ乗っても大きなトラブルがない。さすがはエンジン屋さんが組んだ逸品だなと思いますね。と当時に、こまめにエンジンオイルを交換してきて良かったと改めて実感しています。ゆくゆくはエンジンをオーバーホールしてあげたいのと、ガレージは無理としてもカーポート付きの駐車場できればと思案しています」
オーナーの話によると、現存するヨシムラ MCL.ロードスターは「片手で足りるかどうか」のようだ。もともと10数台しかこの世に存在しないモデルだけに残存率は高いともいえるが、それぞれの個体がリフレッシュの時期に差し掛かっていることは確かだ。
日本はもとより世界的に見ても極めて貴重な存在であるヨシムラ MCL.ロードスター、そのなかでもオーナーの個体は「動体保存」という形で原形を留め、後の世に受け継がれていくに違いない。まるで美しく磨き上げられた宝石のような内燃機関を心臓部に持つヨシムラ MCL.ロードスター。エンジンを掛けるとあきらかにノーマルのユーノスロードスターとは異なる、独得の鼓動が印象的かつ魅力的であった。
元ユーノスロードスターオーナーの筆者としても、後世に残る1台であって欲しい・・・。心からそう願った取材であった。
(取材・文: 松村透<株式会社キズナノート> / 編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
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