『クルマは最高のトモダチ』本物のニュルは驚きの連続…山田弘樹連載コラム
いまやニュルブルクリンクといえば、市販車の性能を鍛え上げると同時に、その速さを表現するタイムアタックのメッカとなっていますよね。
今回は、そんな憧れのニュルを、初めて走ったときの話をしたいと思います。
それは今からもう5年も前の、2015年のことでした。
GENROQ誌の連載「ニュルへの道」で、アマチュアドライバーがノルドシュライフェを走り、24時間レースへの挑戦を目指した企画で、ボクはドライバーとして抜擢されたのです。残念ながらレース参戦はスケジュールや資金面で実現できなかったのですが、この経験はボクにとって、とっても大きな財産となりました。
何より驚いたのは、それまで描いていた想像と、本物のニュルは、何もかもが違っていたことです。
気合いと不安が入り交じる初めてのニュル。
まず一番最初にボクが遭遇したのは、なんとも言えない穏やかな光景でした。それはどこか懐かしい……そうだ、これって若い頃に通った峠の雰囲気!?
クルマ好きたちが自分の愛車をモータープールに持ち込んで、走行開始まで雑談したり、お互いに写真を撮ったり。
「ニュル=タイムアタック」「ニュル=全開!」だと思い込んでいたボクは、まずこのノンビリとした楽しげな雰囲気に、大きなカルチャーショックを受けたのでした。
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- モータープールには沢山のクルマたちが。レーシングスーツで気張っていた自分がちょっと恥ずかしくなるほど、みんなラフな服装。翌日からはボクもパーカーとジーンズに替えました(笑)。
走行料金は当時1周27ユーロで、プリペイドカードを買えばストックできた。20.8kmで3000円ちょっとだから、富士スピードウェイを30分走(6700円)よりもちょっと割高な印象? でもサーキットで言えば一周5kmのまったく違うコースを4つ(4セクション)くらい走れるようなイメージだから、やっぱりお得? ゲートはごらんのようにクルマが沢山!
でも峠の場合だと、いくら安全を語っても、それは走り屋のルール。どれだけ夜中の交通量が少ない時に走っても、それは他車に迷惑をかけるイリーガルな行為です。
だから、ボクはクルマに乗り出して数年後、ベストモータリングやREV SPEEDの影響を受けてミニサーキットを走るようになったのですが……。
それがドイツでは、チケットを買いさえすれば、誰でも速度無制限で走れてしまいます。そう、ご存じの方も多いと思いますがニュルブルクリンクのオールドコースは一般公道。
そして、この国にはもうひとつの速度無制限区間を持つ高速道路「アウトバーン」もあります。
そんな国でクルマを作ったら、そりゃあポルシェやBMW、メルセデスやアウディみたいになるよなぁ……と、少し呆然としたのを覚えています。
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- アウトバーンでは、ニュルに向かうとおぼしき空冷911が。こうした光景を当たり前のように見られるのも、ヨーロッパの奥深さですね。
ともかくチケット売り場やモータープールの雰囲気は往々にして牧歌的で(もちろん気合いほとばしるドライバーも若干いたけれど)、とても落ち着いていたのが印象的でした。
ニュルは1920年代後半からその歴史をスタートさせていますし、その長い年月をかけて培われた空気感が、この雰囲気を作り上げていたのだと思います。
また、レースではないフリー走行の日でさえ、事故は起こります。172カ所もあるコーナーと、20km以上に及ぶコース長。最初は晴れていても、中盤で雨に降られることなんて当たり前。そんなコースを走ればレースじゃなくてもクラッシュの危険性は想定内だから、まずリラックスすることが何より大切なのだとみんな、経験的に理解しているのだと思います。
実際ボクがニュルを走ったときも、大きなクラッシュが何度かありました。そして赤旗中断となるのですが、数時間後には何事もなかったかのように走行が再開されるんです(その日の走行がキャンセルになる場合も、もちろんあります)。
もし日本でこんなコースができたとして、同じように事故が起こったら、たちまち騒ぎになって閉鎖されてしまうんじゃないかしら?
でもニュルは、続きます。ここにはそもそもが国策として、観客を巻き込む公道レースの代替え案として考えられ、かつ自動車メーカーの開発現場としての活用や、地方活性化のために作られた歴史の違いがあるようです。
そして何よりヨーロッパの人たちは「ニュルで走り続けたい!」という気持ちを大切にしているんだと思います。自己責任というルールで、自分たちの環境を守るヨーロッパの社会は、成熟していますよね。
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- 当時まだ珍しかった4代目シビック Type-Rも駐車場に。メガーヌRSと双璧で、ニュルカーとして高い人気を誇っていましたね。
どこの国にもお金持ちのカーガイはいるもので。グンペルト・アポロを持ち込んだおじさんは周りから色々質問されて、ちょっと鼻高々な感じでした(笑)。
さて、いよいよコースイン。面白かったのは、入り口のゲートで「それ、外して!」と何度もゼスチャーされたことでした。
それとはHANS(ヘッド・アンド・ネック・サポート)のことです。
ボクは雑誌の企画で来ていたこともあり、フル装備の出で立ち。ヘルメットやグローブはもちろんレーシングスーツまで着込んで、それこそ「いざ出陣、いざ鎌倉!」と鼻息荒く見えたのでしょう。
オフィシャルのおじさんがHANSを外せと言った理由は最後まで確認できなかったのですが、きっと「レースじゃないんだよ!」ということなんだと思います。
ただこちらはレーシングレンタカーでしたから、ちょっとした違和感も感じました。
だってマシンは内装もなくロールケージが張り巡らされた純粋なレーシング仕様。そう、ニュルではいくつものガレージが、こうしたマシンを貸し出しているんです。
だったらドライバーだってきちんと安全装備を身につけている方がよいんじゃないかな? と思うのですが、少なくともボクが現地に行ったときは、HANSはダメでした。
こうした部分も時間と共に、いろいろ解釈が変わって行くのかもしれないですね。
ともかくこのときは、「冷静に走れよ」というのが第一義だったように思います。
カードをかざしてチケットがカウントされるとゲートオープン。
初めて走ったノルドシュライフェは、それはもう……グランツーリスモと同じでした!(笑)
多くのドライバーがそうしているようにボクも、グランツーリスモで何百周と走り込んで臨んだのですが、スタート&ゴール地点が最終ストレートのビルシュタインブリッジ後になっているだけで、あとは本当にすさまじい再現度。
前半のテクニカルセクション、アデナウを抜けてからの高速ステージ、カルーセルを超えてから高低差がより一層激しくなる山岳地帯。そのどれもが、日本で練習していたコースを、「あぁ、ここか!」「同じように曲がれる!」となぞって行くような感覚でした。
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- ニュルでも有名なカルーセルコーナーを走っているオンボード映像。車体をバンクに入れることで、コーナリングスピードが格段に上がる。というか、上の路面はスリッパリーでチョー危なかった!
とはいえ実際のスピード感は別物。それは日本のどのサーキットでも経験したことがないほど平均速度が高く、それだけで腰のあたりがモゾモゾして、脇の下には汗びっしょりの状態でした。
何より一番違うのは、横Gならぬ縦G! 長い下りのストレートを駆け下りて、時速165km/hで上り坂へと折り返したフックスレーレでは、車体を上から抑え付けられるようなGで胃がグッと押しつけられ、本当にタマげました。
そして何回か走るウチに、これが怖さと快感の入り交じる不思議な感覚へと変わって行くんです(笑)。
ちなみにこのときは、「JACO'S PADDOCK」(ヤコーズ・パドック)というレーシングガレージのBMW 325i(E46)で走ったのですが、ニュルの速度域で走らせるとごくフツーの325iでも、恐ろしく速いクルマに感じられます。低い路面μ、80km/hでも怖いエクス・ミューレの路面のうねり。落ち葉で滑るラウダリングシュニック!(そう、ニキ・ラウダがクラッシュしたポイントです!!)。
一周を走り終えるとモータープールまで戻る道筋なのですが、初めてこれを走りきった感想は、大げさでも何でもなく
「生きててよかった!」
でした。
ちなみにこのときアテンドしてくれたJACO VELDERS(通称ヤコーさん)は、若い頃ノルドシュライフェを走って以来その魅力に取り付かれて、2000年にベルギーからこの地に移り住み、数少ないニュル公認のインストラクターとなった奇人・変人、そして究極のクルマ好きです。
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- ボクをニュルにアテンドしてくれたのは「JACO'S PADDOCK」のヤコーさん。ニュルブルクリンクの魅力に取り付かれてしまった人のひとりだ。
そして彼は「ニュルを走るなら、絶対に無理をしてはいけない」と言います。
「本当に少しずつ、自分のレベルを上げて行くことが、走り続ける秘訣なんだ。コウキはあと20ラップしたらRCNに。VLNレースに出たいなら、あと150ラップ走ろう!」と教えてくれました。
一周20.8km/hのコースを150周って、3120km!? でも24時間レースに出るなら、最低1000ラップ走れと言われています。
さてそんな初めてのノルドシュライフェで、ボクが一心同体になれたクルマがありました。それは何かというと……われらがスイフト・スポーツ!
次回はスイスポで走ったニュルの魅力を、もう少しだけお話しようと思います。
(写真/テキスト:山田弘樹)

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
[ガズー編集部]
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