『クルマは最高のトモダチ』「自分にとっての“いい”モノ」を考えてみた…山田弘樹連載コラム
もし地球上に、たったひとりきりになったらどうしますか?
ボクは機械式時計が大好きなのですが、仲の良い時計師さん(※1)と話をしていて、そんな会話になりました。
なんでクルマのコラムでいきなり時計の話? いや時計って、とってもクルマと似ているところがあるんですよ。
たとえばいま、時計の世界ではロレックスの「デイトナ」や、パテック フィリップの「ノーチラス」、オーデマ ピゲの「ロイヤルオーク」といったモデルが、とんでもない人気になっています。
かつては中古なら、がんばって、鼻血を出せば手が届くかも!! なんてのんきに憧れていたモデルたちが、軒並み新車価格……ちがった、新品価格の何倍ものプレミア価格で取引されて、正規モデルも超品薄の、手に入らない状況になっています。
この高騰ぶりは、現在のスポーツカーやクラシックカーの状況と、とても似ています。
人間とは不思議なもので、「手に入らない」とわかると、俄然それが欲しくなる。
「どうしてあのとき買っておかなかったんだろう!」と悔やみ、「なんとか手に入らないかなぁ!?」と、ため息まじりに思うわけです。
ボクもいつも言ってます。「あー、デイトナ欲しい!」って(笑)。
そしてそんなボクに、時計師さんが笑いながら言ったのです。
「でも、もし世界で自分ひとりだけになってしまったら、デイトナなんて要らないよ?」
ん? どゆこと? うーん……なるほど!
これ、あくまで冗談の、たとえ話です。でもそれは、ある意味“ブツヨク”の核心を突いた、面白い話だなぁ! と思いました。
確かに、今はみんながもてはやすから、やみくもに憧れているけれど、もし世の中に自分だけしかいなくなったら……。本当にデイトナが欲しいと思えるかなぁ?
デイトナを腕にはめていても、まず自慢する相手がいません(笑)。
時を知る性能だけで選ぶなら、「GーShock」や「Sinn」(ジン)なんて、タフな時計を選ぶかも。タフソーラーなら充電の心配もないですし、機械式時計であれば電池もいりません。あっ、機械式は自分でオーバーホールできないや(汗)。
そもそもひとりっきりだったら、時間を知る必要あるのかな?
これをクルマにも当てはめると、さらに面白いです。
世界に誰もいなくなってしまったら、フェラーリSF90 STRADALEや、ブガッティ・シロンに乗るかなぁ?
最初はその高性能ぶりに興奮しても、次第に乗らなくなっちゃうかもしれません。誰もいなければ300km/h出しても、サーキットをすごいラップタイムで走っても、楽しくない。
やっぱり相手がいて初めて、世界は成立するんですね。
そこで、仮にもしそんな「たったひとりの世界」がやってきたら、自分はどうするかと考えました。
世界中のスーパーカーやスーパーバイクを一通り乗り回し(結局乗るんかい!)、満足した後に選ぶのは、果たして……。
どんな天気でもグイグイ走れるジープ・ラングラー? ガソリンも節約しなくちゃいけないなら、ミニマルなジムニーが最強!?
さらに快適性と速さを考えると、4ドアセダンのランエボやインプがいいなぁ。いやここは、ハッチバックで荷物も詰める、かっとびコンパクトのGRヤリスでしょう!
こんな風にクルマ選びをしてみるのも、ちょっと楽しいですね。
この妄想遊びでよいところは、「本当に自分が欲しいもの」って何だろう? と考えるヒントをくれることでした。
クルマも時計も、ひとくちに「いいもの」というけれど、モノに対する価値観は、人によって違うはずなんです。当たり前ですよね。
でもその当たり前を忘れていると、価格や性能の高さ、人気だけでモノを選びがち。
なにより一番重要な、“自分にとってのいい”を考えることを、忘れちゃいがちなんです。
時計師さんのひとことは、それを考えるキッカケになったのでした。
自分に必要な条件を研ぎ澄ませていくと、ボクの場合、実用車はホンダ・フィットに行き着きます。2代目が登場したとき、開発の方から「キャビンは先代アコード並みに広いんですよ!」と教えていただいたのは、本当に衝撃的でした。サイズは小さくても、中はゆったりとしていて、遠出だって疲れ知らず!(初代は乗り心地が悪かったですからね(笑))。こんなクルマで日常を快適に過ごして、週末は飛びきりソリッドなスポーツカーを楽しむ。そんな組み合わせができたら、最高のクルマ人生なんですけどね! NSX-Rも時計同様に、雲上スポーツカーになっちゃいましたよねぇ……。
その一方で、やっぱり人に見られて「この人センス良いな!」って思われるのは嬉しいですよね。また質感の高いものに触れることは単純に楽しいし、人生を豊かにしてくれます。
ただそのバランスが、とっても難しい。人気もいいけど、本質も大切ですね。
ボクにとっての「いいクルマの条件」は、一体感があること。速さがあるにこしたことはないけれど、運転していて、クルマとひとつになれちゃうような気持ちよさがあることです。
ロードスターがずっと言っている「人馬一体」って、これですよね。
その上で、日常生活とのバランスが取れていれば最高。小さく取り回しが良くて、うまくやれば荷物も積めて、カッコ良すぎると気後れするから、ちょっとぶさカワがいい……なんて考えると、3ドアトレノが手放せなくなっちゃうんですよね。
自分にとっての“いい”モノってなんだろう?
考えてみると、なかなか面白いですよ。
■ゼンマイワークス URL https://www.zenmaiworks.jp
■ブログ 「ゼンマイワークスの日常。」 http://blog.zenmaiworks.jp
※1 時計師:時計の修理・オーバーホール等を行う技師。部品が破損している場合には、いちからこれを作ることも行い、その技術力の高さから「ウォッチメーカー」とも呼ばれます。
(写真/テキスト:山田弘樹)
自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。
[ガズー編集部]
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