『クルマは最高のトモダチ』HRC潜入取材2 ホンダF1感動の舞台裏「エンジン・イレブン、ポジション・ファイブ!」…山田弘樹連載コラム
みなさんゴキゲンよう!
さて今回は、ホンダのモータースポーツ開発拠点である「HRC Sakura」見学レポートの後編。
キーワードは“Engine Eleven, Position Five.”です!
ところでみなさんはこの呪文みたいな英語、いったい何のことだかわかりますか?
エンジンが「11」で、ポジションが「5」って……クルマのことだろうけど、なんのこっちゃ? ですよね。
でも熱烈なF1フリーク、そしてホンダファンなら、わかるよね。
そう、これは走行中にドライバーへ伝えられる、エンジンマップの切り替え指示なんです。
この無線は、2019年のF1グランプリ第9戦、オーストリアGP決勝レースで告げられたものでした。ドライバーは、マックス・フェルスタッペン!
ホンダ・エンジンとしては実に13年ぶり、レッドブル・ホンダとしては初めての勝利を飾った、あのときの指示なんですね。
そしてこのときエンジンのデータを管理していたのが、今回見学した「Sakura Mission Room」(サクラ・ミッションルーム)だったのです。
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写真では人っ子一人いないですが、レース時になると各セクションを担当するエンジニア氏がずらりと並ぶミッションルーム。ここでの質疑応答は、なんとヘッドセットを使って行われました(笑)。
写真だと誰もいない室内がちょっとさみしい感じですが、レースのときは15~20人ものエンジニアが詰めて、金曜日から日曜日のレース終了まで、現地との交信を行います。
ちなみに現役のF1マシンには、全部で400個を超えるセンサーが着けられているといいます。
ひとつのセンサーで数ギガバイトを超えるデータを吸い上げ、瞬時にサーバーへ収集。ここから車体側のデータはレッドブルが、エンジンのデータはこのサクラ・ミッションルームが受け取り、走行に役立てます。
サクラ・ミッションルームではそのデータを、早い時だと数分で解析して、アップデートしたデータを再び送り返します。たとえばプラクティスのときなどは、マシンがピットインしてから再び出て行くまでの短い時間で、不具合を修正するというのです。
また走行中でも、エンジン温度の上昇が見られたときなどは、チームに「もう少し車体をずらして風を当てて欲しい」とリクエストをするんですって。
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これはベンチ室の風景。ガラスの奥にはエンジン本体用ベンチ、「MGU-H」や「MGU-K」といったデバイス用ベンチ、そして変速機や冷却系など全ての部品を組み上げたリアルベンチ(RV)がありました。RVではなんとタイヤの走行抵抗をモーターで再現し、冷却系にもきちんと風を送ります。 そしてレースで得た実データをもとにテスト用エンジンで走行を再現して、性能を突き詰めたり、マージンを計算します。エンジンだけがうなりを上げて“ファン ファン ファン!”とシフトアップ/ダウンする様子はとても新鮮でした。
話を'19年のグランプリに戻すと、このときフェルスタッペンは予選3番手。その後2番手のハミルトン(メルセデス)に予選時のペナルティが課され、フロント・ロウからのスタートとなりました。
ちなみにポールポジションは、フェラーリのシャルル・ルクレール。
しかしこのときフェルスタッペンは、スタートで出遅れ7番手まで後退してしまいます。
レース後フェルスタッペンはその失速について、エンジンがアンチストールモードに入ったからだと述べていましたが、もちろんこの状況はミッションルームでもわかっていたでしょうから、サクラのみなさんはきっと、胃が痛かったでしょうねぇ……。
ただマシンもフェルスタッペンも、その後がすごかった。
序盤に当時チームメイトだったピエール・ガスリーや、キミ・ライコネン(アルファロメオ)をかわしたあとは、前を行くセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)のピットロスや、ハミルトン(メルセデス)のウイング交換にも助けられ、フェルスタッペンが追撃開始。
ちょっと端折りますが40周を過ぎたあたりから最速ラップを連発し、50周目過ぎにはベッテル、その後はバルテリ・ボッタス(メルセデス)を抜いて遂に2番手に浮上。
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パワーユニット(PU)の組み立ては、ふたりで一機を担当して7日間。MGU-H(排気エネルギーで電気を作り出すシステム)は5日間で組み上げふたつをドッキングします。現在のF1は金属ばねではなく、空気でバルブ開閉を行うため(ニューマチックバルブシステム)気密性がとても重要。バルブとヘッドの間に髪の毛一本挟まるだけでも大事なのですが、ホンダは人材育成のために若手や新人も積極的に登用しています。
そして残りおよそ10周となったとき!
このサクラからあの指示が飛んだわけです。トップを走るルクレールとの差は、およそ5秒。1周あたりコンマ5秒を削り取るために「エンジン11、ポジション5」を指令したんですね。
このときのヨーロッパは異常気象といわれるほど暑く、ライバルたちはオーバーヒートを懸念してエンジンのパワーを抑えていたようです。
一方レッドブル・ホンダは、エンジン絶好調! のどから手が出るほど欲しい初勝利が目の前に迫っていたことから、サクラ・ミッションルームでは「行くぞ!」とゴーサインを出したのでした。
そして国際映像には映っていなかったそうですが、最終的にはステアリングのダイヤルを「エンジン11/ポジション7」まで回す指示を出して、出力を30kW(約40馬力程度)近く引き上げたといいます。
フェルスタッペンはこのとき、あまりの速さに「クルマが飛んでるみたいだよ!」と無線で伝えてきたそうです。
そして残り3周となったターン3で遂にルクレールを捉え、トップを奪取。レッドブルとホンダに、記念すべき勝利を捧げたのでした。
ドライバーの習熟やエンジニアリングへのフィードバックに活用されるDIL(ドライバー・イン・ザ・ループ:いわゆるシミュレーター)。アンシブルモーション社と協同開発した機械はポストリグではなく、大規模な台座とレールを使っているのが印象的でした。映像だとマシンはちょっとぶかっこうなNSX-GTですが(笑)、シビック タイプRもこのDILで伊沢拓也選手と共にテストしてから鈴鹿アタックに臨んで、2分23秒120のタイムをマークしたそうです。
エンジニアさんからのお話をお聞きしたあと、写真には収められなかったのですが実際F1で使われるステアリング(スクーデリア・アルファタウリのもの)を見て、改めてすごいと思いました。
エンジンだけでもモードは14もあり、ポジションも同じく14モード。この他にも各種ボタンやローラーダイヤルが沢山着いていて、指示の通りにとはいえ、これを息をするのもままならない環境下でドライバーは操作するわけです。
そしてやっぱりこうした操作は、若いドライバーの方が順応が早いんだそう(笑)。
現代のF1がコースとピットだけで戦っているわけではない、とはよく言われることですが、これほどだったとは。そして現在もほぼ毎週末日本のサクラから、エンジニアのみなさんが世界で戦うチームを支えているのです。
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左から若林慎也二輪レース部長、渡辺康治代表取締役社長、浅木泰昭四輪レース開発部長、長井昌也企画管理部長。今回機密事項とも言えるこれほどの設備と内容を豪快に見せてくれたのは、HRCがこれから2輪/4輪ともにモータースポーツの未来を切り開いて行こうとしている気持ちの表れからだとボクは感じた。たとえばトヨタと共に取り組む次世代スーパーフォーミュラのマシン開発も、カーボンニュートラルに向けた一環です。何より嬉しいのは、ホンダがまったくエンジンの可能性を諦めていないこと! これからはホンダの新生ワークスとなる、「HRC」という名前に注目ですよ。
(テキスト:山田弘樹)

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
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