『クルマは最高のトモダチ』「自分にとっての“いい”モノ」を考えてみた…山田弘樹連載コラム

もし地球上に、たったひとりきりになったらどうしますか?

ボクは機械式時計が大好きなのですが、仲の良い時計師さん(※1)と話をしていて、そんな会話になりました。
なんでクルマのコラムでいきなり時計の話? いや時計って、とってもクルマと似ているところがあるんですよ。

  • これがボクの宝物の機械式時計。1976年に作られたSEIKO製ダイバーズウォッチで、通称「セカンドダイバー」とか、冒険家の故・植村直己さんが付けていたことから「植村ダイバー」なんて呼ばれています。最初はこの変な形をしたケースと、四角いインデックスを見て「なんてブサイクなんだ!」と思っていたのですが、いつの間にやらその魅力に引き込まれて、アンティークを手に入れました。

たとえばいま、時計の世界ではロレックスの「デイトナ」や、パテック フィリップの「ノーチラス」、オーデマ ピゲの「ロイヤルオーク」といったモデルが、とんでもない人気になっています。

かつては中古なら、がんばって、鼻血を出せば手が届くかも!! なんてのんきに憧れていたモデルたちが、軒並み新車価格……ちがった、新品価格の何倍ものプレミア価格で取引されて、正規モデルも超品薄の、手に入らない状況になっています。
この高騰ぶりは、現在のスポーツカーやクラシックカーの状況と、とても似ています。

人間とは不思議なもので、「手に入らない」とわかると、俄然それが欲しくなる。
「どうしてあのとき買っておかなかったんだろう!」と悔やみ、「なんとか手に入らないかなぁ!?」と、ため息まじりに思うわけです。
ボクもいつも言ってます。「あー、デイトナ欲しい!」って(笑)。

そしてそんなボクに、時計師さんが笑いながら言ったのです。
「でも、もし世界で自分ひとりだけになってしまったら、デイトナなんて要らないよ?」

ん? どゆこと? うーん……なるほど!
これ、あくまで冗談の、たとえ話です。でもそれは、ある意味“ブツヨク”の核心を突いた、面白い話だなぁ! と思いました。

確かに、今はみんながもてはやすから、やみくもに憧れているけれど、もし世の中に自分だけしかいなくなったら……。本当にデイトナが欲しいと思えるかなぁ?
デイトナを腕にはめていても、まず自慢する相手がいません(笑)。

時を知る性能だけで選ぶなら、「GーShock」や「Sinn」(ジン)なんて、タフな時計を選ぶかも。タフソーラーなら充電の心配もないですし、機械式時計であれば電池もいりません。あっ、機械式は自分でオーバーホールできないや(汗)。
そもそもひとりっきりだったら、時間を知る必要あるのかな?

これをクルマにも当てはめると、さらに面白いです。
世界に誰もいなくなってしまったら、フェラーリSF90 STRADALEや、ブガッティ・シロンに乗るかなぁ?

最初はその高性能ぶりに興奮しても、次第に乗らなくなっちゃうかもしれません。誰もいなければ300km/h出しても、サーキットをすごいラップタイムで走っても、楽しくない。
やっぱり相手がいて初めて、世界は成立するんですね。

  • ジャーナリストの仕事をしていると、超高級スーパースポーツにも触れる機会があります。こうしたスポーツカーたちは、もちろん“人に見られる楽しみ”もあるけれど、まず大切だと思うのはその性能と、デザインの美しさだと思います。純粋に速さを追いかけて、徹底的に作り込まれた機械に宿る質感の高さや、すきのない操作性。ただ環境性能の波によってエンジンがターボ化されてしまったことや、速くなりすぎた性能に人間が追いつかなくなってきていることが、何より悩ましいところですね。

そこで、仮にもしそんな「たったひとりの世界」がやってきたら、自分はどうするかと考えました。
世界中のスーパーカーやスーパーバイクを一通り乗り回し(結局乗るんかい!)、満足した後に選ぶのは、果たして……。
どんな天気でもグイグイ走れるジープ・ラングラー? ガソリンも節約しなくちゃいけないなら、ミニマルなジムニーが最強!?
さらに快適性と速さを考えると、4ドアセダンのランエボやインプがいいなぁ。いやここは、ハッチバックで荷物も詰める、かっとびコンパクトのGRヤリスでしょう!

こんな風にクルマ選びをしてみるのも、ちょっと楽しいですね。

  • もし地球上にたったひとりしかいなくなってしまったら(笑)。ボクが選ぶのは、やっぱりスポーツ4WDでしょうか。全天候型のスタビリティと、高い実用性と、同じく高い運動性能。生活に根ざしたクルマがベースとなるラリー車って、トータルバランスが最高ですよね。本当はGC8時代のサイズ感くらいまでが運転していてもばっちりなのですが、インプレッサもWRXになって大きくなってしまった(次期型が楽しみ!!)。ランサーはディスコンですし……。となるとやっぱり、GRヤリスでしょう!

この妄想遊びでよいところは、「本当に自分が欲しいもの」って何だろう? と考えるヒントをくれることでした。

クルマも時計も、ひとくちに「いいもの」というけれど、モノに対する価値観は、人によって違うはずなんです。当たり前ですよね。
でもその当たり前を忘れていると、価格や性能の高さ、人気だけでモノを選びがち。
なにより一番重要な、“自分にとってのいい”を考えることを、忘れちゃいがちなんです。
時計師さんのひとことは、それを考えるキッカケになったのでした。

自分に必要な条件を研ぎ澄ませていくと、ボクの場合、実用車はホンダ・フィットに行き着きます。2代目が登場したとき、開発の方から「キャビンは先代アコード並みに広いんですよ!」と教えていただいたのは、本当に衝撃的でした。サイズは小さくても、中はゆったりとしていて、遠出だって疲れ知らず!(初代は乗り心地が悪かったですからね(笑))。こんなクルマで日常を快適に過ごして、週末は飛びきりソリッドなスポーツカーを楽しむ。そんな組み合わせができたら、最高のクルマ人生なんですけどね! NSX-Rも時計同様に、雲上スポーツカーになっちゃいましたよねぇ……。

その一方で、やっぱり人に見られて「この人センス良いな!」って思われるのは嬉しいですよね。また質感の高いものに触れることは単純に楽しいし、人生を豊かにしてくれます。
ただそのバランスが、とっても難しい。人気もいいけど、本質も大切ですね。

ボクにとっての「いいクルマの条件」は、一体感があること。速さがあるにこしたことはないけれど、運転していて、クルマとひとつになれちゃうような気持ちよさがあることです。
ロードスターがずっと言っている「人馬一体」って、これですよね。

  • だからこそボクには、実生活とスポーツを両立するクルマが必要だったんです。最初は安いというだけで乗り始めたハチロクも、このハッチバックがあったからこそ、長く持っていることができたんだと思います。ハチロクのトランクは、本当にすごいんですよ。リアシートを倒せば、Z33の18インチホイールが1セット、余裕で積めちゃいましたから。意外とリアシートも、きちんと座れるんですよ。友人のハチロクに乗って東京から京都まで、3人で行ったのも楽しかったなぁ。

その上で、日常生活とのバランスが取れていれば最高。小さく取り回しが良くて、うまくやれば荷物も積めて、カッコ良すぎると気後れするから、ちょっとぶさカワがいい……なんて考えると、3ドアトレノが手放せなくなっちゃうんですよね。

自分にとっての“いい”モノってなんだろう?
考えてみると、なかなか面白いですよ。

  • 今回のお題をくれた時計師、佐藤 努さん(これじゃ顔がわかりませんね(笑))。 そのキャリアは一新時計のサービス部門から始まり、その責任者を経て2014年に「ゼンマイワークス」を創業。これまでに数々の高級時計を四半世紀以上に渡って修理し続けてきた、とってもスゴい方なんですが、いつも気さくに時計のことを教えてくれます。若い頃は有名チューニングショップに勤めていた経験もある、大の機械好きでありクルマ好きであり、バイク好き! 佐藤さんのキャラクターはブログ「ゼンマイワークスの日常。」で垣間見ることができますよ。

■ゼンマイワークス URL https://www.zenmaiworks.jp
■ブログ 「ゼンマイワークスの日常。」 http://blog.zenmaiworks.jp

※1 時計師:時計の修理・オーバーホール等を行う技師。部品が破損している場合には、いちからこれを作ることも行い、その技術力の高さから「ウォッチメーカー」とも呼ばれます。

(写真/テキスト:山田弘樹)

 

自動車雑誌の編集に携わり、2007年よりフリーランスに転身。LOTUS CUPや、スーパー耐久にもスポット参戦するなど、走れるモータージャーナリスト。自称「プロのクルマ好き」として、普段の原稿で書けない本音を綴るコラム。


[ガズー編集部]

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